September 10, 2011

今こそ転換すべきではないか

東日本大震災から半年が経ちました。


マグニチュード9.0、阪神淡路の1450倍という超巨大地震だったわけですが、あらためて、地震はいつどこで起きるかわからないというシンプルな事実に思いが至ります。これほど巨大な地震を誰も予測していませんでしたし、地震学者も、日本でこれだけの地震が起きることを想定すら出来ていませんでした。

今回の地震と津波を受けて、全国の自治体では被害想定や対策の見直しが始まっています。地震学者は想定外の地震だったとしていますが、世界では起きているわけで、こうした大きな規模の地震の発生を想像だに出来なかったとすれば、地震学者の存在意義が疑われかねない事態です。

東日本大震災阪神淡路大震災の時もそうですが、今回も多くの定説が覆ったそうです。地震を予見し、被害を減らすための研究が地震のたびに覆るのでは、果たして前もって研究する意味があるのかと言われても仕方がありません。そもそも、地震予知が可能かどうかすら疑わしいという事実に突き当たります。

今の地震予知は、1944年の東南海地震で、直前に異常な振動が観測されたという一人の地震学者の報告から始まったそうです。事前に異常が察知できるならば、地震の予知は可能かもしれないと考えたわけです。しかし、その後、このデータやその解釈には多くの学者から疑問が示されています。

いわゆる前兆すべりと呼ばれる現象ですが、現在、この発生を捉えるために一部で大規模な観測体制が敷かれています。しかし、この前兆すべりも必ず起きるとは限らないと指摘されており、44年の東南海地震の例だけで地震予知に可能性があるとする考え方自体に、懐疑的な学者もいます。

アメリカでも西海岸では大地震が発生します。その地震を予知しようと、さまざまな機器を設置して監視体制をとっていました。これ以上ない観測体制を敷いたため、地震予知の最後の砦と言われ、これで無理ならば予知は不可能とまで言われた体制でしたが、結局2004年に起きた地震の前兆現象は検出できませんでした。

今年4月、東京大学のロバートゲラー教授は英科学誌ネイチャーの電子版に論文を発表し、現代の科学技術では地震の予知は不可能であると断言しています。さらに日本政府は国民に対し、予測不可能な事態に備えるよう呼び掛けるべきだと主張しています。

東日本大震災教授は論文で、東日本大地震が予測できなかったように東海地震も予測できないと言っています。「予知できる地震はない。これは鉛筆を曲げ続ければ、いつかは折れるのと同じことだ。それがいつ起きるのか分からない。」と述べています。

教授は、地震が一定の間隔で繰り返すこと自体に否定的であり、世界の地震記録を見ても同じ場所で起きていない、GPSなど近代の測定技術でも前兆が観測されたことはないことを指摘しています。確かに、65年から始まった政府の地震予知でも、前兆すべりも含め、前兆は一度も捉えられていません。

なるほど、プレート境界の付近で頻発するのは確かだとしても、全く同じ場所で起こるわけではありません。一定のエリアで考えれば繰り返しているとも言えますが、周期も、100年だったり150年だったり幅があります。もしかしたらパッタリ起きなくなってしまうかも知れません。

地震が起きる地中の様子は見ることが出来ませんし、観測機器でわかるのは、ごく一部のことに過ぎません。地球全体から見れば、表面のごく一部のことしかわかっていませんし、46億年の歴史から見れば、ごく僅かな期間の記録しかありません。素人から見れば、予測が到底無理なのは当たり前に思えます。

鉛筆でさえ、いつ、どこから折れるかわからないのに、複雑系の極みとも言うべき岩盤の中でおきる現象を、今の科学で予知出来ると考えるほうが無理と言う意見には説得力があります。逆に予知の根拠は疑問だらけです。まだまだ地震のことはわからず、予知なんてとんでもないと謙虚に構えるべきではないでしょうか。

地震予知は不可能原発事故は起きないと言い張ってきた学者に比べ、地震学者は地震が起こらないと言ってきたわけではありません。しかし、言い方は悪いですが、あたかも地震の予知が出来るかのような幻想を抱かせ、毎年100億円以上の予算を使わせてきたとするなら、意図的ではなかったとしても、利権の構造そのものです。

ここはゲラー教授が言うように、地震予知をやめるべきではないでしょうか。地震そのものの研究をするのはいいとしても、地震の予知は無理だと認め、予知の体制は一切廃止すべきです。出来もしない予知に使うより、防災対策に使うか、毎年100億、積み立てでもしていたほうがマシです。

東海地震の想定される地域に住む子ども達の中には、「東北の人たちは、地震がいつ来るかわからなくてかわいそうだね。」などと言う子がいるそうです。政府も、他の地震はともかく、観測体制が充実している東海地震だけは予知できる可能性があるとしており、そう教えられているからです。

大人でも、予知が出来るような気がしていないでしょうか。もちろん、正確に日にちや規模がわかるはずはないとしても、なんとなく前兆くらいは捉えられるのではないかという気にさせられている人、漠然とそう思っている人も多いのではないでしょうか。この予知が出来るという幻想は危険を招きかねません。

ちなみに、緊急地震速報と地震予知は別物です。緊急地震速報は、地震のP波が観測された時点でS波の揺れが届く前に知らせるものであり、震源に近いと役に立たないものの、有効な手段です。最近はケータイなどにも配信されるようになって便利になりましたが、これと予知を混同している人も多いのではないでしょうか。

日本人は知らない「地震予知」の正体もし予知が出来れば、たしかに人的被害は大幅に減るでしょう。しかし、何か前兆が現れたら避難すればいいと思っていると、家具を固定するなど、家の中の危険を減らす対策が疎かになる可能性があります。そこへ何の前触れもなく突然地震が発生すれば、被害はかえって大きくなる可能性はないでしょうか。

そもそも直下型地震は予知できません。海溝型地震も無理と認め、一切の体制を解除してしまえば、いつ地震が起きるかわからない本来の状態となり、人々はかえって地震に備えるようになるでしょう。前兆が検知される可能性がないとは言いませんが、今回のように、前兆もなく突然起きるのが地震ではないでしょうか。

今回、前震と思われる地震が起きていたことが、後からわかりました。しかし、日本各地でマグニチュード4以上の地震は、毎年およそ1千回程度も発生しています。どれが大地震の前震か判定するのも難しい話でしょう。ちなみに今年に関しては、すでに4千回を超えています。

せっかくの予知体制をやめるのは不安な気もしますが、結局予知出来なかったとなる公算が高く、かえって被害を増やす可能性があるのならば、思い切ってやめてしまう手はあるでしょう。ふだんだったら無理かも知れませんが、東日本大震災を経験した、今ならやめられる可能性があります。

三陸地方は津波に何度も襲われた地域です。世界最大規模の防波堤や防潮堤なども設置されていました。しかし、巨額の費用をかけた施設も、今回の津波を防ぐことは出来ませんでした。むしろ、最新の津波対策が行われているとの過信から、それほど大きな被害は出ないだろうと避難が遅れたとの証言もあります。

連動地震多少は避難する時間が稼げたのではないかとの指摘もありますが、莫大な費用を使ってその程度では、パフォーマンスが悪すぎます。巨大な堤防がないほうが危機感が高まり、より速く避難出来たかも知れません。それらの施設は津波を防げなかっただけでなく避難を遅らせ、むしろマイナスに働いたという見方も出来ます。

先日も台風による豪雨被害が紀伊半島を襲いましたが、治水ダムから防護壁、堤防や護岸、砂防ダムなど災害対策の施設は日本中に数え切れないほどあります。災害対策のために設置され、地元に安心感を与えたものの、実際には効果を上げなかったもの、避難を遅らせたものもたくさんあるに違いありません。

近年やっと、ダムやスーパー堤防などが無駄な公共工事として槍玉にあがり始めましたが、これまでに地元への利益誘導で、その効果より政治的な意図から設置されてきたものも多いはずです。地震予知だけなら百億円規模です。これも大金ですが、防災関連の事業費全体で考えれば、それこそ莫大な金額になります。

今後、日本は高齢化し、人口が減って税収も減り、これまでのように予算がかけられないのは明らかです。道路や橋など、基本的なインフラの既存部分のメンテナンスですら、その予算の捻出が危ぶまれている自治体も少なくありません。そう考えれば、これまでの考え方の転換は不可避です。

最近は、防災から減災へという考え方も広がってきています。お金をかけたからといって、災害が防げるわけではありません。だとするなら、思い切って無駄な地震予知や、結果として役に立たない防災対策の予算を削減するという考え方は有効なはずです。

東日本大震災地震はともかく、津波や水害などの場合、避難によって人的被害は低減できます。もちろん必要な施設もあると思いますが、無駄な地震予知や役に立たない施設を整備するより、危機感は増すかも知れませんが、避難体制の充実を図るなど、ソフト面や、より効果的な減災対策へとシフトすべきではないでしょうか。

当然、原発の問題もあります。核燃料サイクルという今のところ全く無駄になっている研究にも、膨大な予算がつぎ込まれてきました。日本のエネルギー政策の見直しも含め、東日本大震災と原発事故を経験した今だから出来ること、今こそやるべきことも少なくないはずです。

従来の考え方を転換し、無駄な事業を削減して歳出面から財政再建を進める絶好の機会です。震災から半年ですが、すぐに時は経ちます。今しか出来ないことは少なくないはずです。残念ながら、起きてしまった大震災を、せめて今後に生かすためにも、この機会を逃すべきではないと思います。





9・11からも10年ですか。9・11は世界を大きく変えましたが、3・11で日本も大きく変われるでしょうか。


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この記事へのコメント
こんにちは、ルーカスです。

いつもお世話になっております。

参考にさせていただきます。

応援ポチッと!
Posted by 筋トレのルーカス at September 12, 2011 15:16
筋トレのルーカスさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
参考になるかわかりませんが、多くの人に考えてみてほしいですね。
応援いただきありがとうございます。
Posted by cycleroad at September 12, 2011 23:01
こんにちは。

人間は、いつの時代も天災の前では非常に無力だ。莫大な費用を投じて造られた予防策も、マイナスに働いたと言うのであれば血税をドブに投げ捨てたも同然だ。管理人さんも言うように、いつ起こるかも分からない天災の防災対策に莫大な予算を使うよりも減災に、そして災害時に備え積み立てる方が理に叶っている。
Posted by passerby Ω at September 18, 2011 15:36
passerby Ωさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
今回の大津波は想定外で、通常の高波や、普通の津波だったら十分に意味があったのかも知れません。
ここまでの大津波では無理だが、普通の津波対策として役に立つならば整備すべきと言われれば、そうなのかも知れません。
ただ、結果として、安心感、期待感から避難が遅れたという発言も多いようなので、思い切って海岸をコンクリートで固めるのをやめる手もあるような気がしますね。
Posted by cycleroad at September 18, 2011 23:22
ロバート・ゲラーはとんだ食わせ者だとの意見もありますが、その点いかがでしょうか?

http://quasimoto.exblog.jp/14604278
Posted by kuriha at September 30, 2011 12:11
kurihaさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
なるほど、そういう意見もあるんですね。
私は、別にロバートゲラー教授を特に支持しているわけではありません。
たまたまニュースなどで取り上げられていたので知っただけで、元々知っていたわけでもありません。
ただ、地震予知が可能かのように錯覚している部分があるというのは一理あると思います。
現に予知が出来ていないのですから、それを自覚して、予知できないことを前提に行動すべきだという意見は、耳を傾ける価値があるのではないかと思います。
Posted by cycleroad at September 30, 2011 23:51
 
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