June 15, 2008

科学に見えるが科学的でない

先日、ちょっと驚くようなニュースを見ました。


私が見たのは、テレビ東京系列のワールドビジネスサテライトという番組だったのですが、なんと「水だげで走る車」が発明されたというのです。にわかには信じられない話です。同番組のウェブサイトにニュースとして記録が残っています。


水で走る自動車水で走る自動車[08/6/12]

大阪のベンチャー企業がきょう発表したこの車。ガソリンではなく、水をエネルギーに走る、究極のエコカーです。この車の正体は電気自動車。搭載された特殊な装置に水を注入すると電気に変換され、車が走る仕組みです。

装置の要となる、”ウォーターエネルギーシステム”。水から水素を取り出し、その水素から電子を放出して発電します。これまで実験レベルのものはありましたが、今回の製品で実用に耐えるレベルまで高めました。

「反応を制御して、水素を安定供給させるのが難しかった」(平澤潔 社長/ジェネパックス)

もちろんCO2の排出はゼロ。水1リットルでおよそ1時間走れ、時速80キロまで出すことができます。環境意識の高まりや原油高騰を追い風にして、現在、自動車メーカーなどの協力を募っています。

「電気自動車は充電が必要なので、充電装置として搭載してほしい」(平澤潔 社長/ジェネパックス)




実際の番組の問題の部分が投稿されています。テレビ東京系列だけでなく、フジテレビ系列の朝の番組にも出たそうです(下の動画)。未確認ですが、NHKにも出たという話もあります。そのほか、日本経済新聞系列のサイトなどでも紹介されています。



なにげなく聞いていると、次世代の水素自動車の一種かと勘違いしそうです。水素カーの仕組みは、石油などから取り出した水素を空気中の酸素と反応させて水になる化学反応からエネルギーを取り出すものです。この仕組みは燃料電池として一部実用化されています。

しかし、この「水だけで走るクルマ」は、似ているようで全く違います。水から水素を取り出すためには相当のエネルギーが必要であり、科学的に説明がつきません。仮に今まで知られていないような水素の取り出し方があったとしても、物理学的にありえないでしょう。

たしかに科学技術は日進月歩ですし、今まででは考えられなかったような新しい技術が実現しています。私は科学者でも専門家でもないので、私の思いも及ばないような新しいものが出てきてもおかしくはありません。しかし、新しい技術と言っても、物理法則に反するようなものではないはずです。

ウォーターエネルギーシステム産業革命が起きた時も、一般の人は誰も信じられなかったのかも知れませんが、これが本当なら永久機関が出来てしまうわけですし、産業革命どころの騒ぎではありません。どんな新技術であろうと、いくらなんでも、これはあり得ないでしょう。

水だけでクルマが走るのであれば、エネルギー源として原油はいらないことになってしまいます。原油価格は暴落し、世界的に石油精製会社もタンカー造船会社もガソリンスタンドも軒並み倒産です。石油輸出国はパニック状態になるでしょうし、金融市場も大混乱に陥ります。

わざわざ発電所で発電して送電する必要もなくなり、発電所全てが不要になります。地球温暖化問題も一挙に解決ですが、今までの産業構造やインフラから何から、その根底から覆ることになり、世界中で社会が大混乱になるのは間違いありません。そして全く新しい世界が出現することになるでしょう。

水だけで走る車実際のところは当たり前ですが、発表から3日経っても世界には何の影響も出ていません。すでにネット上ではツッコミを入れる人がたくさん出ていますが、テレビが取り上げたということで、信じてしまう人も結構いるようです。確かに本当なら夢のような技術です。

テレビとしては、ベンチャー企業のプレスリリースを受けて報道しただけということなのでしょうが、ちょっと問題のような気がしないでもありません。というより、このベンチャー企業自体、どういうつもりなのでしょうか。信じているのか、何らかの間違いなのか、他に意図があるのか、よくわかりません。

実際に試作車が登場しているので、本当のことと信じてしまう部分もあるのでしょう。ただ、ベースとなっているクルマは別のメーカーが販売する電気自動車で、バッテリーで動くものです。当然走りますから本当っぽく見えてしまうわけですが、問題となるのは、ウォーターエネルギーシステムと称する部分です。

日経ネットにも掲載されています。


「水と空気だけで発電し続けます」、ジェネパックスが新型燃料電池システム披露

ジェネパックスは2008年6月12日、水を燃料とする燃料電池システム「WES:Water Energy System」についての技術発表会を大阪府の議会会館で開催した。燃料極に水を、空気極に空気を供給するだけで発電できることから、CO2を排出しない。

基本的な発電の仕組みは水素を燃料とする燃料電池と同じ。ただし、同社のMEA(膜/電極接合体)には水を水素と酸素に化学反応で分解させることが可能な物質を含ませているのが最大の特徴という。詳細は明かさなかったが、「昔から知られている水から水素を取り出す方式をMEAにうまく組み込んだ」(ジェネパックス 代表取締役 社長の平澤潔氏)とする。これは金属水素化物と水を反応させた際に水素が取り出せる仕組みと近い方式としているが、こうした方式よりも長期間、水から水素を取り出せるのが特徴とみられる。(2008年6月13日)


水から電気をつくるもっともらしい説明ですが、化学反応で水素を得るならば、「水だけで」とはならないはずです。同社のサイトを見ると、一見まともそうに見えますが、肝心の仕組みを説明していない子供だましに見えます。もちろん企業秘密の部分もあるでしょうが、それにしても納得できる説明はなされておらず、正直、見れば見るほど胡散臭く感じます。

この企業についての評価はともかく、ベンチャー企業の挑戦を非難するつもりはありませんし、新しいことに取り組む姿勢、ベンチャースピリットを否定するものでもありません。もちろん、先進的な技術革新に取り組み、画期的な業績をあげるベンチャー企業もたくさん存在します。

ただ、似非科学とでも呼ぶべき怪しい理論や、それを元にした商品も巷には溢れています。科学を装った詐欺まがいのものも少なくありません。一見科学的に見える説明をされると信じてしまいがちですが、本当はまるで意味のない商品なども当たり前のように流通しています。

詐欺に遭わないためには、そうしたものを冷静に見、あるいは疑ってかかる姿勢も必要でしょう。場合によっては、素人が嘘やごまかしを見抜くのは困難ですが、わからない、理解できないものを、ただ「科学っぽい」というだけで、むやみ信じてしまうのは避けた方がよさそうです。



サーバーがビジーになっているのか、非常にレスポンスが悪くて一向に作業が出来ず、更新が遅くなってしまいました。

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この記事へのコメント
いつも興味深く拝読させてもらっています。
あくまでも個人的な感想ですが・・
科学的にありえないと言い切ってしまうのはちょっと危険かなぁと感じました。
例えば水素化リチウムは水に投じると激しく反応して水素を発生する(LiH + H2O → LiOH +H2)
そうなので、おそらくこのようなことを利用しているのではないかと推察します。
当然、反応物質が無くなれば化学反応は終わるし、元の物質を作るのにエネルギーが必要になるはずです。
客観的に見てどうかは分かりませんが、WESの特徴として
"電極の劣化が極めて小さく、長時間発電を継続できる"ことを挙げているのに対し、
”水と空気だけ”とか”いつまでも発電し続ける”という報道や表現の方に問題があり、
これが物議を醸しているように思います。
電解液の代わりに水を使った電池システムと見ればしっくりくるのかもしれませんね。
Posted by 蹴玉芯 at June 16, 2008 20:34
蹴玉芯さん、こんにちは。コメントありがとうございます。
そうですね、そのような化学反応があることは、私も存じています。水電池などと呼ばれるようなものも製品化されていますね。
化学反応で電流を発生させるのは、いろいろ種類はあるにせよ、それは『電池』であり、おっしゃるように反応物質がなくなれば終わります。今までとは違う種類の電池ということであれば、不思議でもなんでもありません。
ただ報道などにあるように、この会社は、水さえ補給すれば永続的に電流を発生し続けると説明しているようです。確かに報道の仕方の問題かも知れませんが、報道のほうも、会社の説明を受けてのことのようです。
(続く)
Posted by cycleroad at June 16, 2008 21:43
(続き)
私の断定的な書き方が良くなかったかもしれませんね。
ただ、それでも発表の通りなら、熱力学の法則から言っても、やはりあり得ないことです。表現の問題とするなら、会社の信頼を疑わせるようなヒドイ説明と言わざるを得ません。
人騒がせであり、真実と大きくかけ離れた詐欺と言われても仕方がないような、あまりに無責任な発表と言って差し支えないのではないでしょうか。
Posted by cycleroad at June 16, 2008 21:45
 
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