April 01, 2007

無駄どころか無いほうがマシ

政府の交通政策審議会が、現在道路上に存在する信号機や道路標識を全廃することを答申しました。


と、いうのはエイプリルフールのウソです。(しょうもないウソですみません。)しかし、これを本当に実施した街があると聞いたら驚かれるでしょうか。オランダ北部のハーレンという街では、2001年に本当に信号機と一部を除いた標識を廃止・撤去しました。

きっかけとなったオランダ人の道路設計技術者、ハンス・モンデルマン(Hans Monderman)さんの唱える理論によれば、信号や標識がないほうが人々が慎重にになり、危険を回避しようとする心理が働くのだそうです。これはクルマのドライバーに限らず、自転車乗り、歩行者など全ての交通当事者に当てはまります。

本文と写真は直接関係ありません。クルマや自転車の運転者や歩行者は、信号や標識などで交通ルールが表示されなくなると不安になります。おのずと行動は慎重になり、周囲に注意を払い、目と目を合わせて合図しあい、どちらが優先されるか決まると言います。確かに停電で信号が消えた時なども、意外と事故は起きないもののようです。

信号機と標識の撤去によってクルマの通過スピードは遅くなり、事故は半分以下に減りました。通行に戸惑うようになったという声もあるものの、信号待ちがなくなったぶんクルマの流れもスムースになったそうです。街の美観が向上したことも歓迎されています。

普通の感覚では、きちんとルールが表示・徹底され、厳格に守られたほうが安全に思えます。しかし一方で、信号や標識を守っていれば安心だという思い込みを作り、それが事故の原因、それもしばしば重大な事故につながると言うのです。混沌としていたほうが危機感が生まれ、別の意味での秩序が形成されるわけです。

本文と写真は直接関係ありません。この成果を見た他の町や村、オランダ・ドラフテン市などの小都市にまで信号や標識を撤去する動きが広がり、近年はオランダ国内ばかりかドイツやスウェーデンに波及し、イギリスなどでも試験的に導入する街が出ています。明らかに道路交通の近代化・高速化・複雑化の歴史に逆行する流れが広まりつつあるのです。

各地元警察などには疑念をはさむ者もあり、判断は時期尚早とする声もあるようです。しかし、今まで撤去した地点で重大事故が起きていないことが説得力を持ちます。ただモンデルマンさんも全ての道路で信号や標識を撤去しようとの意図はありません。

大量の交通量のある幹線道路では撤去せず、人とクルマの空間を区別することも重要だと考えています。また、住宅地を通るような道では、信号や標識を排除する一方で、進入路を狭くするなど交通量を減らしたり速度を落とさせるような仕組みの導入も並行して行うのだそうです。

本文と写真は直接関係ありません。日本でこの考えが受け入れられるかは分かりません。実際には事故などをきっかけに信号が設置されたり、交通規制が強化される例も多いでしょう。しかし、一方で国内にも逆転の発想で、事故多発地点にセンターラインを引くのをやめたらスピードを落とすようになって事故が半減したという例もあります。

都市の中心部では、信号が無ければ歩行者は道路を渡るに渡れないような地点も当然あります。逆に現在信号があっても、クルマが来なければどこでも横断出来るような道路に信号は無駄かも知れません。ドライバーも人の渡らない横断歩道で、延々と待つ必要がなくなります。

信号機や標識、ラインを引いたりする費用は予想外に高価と聞きます。電力費や維持管理費も馬鹿にならないでしょう。こうした費用が削減できて、街の美観が向上し、省エネにもなって、道路上の障害物が減って自転車や歩行者が通りやすくなり、しかも事故が減るなら言うことありません。

果たして日本で実現する可能性はあるのでしょうか。警察は標識や信号機発注という自らの利権を減らすことになるので絶対に反対するでしょう。そもそも事故が多発すれば、対策として規制を求めたり、その不備を行政の責任として追及することの多い日本人のメンタリティを変えるのも難しそうです。

それこそ今多発している金属盗難事件ではないですが、「街じゅうの交通標識や信号ケーブルが一夜にして盗まれたのに、事故は一件も起きていない。」なんてエイプリルフールばりの事件でも起きない限り、なかなか難しいのかも知れません。



お役所仕事と揶揄するつもりはありませんが、クルマでなくクマしか通らないだろうというような山奥の林道みたいな道路でも律儀に標識や案内板は立ててありますね(笑)。金属泥棒でなくても、マニアに盗まれたりするようですが..。

道路にあふれるコレクション
改めて道路標識と言われても、意外に正確には知らなかったりする。

そろそろ主役を交代させよう
信号や標識以外にも無用の長物と化しているものがあるかもしれない。

フライングスタートは危ない
最近は、信号機も新しいタイプのものがあることを知っておくべきだろう。



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この記事へのコメント
日本でもセンターラインを消したら事故が減った例も
ありますね
それと東京に限りませんが道路標識って
道を知ってる人は必要ないし、知らない人は見ても分からないのが
多いですね、
これもお役所仕事のたまものでしょうか

Posted by あるふぁ at April 02, 2007 05:59
人間の能力(特にとっさの判断力)が無限に高いものだった
なら、ルールの類は全く必要ないという事になります。

反対にそれが無限に低いものだったなら、全ての事柄はルー
ルに従ってなされないといけない事にもなります。

忙しくしているとそれだけ能力の限界に近づくので、それに
対応して厳格なルールが必要だ、という事にもなります。

反対に余裕をもっていればそれだけ視野が広がるので、あま
り大げさな決まりは必要ないという事にもなってきます。

月並みな言い方ですが、これは車の両輪のようなものなので
「解決」するというより常時考えていかないといけない事だ
と思います。

林道の標識には危険回避のためにそれなりの意味があるので
(例えば下りでのスピード制限)、これも程度とセンスの問
題だと私は考えています。
Posted by 鉄下駄 at April 02, 2007 08:01
あるふぁさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
そのようですね、ほかにも地域によっては、工夫している場所があるのかも知れません。
確かに行先や距離などの案内標識は、自分の知らない地名が出ていても、あまり意味がないのは確かですね。規制標識にしても、たくさん並んでいたり、規制の例外や適用条件などが小さな補助標識に書かれていて、とっさに見ても判断出来ない場合もあります。利用者のことを考えるより、とにかく表示は出さなければ、という考え方に見えてしまいますね。
Posted by cycleroad at April 02, 2007 20:34
鉄下駄さん、こんにちは。コメントありがとうございます。
なるほど、人間のとっさの判断力が高ければ、左側通行とか歩行者優先といった基本的ルールだけで十分になるのかも知れません。ただ、常にその判断力や注意力を持続するのは大変なので、それを軽減するために信号や標識による秩序が必要になる面もあるのでしょうね。
また、うまく注意力を喚起するバランスをとっても、慣れてしまうと、信号や標識がなくても注意力が高まらなくなることもあるのかも知れません。
完全に人とクルマの利用する空間を分離して、物理的に不可能にならない限り事故は完全にはなくせないのでしょうし、そう簡単に解決できる問題ではないのも確かでしょうね。
林道については説明不足でした。もちろん必要なのですが、例えば一本道なのに、定期的に県道何号とか几帳面に表示してあったりすると、ちょっと無駄かな、と(笑)。
Posted by cyclroad at April 02, 2007 21:04
初めまして。常々信号機のあり方に疑問を持っていたので書かせていただきます。私の体験した具体例を一つだけ。

今は自転車通勤ですが、クルマで通っていた頃、通勤時はクルマが渋滞していました。交差点が数十メートルの間隔で二つある上、共に歩行者専用信号があるため、渋滞の避けられない場所です。ところが、ある日のこと、クルマがスムースに流れていました。何故? と疑問に思いつつ、交差点に差しかかったとき、疑問は氷解しました。停電だったのでしょう、信号機が作動していませんでした。そうなると、車同士は譲り合いながら自由に交差点を通過するため、渋滞しなかったのです。

他にも挙げたい例はありますが、信号機は「必要悪」だと思います。ただ設置すればいいという考え方は見直すべきではないでしょうか?
Posted by Paczki at April 02, 2007 22:03
Paczkiさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
実際に信号をなくした状態を体験されたわけですか。スピードも落ちそうですが、やはり通行の効率が上がって渋滞が緩和されるということのようですね。
おっしゃるように、信号機は無ければ無いにこしたことはないわけですが、あるのが当たり前になって、私たち利用者も疑問を感じない面があります。不要な場所でも、歩行者用の押しボタン式信号があれば親切に思いますし、交通量が少なく信号のない交差点に信号が設置されれば、安全になるような気がしてしまいます。自分の田舎にも信号が増えたなんて喜んでいたりします(笑)。
まず、そのあたりから意識を変えていかなければ、決して信号は減らないような気がしますね。
Posted by cycleroad at April 03, 2007 21:13
 
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