December 20, 2010

見えているけど見てはいない

自転車で道路を通行中、ヒヤリとすることがあります。


いろいろありますが、例えば並走するクルマ、特にトラックやバスなど大型の車両が、道路の端の方へ寄ってきた時もそうです。いわゆる「幅寄せされる」という状況ですが、下手をすれば接触し転倒して、後輪に巻き込まれて轢かれることだってあり得ます。ヒヤリとする瞬間です。

Cycling, www.tfl.gov.uk中には、明らかな故意や嫌がらせで幅寄せされるようなケースもあるでしょう。自転車が邪魔で目障りだとか、歩道を走るものと目の敵にする人もいます。相手にケガをさせたり死亡させる可能性があるのに、その行為がもたらす結果の重大性に思いが至らないような未熟なドライバーや、身勝手で短気な人も存在します。

ただ一般的に、わざわざそのような危険な行為に及ぶとは思えません。人身事故となれば、自動車運転過失致死傷罪として刑事責任は重大ですし、賠償などの民事責任や行政処分も免れません。常識的にはそんなリスクを冒す意味はないわけで、幅寄せは故意ではなく偶発的な場合も多いはずです。

Cycling, www.tfl.gov.ukつまり、自転車が側方や後方にいることにドライバーが気づかないという状況です。実際問題として自転車の存在を見落としたり、気づかないことによって事故は起きています。ドライバーの注意不足、あるいはミスということになるわけですが、いずれにしても自転車側にとっては、たまったものではありません。

自転車側にしてみれば、大型車両の真後ろなど、明らかに死角に入ってしまった場合はともかく、側方ならばバックミラーで確認できるものと思っています。ミラーに映る位置にいれば、当然見ているだろうと思ってしまいますが、必ずしも見ているとは限らないことに注意しなければなりません。

Cycling, www.tfl.gov.uk大型の車両の場合、バックミラーも大きいですが、左側のミラーまでは運転席から距離があります。そこに小さく映っている自転車を見逃す可能性は否定できません。幅がないのでミラーへの投影面積は小さいですし、背景に溶け込んでしまう可能性もあるでしょう。逆光や薄暮、夜間など、視認性の悪い場合も当然あります。

うっかり見過ごす以外に、ミラーを見ていなかったり、見るのが間に合わないことも当然あり得ます。例えば、突然前のクルマが右折のウィンカーを出してスピードを落としたため、それを避けようと、ミラーを見る間もなく左側にハンドルを切るかも知れません。

見えているものと思っている自転車側には、予測もつかないような動きをすることがあるわけです。さらに、本当に見えない場合もあります。自転車に乗る人からは想像しにくい死角の存在です。例えば、その車両がトレーラーだったりした場合、普通の大型車とは違う死角が出来る可能性もあります。

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それを端的に示した画像がイギリスのロンドン交通局のサイトにありました。ここにいる全ての自転車が、ドライバーからは死角になっていると言うのです。ミラーの角度や映せる範囲があるのはわかりますが、こんなに広い死角があるとは驚きではないでしょぅか。

普通のトラックやバスなどの大型車とは違って、いわゆるトレーラーは、途中で車体が折れ曲がるような形になります。運転台も高い位置にありますし、キャビン(運転席部分)と荷台部分の角度によっては、この12人全員が見えないことは充分ありえます。ロンドン交通局は、そのことをサイクリストに啓発しているのです。

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イギリスは日本と同じ右ハンドルなので、この画像、日本人が見てもわかりやすく、インパクトがあると思います。トレーラーなどの牽引車両の死角は、私たちが想像するよりはるかに大きいのです。驚きの事実かも知れませんが、このことは知っておいて損はありません。

見落としている場合、見るヒマがない場合、死角で見えていない場合のほかにも、危険があります。それは、見えているのに、見ていない場合です。言葉で説明するとわかりにくいですが、これも端的に表している動画が、同じロンドン交通局のサイトからリンクされています。




この動画、銀行強盗のシーンですが、最初に出てくる警備員が、その前を通る通行人に比べて巨大です。さらに防犯カメラも、バッグに詰めるお札も、カウンターの下の非常通報ベルも巨大です。最後に出てくるバックミラーに映った後方の交差点を横切るクルマ、イギリスのパトカーも巨大です。

老婆心ながら説明しておきますと、これは、銀行強盗犯たちにとって関心の高いもの、死活的に重要なものが大きく描かれているのです。目には全体が映っているのですが、視線は、警備員、防犯カメラ、お札、防犯ベル、そしてパトカーに目が行っていることを表しています。

最後のシーンで、後ろから来る自転車も目に映っているはずなのに、パトカーに注目するあまり、見ていないというわけです。この銀行強盗グループの運転係、パトカーばかりに注意がいっていたので、クルマを出そうとした時、見えていたはずの自転車を見落としてしまったというオチです。

これは、一般の人のふだんの運転の時にも十分起こり得ます。何かに目を奪われて、つまり脇見をして見えないのではなく、完全に視界の中に入っているのに、なぜかその情報が欠落してしまうということが起こるのです。安全のため、ドライバーがそんな状態になる可能性も頭に入れておく必要があるでしょう。

運転中に携帯電話の通話が禁止されたのも、これが一因です。会話に集中するあまり、脳の情報処理の大きな割合を占めてしまい、視覚からの情報が疎かになる場合があります。会話に熱中して、見えているのに意識出来ない、その見えているものの危険性やリスクを判断できないということが起こりうるのです。



こちらの動画を見れば、見えていたはずなのに気づかなかったということが体感できるかも知れません。初めから内容を知っていると見えてしまいますが、知らされていないと全く意識出来ないと思います。後から指摘されて、やっと見えていたことがわかるでしょう。他のものも同じです。







これらの例が示しているのは、「見えていると思いこむのは危険。」ということです。見えているとは思っても、見えていない可能性を意識して行動するのが、事故に遭わないためには重要です。ドライバーに注意を呼び掛けるものですが、被害に遭う側、自転車や歩行者も自分で身を守る知恵とすべきでしょう。

ところで、このロンドン交通局のサイト、他にもいろいろな自転車関連の情報があって、なかなか興味深いものがあります。ここに挙げたように、ロンドンやその近郊に住んでいなくても、自転車に乗る人にとって有益な情報が含まれています。

Cycling, www.tfl.gov.uk注意すべきは、ロンドン交通局が、自転車を重要な都市交通の一つと位置付けていることでしょう。これが日本の大都市の交通局ならば、自らが運営する地下鉄やバス路線などの情報提供だけで、自転車のことなんて全く関係ないという立場ですから、こうした情報の掲載は望むべくもありません。

イギリスと日本とは行政機構も違う部分があるので、一概に比較するわけにはいきませんが、日本とは自転車に対する考え方からして違うのもあるでしょう。イギリスで市民の乗る自転車は、公共交通と相互に補完し合い、路上で共存する交通手段であり、都市交通の秩序の中に位置づけられる存在です。

Cycling, www.tfl.gov.uk日本では、法律ではれっきとした軽車両であるにも関わらず、間違った道路行政によって、自転車は歩道を通行する存在のように思われています。これにより、自転車は曖昧で中途半端な状況に置かれ、無茶苦茶で無秩序な通行がまかり通り、そのことが歩道上でも車道上でも事故をひき起こす遠因になっています。

現実問題として、このような間違った位置づけにしてきたことにより、人々は歩行者の延長のような気持ちで自転車に乗り、交通法規を無視し、それが事故や道路交通の秩序を乱すことにもなっています。交通当局にとっても、自転車は公共交通にとって厄介で邪魔な存在で、路上で共存する存在という意識には至りません。

Cycling, www.tfl.gov.ukイギリスでは、自転車も交通法規に従って車道を走る車両として認識され、基本的に市民もそうした意識で乗っています。一方、日本では安全のための知恵どころか、交通ルールすら知らない、守っていない大人が大勢います。この差は大きいと言わざるを得ません。

きちんと法規に則り車道を正しく走行している人には、こうした安全の知恵も有効ですが、知恵以前に交通法規も守っていないのでは話になりません。イギリスの自転車乗車中の死亡事故死者数の割合は、日本のそれと比べて4分の1以下です。このあたりの差にもなっているのでしょう。

イギリスでは交通安全のために啓発を行っていますが、日本では、まず交通法規を守ることを啓発しなければなりません。長年の間違った道路行政の結果、無法な走行をする自転車や、自転車は歩道を走るものと思い込んでいるドライバーが、正しく走行している自転車の脅威になっていたりもします。

人々の意識を転換するのは容易ではありませんが、この状況を是認したままでは、多くの利用者に、自転車は道路交通の一部として法を遵守すべきことや、その必要性を痛感させることもないでしょう。まず自転車の位置付けを社会全体で根本的に見直していかなければ、「路上でヒヤリ」は減らないのかも知れません。


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年の瀬で、つい気が焦って、ふだんは気を付けているのに...なんてこともあります。気をつけたいですね。

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この記事へのコメント
興味深い映像が沢山ありますね!
トレーラーの写真ですが、こんなに死角ばかりの乗り物と同じ場所を走りたくないです。
Posted by ヨッシー at December 21, 2010 20:14
見えているけど見てはいない、イリュージョン無しに世界は見えないことを思い知らされました。
自分勝手な思いこみをせぬよう、ついうっかりが不運を招かぬよう、気をつけたいと思います。
安全のための本来ルールを意味とともに知っておく、知らないものには知らしめておくことが大前提ですね。正しい知識を持って、自らの行いがどんな可能性を秘めているのか、想像できますように。
Posted by 七九爺 at December 21, 2010 20:56
こんにちは。

日本だと車の幅寄せ等、嫌がらせの話をよく聞きますが、ヨーロッパ(自転車先進国)だと真逆でサイクリストに対してドライバーが応援の意味を込めて手まで振ってくれるとか・・・

自転車に対する意識の違いは非常に大きいですね。
Posted by さすらいのクラ吹き at December 22, 2010 08:32
大型トラックの死角を見て驚きでした。まさかここまで死角が多いとは。
大型観光バスは運転席が低いですから、側面の認識性は多少良いと思いますが、また違う死角があるのでしょうね。

銀行強盗のCMは、交通安全の啓発CMという事で、発想とセンスの良さに脱帽です。まいりました。

自転車のマナーに関しては、あまり人のことは言えません。スポーツ車に乗っているときとママチャリに乗っている時では、後者の時に甘えを持っている気がします。本当に考えさせられます。日本の自転車行政に関して鬱積したものがありますが、その前に自分自身から変わらなくてはいけませんね。
Posted by 太泉八雲 at December 22, 2010 19:07
ヨッシーさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
そうですね、ただ実際には走らざるを得ないこともあります。
トレーラーが左折する時は、普通の大型車に比べても死角が大きくなるわけですが、後方からだと、普通の大型トラックとトレーラーと見分けがつかない場合がありますので、そのあたりも気をつけないといけないですね。
Posted by cycleroad at December 22, 2010 23:30
七九爺さん、こんにちは。コメントありがとうございます。
ドライバーの視界に入っていて、見えているはずなのに、認識されていないとは怖いものがありますね。
同じことは自転車のほうにも起こりえます。自転車に乗りながら携帯電話で会話をしていて、熱中するあまり、見えているのに見ていないということが起こりえるわけです。
同じ自転車同士でも危険にさらされる場合があります。禁止されているにもかかわらず、ケータイを使いながらの乗っている人をよく見ますが、実際に危険なことを認識してほしいですね。
Posted by cycleroad at December 22, 2010 23:43
さすらいのクラ吹きさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
欧米と決定的に違うのは、自転車が車道を通るのは当たり前であり、路上で共存すべき存在という認識が当たり前のようにある点でしょう。日本の道路行政の誤りが非常に大きな禍根を残しています。
そのほかにもいろいろ理由はあるのでしょうけれど、やはり、市民社会の成熟度が違う気がします。
ママチャリが大多数の日本とは、自転車文化に歴史的にも文化的にも大きな差があることも、自転車に対する意識が決定的に違ってくる背景にあるのでしょうね。
Posted by cycleroad at December 22, 2010 23:54
太泉八雲さん、こんにちは。コメントありがとうございます。
大型トラックも死角は大きいですが、トレーラーになると、また大きくなるという点にも驚きます。
そうですね、こういうユーモアのある啓発ビデオを作るあたり、日本の当局とは一味も二味も違う気がします。
交通ルールを守ったり、安全ということに関して敏感になることは、ややもすると軽視しがちです。しかし、自らを客観的に見て反省し変えていくことは、自分の身を守ることでもありますから、とても重要なことだと思います。
自分は大丈夫だと驕ることなく、必要に応じて変えるべきであり、そのことに気づくことが大切なのでしょうね。
Posted by cycleroad at December 23, 2010 00:09
 
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