あらかじめ待つことがわかっているなら、新聞や雑誌などを持っていくかも知れません。今どきなら、メールのチェックや音楽を聴いたりすることも考えられます。ただ、何も読むものを持っていなかったり、やることがなくなってしまうと退屈なものです。ぼんやり周囲を見ているだけだったりします。
そんな時、バス停にポスターでも貼ってあれば、見るともなしに見てしまうでしょう。テレビやラジオ、新聞に雑誌、そしてインターネットなどのメディアにも広告は溢れていますが、街へ出ても屋外広告が溢れています。いちいち意識はしないとしても、多くの人の目に入っているのは間違いありません。
前回、アメリカのワシントンDCで始まった「
自転車シェアリングシステム」を取り上げました。運営しているのは民間と書きましたが、興味深いのは、“SmartBike”と呼ばれるこのシステムを運営しているのは、貸自転車業者ではなく、屋外広告を扱う会社、
Clear Channel Outdoor社なのです。
空港や駅などの壁面広告、ビルの屋上や壁面などのネオンサインに電光掲示板、屋外の壁やフェンスの看板やポスター、バスやタクシーの車体広告、トラックの荷台を専用広告スペースとして改造したもの、街角の新聞販売ラック、バス停やスマートバイクと、ありとあらゆる屋外広告を扱っています。
この会社が販売するものは広告スペースなわけですが、そのスペースをビルの持ち主などから仕入れるだけでなく、自らバス停にシェルターを建てるなどして、スペースを作ってもいます。スマートバイクも、同じような発想です。バス停に屋根をつけるのと同じで、社会に貢献する一方で広告メディアを手に入れているわけです。
自治体にしても、タダでバス停に屋根がつくなら利用しない手はありません。あまり景観に影響を与えるようでは困りますが、行政側と業者で妥協できる線は見つかりそうです。スマートバイクも全く同じで、わざわざ住民の支払った税金を使わなくて済むなら、多少広告が入っても委託する方がいいでしょう。
公営交通システムとして、公的セクターが運営出来ないとは思いませんが、むしろノウハウを持った民間に任せたほうが上手くいくはずです。しかも、貸自転車業でなく、広告媒体として展開できるならば、税金や利用料などの面で市民の負担も軽減されるわけです。自治体の財政がどこも厳しい折り、この点は特に注目すべきです。
もちろん、景観に対する規制の違いもありますし、広告主のニーズや市場原理も作用しますから、既に屋外広告が溢れている街で、必ずしも同じような関係が成り立つとは限りません。しかし、見習うべきやり方です。ワシントンでSmartBikeを運営するClear Channel Outdoor社は、世界の各都市でもSmartBikeを展開しています。
日本でも行政の仕事を民間に委託する動きがありますが、まだまだ不十分と言えるでしょう。また、命名権などと同じで、広告スペースなどの活用できる資源はもっと使うべきです。ワシントンの今後の展開は別としても、都市交通政策の一環として「自転車シェアリング」を導入するなら、是非こうした手法を検討すべきです。
ところで、私は、日本各地の市町村での自転車関連行政の情報には、ふだんから注意を払っています。あまり大きく取り上げられないので、下手をすると地元ですら知らない人が多かったりしますが、実は、自転車をレンタルしてシェアしようと考える自治体は少なくありません。
ここ数年に限っても、あちこちの自治体で試みられています。あえて名前は挙げませんが、どこの市町村でも思い出したように始め、いつの間にか消え去るように無くなっています。役所の担当者が変わるたびに検討されるのか、以前の取り組みなど忘れたように再び実施されることもあります。
残念ながら、そのほとんどが失敗しているはずです。他の市町村が、これまでにも同じようなことを繰り返し、ことごとく失敗しているのに、なぜ参考にしないのでしょうか。失礼ながら、その学習能力のなさにはあきれるばかりです。わかっていても、いわゆる「お役所仕事」として、あるいは予算消化のためにやるのでしょうか。
中には、成功としてアピールしている自治体があるのは私も知っています。しかし、それは多くの税金をつぎ込んでいるから継続しているだけであって、採算度外視です。営利企業と違って、役所の仕事はそれでいいのでしょうけど、内容的にも甚だ疑問ではあります。
典型的に行われる共有自転車政策は、駅前の放置自転車をなくす為に行われます。何人かで共有すれば、自転車の台数が減らせるという目論見です。貸し出す自転車は、撤去して引き取り手のないものを使えばいいと考えます。処分費用も節約できて一石二鳥です。うまい方法に思えるのでしょう。
住民サービスの一環であり、利用されなければ意味がないので無料です。当初は好評に見えても、そのうち共用自転車が散逸するか、回収に人件費がかかりすぎるなどして断念する例が多いです。例外的に放置自転車の撤去費用を一部充てることの出来る自治体は、コストをかけながら継続する場合もありますが、ごく一部です。
利用者の立場に立ってみれば、廃棄物利用の錆びて古い自転車に、あまり乗りたいとは思わないでしょう。タダであっても、さしてメリットはありません。無料だから文句は言えませんが、メンテナンスも行き届いていませんし、快適ではありません。借りられる場所も限られ、使い勝手もよくありません。
必要な時にいつもあるとは限りませんから、毎日使う人なら自分の自転車を使います。必然的に、使う人はふだん自転車に乗らない人になるわけです。必ずしも自転車が必要ではないけれど、タダなら乗って、そのへんで乗り捨てればいいと思って乗ります。つまり駅前の放置自転車は減少しません。
駅前の放置自転車対策として、無料で自転車を共有させようとしても上手く機能しないのです。廃棄物を利用するなど、使う人の立場にたって考えていないのも甚だしいですが、それを抜きにしても、特定のグループでの利用を別とすれば、駅と自宅との往復に無料の共用自転車を使わせるのは難しいでしょう。
しかし、だからと言って、日本では自転車の共有が上手く行かないと、早急に結論付けるべきではありません。今まで、さんざん自治体が試みてきた政策と、スマートバイクのような自転車シェアリングシステムとは、目的も考え方もオペレーションも、全くの別物として捉えるべきです。
スマートバイクのような自転車シェアリングシステムは、都市の交通を補完するものとして位置づけられます。例えて言えば、路線バス網を整備するようなものです。すると、当然のことながら、引き取り手のない自転車を貸すだけで、うまくいくはずがありません。そもそも発想が違うのです。
交通システムですから、どこかの駅前だけで貸し出せばいいわけではありません。対象地域に効果的、かつ戦略的に貸し出しポイントを展開して、交通手段としての利便性を高めなければなりません。実際に使えるよう常に維持管理する必要がありますし、料金の回収や位置管理など、様々なノウハウも必要です。
結果として放置自転車が減ることもあるでしょうが、それが目的ではないのです。都市の交通渋滞を緩和し、あるいは渋滞によって利便性の低下するバスなどに代わる公共交通として導入するものであり、そもそも、自転車を減らすのではなく、クルマの利用を減らすのを目的として構築されるものなのです。
放置自転車対策はどうでもいいとは言いませんが、都市の渋滞対策や温暖化ガスの低減のために導入することを理解していないと、本末転倒になってしまいます。そして、レンタル自転車網が整備され、便利に利用されて初めて域内の放置自転車が減る可能性も出てくるでしょう。
前回も取り上げた自転車シェアリングシステムですが、あえてもう少し掘り下げてみました。日本では、よくある話だとか、何度も試みているけど上手くいかないと考える人も多いと思われるので、今までの日本的な共有自転車事業とは違うことを強調しておきたかったからです。
逆に言うと、廃棄処分する放置自転車がもったいないからと気軽に始められる事業ではないわけです。同時に、単なるレンタサイクルとは違って、都市の交通手段として大きな可能性を秘めています。なかなか理解しづらいかも知れませんが、たかが貸自転車と見くびるべきではありません。
パリやワシントンなど、世界の都市は、クルマを通すことを優先してきた結果、渋滞と交通事故、大気汚染や騒音、そして温暖化ガスの増大を招いたことを見直そうとしています。歩行者や居住者の安全や健康を中心に考え、もはや非効率となった都市部でのクルマの走行を制限しようともしています。
私たちは、こうした世界の趨勢を知り、日本でも都市と交通のあり方を考えていかなければなりません。日本では家から最寄駅までしか使わず、歩道を走り、本来の自転車のポテンシャルを知らない人が大多数です。自転車の都市交通としての可能性が低く見られがちですが、そうした思い込みも正していく必要があります。
また、環境への負荷を真剣に考えていく中で、渋滞するだけの道路交通を見直す必要があり、自転車が化石燃料も電力も使わず経済的で、クルマより速く合理的で、本人の健康にも貢献することに注目すべきです。そうした市民の認識が政治や行政に反映され、未来へ向けた街づくりを促すことも確かだと思います。
GWは、各地でイベントも花盛りです。珍しいところでは、千葉県の小湊鉄道で、鉄道の線路を使った軌道自転車の体験運転が出来るそうです。全国的には天気もよさそうなので、どこも混みそうなのが難点ですね。
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