September 03, 2014

自転車行政の革新のチャンス

コペンハーゲンに新しい道が出来ています。


その名も“Cykelslangen”、なんと、港の上にかかる自転車専用の高架道路です。この場所、コペンハーゲンの港湾地区のショッピングストリートで、買い物客など歩行者が多く、自転車で通過するには時間のかかる場所でした。歩行者と自転車が交錯して思わぬ事故も起きかねません。

CykelslangenCykelslangen

そこで、通行する自転車と歩行者を物理的、上下立体的に分離するためにつくられた、自転車専用高架道路なのです。全長は220メートル程度ですが、おかげで自転車は快適に素早く通過でき、歩行者は安全に、安心して買い物を楽しめるようになりました。

地上の自転車レーンとつながるスロープ部分は緩やかな勾配になっており、コペンハーゲンで普通に見られるカーゴバイクなどでも容易に上ることが出来ます。道幅も広く、追い越しも出来るよう配慮されています。緩やかに蛇行しているのは、直線にしてスピードを出させないような意図もあるのでしょう。

CykelslangenCykelslangen

この自転車専用高架道路の建設には3千2百万クローネ、およそ5億9千4百万円を要しました。自転車での通行のボトルネックになる場所、あるいは危険性の高いポイントには、高い費用をかけてでも安全性や利便性を追求する姿勢、さすが自転車先進都市コペンハーゲンです。

実用的で効果が大きいばかりか、走行していて楽しいと利用者にも好評です。両側は柵なので下の港の景色も見えますし、圧迫感もありません。自転車利用者の走りやすさ、安全面だけでなく、都市の景観、色や照明、見た目の美しさも考えられています。日本のサイクリストにはうらやましい施設です。



ところで、この“Cykelslangen”、Cykel はデンマーク語の Cycle で、slangen は snake、ヘビです。説明にも、The Bicycle Snake と書かれていますが、おそらくその形、緩やかに蛇行する形状からついた愛称なのでしょう。上空からの写真を見ると、確かにヘビのように見えます。

つまり、蛇の道です。蛇の道と言うと、ことわざ、「蛇の道は蛇」(じゃのみちはへび)を連想します。「蛇の道は蛇」というのは、専門のことは、その専門家が詳しいという意味です。専門家にはすぐわかるとか、専門家の間では、それについて暗黙の了解ができていることを意味する場合もあります。

CykelslangenCykelslangen

もちろん、つくったデンマーク人は日本のことわざなんて知りません。ネーミングに深い意味はないと思いますが、やはりこういう施設を作るなら、「蛇の道は蛇」、すなわち専門家に任せるべきだと感じます。何の変哲もない、ただの高架橋に見えて、実はいろいろな知恵や経験の蓄積があるのでしょう。

安全で走りやすく、スピードの抑制なども計算して設計された上、利用者には通行が楽しく、景観にも配慮された美しい形状なのは、さすがと言わざるを得ません。話題性やシンボルとしての効果も計算されているのかも知れません。なるほど専門家が設計しただけあります。

ひるがえって、日本の自転車レーンはどうでしょうか。高架専用道路どころか、歩道に色を塗って誤魔化すという体たらくです。彼我の差に愕然とします。自転車レーン、自転車通行帯の中で、比較的最近設置されたものだけでも、走りにくい、危ない、使えないといった声を聞くところは少なくありません。

日本の場合、専門家が設計するのではなく、国や地方自治体の役人が決めているのが問題なのでしょう。それも、ふだん自転車になんて乗ることのない人に違いありません。自転車に乗る人なら、こんな形状にはしない、こんな場所につくらない、こんな使いにくくならない、といった例も多いのではないでしょうか。

前回、舛添東京都知事の自転車インフラに対する考え方をとりあげた記事には、たくさんのコメントをいただきました。ツイッターやフェイスブックなどにも取り上げていただきました。それらを読むと、多くは残念に思う、ガッカリした、呆れたという意見が多かったようです。

このようなブログを読んで下さる人ですから、自転車に乗る人、自転車が趣味の人、自転車に関心が高い人がほとんどだと思います。そんなサイクリストから見れば、舛添都知事のインタビュー記事はツッコミどころ満載ですし、批難する意見が多くなるのも無理はないでしょう。

しかし、なかには舛添知事が正しい、もっともだ、一般の人は舛添知事の意見を支持するのでは、という意見もありました。その地で生活している人の意見を大事にすべきという意見もありました。もちろん、いろいろな考え方がありますし、それは尊重したいと思います。しかし、私はこうした意見には反対です。

CykelslangenCykelslangen

一部のサイクリストは車道走行と言けれど、多くの一般的な自転車利用者は歩道走行が普通だし、車道走行なんて怖くて出来ないということなのでしょう。自転車の歩道走行を改めようなんて、一部のサイクリストだけの意見だ、一般の人は舛添知事を支持すると言いたいようです。

こうした主張をする人、ママチャリに乗って歩道走行している人は、車道なんて危険、安心して走行できないから歩道走行だと言います。しかし本来、歩道は歩行者のためのものです。自分たちが安全・安心だからと歩道走行を主張し、歩行者のことは考えていません。歩行者から見れば、自分勝手、わがまま、図々しい話です。

こう言うと、自分は歩行者を優先している、気をつけていると反論するでしょう。しかし、それは歩行者の立場から見れば、勝手な思い込みに過ぎません。音も無く突然横をすり抜けられるだけで肝を冷やしますし、縫うように走られると、突っ込んできそうに思えて冷や汗をかくのです。

なかなか歩行者の声は集約されませんが、アンケート調査などでは、歩道を暴走する自転車は危険だと苦々しく思っている人は相当な割合に上ります。特に高齢者や幼い子供を連れている親にとっては、安全面からも切実な問題で、なんとか取り締まって欲しいという声は少なくありません。

歩道走行だという人は、車道走行なんて言うヤツはけしからんと言い、舛添さんの言うとおりであり、車道走行なんて言うのは一部だと言うかも知れません。しかし、歩行者を含めた世間一般から言えば、自分の安心だけしか考えず、歩道走行の権利を主張するほうが、よっぽど身勝手であり、一部ではないでしょうか。

いつも自転車を使っていると感じないかも知れませんが、自転車の多い歩道をあえて歩いてみると、歩道走行の自転車の危なさを実感すると思います。ふだん自転車の人でも、歩行者として自分の子供や親、祖父母などが危険に晒されていると思えば、改めるべきだと思わないでしょうか。

もちろん、法律で認められている場所は、通行が許されます。でも、それは法律に従って徐行し、歩行者を優先している場合に限られます。実際には、歩行者をぬうようにして走り、本人が気づかぬうちに、歩行者を危険に晒している人が多いのは言うまでもありません。接触など小さなトラブルは日常的に起きているはずです。

CykelslangenCykelslangen

事故も急増しているから取り締まり強化とか、原則車道走行の徹底という話になり、警察庁や国交省も方針転換したのです。その事実、経緯を冷静に考えれば、買い物に不都合だとかは、一部の自分勝手な人の意見に過ぎないでしょう。それを代弁したいと言っている舛添都知事の常識、政治家としての見識を疑います。

当然ながら、すぐに車道走行せよなんて誰も言っていません。車道走行は怖いという気持ちもよく理解できます。一方で、歩行者との事故の増加は看過できません。ですから、歩行者の安全のためにも自転車レーンを設置しましょう、そして、安全に車道が通れるところから、車道走行しましょうと言っているだけです。

そうした目的から言えば、今さら歩道上に色を塗って自転車通行帯を設置するのは無駄です。そんなことに予算を使うなら、少しでも車道設置に回すべきです。実際、歩道上の通行帯なんて、有効に機能しているとは思えません。色が塗ってあっても誰も見ていませんし、色や線に関係なく走行しています。

歩行者も気にせず歩くので、よけた自転車が歩行者側を通るなど、意味をなしていません。自転車のマークが書いてあるので、駐輪場所と勘違いされ、自転車がとめてあったりします。そのため、歩道の通行できる部分が狭くなり、その狭い幅で自転車と歩行者が交錯し、かえって危険というケースも少なくありません。

近年、都市部では障害のある人でも移動しやすいよう、また高齢社会も見据えながらバリアフリー化が進められています。東京オリンピック、パラリンピックもありますし、もちろん推進すべきです。しかし、一方で、自転車が歩道を走っているようでは、危なくて仕方がありません。

2020年の東京オリンピックに向けて、「おもてなし」などと言っていますが、自転車が歩道を走り回っている状態で、「おもてなし」なんて笑止千万です。私が訪日外国人だったら、まずこの野蛮で危険な状態を何とかしてくれ、危なくて安心して歩けやしないと感じるはずです。

日本で生活しているぶんには長年の風景でもあり、違和感を感じないでしょう。でも、例えばニューヨークあたりに出張し、しばらく滞在して帰国すると、その異様さが理解できると思います。観光旅行などで、すぐ戻って来てしまうとわかりませんが、ある程度滞在して街を歩いていると、それに慣れます。

CykelslangenCykelslangen

ニューヨークでも場所によって、たまに歩道走行する目つきの悪い人がいたりしますが、ほとんど歩道走行する人はいません。ですから、安心して、ゆったりと歩道を歩くことが出来ます。ビルを見上げたり、キョロキョロ周囲を見ながら歩いていても、歩道にいる限り自転車とぶつかりそうになることはありません。

その状態に慣れて日本に帰ってくると、歩道を歩くだけで非常に危険を感じます。こんなに危ない状態だったのかと驚きます。もちろん、そのうち再び慣れるでしょうが、外国人が日本に来て、その危険で野蛮な状態に驚く気持ちがよくわかります。こんな状態で「おもてなし」だ、バリアフリーだなんて、笑い話です。

歩行者が安全になり、自転車も走りやすくなる。バリアフリーの観点からも必要で、移動の利便性も上がる。東京五輪に向けた渋滞対策にもなり、東京の魅力を増すことにもなる。訪日客の利便性も上がって、経済大国のくせに野蛮と笑われないとなれば、もはや積極的に進めない理由がないのではないでしょうか。

いまや、観光客による経済効果の大きさが認知され、国を挙げて訪日客の数を増やそうとしています。方法はいろいろあると思いますが、自転車レーンは歩道の通行が安心になるだけでなく、移動の利便性の点で大きなアピールポイントになるでしょう。

たしかに東京などは、地下鉄が発達して移動には便利です。しかし、慣れない外国人にとって地下鉄の移動はわかりにくい部分がありますし、景色も見られません。自転車を借りて、沿道の景色を楽しみながら観光スポットを巡れれば、観光客には嬉しいはずです。そのためにも自転車レーンは役に立ちます。

とりあえず、車道に色を塗って自転車レーンを設置するだけなら、それほど費用もかかりません。すぐにでも出来ます。前回紹介したように、それはニューヨークの事例を見れば明らかです。車道に余地がないと言いながら、実際には、意外とスペースがあったりします。

駐車車輌が一台あることで、他のクルマが通らずガラガラになっている左車線は、よく見ます。無駄とは言いませんが、幅の広い中央分離帯とか、その幅をさらに広げているゼブラゾーンもあります。高架にしろとは言いませんが、探せば改良の余地、自転車レーンに出来るスペースは、結構見つかるのではないでしょうか。

CykelslangenCykelslangenCykelslangen

舛添都知事も、車道が原則なのは認めているのですから、ママチャリの立場云々なんて余計なことを言わずに、出来る限り車道に自転車レーンを設置するよう注力すべきでしょう。歩行者の安全は眼中に無く、自らの安心だけを主張する「ママチャリの立場の代弁」なんて、下手をすれば失言といわれてもおかしくありません。

舛添知事は、自転車インフラ、自転車行政に対する無知、認識不足をさらけ出した格好です。もちろん全ての政策課題に精通している人はいませんから、そのことは責められません。でも、これ以上、自転車インフラに関して失言と追及されても不思議ではない、浅はかな発言を重ねることは避けたほうが賢明でしょう。

自転車のインフラ整備については、誰か詳しい人に任せるべきです。蛇の道は蛇です。これまでの歩道整備に囚われる役人でなく、民間の専門家なら、歩道上に色を塗るなんて言わないはずです。舛添都知事には、その決断をしてもらえれば十分です。日本の道路の革新に先鞭をつけるかも知れない東京の決断を切に願います。




「実行実現内閣」ですか。意気込みはわかりますが、抽象的で使い古された語句、わざわざネーミングするなら、もうちょっとセンスのある、国民にアピールするようなフレーズに出来ないもんでしょうかね。

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この記事へのコメント
自転車用の高架道路のアイディアも面白いけど、電線を地下化するときに、一緒に地下自転車道を作っても面白いな。
Posted by なななな at September 04, 2014 19:52
cycleroadさん,こんばんは.

旧態依然の苦痛な自転車しか知らない素人に自転車政策は任せておけない心境です.

日本で,より機能的で安全性の高い自転車専用の道路やレーンの整備が遅々として進展しないのは,海外の「自転車」強豪国に比べ降水量が格段に多く,気象災害も多い気候風土の影響も否定はできないと思います.

せっかく立派な“自転車道”を造っても1年の半分は雨や雪で使えないとなると,それはそれでまた「税金の無駄遣い」と非難の的にもなりかねないのですが,それを理由にいつまでも劣悪な通行区分を強いられてもたまりませんね.

ご存知かとは思いますが,一度下記のURLにもお目を通してみて頂きたいと存じます.

http://38moto3.blog83.fc2.com/blog-entry-9.html

ブログ名は「今日のくそったれ(道路交通編)」です.

「世捨人」と称するブログ主が,「法の不備をついてロードバイク(彼の言う『競技用自転車』)が車道を我が物顔で走るのを断じて容認できない」と称して,2008年11月2日頃からロードバイクの何から何にまで難癖をつけて喧嘩を売っています.

勿論,一部には交通道徳に反する走り方をするローディが存在するのも否定はできませんが,「自転車はガードレールと段差に囲まれた安全な(?)歩道を活用しましょう」と,気に入らない自転車との共存を徹底して拒絶する一方的な主張には我慢がならず,私も「サイクリング禁止反対」の表題を付して旧称「a383493242」当時の2年程前からコメント欄へ反論を重ねております.

しかし現実には,この「世捨人」氏のような主張が大方のドライバーの本音なのであろうと,私は考えざるを得ないのです.
Posted by マイロネフ at September 04, 2014 22:38
ななななさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
東京などで、それが必要になるような場所の地下は、共同溝も難しいほど過密といいますし、費用面でも現実的ではないでしょう。
Posted by cycleroad at September 04, 2014 23:37
マイロネフさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
「旧態依然の苦痛な自転車」というのは、よくわかりませんが、行政の担当者にしてみれば、行政を知らない素人の意見など聞く気などないということなのでしょう。
その結果、ふだん自転車に乗らないような人が自転車インフラ整備を行ない、無駄なもの、時々考えられないようなナンセンスなものが出来ているのは事実です。そうしたものへの不満、批難、苦情もあふれています。
行政の担当者は、自転車インフラについて知らないということに気づき、過去にいかにナンセンスなものを作ってきたかを知るべきでしょう。
このブログでもいろいろ取り上げていますが、諸外国の例を少し調べるだけでも、日本の自転車インフラの問題点がわかると思います。
ただ、わかっていても、行政の無謬性に囚われ、これまでの政策を否定するようなことは出来ないのかも知れません。
そこを打破するためにも、自転車インフラについて正しい判断ができる詳しい人に任せるべきだと思いますね。

その降水量があっても、これだけ自転車を利用する人がいるわけで、降水量は直接関係ないでしょう。他国とその部分だけ比べるのも意味がありません。
雨が降るため自転車に乗る人が少ないのに作れというなら問題ですが、そうではありません。歩道で歩行者が危険に晒されている以上、自転車の走行空間が必要ということに変わりはないでしょう。
雨が降るので自転車レーンは税金の無駄などという主張は聞いたことがありません。
自転車道と自転車レーンも分けて考えるべきです。

そのブログについては知りませんでした。情報をありがとうございます。
Posted by cycleroad at September 04, 2014 23:57
僕もママチャリに乗っている人(自転車乗りのうち大多数)の意見が、「多いので正しい」とは思っていませんが、ママチャリに乗っている人は、人や荷物の運搬として必要なので自転車に乗っています。
舛添知事もそのことを言っています。
だから本当は段差のある歩道よりも、車道に自転車レーンをつくりたい。
でも、小学校低学年の子供や老人には歩道の方が安全なので、車道が狭いところでは歩道にレーンをつくると言っているのでしょう。
米10kgを荷台に積み、水もの5リットルを前かごに積むと、怖くて歩道を走りたくなりますよ。
やってみてください。
小学3年生とサイクリングに行ったことがありますが、子供は危険なので歩道を走らせ、大人は歩道を走れないので車道を走りましたが、とても不便でした。
こどものスピードに合わせると、車道は怖い。
現実は、子供二人乗せて買物等に行くママさんをどうするかですね。
何かいいアイデアはありませんか?
Posted by トンサン at September 05, 2014 23:29
車道が怖い最大の要因は大型車が平気で自転車の脇を猛スピードで走ることでしょう。この辺の規制からめないといけないかも。
後、こんなチグハグも。愛知県の某所の話だが、自転車が歩道ばかり走るなあと思ったら、車道に色分けした自転車通行帯が所々途切れていて、用をなしていないという例が有った。その道は旧道で狭い道で有った。
Posted by なななな at September 06, 2014 06:20
「オツム」の中身が変化しないと
こんな発想はとても生まれませんね


東京オリンピック
2020年開催が決定して
日本も
変われるチャンスと思っていましたが
どうやら絵空事に終わりそうですね
Posted by ロードバイク初心者 at September 06, 2014 10:25
トンサン、こんにちは。コメントありがとうございます。
ママチャリに乗っている人は必要なので乗っていて、スポーツバイクの人は必要なく乗っていると言いたいのでしょうか。
仕事や生活の中での必要から乗っている人でも、スポーツバイクを選んだり、乗り換えた人だっています。
舛添都知事もそうですが、スポーツバイクの人は遊びや趣味なんだから考えなくていい、ママチャリの人は生活に密着しているから配慮するという、車種別に決め付けた議論はナンセンスでしょう。

「小学校低学年の子供や老人」のために自転車レーンをつくるのではありません。
道路を走行する人全体の話であり、子供や高齢者で、歩道走行しか出来ないと言うなら、許可された歩道を徐行するか、許されない場所では押して歩くということでしょう。

荷物を積もうが積むまいが、要するに怖くて車道を通れないから歩道だと主張しているのは同じです。そのことによって危険に晒される歩行者はどうでもいいのでしょうか。
15キロ重量が増えれば、そのぶん衝撃力も増します。そのぶん歩行者の危険も増すのです。

子供とサイクリングするのに必要だから、子供のスピードに合わせると車道は怖いから、何かと理由をつけて歩道走行を正当化しようとしていますが、全て同じ身勝手な論理です。
自分が必要だから、怖いからというだけで、それによって危険に晒される歩行者のことは考えられていません。
(続く)
Posted by cycleroad at September 06, 2014 23:17
(続き)
「子供二人乗せて買物等に行くママさん」は怖いから歩道ですか?子育てママさんは支援すべきだから歩道だというのも同じ論理です。
子供を連れて歩いているママさんが危険になるのはどうするのでしょうか。高齢者や子供だって歩いています。子育て支援を盾に歩道走行を主張するのも身勝手な論理に過ぎません。
現状で歩道を『通行』したければ徐行するか押して歩けばいいだけです。法律で決まっているのですから、それをさておいて歩道『走行』を認めろというのに無理があります。

いいアイディアも何も、そのための車道の自転車レーンです。欧米に行けば、子供を乗せたママさんだって普通に車道走行しています。それが当たり前です。
あちらでは最初から車道なので当然ですが、日本でも安全、安心して車道を走れるよう自転車レーンを整備しようと言っているだけです。

「現実は..」とか、「何かいいアイデアはありませんか?」などと、論点をそらそうとされていますが、まず、ご自身の考えが身勝手ではないか今一度考えてみてはいかがでしょう。怖いから歩道は仕方がないとの固定観念に凝り固まり、客観視できなくなっていないでしょうか。
舛添都知事もそうですが、何か勘違いなさっていないでしょうか。ママさんや高齢者や子供、弱い立場に配慮して正しいことを言っていると思ってられるようですが、歩行者はもっと弱い立場です。ママさんや高齢者や子供もいます。いま、歩道を我が物顔で子供を乗せたママチャリが、歩行者を蹴散らすように走っているのがおかしいのです。
まず、歩道は歩行者のためのものです。それは法律で決まっているのです。その上で、ママチャリのママさんの安全に配慮するなら、車道に自転車レーンを整備していくしかないのではないでしょうか。
Posted by cycleroad at September 06, 2014 23:18
ななななさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
自転車レーンを設置する上で、その構造にも考慮する必要はあると思います。
バラバラにではなく、ネットワークとして整備する必要もあるでしょう。

Posted by cycleroad at September 06, 2014 23:22
ロードバイク初心者さん、こんにちは。コメントありがとうございます。
よくよく考えれば理解できる話だと思います。子育てなどとは一旦、別に考えるべきで、3人乗りの話などと一緒になって誤解、勘違いしているところがあるようです。
期待があっただけに残念ですが、今からでも変われます。どなたか、知事に進言してくれるといいのですが..。
Posted by cycleroad at September 06, 2014 23:26
私もママチャリ利用者の意見よりも専門家の意見を最重視するべきだと思います。

そもそも大多数のママチャリ利用者の要望とは一体どんなものなんでしょう?
歩道を走りたい?路側帯も右側通行したい?一時停止免除?雨傘日傘をさしたい?ふらつくほど過積載したい?スマホやイヤホンを使いながら走りたい?前照灯はペダル重くなるから付けたくない?自転車で犬を散歩?
実際にどういう内容が飛び出すのか、考えただけでも少し怖いですね。

高齢社会ですので車椅子やセニアカーが安心して歩道を通行し、自転車の位置は車道、出来れば自動車路駐等ゼロの専用レーンが理想。
私の地元行政も自転車に無理解で、歩車分離信号機が自転車と歩行者を同じ信号機で扱い危険な交差点で、車道の自転車には押しボタンが無く、路側帯はデコボコレンガ敷きだったりします。あまりに危険なので役所に問題点を箇条書きにして指摘してもチンプンカンプンな回答で是正も無理なお手上げ状態。毎年自転車事故ワースと入り。
そんな地元にも、やっと自転車専用レーンが一年程前に戸田駅前とごく一部だけに設置されましたが、蓋を開けて見れば、逆走(矢印も理解出来ない)、無灯火、傘、スマホ、歩行者やランナー、路駐、無法地帯で毎日がヒヤリハット。
自転車素人道路行政も大問題ですが、面倒くさがって仕事をしない警察も問題だと感じます。
Posted by メテ夫 at September 09, 2014 06:11
メテ夫さん、こんにちは。コメントありがとうございます。
現状でも歩道を通行する場合は徐行で歩行者優先が定められていますが、長年にわたって歩道走行させてきた結果、歩行者や他の自転車利用者の安全を脅かすような行為が目に余るようになってきており、歩行者との事故も増えています。
警察の肩を持つわけではありませんが、あまりに件数が多くて検挙しきれない、いざ摘発しようと思っても、赤キップの問題など、法的な不備もあるという面もあると思います。
そこで、紆余曲折はあったものの、警察庁や国土交通省は長年の方針を大転換して、車道走行の推進を打ち出さざるを得なかったわけですが、そのあたりの経緯や現状認識について、理解していない人が多いということだと思います。
挙げられたような違反行為が事実上黙認されてきたため、それが既得権のようになり、言ってみれば横車を押すような主張がまかり通っているわけですが、それを知事が追認するような発言をしているのですから、ますます増長させることになりかねません。
このような無秩序な状態を正すため、まず国や自治体、市民のコンセンサスをとる必要があるでしょう。
欧米諸国では出来ているわけで、日本でも出来ないはずはないと思います。

Posted by cycleroad at September 09, 2014 23:14
サイクルロードさん、丁寧な回答ありがとうございます。

あまりに件数が多くて検挙しきれない、いざ摘発しようと思っても、赤キップの問題など、法的な不備、、、。
よく耳にする話ですが、真実はどうなんでしょうか?私には懐疑的です。

自転車の違反を取り締まる権限を持つのは、唯一警察だけです。轢逃げ等でもないかぎり一般市民による緊急逮捕の対象ではないでしょうし。

例えが良くも上手くもないですが、違反自転車を<粗大ゴミ>警察を<一社しかないゴミ清掃業者>に例えて考えた場合どうでしょうか。

○街全体に粗大ゴミが多すぎるので、回収しなかった。
○粗大ゴミは出所が分かりにくく、普通ゴミ(自動車バイクの違反)よりも回収には手間がかかるので、回収しなかった。
○粗大ゴミは普通ゴミと比較すると、処分方法が可哀相な気がしたので、回収しなかった。

上記の様に例えると、このゴミ清掃業者は言い訳と身勝手な判断ばかりして働かない信用に足りえない業者、粗大ゴミを回収しなくとも同等の利益を得る業者、という悪い印象しか残りません。

根本的に粗大ゴミを発生させない安全で利便性の高いハード面と、ゴミ清掃業者等のソフトの面との高次元での連携が望まれますが、ハード面の枡添知事を見る限りでは、まだまだ遠い未来の様に感じてしまいます。



Posted by メテ夫 at September 12, 2014 00:09
メテ夫さん、こんにちは。コメントありがとうございます。
警察の対応に不満なのはわかりますが、自転車の違反を検挙すると、赤キップで前科になるわけですから、よほど悪質で危険なものでない限り立件がためらわれるというのは理解できる話だと思います。
むしろ、片っ端から赤キップを切っていったら大騒ぎになるでしょう。
クルマにしてもスピード違反や駐車違反など、事実上検挙しきれていないわけですし、この上自転車の違反と言ったら、圧倒的にマンパワーが足りないというのも、単なる言い訳とは言い切れないと思います。
犯罪全体で考えても、実は犯罪検挙率は約3割です。多くの重大犯罪の犯人が検挙されていません。
警察の肩を持つつもりはありませんが、自転車の違反の検挙より優先すべき職務があるのも確かでしょう。
このような状況で、赤子の手をひねるよりも容易な自転車の違反の検挙にばかり力を入れていたら、それこそ市民の怒りが爆発するに違いありません。
必ずしも今の状況で仕方がないと言うわけではありませんが、では警察の人員を増やし、予算を増やすかと言えば、それも簡単ではありません。
警察が大きくなる、警察権力が拡大するというのは、言ってみれば警察国家になっていくということで、そのほうが圧倒的に問題だと考える人は多いと思います。
歴史を見れば、あるいは他の国の例をみれば、それが市民の弾圧につながっていく危険があります。ですから、民主主義国家では、警察権力の肥大化を警戒し、神経を使うのが常識です。
警察の取り締まりが足りないことに不満だとしても、それを可能にするのは、かえって危険ということもあるわけです。
そのあたりを踏まえず、取り締まりの不備だけを問題にするのは、軽率の謗りを免れないでしょう。
ゴミ回収に例えると、例えきれない部分があって、本質から外れてしまうと思います。
Posted by cycleroad at September 12, 2014 23:31
サイクルロードさんこんにちは。
赤キップで前科が付くからためらっている、悪質性による選別、大騒ぎになる、それらはサイクルロードさんの想像の域を出ません。
実際には、ためらっているのか、書類作成申請が面倒でさぼっているのか、事なかれ主義なのか、実際に西にある警察であったみたいに不名誉なランキング入りを避けるために上の命令で取り締まりを禁じられているのか、それは不明でしょう。不毛な議論です。
確かに、私は毎日自転車に乗りますので、一時停止ライン等を片っ端から赤切符切られたら流石に辛いです。
しかし、それが現行の日本のルール。

確かなのは、唯一権限を持つ組織が機能していない、自転車取締りは無いに等しい無法地帯という現状です。
犯罪検挙率の低さや、自転車の安全を脅かす自動車の問題もそれに付随しているという見方も出来るでしょう。

痴話喧嘩みたいな通報でも直ぐに10人くらいわんさか集まりますから、優先順位なんて適当なのかもしれません。
マンパワーが足りなくとも、見せしめ程度に逆走無灯火自転車一日1台程度は取り締まり出来ます。
それすらも出来ない機能不全では、問題視されても当然ではないでしょうか?


続く
Posted by メテ夫 at September 16, 2014 12:37
続き

日本は法治国家ですから、罪には罰が与えられます。
自転車の違反にも、明確な罰則が設けています。自転車屋さんのポスター等でも一応周知はされています。赤切符で前科が付いたからと言っても、別に死刑になる訳ではありませんから安心してください。
罪人は多少ゴネるかもしれませんが、裁かれる罪を犯した結果、検挙され法の下に裁きを受けるのです。実際に量刑を下すのも警察ではなかったはずです。
法是正の署名運動くらいは起こるかもしれませんが、違法な処分ではないので市民の怒りが爆発するとは到底思えません。
日本は民主主義の法治国家なのですから。

警察の機能不全回復に神経質になりすぎているのではないでしょうか?
拡大すると警察国家??
何をもってソレを世間一般の常識だと断言されているのか全くもって不明ですが、サイクルロードさんが頑なに現状の警察の肩を持つ理由だけは、なんとなく伝わりました。

自転車の安全はハード面だけでなく、ソフト面(警察)も役割があるいう私の考えは御理解下さい。


以上
Posted by メテ夫 at September 16, 2014 12:48
メテ夫さん、こんにちは。コメントありがとうございます。
自転車の違反には行政罰である反則金制度、いわゆる青キップがなく、すぐ刑事罰、つまり赤キップになるので、クルマの違反行為と比べて著しく不公平になるのは周知の事実です。あまりに悪質なものは検挙するという方針も含めて、正式に警察がアナウンスしていることですし、ニュースなどでも繰り返し報道されています。何故それが私の想像になるのでしょうか。

実際には、悪質な違反が繰り返された場合に検挙し、その他の場合は警告カードを交付するなどの対応がとられています。警告カードなど法的な実効性が乏しいのですが、そうせざるを得ないからです。
もちろん、警察に怠慢等が全くないとは言いませんが、赤キップにできるのに警告カードにしている、すなわち赤キップにするのを躊躇しているわけです。悪質性を考慮しているのも警察の発表や広く報道されている事実を根拠に言っているだけで、私の想像ではありません。メテ夫さんが知らないだけです。

クルマのスピード違反、いわゆるネズミ捕りなど、取締りの実績を上げるためのような取締りには多くの不満があります。もちろん違反には間違いないのですが、恣意的な取締りに不満が向けられるのです。昨年、所轄の大臣である、当時の古屋国家公安委員長が、危険性の低い場所での少々の違反を取締ることに対し疑問を呈する事態になっています。

ましてや自転車の違反で次々と検挙されたとしたら、大きな問題になることは明らかです。もちろん違反なのは間違いないとしても、:軽微な違反に赤切符を多発したら、警察の横暴だと大きな問題になるはずです。それが常識的な見方でしょう。
だからこそ、警察も悪質なものしか検挙せず、検挙できるのに警告カードを交付するにとどめているわけです。(これには世論の反発以外にも理由があります。後で述べます。)
(続く)



Posted by cycleroad at September 17, 2014 23:29
(続き)
たしかに私も、もっと警察に取り締まってほしいと思う面はあります。しかし実際に全てを赤キップにしないことが警察の怠慢とする意見は聞いたことがありません。つまり、警告カードの交付でなく検挙も出来るのに、していないことは多くの人が知っています。物理的な問題もありますし、むしろ問題は法的な不備であることは衆目の一致するところです。議会や法曹関係者もそのことを問題視しています。

警察庁が昨年設置した有識者懇談会でも、赤キップを厳密に適用するのではなく、違反者に対して講習を受けさせるといった対策を議論しています。違反は全て取り締まって罰金刑にするというのが、一義的には正義かも知れません。しかし、そういうわけにはいかないと有識者も考えているのです。

『実際に量刑を下すのも警察ではなかったはずです。』と書かれていますが、そのような基本的な知識もなく、法治国家といった理念だけ、単に理屈や正義というだけで主張するのでは、書生の議論に過ぎません。

私が警察の機能の強化に神経質になっているわけではありません。それは歴史や世界各国の事情を知ればわかります。『何をもってソレを世間一般の常識だと断言されているのか全くもって不明』とされていますが、歴史的にも警察権というのは過度の行使に傾きやすく、人権が蹂躙されてきた反省から、むしろ抑制が意識されてきました。これは歴史的にも明らかな事実、つまり常識です。その結果、警察権の抑制は法律にも盛り込まれているのです。メテ夫さんが知らないだけです。

(続く)




Posted by cycleroad at September 17, 2014 23:30
(続き)
そもそも、警察権には限界があります。「警察比例の原則」があって、取り締まり、すなわち警察権の発動や、その程度は、社会公共の秩序にとって容認できない障害の程度に比例すべきとされています。
また、その障害を除去するための手段は、常に必要最少限度にとどまらなければならないとなっています。このことは、警察官職務執行法という法律で定められています。

つまり、自転車の違反を、どんどん検挙するなどということは、そもそも法的に無理なのです。そんなことを許すのも問題です。警察権力が拡大し、人権が蹂躙されてきた歴史の反省から、警察権には法律で歯止めがかかっているのです。それが民主主義であり、法治国家というものです。理念や正義だけで、取り締まりの強化が法治国家だというのは、歴史や社会通念、法律を知らない人の言うことで、ナンセンスと言わざるを得ません。
法治国家なのだから罪を犯したから罰なんて単純な話ではないのです。

メテ夫さんの考えは理解できます。人それぞれ考え方がありますから、そのことを否定するつもりはありません。
しかし、私が警察の肩を持っているというのは違います。単純な理念で言っているのではないのです。私の言っていることの根拠となる事実、前提となる知識がないと、正しく伝わらないと思うので、そのことは記しておこうと思います。



Posted by cycleroad at September 17, 2014 23:31
サイクルロードさん返答有難うございます。
○赤キップにできるのに警告カードにしている
○悪質なものは検挙する
○クルマの違反行為と比べて著しく不公平
○警察権には法律で歯止めがかかっているからもう限界
○軽微な違反に赤切符を多発したら、警察の横暴だと大きな問題になるはず
○自転車の違反を、どんどん検挙するなどということは、そもそも法的に無理なのです
この辺りが特に眉唾ものなので、サイクルロードさんの都合のよい解釈理想想像です。

軽微と悪質な違反の線引きなんて、定義が曖昧。危険で悪質行為と認識されなければ罰則はありません。所詮マナーや美学。
単純に自動車免許と比較するから不公平と感じるのであって、自転車特有のルール、非取り締まり側の覚悟と危険性認識の欠損。
最近では自転車の轢逃げやドラッグでも免停が適用される事例が出てはいますが。イレギュラー。
どんどん検挙出来ない法の解釈。
単純に誰にでも言える怠慢フレーズをそのまま鵜呑みにするには無理があります。

事細かに量刑を下す機関まで説明しないと何か問題ですか?正解は警察でしたか?
確かにサイクルロードさんほどの知識はありませんが、無理を通せば道理が引っ込む、程度の認識で現在の日本を法治国家と考えてはいけませんか?
いちいち説明させてしまって申し訳ないですが、知識無くば言論統制ですか?
こと自転車の状況は無法地帯ですが。
それこそ正義や常識だなんて適当理念を主張してはいませんよ。
それを書生の議論とは、あまりに乱暴な物言いですね。
ただただ知識ばかりひけらかして捲し立てているだけの様に思えます。


続く
Posted by メテ夫 at September 20, 2014 00:28
続き

頻繁に周知の事実常識常識根拠とおっしゃいますが、ニュースや公式発表程度で周知が十分に出来ていると錯覚するのは誤りです。
事実は常識ではなく、常識というものは普遍的なものではありませんので、使う場所を誤れば逆に信頼性は無くなります。
世界が(自称)常識人のサイクルロードさん中心で回っているみたいなので仕方がないです。

知りませんでした警察官職務執行法。
根拠だとおっしゃるので、どんな物が出てくるのか期待しましたが、つい笑ってしまいました。
知識人風に言うならば、失笑を禁じえなかった。
障害の程度による最低限度の手段、、、なんとも曖昧な表現です。
確かに、上記の文言を理由に取り締まり出来ないと言われれば、そんな気もしてきます。
しかし、不可能かと問われれば、可能です。違法行為は容認出来ない秩序に反する行為、と認識次第。


常識警察権の抑制を意識している割合というのも、どの程度なのでしょう?日本では世代認識差が大きい内容でしょうし。
高齢者ほど過剰反応しそうな印象を持っていますが、今現在も本当に常識と言える程でしょうか?
いちいち何%か?なんて野暮な事は聞きません、知識常識人が言うのですから間違いありません。
現在ほぼゼロの自転車取り締まりを強化したところで、警察権が暴走すると考えるのは、極論でしょう。
軍備増強で自衛隊クーデター、核戦争勃発、人口知能や猿の反乱、日本デフォルト、と同次元。
現実世界の状況は切実で、私は少なからず毎日車道でヒヤリハットさせられています。
むしろ、サイクルロードさんの危惧する警察国家到来の方が私の車道での生存率だけは上がるので、私にとっては歓迎すべき未来なのかもしれません。

こんな事を書いてしまっている私は、国家反逆罪で抑留され獄中死してしまうのも時間の問題ですが。

丁寧な返答感謝しております。
Posted by メテ夫 at September 20, 2014 00:34
メテ夫さん、こんにちは。コメントありがとうございます。

○赤キップにできるのに警告カードにしている

警告カードを交付するのは違反をしているからであり、違反なのですから、検挙しようと思えば出来るのは当たり前のことではないでしょうか。

○悪質なものは検挙する

報道機関の取材に対し、警察が正式にアナウンスしています。各都道府県警のサイトに書かれているところもあります。

○クルマの違反行為と比べて著しく不公平

金額の違いだけでなく、反則金は行政処分です。いきなり刑事罰にしないためにつくられた制度です。それがない自転車は、著しく不公平になるのは事実です。誰もが認めています。行政罰と刑事罰の違いをわかって言っているのでしょうか。

「軽微と悪質な違反の線引きなんて、定義が曖昧。」と言われますが、違反行為のそれぞれについては、刑罰の重さが定められています。
それを実際に警察が検挙するかどうかについて、警告カードにするか否かという点が曖昧という意味なら、それは警察官の判断、裁量ということです。内規はあると思いますが、警告しても違反を繰り返すなどが悪質とされているようです。

これらは私の都合のよい解釈でも理想でも想像でもありません。事実を述べているだけです。少し調べれば、すぐわかることです。

日本が法治国家でないなんて一言も言っていません。罪をおかしたら罰を受けさせるべきなのは当然ですが、実際の法律の運用上は、杓子定規にいかない例が多いのは明らかでしょう。
例えば、軽犯罪法のような罪をいちいち取り締まって罰することができるかと言えば、現状でも無理なのは明らかです。警察官が現認していたとしても、注意されるくらいなのが普通です。
そうしたことには、警察官の怠慢とは別の面があります。私も警察の不祥事の頻発などには腹が立ちますが、客観的に見ることも必要です。
(続く)
Posted by cycleroad at September 21, 2014 23:13
(続き)
○警察権には法律で歯止めがかかっているからもう限界
○軽微な違反に赤切符を多発したら、警察の横暴だと大きな問題になるはず
○自転車の違反を、どんどん検挙するなどということは、そもそも法的に無理なのです

私が言っているのは、「警察比例の原則」という考え方があるということです。例えば、警察が些細な行為や言いがかり、でっち上げなどで片っ端から市民を連行するような例は、戦前の日本も含め、世界的、歴史的に繰り返されてきました。その反省から歯止めがかけられているのです。

つまり、社会の秩序への相対的に小さな違法行為に対し、その重大性に比例しないような取締り、つまり、いきなり検挙して厳罰にするようなやり方には無理があるということです。
それを定めているのが警察官職務執行法などなのです。抽象的なのは原則、考え方を述べているからです。条文は、

「この法律は、(中略)職権職務を忠実に遂行するために、必要な手段を定めることを目的とする。この法律に規定する手段は、前項の目的のため必要な最小の限度において用いるべきものであつて、いやしくもその濫用にわたるようなことがあつてはならない。 」となっています。

失笑とされていますが、これ以上重要なことがあるでしょうか。こうした法律が定められている意味、背景、歴史的経緯を理解していないことを自ら証明しています。失礼ながら、そのほうが失笑ものです。
警察権力の乱用の元で人権が蹂躙され、辱められ、命を落してきた歴史があるからこそ、こういう法律があるわけで、その重みを考えてみてください。警察権の乱用の抑止というのは重要かつ、大きな理由であることがわかりませんか。

(続く)
Posted by cycleroad at September 21, 2014 23:17
(続き)
警察権の抑制の意識については、市民の認識にも温度差があり世代差などもあるでしょう。でも、私が言っているのは、そういうことではなく、警察の取り締まりの強化というようなことを議論するならば、当然、そうした面も考慮し、前提とした上で議論しなければ、偏った見方、無意味な机上の空論となる可能性があると指摘しているのです。

もちろん私も、そうした経験をしたわけではありません。すぐ警察権力が暴走するとも思っていません。しかし、歴史を勉強すれば、少なくともそうした事実があったことはわかるわけで、そういう時代にいた人が、いかに大変だったかと想像します。警察の体勢の強化を主張するなら、そうした背景、デメリットも踏まえた上で考えるべきでしょう。

再三書いているように、私も、必ずしも自転車の取り締まりが今のままでいいと思っているわけではありません。逆走などの危険な違反をもっと取り締まってほしいと思います。現状のやり方をどうみるかですが、「現在ほぼゼロの自転車取り締まり」というのは事実ではないでしょう。私も、自転車の取り締まりを強化することは、必ずしも否定していません。

しかし、そのために警察の体勢を強化するようなことは、簡単ではなく、そこにはいろいろ制約があることを指摘しているだけです。警察権が暴走するなんて言っていません。ただ、体勢の強化には抑制的であるべきだと考えられている事実があります。法律の歯止めがあるわけです。

単に罪には罰という理念だけで、自転車の違反についても即刑事罰を適用すべき、赤切符で前科が付いたからと言っても、別に死刑になる訳ではない、といった主張が法律の運用の実際や現実問題を無視した暴論であり、書生の議論だと言っているのです。こんなナイーブな主張こそ失笑せざるを得ません。
(続く)
Posted by cycleroad at September 21, 2014 23:19
(続き)
「知識無くば言論統制ですか?」と書かれていますが、議論の前提となる知識や事実認識が欠けているとは思うものの、人それぞれ考え方を否定しないと書いています。そもそも言論統制という言葉の使い方が間違っています。私は政府ではありません。

常識がとか使う場所が云々と書かれていますが、そんな定義を論ずる以前の話です。この程度のことは普通に歴史を知り、新聞を読んでいればわかる程度の話です。どう控えめに見ても常識と言わざるを得ません。

こういうことについて主張される割には、事実認識が足りなかったり、前提となる知識が欠けているようなので、わざわざ、そこから説明しているのです。そうした前提なくしては、議論が噛み合わないからです。それを「知識ばかりひけらかして捲し立てている」というのは客観的とは言えず、失礼な言い方でしょう。

周知の事実とは、周知が徹底されているかどうかでなく、誰でも知っていると見なされる公知の事柄ということです。興味の無い人、知らない人がいるから周知とは言えないなどというのは屁理屈です。

私が常識と書いた事柄や事実を知らなくてもいいですが、それらを無視した主張には、ナンセンスと言わざるを得ない部分があるので指摘しているということです。

私は自分が常識人だなんて一言も言っていません。このあたりになると、負け惜しみか、『自分を中心に回っていると思っている』など、誹謗中傷の類と言わざるを得ません。むしろ、ご自身があまりに知識や前提となる事実認識に欠けていないか、思い込み、間違いがないか、客観視されるべきでしょう。

○印のような例が、私の解釈や想像と思っているところに、そもそも誤解、思い込みがあります。ご自身ではわからないかも知れませんが、警察の怠慢ということに思い込みがあって、公平かつ客観的に見ることが出来なくなっているように見えます。
(続く)

Posted by cycleroad at September 21, 2014 23:21
なぜ、それが違っているか、その理由を一生懸命説明しようとしているのに、「知識ばかりひけらかして捲し立てている」、「世界が(自称)常識人のサイクルロードさん中心で回っている」といった誹謗中傷になるのでは話になりません。国家反逆罪がどうのなど、揶揄されるのでは議論になりません。

そもそも私が言いたいのは、警察の取り締まりが必ずしも足りているとは言わないが、体制や取り締まり方を強化するのは簡単ではないし、現実的とは限らないといった程度のことです。ただ、私の解釈、想像などという誤解があるようなので、その事実や根拠を説明しただけです。

基本的な部分には、それほど違いはないような気もしますが、これ以上議論しても平行線でしょうし、意味があるとは思えません。このへんで打ち切らせていただきます。

Posted by cycleroad at September 21, 2014 23:22
サイクルロード様、おつかされます。私も、ここを見ている多くの人と同じようにあなたに賛同します。
端的に思うのは、自転車より遥かに殺傷力が高い自動車(一瞬にして何十人以上もの人命を奪える凶器です)より、違反した時の罰則が自転車のほうが重いという、法の下の不平等、法の不整備、自転車が道交法通り安心安全に走れるインフラも不整備なまま、自転車への取り締まりだけを強化するのは、法治国家としても先進国としても失格だということですね。

また、いまだ自転車免許制を唱える人もいますが、自転車先進国はいずれも免許制など施行していませんし、弱者を守るために自動車への規制取り締まりの厳格化と、自転車走行環境整備、自転車利用者への教育指導の徹底、自転車走行環境整備のための自動車所有者への課税による自動車から自転車への乗り換えを推進しているほどです。なにより日本では免許制の自動車でさえhttp://goo.gl/Lu5FwPこのありさまなのですから。自転車利用者は道交法を知らずに破ってしまうことも多々ありますが、自動車運転手らの交通犯罪は知っていて破るという悪意のあるものがほとんどなのですから。
「ゆうに2トンを超える危険な乗り物である自動車で交通犯罪をしたら点を取られるのと少々の罰金で済むが、自転車では即、赤キップ」こんな法の不整備、法のもとの不平等、自転車通行環境未整備なまま取り締まりなんて、まず冷静で的確な判断とは言えませんね。
法も道路環境も未整備な現状では、まずは自動車への規制取り締まり強化徹底、自転車道路インフラの整備、そして自転車利用者への『指導』の徹底が最適解でしょう。そして、不健康による医療費負担の増大や脱自動車コンパクトシティ政策に適応するためにも、自動車から自転車への乗り換えを促進するあらゆる政策を創造推進することも、これからますます命題化していくものでしょう。
Posted by greentoptube at September 28, 2014 01:43
greentoptubeさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
自転車の免許制度がナンセンスなのは、おっしゃる通りです。ただ一方で、反則金制度は免許制を基盤にしないと実効性があがらないのも確かで、自転車に反則金というのが現実的でないのが政策的に悩ましいところでしょう。
法律が整備されているとは言えないにしても、ではどのような法整備が可能なのか、果たして法整備によるべきなのか、考える余地があると思います。
クルマへの取り締まりや規制の問題は別に考えるとしても、自転車インフラ整備が決定的に不足していること、またそのこともあって、ドライバーに弱者優先の原則が徹底されていないこと、車道上での自転車との道路シェアや保護といった部分が、理解されていないことは問題と言えるでしょうね。
Posted by cycleroad at September 28, 2014 23:14
 
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