November 24, 2007

お客を虜にする自転車屋さん

アメリカ・コネチカット州、ニューヘイブンにあるお店の看板です。


ここのところ原油価格が高騰し、日本でもガソリン価格が史上最高値を更新していますが、高くなったガソリン価格と並べて、自転車なら0ドルだと強調しています。実は、これ“Zane's Cycles”という自転車店の看板なのです。クルマに乗る人にも自転車のメリットをアピールしているというわけです。

自転車ならガソリンはタダ普通の自転車屋さんに見える

看板は面白いですが、アメリカの普通の自転車屋さんのように見えます。写真で見ると、ランス・アームストロング(ツールドフランスで前人未到の七連覇を達成したプロの自転車選手)が来店したことがあるようですが、かと言って、従業員の数が特に多いわけでもなければ、特別な自転車を扱っているわけでもありません。

ところがこのゼインズ・サイクルズ、その経営手法で注目を集め、本に載ったり、日本でもビジネススクールの教材になるほど名の知れた存在です。大型量販店の進出をものともせず、毎年平均して25%も売り上げをアップさせています。世界最大のスーパーマーケットチェーン、ウォルマートをも寄せ付けない強さを発揮しているのです。

他の多くの中小自転車店が廃業に追い込まれる中、大資本を相手に、なぜこの自転車店だけが躍進を続けるのか、自転車店の関係者でなくても知りたくなるのではないでしょうか。もちろん扱っている自転車は、他の店と何ら変わらないにも関わらず、です。

右から二人目がランス・アームストロングZane's Cycles

店主のクリス・ゼイン氏によれば、どこでも同じ自転車を扱っている以上、他店と差別化できるのはサービス面しかないと言います。その徹底した顧客満足を追求する経営が注目を浴びるところでもあるわけですが、「お客が期待する以上のサービスの提供」がモットーです。

Zane's Cycles例えば、同店の販売する自転車は、なんと永久保証です。それでも大抵の人は5年ほどで自転車を買い換えるそうですが、永久保証による無償サービスを利用するのは、実際には1年目に限られることが多いと言います。2年目での利用は2割から3割、それ以降はもっと少なくなります。実は永久保証のコスト、そんなに大きくないのです。

そして、無償サービスを受けにくる人は、一方で自転車をこよなく愛する顧客でもあります。無料サービスを受けるために愛車を持ち込むと同時に、パーツやアクセサリーなどを買ってくれる人たちである場合も多いわけです。しかも、そのサービスに満足すれば、自転車仲間にも話さずにいられないでしょう。

他にも、1ドル以下の商品は無料ですし、買ったのと同じ自転車が州内で、より安く売られていたら、差額の110%を返金する価格保証もしています。実際に返金もしていますが、だいたい返金を受けた人の半数が、それで何かを買ってくれると言います。

ゼインズ・サイクルズ店内にコーヒーカウンターがある

同店で買い物したり、修理が終わるのを待つ間、お客にくつろいでもらえるよう、コーヒーカウンターも作りました。もちろんコーヒーは無料です。子供達にはジュースを出します。居心地のいい自転車店は、顧客の口コミとなって、更なるお客を呼ぶことにつながるはずです。

日本ではよくありますが、携帯電話を無料でプレゼントしたり、コネチカット州がヘルメット着用を義務付けたときには、子供用ヘルメットを原価で提供したりもしました。こうしたキャンペーンが地域の話題となり、マスコミに取り上げられたりすることで、大きな宣伝効果にもつながっています。

競合するライバル店が廃業すると、その電話番号に「この番号は現在使われていませんが、自転車店に御用のお客さまは、ゼインズ・サイクルズへどうぞ。ゼロをダイヤルすると、フリーダイヤルでつながります。」というメッセージを流して新たな顧客を獲得しています。

なぜ選ばれるのかセールの様子

学校などでの自転車の安全指導や防犯登録の推進などにも積極的に携わっていますし、地域社会へ貢献すべく、基金を設立して奨学金制度も提供しています。地元少年野球のスポンサーにもなっていて、子供やその親への名前の浸透を図っています。これらは、全て「将来の」顧客獲得のためです。

20年先、30年先を考えて、今から種まきをする戦略なのです。実際に2世代以上に渡って同店の顧客という家族も少なくありません。そのほかにも、さまざまなサービスを展開して、単にお客に自転車を売るのではなく、お客を店の虜にすることを目指しているのです。

自転車店の店員というと、当然自転車に詳しい場合が多いですが、ゼインズの店員は技術はあっても、いわゆる自転車オタクではありません。自転車にとても詳しい店員は、自分の知識でお客を説き伏せようとしてしまうので、採用しないのだそうです。このあたりも、他店と違うところかも知れません。

自ら自転車通勤をするような、ふつうの自転車ユーザーを採用すると言います。お客はほとんどが普通の自転車ユーザーなわけですから、普通の人の気持ちや感覚のわかる、普通の人を採用することが大切だと考えているのです。これらも全て、顧客の満足度を高めるための方法論です。

用品なども充実店員は「普通」の人

自転車は日常的に使う道具であり、故障や部品の破損なども起きます。当然、自分で直せるとは限らないので、自転車店のお世話になります。アクセサリーやウェアなどの周辺商品も少なくありません。ゼインズの顧客満足度を重視する経営戦略は、具体的な手段の部分はユニークとしても、まさに王道と言うべきものでしょう。

これが日本だったらどうでしょう。非常に安価なママチャリが大部分を占めている点で、アメリカとは市場構造が大きく違います。非ママチャリの部分でなら、あるいは同じような戦略が成り立つかも知れません。ただ、ママチャリのシェアが圧倒的なわけですから、難しい部分もありそうです。

もちろん、日本の自転車店にコネチカット州の一自転車屋を見習えなどと言うつもりはありません。でも、ユーザーとしては、このような自転車店があったら、そのファンになってしまうだろうことも確かです。近所にあったらいいなと思う人は少なくないでしょう。(日本にもあるかも知れませんが..。)

日本でも、安価なママチャリの普及と大手量販店の攻勢に晒され、街の自転車屋さんは減りつつあります。スーパーマーケットで売っていないようなスポーツバイクのユーザーとしては、技術力のある街の自転車屋さんには無くなって欲しくありません。アメリカの例のようにはいかないでしょうが、なんとか頑張って欲しいものです。



北日本は11月だと言うのに大雪で大変そうですが、他の地域はこの連休、お天気に恵まれているようです。絶好の自転車日和ですね。大阪ではサイクルモードも開催されますが、大盛況かも知れません。

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この記事へのコメント
自転車屋さんの技術は素晴らしいものがありますね、
修理の時とか盗み見して技術を学ぼうとしてますがとてもハイレベルで難しいです。
やっぱり大手の雇われ人には及ばない領域の気がします。



Posted by 田舎者 at November 26, 2007 22:35
ぼくは、てっきり、ニューヘイブンだと思ってました。
Posted by 赤蝮銀次郎 at November 27, 2007 06:24
田舎者さん、こんにちは。コメントありがとうございます。
そうですね、やはり研鑽や熟練の成果なのでしょう。私も自転車屋では、作業をじっくり観察したりしますが、見て理解するのと、実際にやってみるのとでは大きな差があります。見よう見まねでやってみても、なかなかうまくいくとは限りません。もちろん、売っておしまいの量販店では提供出来ない部分ですし、信頼感にも影響する部分だと思いますね。
Posted by cycleroad at November 27, 2007 23:22
赤蝮銀次郎さん、こんにちは。コメントありがとうございます。
カタカナでの英語の表記の問題なので、どちらかが間違いとは言えないと思いますが、ニューヘイブンとの表記も多いかも知れませんね。ヘブンだけなら、ヘイブンという表記より一般的な気がしたので、なんとなく深く考えずに書いてしまいました。コネチカットだけでなく、英米などにはありふれた地名なので、ニューヘブンと表記している人も少なくないと思いますが、いずれにせよ同じ地名を指しているということで..。
Posted by cycleroad at November 27, 2007 23:35
そうですね、ヘブンって言うと何か「天国(heaven)」みたいですもんね。ニューヘイブンは「新しい港(haven)」ですからね。
Posted by 赤蝮銀次郎 at November 28, 2007 04:23
赤蝮銀次郎さん、こんにちは。コメントありがとうございます。
私が見間違っていました。“haven”だったんですね。“heaven”と勘違いしていました。“tax haven”なんかの“haven”ですね。よく見ずに“New Heaven”だと思い込んでいました。お恥ずかしい(笑)。
ニューヘブンと表記している人も少なくないのは確かだと思いますが、私もその表記に引きずられて、てっきり“New Heaven”なのだと思っていました。何となく思い込みで、「新しい楽園」なのだろうと..。
これは、明らかにニューヘイブンと表記すべきですね。さっそく訂正いたしました。
ご指摘ありがとうございました。
Posted by cycleroad at November 28, 2007 20:53
 
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