自転車に乗っていると、いろいろなサイクリストと行き会います。
少し前のことですが、私はあるサイクリングロード脇の小さな緑地の木陰に自転車を止めて、ベンチで休憩していました。すると、歳の頃60代くらいの一人のサイクリストが、やはり休むためでしょう、同じ木陰で止まりました。ちょうど死角になって見えなかったのか、私がいるのに気づいて、ちょっと躊躇したようにも見えました。
その方は先客である私に向かって、丁寧な言葉遣いで邪魔でないかと尋ねました。明らかに年下の私に対し、こちらが恐縮するほどの礼儀正しさです。もちろんと答え、入れ替わりに立ち去るのも変なので、しばらく、なんとなく会話する形になりました。見た感じ、明らかに昨日今日乗り始めたサイクリストではありません。
ウェアの着こなしや持ち物を見ても、かなりのベテランです。ふと、その方の自転車に目をやって、更にそのことを確信しました。私には見てもわからないほど古いモデルです。もちろんシフターはダウンチューブについている、いわゆるダブルレバ―で、他のパーツも年輪を感じさせます。
当然のことながら、最近よく見るスローピングフレームではありませんし、新しい素材でもなければ、扁平のチューブでもなく、細身のシンプルでオーソドックスなフレームです。が、かえってスタイリッシュにさえ見えます。そして、明らかに手入れが行き届いており、状態も良さそうです。
思わず、「いいバイクですね。」と言いますと、「いや、古いだけで。」と謙遜されます。あまり触れたくなさそうな気がしたので、それ以上聞きませんでしたが、愛着を持って、大切に手入れをしながら乗ってらっしゃるのは間違いありません。まさに愛車です。紳士的な態度もそうですが、素敵なサイクリストに会ったと感じました。
こうした何十年という年月を越えて、一台の自転車に乗り続ける人は、どれくらいいるのでしょう。たまに、かなり古いモデルに乗っている人を見ることもありますが、自転車の基本的な形は、それほど変わっていないので、すれ違っただけではなかなか気づきません。ただ、かなり少ないのは間違いないと思います。
考えてみると、クルマの世界には、ビンテージカーとかクラシックカーなどの愛好家がいます。それなりに市民権を得て世間にも認知され、イベントや売買市場もあります。しかし、少なくとも日本では、自転車のビンテージとかクラシックバイクの愛好家というのは、あまり聞いたことがありません。
おそらく収集している人もいるのでしょうが、博物館でもなければ見ることもありません。クルマと違って構造もシンプルですし、古いパーツとの互換性も高いでしょう。車検もありませんし、保管スペースも小さくて済みますから、もっとビンテージ自転車の愛好家がいても良さそうなものです。
海外とは自転車文化も違いますが、これがアメリカあたりだと、ある程度の愛好家人口があるようです。“
Classic Bicycle Show”というイベントも開かれ、全米から同好の人たちが集まります。毎年、一番保存程度のよいビンテージ自転車、あるいはレストアされた自転車、“Classic Bike of the Year”を決めています。
ちょうど、今年の大会は昨日だったようです。28回目だそうです。まだ今年の結果はアップされていませんが、サイトには昨年までの参加車体が掲載されています。アメリカでのビンテージバイシクルですので、必ずしも日本人が見て懐かしい自転車とは限りませんが、いかにも年代物という自転車が揃っています。
大陸の隅々から多くの愛好家やディーラーが集まります。年配の方だけでなく、大人から子供まで、家族でこのイベントを楽しんでいます。コンテスト以外にも、即売会やショーなども行われ、懐かしい自転車を見るために集まってくる方も少なくないようです。
何十年か前に普通に売られていたような自転車は、必ずしも博物館に収蔵されているとは限りません。でも、歴史的な自転車ではなく、当時の普通の自転車が、その時代を生きた人々にとって懐かしかったりするはずです。そんな自転車に会いたくて、遠路やってくる人もあるのでしょう。
アメリカ独特のローライダーやビーチクルーザーなどもあります。今の子供たちが見ても楽しめるような、家族そろって楽しめるイベントとして構成されているようです。もちろん、自分のコレクションや、天塩にかけてレストアした作品を披露しあう、愛好家同士の交流の場でもあります。
誰にでも、最初の自転車があります。それは特別な一台として記憶に残っている人も多いのではないでしょうか。もしかしたら、新聞配達をしていた一台や、クリスマスプレゼントだった一台があるかも知れません。そんな自転車に再会すれば、その当時の記憶も蘇ってきます。
そんな記憶を取り戻すイベントでもあると書かれています。初めて自転車に乗れた興奮を、人は決して忘れないはずであり、それぞれの自転車遍歴の原点に戻って、懐かしい自転車と写真に収まり、素晴らしい体験をする一日になるだろうとも紹介されています。
確かに、こんなイベントが日本でも、日本の古い自転車を集めて行われたら、是非行ってみたいと思う人は少なくないかも知れません。こうしたイベントが毎年行われているなんて、ちょっと羨ましい気がします。ただ、日本では、そんなに古い自転車は残っていない気もします。
日本人は、新しもの好きの面があるとよく言われます。建物でもクルマでも、古くなるとすぐ新しいものに替える傾向があるというのは、確かにその通りかもしれません。欧米は石の文化ということもあるのでしょうが、日本の建物の寿命は圧倒的に短く、クルマにしても、日本のほうが新しいクルマが多く走っています。
自転車に関して言えば、更に顕著です。毎日、たくさんの放置自転車が処分されています。スポーツバイクに乗る人は、ある程度長いとしても、日本の平均で言えば自転車の耐用年数は極めて短いに違いありません。詳しい調査はありませんが、欧米との差は、かなり大きいでしょう。
日本独特のママチャリ文化という側面もありますが、自転車が安くなっているのが大きな要因として挙げられるでしょう。新しもの好きと言うより、駐輪場不足など社会環境も大きいと思います。省エネ、省資源、環境への負荷の観点から言っても問題であり、使い捨てのような今の傾向は好ましいことではありません。
スポーツバイクに乗る人でも、新しい自転車に目移りすることはあるでしょう。人の趣味をとやかく言うつもりもありません。ただ、20年、30年は乗れなくても、少しでも長く乗りたくなるようなお気に入りの一台、後で思い出に残るような愛着の湧く一台に乗りたいものです。
全国的に、GWの天気はよさそうです。自転車に乗りに出かける人も多いのではないでしょうか。ちょっと周囲の人の愛車に注意してみてもいいかも知れません。
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そう言えば、昔はいろんな商売の人が自転車を使っていた。
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昔と比べると、本当に自転車の値段が安くなったと実感する。