October 04, 2012

現場で展開される宣伝コピー

街を走ると、たくさんの道路標示があります。


道端に立っている「道路標識」ではなく「道路標示」、矢印で車線を示したり、制限速度を表示したり、「止まれ」などと路面に描かれているペイントのほうです。「スクールゾーン」とか「行き止まり」「飛び出し注意」など、場所によっていろいろな標示があると思います。

どれも法令に基づき、交通の規制や指示、注意喚起などのためにペイントされるものです。分かりにくい交差点では行き先の地名が描かれている場合もあります。安全に走行し、事故を防ぐために、道路の脇に立っている道路標識と共に重要な役割を果たしています。

たまに消えかかったものを塗りなおしている工事を見ることがあります。当然ながら、どれも原則として警察や公安委員会などがペイントするものであり、それ以外の人が勝手に何かを道路に描くことは許されません。余計なことが描かれていたら混乱して危険ですし、そんな標示は見たことがありません。

Photo by Ma back, under the GNU Free License.Photo by 源泉館主人,licensed under the Creative Commons Attribution ShareAlike 3.0 Unported.

ところが、そんな路面標示をキャンペーンの広告のように使ってしまった都市があります。ニューヨークです。道路に広告のキャッチコピーのような文章が、道路標示と同じ白い塗料でペイントされています。交差点の中だったり、何車線分にもわたって大きく描かれているものもあります。

消えかかった横断歩道の上にまで描かれているものもあります。長めの文章で、交通量が多ければ全部は見えないと思われるものもあります。そのために止まるわけにもいきませんし、クルマで通っただけでは、なんて描いてあるのか把握できないことも多いに違いありません。

Bike Like a New Yorker, bikenyc.org

実はこれ、“Bike Like a New Yorker”というキャンペーンのための標示なのです。驚くことに、“BikeNYC”や“Transportation Alternatives”というNPOが、行政当局とも連携し、広告代理店を使って大々的に始めたキャンペーンの一環なのです。

世界を代表する大都市、パリ、ロンドンに続いて、この夏ニューヨークでも、都市型の自転車シェアリングシステムがスタートする予定でした。残念ながら準備の都合でスタートは来春に延期されてしまいましたが、それに先行して行われているキャンペーンです。

New York City Bike Share

サイクリストへの注意を促したり、クルマと自転車との道路のシェアなどを訴え、ニューヨークも自転車の街へと変貌することを広く周知しようというわけです。何しろ、ニューヨークのバイクシェアリングは、マンハッタンとブルックリン、クイーンズに420箇所ものステーションを設置する大規模なものです。

シェアリングされる自転車の台数も当初7千台、後に1万台以上に拡大される予定です。単なる貸し自転車とは違い、自転車を共有し、都市交通システムとして使うには、こじんまり始めても意味がありません。ある程度の規模がなければ、その利便性や効用は発揮されず、市民の利用も進まないでしょう。

Bike Like a New Yorker, bikenyc.org

“Citi Bike”と名づけられた、このニューヨークの自転車シェアリング、スタート前から大きな注目が集まっていました。延期になってしまったのは残念ですが、いよいよ来春のスタートに向けて、市民やニューヨークを訪れる人などに対しても周知を進め、スムースなスタートを目指す第一歩が始まったというわけです。

半年ほど先行して、自転車シェアリングへの認知度を高めると共に、“BikeNYC.org”というサイトの開設を知らせるのも目的の一つです。このサイトは、ニューヨークで自転車に乗る市民や訪問者、観光客など全てのバイカーに対してさまざまな情報を提供するサイトとして設置されています。

Bike Like a New Yorker, bikenyc.org

もちろん道路標示だけではありません。自転車関連やそれ以外の雑誌や出版物、ポスター広告、ビルなどの壁面への大型の広告もニューヨークのいたるところに出されています。道路の標示を見て、その意味するところが把握できなかった人は、街頭広告やウェブなどで確認できます。

上空からクルマが隠していない瞬間を狙って撮影した、全体の写真だと文章として把握できますが、クルマで通った一瞬だと確認は難しいものもあります。でも、逆にそれだからこそ、運転の支障にはならないのかも知れません。何だろうと思わせれば、後でネットなどで確認したくなるでしょうから、それで充分なわけです。

Bike Like a New Yorker, bikenyc.org

この“Bike Like a New Yorker”というキャンペーン、ドライバーやサイクリストに対する告知と共に、啓発や広く市民に自転車の利用を推奨、呼びかけるものでもあります。従来はニューヨーカーと言う言葉に、自転車のイメージはなかったわけで、ニューヨーカーのように自転車に乗ろうというフレーズはシャレています。

ひとくちにニューヨーカーと言っても、いろいろな人がいます。自転車が、一部の人だけの乗るものだった以前と違い、通勤通学に使うなど、近年利用者が増え、一般的になってきました。バイカー、自転車乗りもニューヨークの市民であり、自転車が一般的になってきた現状を改めて認識させます。

Bike Like a New Yorker, bikenyc.org

ニューヨークでは、ちょっとの距離でもタクシーを使う人が多いと思います。地理に明るくない旅行者には便利なのですが、市民が皆クルマで移動すれば、渋滞に拍車がかかります。上のフレーズ、タクシーの運転手に仕事をさせないと言うと、運転手組合から反発が起きそうですが、ひねった言い方が面白いと思います。

Bike Like a New Yorker, bikenyc.org

サイクリストに腹を立てるドライバーはリラックスするための趣味が必要です。自転車に乗るのはどうでしょう、という提案です。これもウィットに富んでいます。でも、ふだん乗らない人が試しに自転車に乗ってみれば、いろいろわかるのも確かで、あながちジョークだけではありません。

Bike Like a New Yorker, bikenyc.org

歩行者を優先したからと言って、歩くより能力が劣るようになるわけではないと言うのは、ドライバーだけでなくサイクリストにも当てはまる啓発でしょう。自転車であっても歩行者を優先するのは当然なのですが、例えば青信号での横断者を立ちすくませるくらい、その直前をすり抜けるような輩がいるのも確かです。

Bike Like a New Yorker, bikenyc.org

これは少し意味がわかりにくいかも知れません。 "screw" と "you"を別々にすると何のことか意味がわかりませんが、 "screw you"だと、スラングで「くたばれ」とか「バカ野郎」くらいの意味になります。つまり、「バカ野郎」の代わりに「すみません」を試してみてください、とスマートに言っているわけです。

Bike Like a New Yorker, bikenyc.org

ニューヨークでは南北方向の通りが "Avenue" で東西が "street"ですが、"Avenue"という単語には、手段や方法、目的を達成するための道といったような意味もあります。これは通りと懸けていますが、「道路本来のスピードを実現するための方法」くらいの意味だと思います。

自転車は事実上、ニューヨークの道路で最速の移動手段です。渋滞するクルマより、平均時速はずっと上です。同時に、自転車を活用する人が増えることで、渋滞を減らして、クルマの巡航速度を上げることにもつながるということでしょう。

道路に文字を書くにしても、例えば「自転車に注意」とか、「交通安全」といった、ありふれた言葉を描くのでは面白くも何ともありません。広告のキャッチコピーのようなユニークなフレーズが描かれていることで興味をひきます。話題を提供し、広範な効果も期待できるに違いありません。

Bike Like a New Yorker, bikenyc.org

ニューヨークでの自転車の活用推進については、これまでも度々取り上げて来ました。ブルームバーグ市長は積極的に自転車の活用を推進する政策を掲げ、自転車レーンや駐輪場などのインフラ整備にも力を入れていることで有名です。ニューヨークでは自転車人口も自転車レーンも大幅に増えています。

この“Citi Bike”も自転車政策の一環です。こうした自転車活用策を推進することによって、ニューヨークの酷い渋滞を緩和すると同時に、都市交通の一つとして機能させることで都市の移動の利便性も向上します。環境への負荷を減らし、市民の健康にも寄与し、医療福祉予算の低減にもつながります。

ちなみに、ニューヨーク市は炭酸飲料の特大サイズ容器の販売禁止を決定し、大きな話題になりました。肥満はそれほど深刻であり、米国人の生死に関わる問題だと大真面目の政策です。市民の健康のためですが、同時に6割の市民が肥満と言われる同市の肥満のための医療予算は年間推定40億ドルにも上るのです。

道路に直接描くという意表を突いた手法も、ニューヨークのこうした姿勢があるからこそ出来たキャンペーンなのかも知れません。ポスターや看板だけでもいいわけですが、まさに「現場」である道路を使うことで、ニューヨークの道路政策の方向性を効果的に人々にアピールしていると思います。

Bike Like a New Yorker, bikenyc.org

ニューヨーカーの間でもこの屋外広告は評判になっていますが、日本では、ちょっと考えられません。東京では自転車レーンのラインすら、なかなか引かれません。それどころか、自転車にナンバーをつけろなどと言う人が出てくる始末で、お話になりません。

歴史のあるパリやロンドン、世界の首都とも評されるニューヨーク、世界の大都市はクルマ優先から自転車活用へと大きく舵を切っています。一方で日本の都市では、自転車が歩道を走るという欧米人から見るとクレージーな状態です。彼我の差は小さくありません。

ニューヨークでは近年、交通政策を大きく転換し、道路を整備して自転車の活用へと大きく踏み出しています。長らくクルマ優先できた弊害を改めるべきと見るや、その実行に躊躇はありません。こうしたインパクトのあるキャンペーンも、人々の長年の考え方や意識を変えるきっかけとなる可能性があります。

日本では考えられないようなスマートで大胆な手法ですが、このキャンペーンの手法自体を真似しろと言うつもりはありません。しかし、こうしたニューヨークの大胆に変革を進める姿勢、過ちを改むるに憚らない姿勢というのは、大いに見習うべきではないでしょうか。





アメリカ大統領選も大詰めになってきました。前回と比べると勢いのないオバマ大統領ですが、果たして再選されるんですかね。

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この記事へのコメント
大規模なシェアリングの今後の動向に目が離せませんね。
そしてインパクトのある広告ですね〜。
あまりにも各写真の出来が良すぎるので、合成&加工かと思ってしまいました。
Posted by 群馬の自転車屋さん at October 07, 2012 10:34
世界中の先進地域において、自転車の活用が進んでいる。
あらゆる車両のなかでもっともクリーンで健康的な車両である自転車の活用が進んでいる。
なんとすばらしいことでしょうか。喜びで満ちています。

ニューヨーク、パリ、ロンドン、アムステルダム、ミュンスター、数多くの自転車推進都市、自転車先進地域。
これら自転車ついて先進的な国や地域を追い抜く勢いで、日本も自転車活用活性化を推し進めていくことが、日本を健康に、元気にします。
人々は自転車により、健康的で明るい生活を送ることができます。

日本も自転車列強地域に負けていられません!
Posted by 佐藤 at October 07, 2012 18:38
このたびのキャンベーン、堂々としていて大胆で、大変勇気づけられました。
日本でももっともっと、積極的に、大胆に、自転車推進キャンペーンをやってもよいと、私は思うばかりです。
Posted by 佐藤 at October 07, 2012 18:40
群馬の自転車屋さんさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
駐輪場を設置するビルは税制面で優遇するなど、他にもさまざまな政策がとられていますし、ニューヨークも、ますます自転車フレンドリーな都市の側面を深めていくことになると思います。
ニューヨークの市民に、街が変わりつつあること、また今後の方向性、コンセプトを力強く伝えたと思いますね。
Posted by cycleroad at October 07, 2012 23:26
佐藤さん、こんにちは。コメントありがとうございます。
ニューヨーク、パリ、ロンドンといった世界の主要都市の中でも代表的な大都市が、そろって自転車のシェアリングを採用し、自転車の活用を加速しているというのは、象徴的であり、世界の趨勢を考える上でも、大きな意味を持つと思います。
北米やヨーロッパといった世界の先進地域だけでなく、中南米やオセアニア、そしてアジアでも取り入れる都市は増えています。
規模の小さい都市を含めれば、自転車先進都市と言われる以外の都市にも広がっており、その数は全世界で少なくとも百数十以上に上っているはずです。
それだけ広く効用が注目されて、理解されているわけで、もはや自転車先進都市だけのものではありません。
日本は、ただでさえ自転車の歩道走行などの問題を抱えているわけで、うかうかしていると、世界の大勢から大きく取り残される形になりかねないでしょう。
日本の自治体の関係者は、ニューヨークの現状のみならず、広く世界の現状に目を向けたほうがいいと思いますね。
Posted by cycleroad at October 07, 2012 23:46
 
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