January 10, 2006

いつかどこかで生まれる必然

牛車世界で最初に発明された自転車は、1817年にドイツのカール・フォン・ドライス男爵によるドライジーネと呼ばれるものですが、これは足で蹴って進むものでペダルはなく、1860年フランス人のミショーによるものがペダル式の自転車の最初のようです。いずれも19世紀のことです。


しかし、実はそれ以前に日本で発明されていたという話は、以前にも聞いたことがあります。享保17年、1732年に彦根藩士の平石久平次時光(ひらいし くへいじ ときみつ)という人による陸舟奔車(りくしゅうほんしゃ)だとする説です。これが事実とすれば、1世紀以上前に発明されていたことになります。その学術的な評価云々はともかく、先週の京都新聞にもその記事が出ていました。一部引用しておきます。



陸舟奔車彦根藩の“自転車”再現へ  築城400年祭、市民ら盛り上げ

 2007年の彦根城築城400年祭をアピールするため、世界に先駆けて彦根藩が発明、製作したとされる自転車のルーツ「陸舟奔車(りくしゅうほんしゃ)」の復元に、彦根市民らが取り組むなど、彦根の歴史を見直す動きが活発化している。

 陸舟奔車は木製の舟形三輪車。長さ2メートル、幅1メートルほどで、軸の長さ約50センチのハンドルが付いている。後輪の直径は約60センチで前輪より大きい。1800年代後半、フランスで自転車が発明される百数十年前の享保年間に、彦根藩士が製作したと伝わる。2003年、東京の自転車メーカーの関係者が文献から復元・試作した1台が現在、彦根市本町2丁目の夢京橋あかり館に展示されている。

 彦根市内で陸舟奔車を復元しているのは「ひこね自転車生活をすすめる会」副代表の自転車店経営竹内洋行さん(34)ら。昨年秋から作り始め、車輪などの部品を製作中で、今春にもまず1台を完成させる予定。築城400年祭では数台を連ねてパレードする計画で、竹内さんは「彦根藩で独創的な発想が生まれたことを、彦根市内や他の城下町で実際に走らせて広く伝えたい」と話す。(後略)Kyoto Shimbun News 2006年1月7日(土)



見たところ舟の形をしています。これが自転車と言えるのかどうか、外見からでは判断しにくいものがあります。舟に車輪をつけたものにしか見えません。車輪のある乗り物や運搬具なら、それこそ紀元前の古代文明の頃から存在していました。日本でも冒頭の写真のような牛車(ぎっしゃ)が平安時代の頃でも使われていたわけです。

そもそも車輪の発明ということであれば、紀元前3500年頃のシュメールで発明されたとされています。今から5500年も前の話です。円盤状の板材と車軸によって回転可能にした構造は、人類の発明の中でも偉大なものの一つですが、その頃すでに革製のタイヤとも見られるものを巻いていた形跡すらあるそうです。

その後数世紀ほどで急速にユーラシア大陸各地に広まり、紀元前2000年頃には、軽くて地面からの衝撃を和らげるスポーク構造を持った車輪まで登場しています。紀元前二千数百年頃のインダス文明やメソポタミア文明の時代にも馬車のような形の粘土模型が出土しているので、戦闘や運搬などに使われていたようです。

そんな車輪のある乗り物や運搬具は大昔から存在したわけです。その間、誰かが車輪を利用して人力で移動しようと思いついたとしても不思議ではありません。日本にも牛車や大八車のような乗り物や運搬具はありました。陸舟奔車も、そうした車輌の亜流として何かに牽引された舟形の台車のようなものに見えなくもありません。自転車とするならば、人力によって動かされたものでなくてはならないわけです。

陸舟奔車この陸舟奔車について、2003年7月9日の毎日新聞の記事によれば、彦根藩の平石による「新製陸舟奔車之記」という資料を分析し、前1輪、後2輪の三輪車型の陸舟車の1/5模型を、多摩美術大学教授の川上顕治郎さんが復元したことが報じられています。多摩美大の広報に載った写真を見ると、明らかにクランクのようなものが写っています。下駄を履いてこいだようです。ハンドルもついています。これを見れば、明らかに自転車と呼べそうです。

一説には一時七里、時速14キロのスピードが出たという記録もあるようですが、これなら現在のママチャリ並みのスピードです。私はこれは眉唾ものと思います。文献を直接研究したわけではありませんが、おそらく当時の一時(いっとき)は2時間くらい(季節によってちがう)でしたので、一時に七里なら、2時間で14キロ、時速7キロ位ではないでしょうか。それでもこの形、この当時にしてみれば画期的な速さだと思います。

彦根藩士の平石時光は、その当時武州児玉郡、現在の埼玉県本庄市で農民が作って江戸の街で評判となったという「陸船車」という乗り物に触発されて研究したもののようです。ですから「新製陸舟奔車之記」となっています。陸舟奔車の元になった「陸船車」については詳しい資料が残っていませんが、これを発明した農民こそ、初めて自転車を作った人だったのかも知れません。

陸舟奔車いずれにせよ陸舟奔車は、近年の史料研究にて確認された「世界で初めて発明された自転車相当の乗り物」だそうです。これが、享保17年に実際に作成されて走行に成功していたというのですから、よく考えるとすごいことです。有史以来日本においては、石畳などで道路を舗装するということが、ヨーロッパなどと比べて極端に少なかったようです。車輪で移動するものより馬などで移動したほうが、はるかに速く効率的だったはずです。

江戸時代においても、街道を大軍が容易に移動できないよう幕府は警戒していました。あえて大きな川には橋をかけず、もちろん道もほとんど舗装されていませんでした。駕籠は使われても、車輪のものは使いにくかったでしょう。当時の幕府は、地方の技術改革を抑制する政策を行っていました。また将軍徳川吉宗は倹約を旨とし、なんと発明はご法度にしていました。「陸船車」のウワサに触発されたにせよ、平石はその仕組みを知らなかったと言います。

そんな時代においてこの彦根藩士は、どうやら石臼などの仕組みを工夫して、クランクとペダルのようなものを作ってしまったようです。惜しむらくは、やはり幕府の政策のため、その後陸舟奔車は発展しませんでした。明治になってヨーロッパのものが日本に入ってくるわけです。しかし、日本でも世界で一番早く自転車が生まれていたというのは感慨深いですね。同じ時代のからくり人形などを見ても、手先の器用な日本人ならではです。日本の伝統、日本人のDNAと言いますか、まさに、ものづくり日本の面目躍如と言えるかも知れません。



今朝は関東でも各地で雪が降りました。朝起きて、焦って出勤した人も多かったかもしれませんね。東京などの交通機関は雪に弱いですし、滑って転ぶ人も続出します。自転車での通勤も、帰りの時間になれば寒くて凍っているところがあるかも知れません。ご注意を。

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