September 30, 2014

自由な発想で遊ぶことの効用

14093001子供は遊びの天才などと言われます。


どんなところにいても夢中になって遊びますし、使えるものは何でも使って遊びにしてしまいます。既存の遊具の本来の遊び方に飽きれば、それを使った新しい遊びを考え出します。とにかく楽しいこと、面白いことを探し出し、飽きずに遊ぶ姿は、たしかに遊びの天才と言えるでしょう。

自然の中でも、飛んだり跳ねたり、登ったり駆け下りたり、泳いだり潜ったり、隠れたり探したり、駆け回ったと思えば、じっと観察していたりと、とにかく全力で遊んでいます。大人になって考えてみると、なぜあんなに疲れも覚えずに遊んでいられたのか不思議です。

この文章を読んでいる、元「子供」の人たちも、昔はいろいろな遊びをしたに違いありません。昔からある遊び、流行の遊び以外にも、自分たちで考え出したオリジナルの遊びもあったのではないでしょうか。今となっては、何が楽しかったのかわからないけれど、とても懐かしかったりします。

小さい頃は、そんな自分たちだけで考えた遊び、たわいのない遊びをしていますが、成長してくるに従い、もう少し高度な遊びをするようになります。野球とかサッカーとか、ルールのある遊びが増えてきます。もちろん、三角ベースとか、何かをゴールに見立てるなどの工夫はあっても、既製の遊びをするようになります。

ゲーム性とか、かけひきといった要素が面白くなってくるからでしょう。スポーツを楽しむ機会が増えてくることが多いのではないでしょうか。だんだん、以前のような単純な遊び、たわいのない遊び、自分たちだけの遊びをしなくなってくると思います。

大人になってくると、いわゆる大人の遊びになります。スポーツや趣味の中に、個人的なこだわりはあるとしても、子供の頃のような自分で考え出した遊び、単純な遊び、たわいのない遊びはしなくなる人が多いはずです。もはや遊びの天才ではない以上、仕方がありません。

ZoobombZoobomb

ところが、大人になってもオリジナルで単純な遊びに熱中する人たちがいます。アメリカ・オレゴン州はポートランドの自転車好きたちのグループです。ポートランドは、世界的にも自転車にフレンドリーな街で、自転車に優しい環境であり、自転車を活用する人が多いことで知られています。

しかし、彼ら“Zoobomb”の自転車遊びは、一般的なサイクリストの自転車の乗り方とは少し違います。毎週日曜日の夜などに集まり、下り坂の道路を走り降りて楽しむというものです。ただし、この時に使う自転車は、なんと子供用の自転車なのです。

毎週日曜の夜、ワシントンパークのオレゴン動物園に集合します。丘の上にあって、単純に道路を下って楽しむのに適した場所なのです。グループ名の、“Zoobomb”もそこから来ています。“bomb”には猛スピードで走るといった意味もあります。ルールは子供用の自転車を使うというだけ、後はひたすら麓を目指して下るだけです。



子供はすぐ大きくなりますから、子供用の自転車の一台や二台、どこの家にも転がっていたりするでしょう。それに大人が乗ってオンロードのダウンヒルを楽しむわけです。3歳児用の12インチくらいの自転車だと、かなり小さく、大人が乗ると地面が近く感じます。

地面との距離が近いほどスピード感は大きくなります。そのぶんスリルを楽しめるのが魅力なのでしょう。スピードが出ると、大人用よりホイールボース、軸間距離が短いぶん不安定ですし、うまく乗りこなすテクニックも必要となってきます。

聞いただけだと、まさに子供じみた遊びで、何が面白いのだろうと思ってしまいますが、この遊び、だんだんと広がって、今年で12周年だと言います。参加者も多いですし、やってみないとわからないスリルや楽しさ、単純だけど面白い何かがあるのでしょう。

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細かい決まり、ルールなどはありません。自転車も、子供用であれば何でも構いません。12インチでなく、18インチや20インチで参加する人もいます。子供用の自転車がない人は、スケートボードやローラーブレード、キックスクーターで参加しても構いません。

ただし、年齢は18歳以上です。子供は参加できません。つまり大人の遊びなのです。安全については、それぞれ参加者の自己責任で十分に配慮するよう求められ、夜間はライトも必要ですが、細かく決まったルールはありません。ヘルメットは推奨、必要と思うプロテクターなどは自分で用意します。

一般の市民からすると、何が楽しいのかという疑問とは別に、無秩序な暴走グループ、不良の集まりのように見えて、眉をひそめる向きもあるでしょう。最初はそのような反応も多かったようですが、若者のカルチャーの一つとして、それなりに認知もされているようです。



細かいことは書かれていないので、よくわかりませんが、丘の上の動物園へのアプローチ道路の日曜の夜は、クルマも通らないのでしょう。他の場所でも、安全と他の交通の邪魔にならないようなるべく配慮しているようです。道路や沿道などにも痕跡を残さないよう気をつけています。

決して閉鎖的だったり、排他的なグループではありません。興味のある人は誰でも気軽に参加できます。特にユニフォームのようなものもありませんし、何に乗るのも自由です。運営費にあてるため参加費はあっても、最大2ドル50セントという安さです。

公認で設置されたシンボルのようなものは自転車のストレージです。初めての参加で、子供用自転車を持っていない人には、その中から貸してくれます。誰にでも参加を開放する、オープンなコミュニティー、自転車クラブなのです。ありがちな仲間だけの暴走グループとは一線を画しています。

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そうは言っても、普通の人から見たら、スピード狂の一部の若者の危険な遊びにしか見えないかも知れません。でも、遊びなんてそんなもので、意味があってするものではないとも言えます。やっている当人たちが楽しければ存在する意義があり、面白くなければ自然に消滅するだけです。

そんな遊びの中から生まれてくるものもあります。1970年代後半、サンフランシスコの郊外には、山でビーチクルーザーを使って遊ぶ若者たちがいました。わざわざ重いビーチクルーザーをトラックで運び上げ、未舗装の山の中を、そのビーチクルーザーで走り降りていたのです。

当然ながら、ビーチクルーザーの車輪がゆがんだり、ハブのグリースが焼けて燃えたりするなど惨憺たる状態になったと言います。当時の地元の若者の、スリルのある魅力的な遊びでしかなかったわけですが、その中から生まれたのが、マウンテンバイクなのです。



当時、自転車は道路を走るのが当たり前であり、わざわざ未舗装の、それも山道を下るなんて常識外れもいいところでした。しかし、彼らの遊びから山道を走るマウンテンバイクが生まれ、今では世界中で多くの人が愛好し、わずか20年余りでオリンピックの競技にまでなっています。

その中心にいた、当時ヒッピーと呼ばれた若者の一人が、マウンテンバイクの創始者として有名なゲイリー・フィッシャーです。今では、その名は世界的にも有名な自転車のブランドとなっています。マウンテンバイクは、単純な遊びの中から生まれたのです。

そう考えると、子供用のミニ自転車で舗装路を下るという遊びが新たな自転車のカテゴリーを生み、将来のオリンピック種目にならないとも限りません。純粋に楽しい遊び、みんなが夢中になってやる遊びには、そんなポテンシャルが秘められた面があるのも否定できません。

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スポーツには、狩猟技術や格闘術、慣習や儀式などから生まれてきたものがある一方、遊びから生まれたとされるものも少なくありません。大昔、単なる戯れ、遊びから生まれたスポーツが、例えばサッカーのように世界的に親しまれ、遊ばれ、熱狂と大きな経済効果を伴う娯楽、そして産業を生んできたことになります。

遊びは、人間の根源的な欲求にきざしたものがあります。だからこそ、国や宗教、民族、言語、文化風習などの垣根を越えて普及し、楽しまれるものが出てくるのであり、強い共感や熱狂、普遍性を持つのだろうと思います。たかがスピード狂の遊びにも、そこには何か根源的なものがあるのかも知れません。

最近、「子供は遊びの天才」というフレーズを聞かなくなったような気がするのは私だけでしょうか。本当は、走り回って遊ぶべき時期なのに、大人によって作られた遊び、例えばテレビゲームとか、ポケモン、ムシキング、妖怪ウォッチといった遊びに囚われてしまっていないでしょうか。



必ずしも現代の遊びを否定するわけではありません。しかし、小さい頃、もっと自由な発想で、遊びを自ら作り出して遊ぶような時期に、その経験を経ずに、いわば与えられた遊びに移行してしまっていないでしょうか。創造性を育む機会が奪われることになっていないでしょうか。

私は学者ではないので、確かなことは言えませんが、友だちとのコミュニケーション能力を培ったり、痛い目にあって危険を経験し、その回避能力を養ったり、時にはケンカになって手加減することを覚えるなど、単純な遊びには、いろいろな効用があるはずです。

天才のような発想が発揮できる時に、その才能の発芽を阻害してしまっているとしたら、とてももったいないことと言わざるを得ません。もしかしたら、日本に足りないと言われるイノベーションの不足は、この年代に発想力を発揮してこなかったことが影響してはいないでしょうか。

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イノベーションは、技術革新のように訳されることが多いですが、本来は単に技術だけに限ったものではありません。ものごとの新しい切り口、新機軸を創り出したり、新しいアイディア、発想によって社会的な意義、新たな価値を創造し、社会の変革をもたらすようなこと広くを指します。

日本人は、既製のものに改良を加えたり、より精密にしたり性能を上げたり、効率よく生産するのは得意です。しかし、今までになかったような新しいものを生み出すのは苦手とされています。経済が停滞するのも、イノベーションが足りないからと指摘されています。

大人になっても子供のように遊べとは言いません。ただ、世間の視線とか、いわゆる大人の常識にとらわれず、純粋に楽しいと思うことを追及する“Zoobomb”のような人たちを見ると、確固たる根拠はありませんが、そこにイノベーションを生み出す国アメリカと、日本の違いがあるような気がしてなりません。

もちろん、いろいろな事件も起きますし、子供を自由に遊ばせると言っても難しい部分があるでしょう。都会では、工夫して遊べるような場所も少なくなっています。ただ、『遊び』が広い発想力や創造力といった才能を育む機会でもあるとするならば、子供の遊びの変質は大きな損失になっているのかも知れません。




地震と違って噴火は、ある程度予見できるのかと思っていましたが、そうとは限らないようですね。怖いものです。

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