February 03, 2006

役立てていただく為の贈り物

ジョイセフ結婚式の引き出物など何かの贈り物で、もらって困ったものってありませんか。


いただいても置くところに困るとか、もっと違うものを自分で買いたかったなんてこともあるでしょう。すでにあるモノがダブってしまうこともあります。形式的、儀礼的な贈り物や、慣習としての贈答品なら、仕方のない面もあるでしょう。なかなか、心から嬉しかった贈り物というのは少ないと思います。

ジョイセフところで、駅前の放置自転車については、これまでもたびたび取り上げてきましたが、最近、そうした駅前から撤去した自転車を海外に贈る自治体があるようです。もちろん捨てるのは勿体無いですし、発展途上国に対する援助として有効利用になります。

友好を深めることにもなるので、一石二鳥の名案のように見えます。実際にベトナム、カンボジア、スリランカ、ミャンマー、タイ、フィリピンなどのアジアの国々へ贈られることが多いようです。

最近のニュース記事から拾ってみても、「放置自転車であっても途上国の子どもたちにとっては宝物だ」とか、アジアの国へ放置自転車を寄贈して、「日本で役目を終えようとしていた自転車が、この地で再び命を吹き込まれた。役立ててください。」と言って手渡したなどとあります。

もらった児童は笑顔で乗って帰ったなんて書いてあります。貧しい地域の子供など、自転車を買えない人達がいることは事実です。しかし善意とは言え、自治体などが「思いつき」で贈る自転車の中には、粗悪な自転車や壊れたものが含まれているケースもあるようです。

JOICFP最近始めた活動の慣れない部分に目くじらを立てるなと言うかも知れません。私も、せっかくの善意にケチをつけたいワケではないのですが、無償とは言え、タダなら何でもいいわけではありません。壊れた自転車ならば修理し、再生して送るのは当然です。

当然、現地の事情にも配慮すべきでしょう。現地でのメンテナンスや消耗品の補給など、アフターフォローが必要かも知れません。以前から地道に、放置自転車をきちんと再生して贈る活動を継続的に行い、喜ばれている団体もあります。そうした以前から取り組んできた団体の努力、評判などが無駄にならないようにも配慮して欲しいものです。

本来の、国の外交政策やODAという視点で考えるならば、途上国の産業の発展のための資金を供与したり、技術支援などを行うべき話です。新品の自転車を贈るならともかく、今どき災害支援でもない限り、中古品の贈与が喜ばれるとは限りません。

ましてや廃棄品です。途上国で貧困に苦しむ人々に対し、その自立を支援する援助が求められても、モノを贈るだけでは結果として国の発展には寄与しない場合もあります。自治体が行う不用品を押し付けるような援助には、そうした外交的配慮や他とのバランスなどの考えが欠けている場合があるようです。

ジョイセフ例えば一部のアジアの国では、自転車製造は重要な産業でもあります。輸出による貴重な外貨獲得手段でもあり、実際に欧米諸国と関税やダンピング問題になったりもしています。そうした国へ、大量発生する放置自転車を大量輸送して、無配慮に自転車を贈呈したらどうなるでしょう。

いらぬ摩擦や反発を生むこともありえます。自治体の中には、これまで費用をかけてきた廃棄処分をやめ、業者に一台120円程度で売却しているところもあります。しかし日本国内で低価格で販売され、放置自転車を再生産させることを避けるため、海外販売を売却条件にしているそうです。

このこと自体に、国内的には何ら問題はありません。しかし途上国へ120円という不当にダンピングされた原価の自転車を輸出することになっている訳です。自治体の担当者にとっては一石二鳥の名案です。無料や安い自転車を喜ぶ人がいる一方で、途上国の自転車産業に打撃を与え、人々の雇用を奪う可能性もあるわけです。

最近はあまり聞きませんが、以前は個人などのレベルで古着を海外への援助物資として送って大ヒンシュクを買ったという話がありました。地震などの災害時に、着る物もないということで、個人が一石二鳥とばかりに不要な古着をダンボールに詰めて現地に送ってしまったのです。

JOICFP中には洗濯すらしていないような非常識なものも含まれていたそうです。被災民が、必ずしも生活レベルが低い人とは限りません。仮に低かったとしても、どういう気持ちになるでしょうか。他の国の援助とも比較されるでしょうし、馬鹿にされた気分になるに違いありません。

もちろん有難い面はあったとしても、日本ではゴミとして扱われているものです。処分の代わりになって一石二鳥、無償で贈与するのだからと安易な態度では、相手国の人々の感情を傷つけることになりかねません。

輸出した資源ごみに医療廃棄物が混ざっていて、反日感情が一気に高まった事件もありました。仮に悪気はなかったとしても、感情的な軋轢を生み、外交問題にもなりかねません。こちらではゴミだけど、そちらでは有難いだろうから、なんて態度もあってはならないものです。

ゴミが厄介払い出来ていいという自分勝手な理由が透けて見えたり、恩着せがましいのも台無しになります。無償援助にせよ親しい人へのプレゼントにせよ、もらう人の気持ちになって考えなければ、いい贈り物は出来ません。自分が贈られたらどう思うでしょうか。表面上は喜んでいても屈辱的な気持ちにさせてはいないでしょうか。

本当に将来の友好や国際親善につながるか、もっとよく考えるべきです。ちょうど処分に困る物があるから、それでも贈っとけという一石二鳥的な贈り物をすれば、きっと相手には伝わってしまうものです。親しい人であろうと、国境を越えてであろうと、本当に喜ばれる上手な贈り物は難しいものだと思うのです。




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岩手県の一関工業高校の生徒が丹精込めて放置自転車や、使われなくなった自転車を整備して、アフリカ等の途上国に贈るそうです。 [http://www.iwanichi.co.jp/iwanichi01/news/ichi_hira_fuzi/2gatu/news-ichi_hira_fuzi_08.htm#5:title=再生自転車を途上国へ〜一関工高の有...
[馬]ママチャリ海を渡る【趣味の吹き溜り】at February 08, 2006 17:42
この記事へのコメント
国内でも、古本のリサイクルをしようと思って、募ったら、使わなくなった教科書とか、古紙としての価値しか見出せない本が大量に送られてきて困ったと言う話を聞いたことがあります。
自転車の場合、現地の人が自転車を買う生活的余裕があるか無いかで不当な輸出か善意の寄付か決まるんじゃないかと思うんですがどうでしょう。
あと、寄付される自転車は殆どがママちゃりかと思いますが、舗装路を走るのに適した自転車が現地でどれくらい役に立つのかも気になりました。中には、横転したくらいで後輪がフニャって曲がる奴もあるもんですから。
Posted by maksim727 at February 05, 2006 13:04
maksim727さん、こんにちは。コメントありがとうございます。
わざわざ送料をかけて送ってくるのであれば、良かれと思ったのでしょうから、全くの確信犯とは言い切れないものの、限りなく厄介払いに近いと疑われる例もあるようですね。
確かに、そこに分かれ目はあると思いますが、仮に善意の寄付だとしても、物を与えるだけでは結局依存状態をつくるだけで、自立につながらないという考え方もあると思います。理想としては、自分達で自立し生活の余裕を生み出して、自分で手に入れることが出来るようにするのが一番ですね。
そのための技能の習得や就労の機会としての産業の振興、教育の実施、資金の融資、インフラの整備などを支援するのが、より思いやりのある援助と言えると思います。
そうですね。現地でまたすぐ捨てられてたらシャレになりませんね(笑)。
Posted by cycleroad at February 05, 2006 16:30
 
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