September 10, 2007

自転車職人のビジネスと情熱

昨日テレビに、ある自転車工房が出ていました。


ふだんNHK教育テレビを見ることは少ないのですが、たまたま新聞のラテ欄で目についたのでチャンネルを合わせてみたのが、同チャンネルの「ビジネス未来人」という番組です。「世界に一台、夢の自転車」というタイトルに目がとまりました。ご覧になった方もいらっしゃると思います。

昭和26年の創業という東京荒川区にある(株)マツダ自転車工場という工房で、代表の松田志行さんが出演されていました。ビジネスの先入観を打ち破る「未来人」たちが登場するという番組ですが、「古いものこそ価値がある」というシリーズで、「古いビジネス」としての自転車工房にスポットが当てられていました。

ブランド名はLevel
マツダ自転車工場

確かに、安価な輸入自転車全盛の時代ですし、自転車専門店でも部品を組み立てるのが当たり前です。フレームやパーツまで一から手作りする職人の工房が「古いビジネス」なのは異論のないところでしょう。一部、フレームビルダーに注文してオーダーメイドするような人を別とすれば、自転車は既に「組み立てる」ものです。

かつて、昭和30年代の荒川区は自転車の街として有名だったそうで、自転車関連の業者が300以上あったのに、今では10社足らずと言います。そもそも高度経済成長の時代にオートバイやクルマが自転車にとって代わった時に廃れ、昨今の格安の輸入品によってトドメを刺された業態というのが一般的な認識でしょう。

職人の工房しかしこの工房は、競輪選手たちに評判になるほど軒並み優秀な成績を収めた自転車や、本来外に出ているワイヤーを全てフレームの中に内蔵し、ブレーキシューまでフレーム内に収めた自転車など、その技術力や独創性が広く評価されています。念入りに部品を加工し、ミリ単位で調整、その人にとって理想の自転車を作り上げています。

また、ここでは競輪用の車両やロードバイクなど趣味性の高い自転車だけでなく、普通のシティサイクルまでオーダーメイドで製作しています。しかも、構想・設計から何か月もかけて、値段も10万円以上するものです。スポーツバイクならともかく、高価なシティサイクルの需要がそれほどあるものだとは思いませんでした。

今でも毎日ビジネスで自転車を使う人はいますから、商売道具なら多少値段が張っても使い勝手のいいもの、頑丈なもの、長く使えるものを求める気持ちは十分理解できます。ただ、走行性能だけなら既成品にも上級の車種があります。自転車に走行以外の多様な用途を望む人がいるわけです。

看板を取り付けられる自転車、夜道を安全にするためフレームに蛍光灯を装着した自転車、通勤用のバッグが載せやすいもの、重い荷物を安定して運べるもの、愛犬を乗せるのにピッタリサイズが合うものなど、言われてみれば実に、さまざまなニーズあります。

オーダーメイドのシティサイクルそれを上手に実現するためのアイデアや、フレームやパーツの工夫、加工技術など、さすが熟練の職人の技です。何よりユーザーの体のサイズから用途、走行環境から生活スタイルに至るまで、トータルに考慮して製作する姿勢には共感します。

また、それによって初めて自転車に乗れる人もいます。つまり、障害がある人向けの自転車も製作されています。片方の足が動きにくい人のために、左右のクランクの長さを違えたり、足が上がらない人のために、低床でも強度としなりを保ったフレームにしたり、安定や荷物の為に3輪にしたり、一台ずつ全て違うニーズに応えています。

病気や怪我によって障害を負ったが、自転車が再び使えるようになったことで、買い物に行くことが出来るようになるなど、自立や生活の質の向上に大きく貢献している例もあります。普通の人には何でもないことですが、松田さんの自転車があって初めて実現している人もいるわけです。

番組としては、販売戦略上、客の声を聞き取るパーソナライジングと捉えています。確かに一人ひとりの顧客のニーズを把握し、CRM(顧客関係管理)で必要なものを届けるのはサービス業の潮流なのでしょう。それをモノづくりにも広げる意味で、逆に最先端の事例として見ることができるのではないかというのが番組の趣旨でした。

技術と創意工夫しかし、パーソナライジングの面もさることながら、「お客さんが、もっと楽しい自転車。こんな自転車があったら、その人の生活が変わるなり、その人を幸せなり、楽しくさせることができればいいなと思っています。」という松田さんの考え方こそが大きいのではないか、と感じました。

ただお客の希望に答えるだけではなく、お客も自覚していないようなニーズを探ったり、お客の使い方や使用環境まで詳しく引き出し把握することによって、お客が期待する以上の満足を実現しているように思います。松田さんの自転車によって、本当の自転車や、その楽しさを知った人も多いことでしょう。

世の中では、自転車を単に道具としてしか考えていない人が大部分だと思います。自転車で楽しいとか、幸せだと感じることを理解する人は少ないでしょう。自転車で人生が変わるなんて、ピンとこないのが普通かも知れません。しかし、障害を負った人に限らず、自転車に出会って人生が変わったと感じる人もいます。

番組では、短い期間で安い自転車を買い換える今のスタイルだけでなく、高い自転車を長く乗るスタイルもあることを指摘していました。例えば1万円の自転車を1年で乗り換えるより、10万円の自転車を10年乗るようなスタイルと言うわけです。

オーダーメイド一人一人に対応

でも、高い自転車と安い自転車の違いは、単に耐久性だけではありません。自分に合った、性能にも優れた自転車に乗れば、自転車に乗る行為自体が値段の差以上、何倍にも違ってくるはずです。安い自転車の氾濫で、残念ながらそれを知る人は少ないですが、数字や見た目に表れない部分もあります。

顧客一人ひとりのニーズに応えるモノづくりという視点は未来のビジネスなのかも知れません。ただ、こうした工房に関して言えば、パーソナライジングによって、単に顧客の使い勝手が向上することより、自転車に乗って楽しい、幸せという感覚的、エモーショナルな部分を実現しようとする職人のマインドが大きいような気がします。



今日は、「世界自殺防止の日」だったそうですが、日本人が通勤電車を狙った爆弾による自爆テロを計画していたとは、背筋の寒くなる話ですね。しかも、政治的・思想的背景があるわけでもない、テロと言うより単なる逆恨み的無差別・巻き込み自殺とは..。

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