スイスと言うと、アルプスの美しい景色と平和で豊かな観光の国と言うイメージがあります。
もちろん、その通りでもありますが、違う面も持っています。スイスと言えば永世中立国として有名です。学校ではそのくらいしか教わらないので、単に平和な国とのイメージしか持っていない人もいます。しかし、どこの国とも同盟を組まないということは、戦争をしないと言うことではありません。むしろ国としては重武装で、ハリネズミのような国家と言ったほうが正しいのです。
フランスやドイツ、イタリアにオーストリアといった国々に囲まれ、重要な戦略拠点となる地理的要件と歴史的な背景から、永世中立を宣言してEUにも加盟しないという、下手をすると全ての国を敵に回しかねない政策を採っているわけです。同盟国は一つもありません。よって、国防の大方針としては、敵国に侵略されても、侵略のメリットよりも損害を大きくすることに重点を置いているのです。
第二次世界大戦中には連合軍に対しても、実力をもって中立を維持してきました。現在でも国内に異様に多い軍事基地や施設を抱えています。冷戦後は軍縮の方向にも向かっているようですが、市民兵に近い組織も持つなど国民の国防意識は高く、世界でも最も近代的で高度な武装を誇る軍隊を持っています。その戦闘能力はアメリカ軍にも匹敵すると言われるほどです。海に面していない内陸国ですが、海軍(水軍)まであります。
スイスの軍隊と言うと自転車部隊が有名です。なかには、自転車に乗った軍隊と言う牧歌的なイメージを持つ人もいるようですが、上述のような背景を踏まえて考えると、決してそのようなものではありません。
むしろ山岳部で、車輌が入っていけないような場所を移動するのが目的であり、人が背負うよりはるかに多くの物資を輸送出来るのが利点なのです。もちろん、燃料も不要で、牛馬のように飼料も必要としません。エンジン音もなく、隠密に行動するにも向いているわけです。
軍事機密とは言いませんが、全てのスイス軍の自転車がこの写真のようなものかはわかりません。でも一般のマウンテンバイクよりさらに頑丈で、酷使に耐えうるような仕様のものであることは間違いないでしょう。でも、そんな軍用自転車を使っているのはスイス軍だけではありません。歴史的には、19世紀のボーア戦争の頃から斥候として使われていました。
ヨーロッパでもドイツやフランスが軍隊の移動に自転車を利用していましたし、旧日本軍も日中戦争で5万人の自転車部隊を動員したと言われています。マレー半島攻略作戦でも銀輪部隊が活躍した記録があります。戦場の地形にもよりますが、高価な車輌と燃料がなくても機動力がアップしますし、装甲車などより車輌の輸送の面でも有利です。
アメリカ軍にも正式採用されている軍用自転車、その名も、PARATROOPERです。降下兵、すなわち落下傘部隊という意味です。私はミリタリー関係の事情に詳しいわけではありませんが、落下傘部隊、今で言う空挺部隊と言えば、どこの国の正規軍でも最強部隊です。
自衛隊でも空挺師団と言えばエリート中のエリートです。そんな最精鋭の空挺部隊の降下後の陸上移動用に設計された自転車です。
イラク戦争のような近代戦や、テロとの戦いとも言われる21世紀の戦争では、敵部隊と砲火を交えている前線をはるかに越えて、敵の後方へパラシュートによる降下を試みるなどという作戦はなかなか見られないでしょう。しかし上空からパラシュートをつけて投下しても耐えうるように頑丈に出来ているそうです。しかも折りたたみ可能なフルサイズタイヤのマウンテンバイクです。
確かに空挺部隊は、降下後ただちに迅速かつ隠密に移動しなければなりません。自転車を利用すれば、場所にもよりますが大きく機動力はアップします。しかもある程度の装備を携行出来て燃料も不要、メンテナンスや修理も簡単です。
無人偵察機なども投入される近代戦の時代の自転車の利用なんて、なんだか冗談のようにも聞こえますが、一定の状況ではハイテク装備を超える優位さがあるわけです。実際に軍の正規の装備として、特殊部隊をはじめ、海兵隊や陸軍から軍警察、州兵まで、多くの組織で使用されているそうです。
ディスカウントストアで売られているような、一部のマウンテンバイクとして使えないマウンテンバイクを別とすれば、マウンテンバイクの折りたたみというのは、このタイプ以外にあまり見たことがありません。フレームを切断して折り曲げる機構は、どうしてもねじれ剛性などが弱くなってしまいます。街乗りならばそのような自転車でもいいでしょうが、悪路を走破するようなMTB本来の使い方には向きません。
このアメリカ国防総省高等研究計画局(通称DARPA)と
MONTAGUE(モンタギュー)社の共同開発によるこのバイクでは、本来の強度を確保した独自の折りたたみ構造で各種の特許もとっているそうです。もちろん工具も一切不要で30秒未満で折りたためるとも書いてあります。走行時には折りたたまれないロック機構を備え、アメリカ海兵隊の兵士が重装備で乗って、過酷な状況で使用しても問題ないと言います。
キャンプをする方ならご存知でしょうが、キャンプ用品は軍用の装備が元になっているものが多いです。たまに実物の軍放出品を使っているマニアの方もいますが、さすがに頑丈に出来ています。
一般人がパラシュートをつけて投下するかは別として、折りたためるMTBとして、プロ仕様と呼べそうな自転車です。そのわりには、645ドルとリーズナブルです。競技用などとはまた違いますが、ほんとに過酷でヘビーデューティーな使い方をするなら検討に値するかも知れません。
純粋な歴史的事実として捉えると、航空機や船舶からコンピューターに衛星など、ありとあらゆる先端技術が軍事分野で開発され、民生用に転換されて来たのは紛れも無い現実です。インターネットだって元はアーパネットと呼ばれる軍のネットワークが元になっています。この自転車も、そうしたものの一つと言えるのでしょう。
今回は、軍用から転用された、純粋に自転車の話として取り上げました。当然ながら、私は戦争を賛美するわけでも、軍縮に反対するわけでもありません。また、技術革新を否定するものではありませんが、なかには本当に人類の滅亡につながるような技術もあります。
技術に罪はないですが、使うのは人間です。ミスも判断の誤りもあります。自転車の製造技術くらいならいいですが、核兵器を筆頭に怖い技術もたくさんあります。20世紀はまさに戦争の世紀でしたが、21世紀になっても相変わらず戦争がおきています。軍縮を進めていかないと、いつ何時取り返しのつかない事態が起こるかわかりません。
どこかで読んだ私の記憶が確かであれば、かのアインシュタイン博士は、第3次世界大戦の主要な武器の予測を問われて、こう答えたと言います。
「第3次世界大戦の武器は、どうなるかわからない。しかし、第4次世界大戦の武器は、『石』 だ。」
もし、また世界大戦が起きてしまったら、次に人類が自転車に乗るのは、いつのことになるのでしょうか。
◇ ◇ ◇
今日は早朝から出かけてましたが、関東でも一転して暖かく、雨でした。大雪の後に、図ったかのような高い気温と雨というのも、雪崩に起きろと言ってるようなものですが、積雪の多い地方は大丈夫でしょうか。
Posted by cycleroad at 17:00│
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