July 12, 2007

単にレンタサイクルではなく

パリに続いてニューヨークです。


先月、パリ市内全域に一万台以上のレンタル自転車を配置するという大規模な「ヴェリブ(Velib)」と呼ばれる事業がスタートすると報じられました。今度はニューヨーク市で、30分無料のレンタサイクルを配置し、自転車を共有する実験、「The New York Bike-Share Project」が行われました。

The New York Bike-Share Projectニューヨークのマイケル・ブルームバーグ市長が推し進める地球温暖化ガス抑制策の一環として、エネルギーを消費せず温暖化ガスを排出しない自転車の利用を促進しようという試みです。プロジェクトは非営利団体「Storefront for Art and Architecture」が主宰しています。

サイトを見ると、他の都市、パリ、バルセロナ、ストックホルム、オスロ、コペンハーゲン、フランクフルト、リヨン、パンプローナなどの都市で既に同様の取り組みがスタートしていることを、規模やシステムなどを含めて詳細に紹介し、その意義を強調しています。

このプロジェクトは、まだ実験段階であり、民間主導の小規模なものでしかありませんが、アメリカ国内の他の都市も関心を寄せていると言います。実験は期間限定で台数も数十台規模ですが、本格的に導入が決定すれば、貸出し箇所3千、自転車台数4万台にする構想です。

今まで、どちらかと言うと環境への関心が高いとは言えなかったアメリカ東海岸も変わりつつあるようです。こうして、パリやニューヨークなどの大都市でも、その環境への負荷の低さから自転車が注目され、都市部の現実的な交通手段として活用されようとしている事実は、世界中の都市へも影響を与える可能性があります。

ニューヨークの環境対策日本の自治体にも、多かれ少なかれ波及するかも知れません。実際に自転車に注目し、何らかの取り組みを始めつつある自治体もあります。しかし、単に「レンタサイクルを整備すること」とか、「自転車を共有しよう」ということのみに注目すべきではありません。

日本の場合は、即、駅前の放置自転車問題と結びつき、レンタルで自転車を共有することで総自転車台数を減らそう、となりがちです。しかし、これは過去に何度も失敗しています。その理由は以前も書いたので省略しますが、無駄な過ちを繰り返すだけになるでしょう。どこでも単に貸自転車を導入すればいいものでもありません。

パリやニューヨークに限らず、世界のどの都市でも、それぞれ固有の事情やいろいろな要素が背景にあります。他の交通機関との兼ね合い、地形、道路環境や専用道の整備状況、習慣や人々の生活様式、職住の距離、気温や気象条件、自転車普及台数と種類、都市の規模、自転車に対するイメージまで様々な要素によっても変わってくるはずです。

手元の資料によれば、日本の自転車普及台数は国民一人あたり0.67台です。オランダだけは別格で1.11台もありますが、ドイツやデンマーク、ノルウェー、スウェーデンあたりの0.71〜0.77台程度と比べても遜色ないレベルです。国が山がちで人口が多いにもかかわらず世界有数です。

ニューヨークのレンタサイクルフランスやアメリカは、どちらも0.38台程度とはるかに普及台数は低くなっています。もちろん都市別で見れば変わってくると思いますが、自転車の利用が進んでいるとは言えない国でもあるわけです。私はどちらの都市にも滞在して、自転車で走り回ったこともありますが、両都市にレンタサイクルを導入する意義は理解できます。

しかし日本の場合、必ずしもレンタサイクルが効果を発揮するとは限りません。むしろ、更に放置自転車の台数を増やすような事態になりかねないのも確かです。逆に言うと、日本はこれだけ自転車が普及しているから充分ではないか、との議論になるかも知れません。

問題は、台数よりむしろ自転車の活用です。パリでもニューヨークでも、環境への負荷をいかに減らすかが主眼となっているわけで、温暖化ガスの排出を減らすために、もっと自転車を活用しようとしているわけです。その結果、今よりクルマの利用が減らなければ意味がありません。

日本で無料のレンタサイクルを街角に配備しても、徒歩で行くかわりに自転車を利用して駅に行く人が増えるのがオチでしょう。徒歩の人は減るかも知れませんが、クルマの利用を減らすことにはつながりにくいと推測されます。なぜなら、クルマを利用するような距離を自転車で行こうと思わないからです。

もっと自転車の活用を遅いママチャリだということもありますが、歩道の人波をかき分け、あるいは車道で危ない思いをしながら、十キロも二十キロも、自転車で行こうとは考えも及ばない人がほとんどだと思います。安全面や時間、気疲れなどを考えても、人々が自転車にするメリットを感じない、つまり自転車の通行環境の整備が遅れているのが原因です。

道路や駐輪場を整備することによって、自転車を使うメリットをもたらさなければなりません。自転車で行ったほうが安全で速いし、快適で便利だとなれば、自転車の活用が広がります。クルマだと渋滞して時間もかかるし、駐車場も少なくて不便であるなど、相対的に不利になればクルマの利用は自然と減るはずです。

その点から言うと、最近、警察庁と国土交通省の両省が共同で設置した「新たな自転車利用環境のあり方を考える懇談会」がまとめた報告書を踏まえ、「自転車の通行空間が明確でない車道や歩道で自転車道などの整備を進め、自転車とクルマ、歩行者の通行空間の分離を促す」という姿勢は、ある程度評価できます。

珍しく縦割りの省庁間の壁を乗り越えて連携しているたげても特筆に値します。しかし問題は、事故の軽減を主目的にしている点です。「車道の幅が狭い場合はカラー塗装などで自転車の通行空間を明確にする」方針が示され、例の歩道に色を塗っただけの、誰も見ていない無意味な自転車通行帯が増えることも予想されます。

各方面から注目もちろん事故防止も重要ですが、自転車が通行しやすくなるとは限りません。願わくば環境省や自治体も巻き込んで、自転車の利便性を高めることで、公害や渋滞、環境への負荷を減らすことまで視野に入れてほしいものです。せっかく自転車通行空間を整備するなら、中途半端ではもったいないし、結局無駄になりかねません。

たかが自転車レーンの問題ではありません。環境問題への取り組みは、これからの国家的な重要課題だとするなら、都市交通ゃ都市のあり方について、国のイニシアチブも求められます。今後も人口が集中するであろう都市のあり方は、公害や渋滞、環境だけでなく福祉や経済にも直結する重要な課題であるはずです。

パリやニューヨークをはじめ、世界の都市では、都市部でのクルマの利用を減らしていくと同時に、都市のあり方を模索し始めていると考えるべきではないでしょうか。「世界の都市でもレンタサイクル」と見るだけでは本質を見誤りますし、結局は今までと何も変わらないような気がするのです。



選挙戦が始まりました。自分の選挙区の候補を知って、誰が落ちるか予測しながら見ていると(不謹慎ですが)、意外に興味もわいてくるかも知れませんね(笑)。

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この記事へのコメント
 都市部での車による通勤手当の廃止と税控除の廃止を行うだけで、公共機関利用や自転車の利用が増えると思いますが・・・

 ただ雨の日をどうするのかが問題になりますね。私の現状なら、着替えを持ち、シャワーを浴びてから仕事の出来る環境にいるので問題はありませんが、皆さんそうとも限りませんし。
Posted by クーデルムーデル at July 17, 2007 14:05
クーデルムーデルさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
そうですね、政府が税制面で配慮するだけで、かなり変わってくるでしょう。気候変動への具体的取り組みとして、積極的関与に踏み込むことを検討すべきです。
以前にも取り上げましたが、ベロモービルなどを利用することも考えられるでしょう。利用が増えれば都心での新たなサービスの誕生などもあるかもしれませんね。
Posted by cycleroad at July 20, 2007 10:13
 
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