東京都内で歩行者が自転車にはねられて怪我を負った事故は、今年10月末までで去年の同じ時期より56件多い、なんと878件に上ります。「クルマに」ではありません。自転車にはねられた事故です。先月は渋谷区で75歳の女性が、その前の月には豊島区で89歳の女性が自転車にはねられて亡くなっています。
この2件だけではありません。東京都内だけでも、すでに昨年より4人も多い6人が自転車にはねられて死亡しているのです。安全であるはずの歩道を歩いていたのに突然自転車に命を奪われた方の無念、そしてそのご遺族の悲しみと怒りは、いかばかりかと思います。
こうした歩道での暴走など、自転車の悪質なルール違反による事故急増を受けて、今月10日にも、都内の駅周辺や繁華街など96か所で、警視庁による自転車対象の一斉取り締まりが行われました。警察官が、歩道を猛スピードで走り抜ける自転車を1台1台止め、警告カードを手渡すなどして指導しました。
今年、都内で摘発された人の約半数にあたる291人が未成年であり、警視庁は、特に中高生のマナーの悪さが目立つと話しています。06年の統計でも、自転車と歩行者の事故のうち、16歳から19歳の自転車利用者が加害者となった件数が、全体の約2割を占めています。
昨今の事故の急増は、自転車人口が増えたからでも自転車台数が急増したからでもないでしょう。中高生だけとは言いませんが、さまざまな社会問題の背景としても語られるように、やはりモラルが低下し、周囲の迷惑を省みず、自らの都合だけで暴走するような人が急増していることを裏付けているのは間違いなさそうです。
この傾向は、都内だけに限りません。全国的にみても自転車の暴走による歩行者との事故は激増していて、各地で取り締まりや指導、安全運転講習会の開催などといった対策が打ち出されています。もはや見過ごすことの出来ない段階に来ているとの認識が広まっていると言えます。
仙台では、市街中心部で交通指導を行い、自転車は、歩道のうちの車道側を走行するよう呼び掛けたそうです。通行区分をはみ出して事故が起きた場合は、自転車の過失責任がより明確になることもあり、宮城県公安委員会は今後、歩道の自転車通行部分の指定を進めていく方針だと言います。
警察としては当然の対策なのでしょうが、もはや指導や呼びかけ、講習会といった対策では追い付かないのも事実ではないでしょうか。効果はごく一時的なものにとどまり、抜本的な改善に結びついていないことは明らかです。物理的に自転車と歩行者を分け、事故を起きにくくするような対策が必要です。
そんな中、歩行者との事故を防ぐためにも、自転車は本来の車道を走行するべきであり、一方でクルマからの安全を確保するためにも自転車レーンを設置するべきという考え方が、ここへ来てようやく広がりを見せています。つい最近に限っても、関連するニュースが相次いで報道されています。
東京・世田谷では、車道両端を青色に塗装した「
自転車走行レーン」の社会実験が始まりました。自転車と歩行者の通行場所を区別した上で、レーンでの自転車の進行方向も指定しています。車道の青色レーンは幅45センチですが、車道に隣接する歩道にも、白い点線で区切った自転車走行レーンを設置します。(→
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青色レーンは車道上なので、当然左側通行です。歩道上の白い点線で区切った自転車走行レーンは、その逆方向への一方通行にしてあります。果たして、歩道上を区切った部分の通行が守られるのか疑問もありますが、一方通行を徹底させるための配慮でもあるのでしょう。
とりあえず車道に自転車レーンを確保するというスタンスは評価されます。歩道に線を引いたり色を塗ったりしただけでは、現実問題として歩行者と分離出来ないことは、多くの事例から明らかです。ようやく気づいたかという気がしないでもありませんが、一歩前進と言えるでしょう。
実験区間はわずか600メートルですし、どれほどの効果が明らかになるのかは分かりません。実験の結果がどう道路行政に反映されるかも気になるところではありますが、これだけ自転車が多いのですから、自転車を歩行者と混在させるのではなく、自転車専用の通行空間を確保するのが合理的と感じる人は少なくないはずです。
写真を見ると、上のほうに自転車レーンに駐車する車両が見えます。せっかくレーンが区分されても、駐車車両に占領されるのでは意味がありません。物理的に遮断する方策も必要でしょう。ごくごく一部の違法駐車する人のわがままによって、多くの人の危険と公共の利益が損なわれていることも忘れるべきではありません。
ドライバーにとっても不規則に車道に飛び出す自転車には気を使うものです。仮に車線の幅を減らしてでも自転車レーンを確保し、不規則に飛び出さないように物理的に分離されるのであれば、自転車をはねてしまうリスクが減ります。その意味ではドライバーにとってもメリットがあります。
自転車に歩道を走らせるという世界的に見ても間違った道路政策が一貫して進められてきたおかげで、歩行者の通行量に比べて広すぎる歩道も少なくないと思います。自転車が暴走してきて怖い歩道より、多少狭くても自転車の通らない歩道のほうがいいと考える人も増えていくのではないでしょうか。
道路の両側に双方向のレーンが必要かは議論のあるところでしょうが、実際の道路整備段階では、歩道に線引きするのでなく、歩道を削ってでも、物理的に分離された自転車レーンにするべきです。頻繁に繰り返される道路工事の際に、ちょっと追加すれば済む話です。道路用地の買収や新設に比べれば、はるかに小さな予算です。
ほかに、岡山県警も自転車安全対策として、多発する自転車が絡む事故の抑止を狙って、同県内初の「
自転車専用通行帯」を設けることを発表しました。車道を1.5メートル以上の幅で、やはり青色のラインで仕切り、始点と終点に標識を設置するというものです。本年度中に、他の対策と併せ計9カ所を整備する計画です。
愛知県安城市でも、新しく市道へ自転車道を整備することにしています。道路中央部のゼブラゾーンを削り、車道を中央線寄りに移動させて自転車道のスペースを確保する計画です。環境に優しい交通手段として自転車利用を促す「
エコサイクルシティ計画」として推進し、今後の自転車道ネットワークに結び付ける考えと言います。
私も、自転車レーンを整備すべきと何度も書いてきましたが、つい2年前には自転車レーンなんて話題にも上らなかったことを思えば、道路行政や道路整備の流れが明らかに変わりつつある気がします。でも、まだ手放しに喜べるわけではありません。
自転車道の整備へのコンセンサスが得られつつあるとは言え、まだ実験だったり、ごく一部の道路への適用に過ぎません。国土交通省なども、自転車道の必要性については、かなり昔から表明していましたが、実現は遅々として進まなかった経緯があります。今も依然として進んでいると言えるレベルではありません。
願わくば、こうした個々の自治体の動きを大きな流れとして定着させるために、ぜひ政治の主導が欲しいところです。折しも道路特定財源の使途に注目が集まっていますが、何も道路の総延長を伸ばすだげが道路整備ではありません。誰でも歩道上で事故に遭う危険にさらされていることを思えば、道路の安全性向上には理解も得られるでしょう。
もちろん、地球温暖化防止の観点からも、実は自転車道の整備、多くの人が考える以上に有効です。交通事故以外にも省エネやヒートアイランド、粉じんや騒音被害、渋滞対策としての面も見逃せません。自転車道なんて、国の政策課題に挙げるほどの話ではないと思われがちですが、決してそんなことはないと思います。
ちょうど、自民党の政調会長は政界きってのサイクリストでもある谷垣禎一氏です。道路特定財源については、地方道路整備臨時交付金や原油高対策、経済振興から暫定税率に税体系やプライマリーバランスまでからむ難しい問題ですが、是非とも今までのように道路新設一辺倒ではなく歩行者の安全にも目を向けて欲しいところです。
パリやニューヨークの例を挙げるまでもなく、世界中で温暖化対策としての自転車の活用がクローズアップされ、道路特定財源の使途が議論されているというタイミングです。世論の支持があれば、急速に整備が進む可能性もあるでしょう。もしかしたら、将来の自転車の走行環境が向上するかどうかの分水嶺にいるのかも知れません。
大方の予想通り今年の漢字は「偽」でしたね。食品偽装が相次ぎましたが、年金への信頼を偽装していた社保庁も大きいでしょう。そもそも5千万件も記録が浮くずさんさが、3月までに決着するはずもありませんし、例の無責任首相の「最後の一人まで」が信じられるはずもありませんが、選挙のスローガンと言う開き直りもひどい話です。
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自転車レーンが地球温暖化対策として、どれだけ有効と言えるのか。
そろそろ有無ではなく内容を
では世界では、具体的にどんな自転車レーンが整備されているのか。
広がりつつある気づきの記号
必ずしも道路特定財源が使えなくても、もっと低予算で実現できる。