自転車のおもちゃを作る理由
最近はホームセンターや量販店などで、気軽に自転車が買えます。
値段も驚くほど安くなりましたが、弊害として、使い捨てのように放置される自転車が社会問題となっています。ある程度の年代以上の方ならご存知だと思いますが、昔は、ずっと高価でしたし、子どもの欲しいものの上位にも自転車が必ずランクされる時代がありました。そんな、まだ日本も今ほどモノが豊かではなかった時代の話です。
その男は小さな乾物屋を営んでいました。毎日忙しく働いていましたが、暮らしむきはお世辞にも豊かとは言えず、朝早くから夜遅くまで、休みもなく一生懸命働いても、なかなか妻や幼い娘に欲しいものを買ってやれるような余裕はありませんでした。
ある日、遅い夕食をとりながら、いつものように娘の寝顔を見ていると、娘の誕生日が来週なのを忘れていることに気づきました。あわてて、妻に聞きました。
「来週、この子の誕生日なのを忘れていたよ。ふだん何か欲しがっているものはあるのかい。」
妻が答えます。
「それが、訊いても何も欲しいって言わないのよ。周りのお友達が持っている自転車が欲しいはずなんだけど。」
「自転車か..。店の配達用のでは大きくて乗れないものな。それで、お友達に乗せてもらっているのかい。」
「いいえ。みんなが自転車に乗る時は、一人で走ってついていくらしいの。二人乗りは危ないから禁止なのよ。」
「それでも自転車を欲しいって言わないのか。」
「足が速くなっていいって言っていたわ。同じ学級の女の子の中では、一番速いって..。」
男は、即座に子供用の自転車を買ってやろうと決心しました。
さっそく翌日、同じ商店街にある自転車店に行くと、子供の自転車でも、考えていたよりずっと高いことがわかりました。それでも、蓄えを取り崩せば買えないことはありません。そこで男は貯金をおろしに行くことにしました。
貯金をおろしてから、自転車屋に行く前に店の仕事を済まそうとしていると、いつも干し椎茸を納めてくれる馴染みの農家の男がやってきました。問屋より安く、質もいい椎茸を納めてくれるので、男がいつも仕入れている取引先です。
「こんにちは。いい干し椎茸や味噌や、いろいろありますよ。いかがですか。」
「いや、悪いがまだ在庫があるんだ。来月にはいったら少し買わせてもらうよ。」
「そうですか。いい品物なんですが..。」
なぜか農家の男の表情がいつもと違います。売りに来るのが、普通よりずっと早い時期なのも不思議です。訝りながら男は、わけを訊ねました。最初は口ごもっていましたが、理由を話してくれました。
「実は息子が病に伏せっていて、なかなか治らないので遠くの大きな病院に入れようと思っているんです。それで、いろいろと物入りになるものですから..。」
「そうか、それはいけない。いつも勉強してもらっているし、そういうことなら、うちも少し手伝わせてもらおう。」
そう言って男は、今おろしてきたばかりの貯金も含め、仕入れられるだけ仕入れました。当然、それは娘に当分自転車を買ってやれないことを意味していました。丁重にお礼を繰り返して帰っていく男を見送りながら、そのことで暗澹たる気持ちになるのを感じていました。
妻は、人助けが出来たことを喜んでくれましたが、娘の誕生日は待ってくれません。商売に必要な金を使うわけにはいきませんし、来週までに必要な金額をつくるのは到底無理です。娘の寝顔を見ながら、出るのはため息ばかりでした。でも次の日、妻と話していた時、いいアイディアを思いつきました。
「そうだ。おもちゃの自転車を作ろう。それに手紙をつけるんだ。後で本当の自転車に取り替えてあげるって。」
「それはいい考えね。お父さんが約束を守るのは知っているから、今すぐでなくてもきっと喜ぶわ。」
その日から、娘が寝たあと夜遅くまで、近所の木工場にわけてもらった木の切れ端を使って、自転車のおもちゃ作りが始まりました。本物の自転車を買ってあげられない申しわけなさと、本物と取り替えるまで楽しみにしてもらえるようにと、一生懸命、夜遅くまで作業しました。
誕生日の当日、夫婦は娘がプレゼントの箱を目を輝かせながら開けるのを見守りました。間もなく、添えられた手紙を読む娘の目に涙が浮かびました。夫婦は、箱から現れたプレゼントが、手作りのみすぼらしい自転車のおもちゃだったことに、さぞかしガッカリしたのだろうと思いました。
でも、娘の言葉は違っていました。
「じゃあ、お父さんの作ってくれた自転車を本物と取り換えっこするってことなの?」
「そうだよ。しばらく待ってもらわなければならないけれど、きっと取り替えるから待っててくれるかい?」
「お父さんが、こんなにきれいな自転車を作ってくれたのに、取り替えるなんて絶対いやだわ。」
それを聞いた夫婦の目からも涙が吹き出しました。お父さんが一生懸命作ってくれたことが嬉しかったのでしょうが、娘が忙しく働く父母を思いやる気持ちも感じたからです。男は娘を抱きしめながら、愛する娘のために一番きれいな自転車を買うことを深く決意したのでした。
このストーリーは、私が昔、なにかの本で読んだ話です。外国の話だったようにも思いますが、何で読んだのか、細かい部分も忘れてしまったので、プレゼントの自転車を作るという部分以外は、ほとんど私の創作です。実は、ダンボールのアーチスト、
Chris Gilmourさんのサイトの自転車を見て、なぜか、ふとこの話を思い出しました。
こんなに細部まで精巧に、しかもダンボールで作るなんて信じられないようなワザです。クルマなどと違って、微細な部分が多い自転車を作るというのも驚きです。精密でありながら、独特の素材感があって、なんとも言えない温かみがあります。
もちろん、こちらはアート作品ですから、乾物屋の主人が作った自転車とは似ても似つかないに違いありません。でも、なぜかこの昔読んだストーリーの記憶が蘇りました。自転車を手作りする人はあっても、材料がなんであれ、乗るためではない自転車のおもちゃを作るという話は、あまり聞かないからかも知れません。
今どきの子供なら、流行のゲーム機やケータイなどを欲しがり、自転車なんて、もはや日用品のようになってしまって当たり前のように買ってもらっているのでしょう。私も、今もしこの娘の年齢だったら、おもちゃの自転車でもいいと言える自信はありません(笑)。
一部粗悪なものを除いて、自転車が安くなることを必ずしも悪いと言うつもりはありません。こんな話も、モノが溢れる時代にナンセンスなのでしょう。ただ、そんな中でも子どもたちには、素直な心や感謝する気持ち、思いやりの心も失なって欲しくない気がします。
私はまだ見ていませんが、「ALWAYS 続・三丁目の夕日」も公開されましたね。前作では、当時まだ高かったであろうロッドブレーキの自転車も出てきました。この時代、私はまだ生まれていませんが、なぜか懐かしい感じがします。モノは豊かでなかったものの、心温まる時代だったのでしょうね。
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懐かしい自転車と記憶の保存
自転車の模型は結構あって、レトロなものなどを集める人もいる。
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親子で自転車を手作りしてみると言うのも、楽しいかも知れない。
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自転車が安くなると共に、自転車屋さんも街から減りつつある。
たまには気分をかえる必要も
これも自転車が出てくる短いストーリーですが、いかがでしょう。
Amazonの自転車関連グッズ
Amazonで自転車関連のグッズを見たり注文することが出来ます。
Posted by cycleroad at 23:30│
Comments(4)│
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いつも楽しみに拝見しております。
時々掲載されます自転車以外のコメントにも賛同する事が多く、今回の「おもちゃの手作り自転車」には、特に感動しました。
私の幼少時代も貧しかった思い出があります。学校に通う道すがら、自転車店に置いてある変速付き自転車に、毎日見とれていた記憶もあります。今の時代、変速機付き自転車でさえ盗難の後でしょうか、道端に放置されている姿を見ると心が痛みます。そして、放置自転車の様に人の命さえ軽んじられる世の中に寂しさを感じます。
自転車とは関係ありませんが、今回のお話の様に感動した小説がありました。「知られざる命」と言い、以前、メルマガで見ましたので著者のHPを紹介します。
http://www7b.biglobe.ne.jp/~danjiroh/
著者は素人作家の様ですが、これも昭和初期を描いた小説でした。今回のお話に似た感動をしました。
どうぞ、これからもいろいろな話題をご提供下さい。
ルーさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
共感いただけたとすれば嬉しい限りです。今ある程度の年代以上の大人なら、多かれ少なかれ似たような心象風景があるような気がします。おっしゃるように、モノを大切にしなくなり、公共の場でのマナーは乱れ、親兄弟ですら殺しあうような世相に、何か日本が失ったものがあるように感じる人は多いかも知れませんね。
元になったストーリーは外国の話で、いつも仕事で忙しい父親が、クリスマスプレゼントを買いに行く機会を逸したのに、娘の優しさに救われたというようなストーリーでした。仕事に追われる世の父親たちにとっては、身につまされるような話です。この話を読んだことを思い出したのですが、細かい部分は忘れてしまったので、話の主題が変わってしまいますが、日本の戦後の物語風に書いてみました。
素敵なサイトをご紹介いただき感謝します。「知られざる命」、早速読んで見ました。私もそうですが、戦争を知らない世代が、こういう話を読んでどう感じるかが、日本の将来の平和にも関わってくるような気がします。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
cycleroadさん,本日はここまで遡って拝見していたところ,何とも切ないこの物語についコメントしたくなりました.
ご存知の通り,今から40年余り前の1970年代前半,電子フラッシャー付き自転車が少年たちの人気を集めました.当時の所得水準では¥4万以上もする自転車は容易には買ってもらえる代物ではなく,プラモデルの自転車が発売された時期もありましたね.
現在,You Tubeの動画を「電子フラッシャー」で検索しますと40年以上秘蔵されていたその自転車の驚異的な動画を見ることができます.また,2ちゃんねるの「ログ速 電子フラッシャー付き自転車乗ってただろ?」で検索しますと,当時を知る人々の貴重な証言がゴマンと出てきますので,1度ご覧になってみては如何かと存じます.
マイロネフさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
人によって、あるいは世代によって何が懐かしいかは違います。
私はその2ちゃんねるのログを読んでも懐かしくなく、知らない話ですが、一世を風靡したフラッシャー付き自転車だけに、強く印象に残っている人は多いのでしょうね。
このエントリーとは直接関係ありませんが。
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