
銀輪の死角:どうなる走行規制/4 「もう車道は走れない」
道路交通法は自転車を「車両」と規定し、車道走行を求めている。なのに、それを守ろうとすると事故に巻き込まれる。それが、日本の現状だ。
昨年10月15日、本紙朝刊の投書欄「みんなの広場」に、自転車レーンの設置を強く望む女性の投稿が載った。自転車で車道を走っていた夫が車とぶつかり、全身まひになった。「このような体で生かされていることがよいのか」と一時、精神的に追い詰められたこと、自分も怖くて自転車で車道を走れないことが書かれていた。「このような思いは私たち家族だけで終わりにしたい」。そう締めくくられていた。
投書を寄せたのは、神奈川県茅ケ崎市の若山則子さん(52)。一昨年の11月20日、夫の肇さん(51)が同県藤沢市の海岸沿いを通る国道で事故に遭った。片側3車線と広いものの、自転車レーンはなく、最も歩道寄りの車線を走っていた。交差点に差し掛かった時、車に追突し車体に頭を強く打ち付けた。病院に運ばれたが、首の骨を折り、一時心肺停止になった。
車を運転していた60代女性は「赤信号で停止していたら追突された」と警察に語った。肇さんに事故の記憶はない。目撃者もおらず、肇さんは「加害者」になった。
肇さんは、大手自動車メーカーでバイクのテストドライバーをした経験がある。自転車にも好んで乗り、「車両」であることを認識していた。車に幅寄せされたり、急停止されたりしたこともあるが、当然のように車道走行を守っていた。
今も首から下は動かせない。病室のベッドで、記者に「もし治ったら、自転車で車道を走りたくない。歩道をゆっくり走るよ」と言って、小さく笑った。
「単身赴任したと思って」。則子さんは、肇さんにそう慰められる。夫婦2人の生活から、1人暮らしになって1年9カ月。「75歳になっても一緒に遊ぼうね」と約束していた。友人から「夫がシャワーを出しっぱなしにする」と愚痴をこぼされると、文句を言う相手がいることが幸せなんだと言いたい。仕事から帰り、電気を消し忘れた自宅を見ると、一瞬だけ、夫が帰ってきたんだと思ってしまう。
「防げるなら、夫のような事故を防ぎたい。誰にも事故のつらさ、悲しい思いを経験してほしくない。そう思っています」(毎日新聞 2011年8月19日)