2016年の一年間に交通事故で死亡した人の世界の合計数です。これはHIV・エイズや結核を上回って全体では8位の死因となっています。5〜29歳の子どもと若者では死因の1位です。もちろん国よって割合は違うわけですが、世界中で多くの人の命が失われていることになります。
ひと口に135万人と言っても、その一人ひとりには家族や親しい人など、突然の死を悲しむ人がたくさんいたはずです。これ以外にも重傷者や重篤な後遺症を負った被害者、さらに加害者となってしまった人もいたわけで、大きな不幸に直面した人は、この何倍もいたことになります。
これだけの人数が毎年死亡する事態の改善は喫緊の課題です。少しでも悲しむ人、苦しむ人を減らす必要があります。しかし、交通事故は、もはや日常茶飯事のように起きており、多くの尊い人命が失われていることの恐ろしさ、不幸に鈍感になってしまっている面があるのも否めないでしょう。
相手を死傷させてしまった加害者は、刑事責任や民事上の賠償責任を負うことになります。行政罰もあるでしょうし、場合によっては、職場での立場や社会的な信用を失うなど、さまざまな不幸に見舞われる人もあるはずです。被害者はもちろんですが、加害者にとっても交通事故は大きな不幸です。
顧客であるドライバーの事故のリスクを下げることは、クルマメーカーの課題でもあります。交通事故によって顧客を失ったり、会社のイメージの悪化にもなりかねません。クルマメーカーは各社とも、交通事故の防止や被害の軽減に向けた研究開発を行っています。
135万人の死者のうち、26%は歩行者と自転車に乗っていた人でした。対自転車の安全性の向上、被害の軽減も、クルマメーカーにとっての課題です。車体の安全性の向上のほか、違った部分にも目を向けています。例えばフォードは、「絵文字ジャケット」を開発しています。
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直接事故の被害を軽減するものではありませんが、クルマのドライバーと自転車に乗る人の間のコミュニケーションを助けます。自転車側にとっても、ハンドルから手を離したりせずに、意思表示が出来ます。絵文字を用いたのは、簡潔で、言語の違いに関わらず、見てすぐ理解できるからです。
進路変更など合図の伝達に加え、ドライバーとサイクリストのコミュニケーションをとることで、意思疎通を助け、誤解や勘違い・行き違いを防ぎ、相互の理解を深めたり、怒りなどの感情を抑制する効果も期待出来ます。無用のトラブルを防ぐとともに、道路上での安全性を高める効果が見込めるでしょう。
ボルボは、サイクリスト用のヘルメットの新しい衝突試験を開発しました。これまでの試験は、異なる高さからヘルメットを落下させるという単純なものでした。これを、クルマとの衝突を考慮し、それを想定した試験で評価する方法を開発しました。これは世界初としています。
もちろん、ボルボが自転車用のヘルメットを製造販売するわけではありませんが、クルマとの衝突を想定した試験方法を確立することは、より対クルマの安全性能の向上したヘルメットの開発に役立ちます。これは、交通安全を向上させる同社の願いを示すものだとアピールしています。
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同じくボルボは、ヘルメットを使って、自転車とクルマを接続するシステムも開発しています。クルマと自転車の位置情報をリアルタイムに把握し、両者の接近を知らせることで、出会い頭の衝突などを防ぎます。ヘルメットが光と音で警報を発し、ドライバーにはフロントガラスのヘッドアップディスプレイで警告します。
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どの事例も、直接的なものではありませんが、自転車とクルマの事故を減らそう、あるいは被害を軽減しようというものです。効果のほどはともかく、より交通安全に寄与する目的なのは間違いありません。費用対効果や普及の可能性は不明ですが、少なくともクルマメーカーとしての姿勢は示しています。
絵文字ジャケットも、ヘルメットの衝突試験も、接近警報システムも、それぞれサイクリストに製品を利用してもらわなければなりませんが、クルマメーカーが、こうした開発に積極的に関与することで、少しでも交通安全に貢献しようという意図は理解できます。
たしかに、それが無いよりは、相対的に交通安全に資すると思われます。クルマメーカーの取り組みとして評価する人もあるでしょう。しかし、私はそこに違和感を感じます。自転車の利用者サイドが考えるならともかく、クルマメーカーは、もっと直接安全性を向上させるべく、優先すべき開発がいくらでもあると思います。
絵文字ジャケットは、サイクリストに常に着用を強いるものです。コミュニケーションがあったほうがいいのは否定しませんが、サイクリストに意思表示をしろという上から目線のように感じて、クルマメーカーが言うなと思ってしまうのは私だけでしょうか。加害者が被害者に、事故の回避努力を押し付けるような考え方にも思えてしまいます。
サイクリストが、これは意思表示するのに便利と思って使うのは勝手です。しかし、クルマメーカーならば、サイクリストにコミュニケーションを強要するのではなく、それに関わらず危険にならない努力をするのが、本来求められる姿でしょう。サイクリスト側に更なる努力を強いるのは傲慢なスタンスと言えないでしょうか。
例えば、サイクリスト側からコミュニケーションをとらなくても、サイクリストの存在を検知し、ドライバーに注意を促す機能を搭載してはどうでしょう。自転車に近づき過ぎるとクルマ内で警報がうるさく鳴るならば、ドライバーにあらかじめ安全な間隔をとるよう促す効果が見込めるでしょう。
緊急の危険を知らせようと自転車がベルを鳴らしても、クルマが窓を閉めて音楽でもかけていたら聞こえません。自転車がベルを鳴らすと、クルマの車内で大きな音が鳴る装置を製造し、自転車メーカーに無償提供して、装着してもらってもいいでしょう。クルマ側の負担で出来ることはいろいろあるはずです。
ヘルメットの衝突性能にしても、被害者側で防御手段を工夫しろと言っているように聞こえなくもありません。もちろん、ヘルメットの性能向上はサイクリストにとってメリットですが、それとクルマの衝突安全性能とは別の話です。それよりも、衝突時に外側に向けて開くエアバッグ装置など被害軽減性能を高めるのが筋です。
例えて言うなら、工場が有害物質を川に垂れ流しにしておいて、川から取水する浄水場に対し、浄化システムの評価方法を開発して、もっと浄化性能を上げろと暗に言っているようなものです。まず、自分の工場が有害物質を放出しないようにするのが先決でしょう。
衝突警告システムにしても、サイクリストのほうに、装備されたヘルメットを着用し、スマホを使って設定させるなど負担を強いることになります。システムに一定のメリットはあるかも知れません。しかし、使用はサイクリストの判断であり、使用を強いることなく衝突リスクを減らすのがメーカーの責任ではないでしょうか。
サイクリストが装備したり設定したりしなくても、クルマのほうで自転車の死角に入っているとか、衝突が予測されたなら、自動ブレーキをかけるなど回避をするシステムを構築できるはずです。そのために、自転車に取り付ける装置が必要なら無償で提供・装着し、サイクリストに使用を強要しなくても機能させるのが筋でしょう。
クルマメーカーのせっかくの努力に対し、ひねくれた見方と言われれば、そうかも知れません。しかし、自転車のほうに負担を強いたり、対策させるのではなく、クルマのほうで努力できること、やるべきことは、技術的にもまだまだあるはずです。それを差し置いて、自転車側に責任転嫁する安易なやり方に見えなくもありません。
世界で多くの交通事故死者が発生している事実は、言い方は悪いですが、必要悪のように見られている傾向があります。もちろん、クルマの社会的な有用性を否定するわけではありません。しかし、毎年これだけの不幸を生み出しているのも事実です。
どれも一見、交通事故防止や被害軽減を図るメーカーの努力に見えます。しかし、被害者側の防御の工夫に口を出す前に、クルマメーカーとして出来ること、やるべきことがあるはずです。もちろん防御は必要だとしても、被害者側の防御に話をすり替えたり、メーカーの責任から注意をそらされないよう気をつける必要がありそうです。
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各地で次々と感染が明らかになっており、イベント中止や観光客減少、外出の自粛で経済への影響も心配です。
Posted by cycleroad at 13:00│
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