June 30, 2007

誰もが日本一周に旅立てる日

今週、一人のサイクリストが亡くなりました。


朝日新聞の記事から引用します。


自転車で日本一周の80歳が事故死 あと40キロで自宅/2007年06月25日

25日午後1時50分ごろ、長野県小谷(おたり)村北小谷の国道148号の外沢トンネルで、自転車で走っていた同県小川村瀬戸川の無職原野亀三郎さん(80)が大型ダンプにはねられ、胸を強く打ってまもなく死亡した。県警大町署によると、原野さんは自転車で日本一周旅行をし、自宅まであと約40キロのところで事故に遭ったという。

同署の調べでは、原野さんはトンネル内の緩いカーブを走行中に、後ろからはね飛ばされたとみられる。近所の人によると、原野さんは数年前、古い民家を借りて東京都内から移住し、一人暮らしをしていたという。

原野さんが旅行途中の昨年7月に泊まった福島県の旅館によると、原野さんは昨年4月下旬、長野県の自宅を出て北上し、北海道を回って南下していた。一昨年、2カ月かけてドイツを一周し、自信がついたので日本一周を計画。「亡くなった戦友には青春がなかった。彼らのために青春しているんです」と話したという。

昨年10月には、鹿児島県で地元放送局のラジオ番組に出演。「これからも夢をたくさん持って、悔いのないよう生きていきたい」と語っていた。


5/e/5e9547e5まことに痛ましい限りです。特にサイクリストにとっては決して他人事ではありません。80歳で日本一周に挑戦できる健脚に恵まれる幸運は、そうはないことだけに、余計に心が痛む方も少なくないでしょう。心からご冥福をお祈りしたいと思います。

残念ながら、現実問題として自転車に乗ったお年寄りが亡くなる交通事故は少なくありません。にも関わらず、多くのメディアがこの事故を取り上げたのは、戦争もくぐり抜けてきた80歳という年齢、日本一周という挑戦、ゴールまで40キロ、悲劇を際立たせる要素が多かったからなのでしょう。

一方で別のニュースでは、自転車通行禁止のトンネル内での事故だったとも報じられています。そのせいか、自転車側の過失を問う声もあるようです。もちろん弱者優先、自転車を通らせないような道路をつくる行政が悪いなどの意見もあって、議論の種になっています。

仮に、原野さんが標識を見落としたのが事実だったとしても、それを責める気にはなれません。悲劇であることには変わらないわけで、過失割合を云々するより、こうした悲惨な交通事故が少しでも減るような社会になっていくことを願わずにはいられません。

そうした意味で、私もサイクリストの立場からすれば、心情的には道路行政が悪いとの意見には共感する部分があります。実際に郊外の道路を走ると、自転車への配慮に欠ける道路は少なくありません。しかし、全ての道路で自転車が通りやすくするべき、というのは理想ではあっても、現実的でないのも事実です。

都市部においては、私もさまざまな観点から自転車に配慮することは十分な正当性と公益があると思います。しかし、郊外の、集落からも外れて、ほとんどクルマだけしか通らない道路でも全て自転車のことを考えるべき、というのは正論だとしても無理があります。どこであっても自転車を使うべきと言うのはナンセンスです。

日本は山がちですし、トンネルを掘るのも莫大な費用がかかります。サイクリストには恐怖の、暗くて幅の狭いトンネルもたくさんあります。私も、出来れば広く明るくして欲しいとは思いますが、ほとんど通らない自転車のために、更に莫大な予算を割くのも合理性を欠きます。

投入する税金を負担する国民から見れば、そんな場所を通る、ごく限られた趣味のサイクリストのエゴより、むしろ無駄を省くべきと考えるでしょう。数ある道路の中には自転車を通すことのできない道路、自転車には配慮出来ない道路が存在するのも、ある程度は仕方ないところです。

平地であっても、都市間を結ぶような郊外の国道にも全て自転車レーンをつけろというのは、実際問題として困難でしょう。それより、以前にも書いたことがありますが、川沿いとか海岸線沿いなどのサイクリングロードを利用しながら、有機的につなげていったらどうでしょう。

距離的には国道を使うのが速いでしょうが、遠回りでもサイクリング用に整備されたコースを辿って行けるようなルートを増やし、全国的に接続していくことは出来ないでしょうか。国道を使うより時間がかったとしても、自転車用に整備された道だけを使って日本一周出来るようになったら素晴らしいと思います。

関東ローカルな例ですが、群馬県から利根川や江戸川ぞいを通って、東京まで自転車で往復する人がいるという話は以前から聞いたことがありました。片道180キロくらいあって、国道を使うより遠回りだと思いますが、大きな川沿いのサイクリングロードが主なので、かえって信号もなく走りやすいと思われます。

このコースを使って、夏休みに東京ディズニーランドへ行く計画を立てている子供たちがいます。


自転車でディズニーランドへ 群馬、夏休みに子供たち/2007年06月27日

夏休みに自転車で前橋市から東京ディズニーランド(TDL)まで走ろう−。群馬県は、県内の小学5年−中学3年の約30人が「利根川・江戸川サイクリングロード」約180キロを2泊3日の日程で走る自転車ツアーを企画している。

県は、地球温暖化対策の一環として自動車から自転車利用への切り替えを訴えており、担当者は「自然環境とふれあえる自転車のよさを感じてほしい」と話している。県がツアー参加者をHPなどで募ったところ、約150人の児童、生徒が応募。今後、走行テストなどを行い絞り込む。

計画によると、一行は8月15日に群馬県庁を出発。サイクリング普及に取り組むボランティア団体の引率で、川沿いのサイクリングロードを中心に走る。途中、渡良瀬遊水地(同県板倉町など)や葛飾柴又寅さん記念館(東京都葛飾区)に立ち寄る。3日目にTDLで遊び、バスで帰宅する予定。


実は、国土交通省と警察庁にも自転車道のネットワークを実際に検討する動きが出ています。今月上旬のニュースですが、四国新聞から引用します。


市町村の自転車道ネットを/有識者懇素案、概算要求へ /2007/06/11

自転車の交通安全対策を検討している国土交通省と警察庁の有識者懇談会は11日、自転車専用の通行帯を全国的に整備しながら、市町村ごとに地域内の主要施設を自転車道で結ぶネットワーク計画の策定を提言する報告書素案をまとめた。

懇談会は今月下旬の次回会合で報告書を決定。これを受け両省庁は具体的な基準作りを始め、モデル事業の経費などを来年度予算の概算要求に盛り込む方針。

素案は「自動車中心の道路整備から脱却し、自転車・歩行者のための空間を再構築する必要がある」と指摘。具体的には、道路の拡幅や車線削減により自転車専用帯を設けたり、車道や歩道の幅は変えずにカラー舗装などで自転車が通行する区分を明確にするなどの案を示している。

ネットワーク計画は、地域の駅や学校などの主要施設を自転車専用道だけで行き来できるようにするのが狙い。


 中身的には、歩道上に色を塗るような、旧来の役に立たない自転車レーンが出来かねない不安もありますが、こうした動きが出てくることは、歓迎すべき変化です。自転車専用道を張り巡らせるという考え方が広まり、全国的に建設の機運が盛り上がるのは、なかなか難しいかも知れませんが、以前と比べればはるかに期待が持てます。

子供が夏休みに自転車で、安心して日本一周にチャレンジ出来るようになったら、どんなにいいでしょう。行く先々での経験や、困難な道のりを走破した達成感は、子供を大きく成長させるに違いありません。定年後の世代などでも、日本一周に挑戦する人が大幅に増えるのではないでしょうか。

以前にも、日本一周の途中に事故で亡くなったサイクリストのニュースを何度か目にしたことがあります。おそらく大きく報道されない例もあるでしょうし、今までどのくらいの方が命を落とされたのかは分かりません。これからも、悲しいかな繰り返されることでしょう。

日本一周に出かけるほどの自転車好きだった人たちが、その途上で命を失うに至った無念の程は察するに余りあります。でも、天国のサイクリスト達は、将来、日本一周サイクリング道ネットワークが実現し、誰もが安心して日本一周に旅立てる時が来たら、きっと喜ぶような気がします。



この事故は、各局のワイドショーなどでも扱われていたようです。私としては、人様の不幸をことさらに取り上げるのは本意ではありません。ただ、問題の本質と違う部分に注目するのでなく、自転車の走行環境について考えてほしいとの思いから記事にしました。謹んでお悔やみを申し上げます。

関連記事

地道に回り道する王道が近道
気持はわかるが、サイクリストの要求が一般には理解されないことも多い。

送迎より伴走というスタイル
自転車道のネットワークなんて夢物語と笑う前に、この英国の例を知るべき。

ただ造ればいいわけじゃない
自転車道のネットワークは、単に子供の夏休みの冒険用にあるわけではない。



このエントリーをはてなブックマークに追加

 デル株式会社


Amazonの自転車関連グッズ
Amazonで自転車関連のグッズを見たり注文することが出来ます。



 楽天トラベル






この記事へのトラックバックURL

この記事へのコメント
こんにちは。この事故は強烈なインパクトがあり、私もショックを受けました。自転車乗りに取っての大ベテランであると同時に、現在は長野県にお住まいだったということで、私からすれば同郷の先輩でもあった訳です。

数ある「対自動車の交通事故」でも、車と自転車のいずれに過失があるかは、その報道のされ方である程度判別できてしまうような気がします。今回も、車のドライバーの紹介は「容疑者」ではなく「ドライバーより事情を聴いている」、という報道のされ方でしたので…。

しかし、80歳にはとても見えない御方だったんですね。ヘルメット等はされていたのでしょうか(全身打撲との事で、あまり意味がないかも知れませんが)。
Posted by nori at July 01, 2007 10:56
noriさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
そうですか、やはりサイクリストの方で、多かれ少なかれショックを受けた方は多いでしょうね。
事故の詳しい状況は分かりませんので何とも言えませんが、おっしゃる通り、ドライバーが敬称で報道されたりしているようなので、必ずしも単純な過失関係の自動車運転致死事故ではないのかも知れません。道路の構造的な問題とは関係なく、加害者も含めて不幸な状況があったことも考えられますね。
ヘルメットについては不明ですが、確かに写真で拝見する限り若く見えます。80歳で自転車で全国を巡れるほど健康だなんて、自転車乗りでなくても夢のようなことだけに、かえすがえすも悲しい事故ですね。
Posted by cycleroad at July 02, 2007 20:34
cycleroadさん,度々で恐縮ですが,漸くこの記事まで辿り着けましたので,是非一言申し上げたいと思います.

私はこの事故現場のトンネルを1989年7月に長野―白馬―青海―糸魚川―直江津―黒姫―長野(自宅)の日帰り循環サイクリングで通ったことがありまして,その長さに狭さ,交通量の多さで恐怖を感じたましたし,勿論この事故には私も堪えがたい程の衝撃を受けたものです.

幾日か前のコメントでも申し上げましたが,長野県内の山間部ではこれ程にサイクリストにとって道路環境が過酷な地域が多いのです.他地域に住むサイクリストはそういうコースは行かなければ済ませられますが,その沿道地域に住んでいる者は嫌でも利用するほかなく,素晴らしき「自転車」の世界への道は事実上閉ざされてしまう訳です.

私自身がそのような地域で両手足をもぎ取られる思いをして育ちましたから,「サイクリング禁止絶対反対!」とか叫ばずにはいられないのです.

ただ,そのトラックドライバーにとっては,狭い車道を走る自転車の存在自体がドライバー泣かせの許せない存在でもあるのは事実で,そういったドライバー心理を考慮に入れたスポーツタイプ自転車の現実的な生き残り策を工夫する必要があると考える次第であります.

何卒ご理解の程,宜しくお願い申し上げます.
Posted by マイロネフ at August 13, 2014 20:14
マイロネフさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
長野県の山間部だけが苛酷な道路環境というわけではないと思います。他の地域、また都市部やその郊外にも危険な道路、通らなければならない道路はたくさんあります。
長野だけが辛いような書き方をされていますが、事故の割合から見ても、そんなことはないはずです。
山間部の道路の整備が自転車にとって理想的でないのは確かでしょうが、それは利用者数、費用対効果からみて仕方のない部分もあるでしょう。
「サイクリング禁止絶対反対!」と叫ぶローカルな事情については、よく知りませんし、ここで取り上げているわけでもありません。「スポーツタイプ自転車の現実的な生き残り策を工夫する必要」に迫られるほどの、生き残りの瀬戸際にあるとの認識もなく、当然ながらこのブログではサイクリング禁止など主張していません。
『何卒ご理解の程,宜しくお願い申し上げます.』と言われましても、何を理解すればいいのか、なぜ私が理解しなければならないのか全くもって不明です。
Posted by cycleroad at August 14, 2014 23:51
cycleroadさん,ご返信有難うございます.

仰る通り,自転車への配慮を著しく欠いた道路は全国無数にあります.
ただ,並行して(自転車にとって)より安全な道路を選べる地域と,山間地や海岸沿いのように最初から全く選択できない地域とでは著しく不公平です.
また,都市部では人口が多い分,所謂プロショップも多く,同好の士を訪ねるのも容易ですが,プロショップが無くマイカー依存度の高い地方ほど「自転車が好きだ」と言うと,人間関係を損ねやすいのです.
ジュニア世代にとって,近年日本国内でもごく一部地域で見られる本格的なレースまではともかく,最適な自転車を使用したサイクリングの教育的な効用を正当に評価されるのが私の願うところですが,地域によって,あたかも生活指導上の問題行動であるかのように見られるのが残念なのです.
「ご理解をお願いします」と申し上げたのはそういう意味です.
Posted by マイロネフ at August 15, 2014 17:42
マイロネフさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
地形の違いを不公平だと不満を言っても仕方がないでしょう。山を削れとでもいうのでしょうか。
予算的なことであれば、納税者、納税額の比率以上に都市部以外の道路に税金が費やされているのは間違いありません。
プロショップの数が重要なのでしょうか。都市部では、かえって人間関係が希薄ということもあります。
マイカー依存度は高いかも知れませんし、私は長野に住んだことはありませんが、たかが自転車好きと言うだけで人間関係が損なわれるほど、狭量、偏執的な人ばかりなのでしょうか。
もちろん、いろいろな考え方の人がいるとは思いますが、地形やプロショップの数と教育現場での考え方とは別の問題なのではないでしょうか。
地形的な特性から自転車が使いづらい地域は他にもたくさんありますし、そのような地域で安全面から制限するのがコンセンサスなのであれば、そのことを都市部と比べて不公平と言っても仕方がないのではないでしょうか。


Posted by cycleroad at August 16, 2014 23:39
cycleroadさん,ご返信有難うございます.
甚だ失礼ながら,何か今一つ,人口密度の低い地方の「自転車」の実情がお分かりいただけていない印象を受けました.

そもそも日本は歴史的に自転車をスポーツとして活用する習慣が広く国民の間に定着していませんから,周囲が苦痛で非能率なだけの自転車しか知らない人ばかりでは,“自転車好きは浮いて”しまいやすいのです.

近年,ロードバイク(私の言う“特急自転車”)の愛用者の急増につれて,一部では弊害も目に余っているらしく,それを見て旧来の所謂ベテランの中には,安易な“ブーム”を打倒して数少ないコアなマニアだけが残ればいいという発言が往々にして見られますが,私は決してそうは思いません.

初心者に,従来の自転車に無い“走る喜び”と安全,交通道徳の両立を手引きする――そういった役割が,これからのプロショップに望まれます.

地形,地勢の面で申すなら,防災のために鉄やコンクリートで固められた,主に道路沿いの山肌や川,それに高速道路の建設のため切り崩され,破壊された自然環境は数知れません.一方それにより旧来の幹線道路において,自転車の通行が困難だった交通環境が緩和された地域があるのもまた事実です.
Posted by マイロネフ at August 18, 2014 22:14
マイロネフさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
私にも、人口密度のかなり低い地域での生活経験がありますし、各地にもよく出かけますので、必ずしも実情を理解しないわけではありません。
それぞれの地域に事情はあるでしょうが、事故の一例をとって、『長野県内の山間部ではこれ程にサイクリストにとって道路環境が過酷な地域が多い』とか、『素晴らしき「自転車」の世界への道は事実上閉ざされてしまう』といったことをおっしゃっているので、それは狭い範囲での話、一面ではないかと申し上げているだけです。
都市部や他の地域でも、自宅近くで自転車を楽しむには向かない場所もあります。でも少し出かければ違う場所もあるでしょうし、県内全域が向かないわけでもないでしょう。
私も子供の頃の一時期、都市部ですが自宅近辺の道路状況から、親に自転車に乗ることを禁止されていたことがあります。当時はもちろん不満でしたが、後になれば仕方がない処置だったと思います。自宅近くでも乗れる子と比べれば不公平な環境ですが、そんなことに不満を言っても仕方がありません。
自転車環境に恵まれない点があるのはそうなのでしょうが、だからといって山間部の需要の低い場所に自転車環境を整備せよと言っても一般的にコンセンサスは得られないでしょうし、教育現場での話も、また別なのではないかと言いたいだけです。
Posted by cycleroad at August 19, 2014 23:09
 
※全角800字を越える場合は2回以上に分けて下さい。(書込ボタンを押す前に念のためコピーを)