
今年のノーベル賞は日本人が4人受賞するという快挙が成し遂げられました。
南部陽一郎、小林誠、益川敏英の3氏がノーベル物理学賞、下村脩氏がノーベル化学賞です。ノーベル賞は、ちょうど1901年に創設されましたが、その後20世紀の100年で日本人の受賞が6人だったのに対し、21世紀に入って、わずか8年で7人と、既に前世紀を超えてしまいました。驚異的なペースです。
そのせいか、受賞当初はビッグニュースと大いに沸き立ったものの、もうすっかり落ち着いてしまった感があります。日本初のノーベル賞に輝いた湯川秀樹博士の時と比べる(私は生まれてませんが)のは無理があるとしても、日本人もノーベル賞慣れしてしまった部分があるのかも知れません。
もちろん、受賞が続いたからと言って、その偉大な業績が色褪せるわけではありません。悲惨な事件や政治不信、食品偽装に消えた年金、景気後退に金融危機と悪いニュースばかり続く中、久しぶりに喜ばしい、明るいニュースです。しかし、単に受賞を喜ぶだけでなく、もっとその功績にも注目したい気がします。

ただ、下村脩氏の授賞理由となった「緑色蛍光たんぱく質の発見」は比較的わかりやすいものの、物理学賞の3氏の研究は、イメージするのすら難しいのは確かです。テレビで、ご本人が説明されてましたが、何が凄いのかすら、よくわからないという感じです。
私も、多少は理論物理学や量子論などに興味があって新書を読んだりしますが、その功績を正確に理解するほどの知識は持ち合わせていません。おそらく、大多数の人は似たり寄ったりでしょう。しかし、だからと言って、こうした基礎科学を、直接私たちに関係のない世界の話と片付けるべきではありません。
例えば、ニュートンの万有引力の法則だって、発見当初は何の役に立つのかわからなかったはずです。しかし、ニュートン力学が、その後の物理学の基礎となり、さまざまなな分野の発展を促したのは言うまでもありません。現在は、それが近似式でしかないことが分かっていますが、少なくとも地球上での有用性は変わっていません。
遺伝子の発見だって、発見当時にその意味を正確に理解していた人は少なかったに違いありません。遺伝として子孫に伝える仕組みがあるだろうとは思えるものの、現在のように遺伝子を解析して病気の治療に役立てたり、遺伝子組換え作物が作られたりするとは思わなかったでしょう。

3氏の功績もこれらと同じように、その後の物理学の発展に大いに寄与したわけです。物理学の分野で、ニュートリノだ、クォークだと言っても、いったい何に役立つのかという疑問を抱く人も多いと思いますが、すぐにではなくても、さまざまに役立っていくだろうことは疑う余地がありません。
例えば、素粒子や宇宙線の研究が新しい技術の開発につながります。厚い岩盤でも通り抜けることが出来る素粒子を使うことで、コンクリートの建物を壊さずに検査できるようになります。今までは、エックス線でも表面から30センチ程度しか透視出来ませんでしたが、この技術で簡単に検査できるようになります。
すでに実用に近づきつつありますが、耐震偽装で鉄筋の本数や太さをごまかしても、建物を壊さずに簡単に見破れるようになるわけです。違法建築の歯止めになることは間違いないでしょう。他にも、溶鉱炉や原発などで用いることで、耐熱材の摩耗や燃料棒の消耗を確認するなど、技術革新やコストダウンが期待できます。
火山の内部を調査することで、噴火の予兆も捕らえられますし、活断層を探ることで地震のメカニズムの解明にも役立つと期待されています。今まで発見されていない、地下に眠る遺跡だって発見できるようになるでしょう。ほかにもこの技術は、例えば核物質の拡散防止に活用が期待されています。

今までも強力なエックス線を使えば、核物質の確認は可能でしたが、巨大な施設にならざるを得ず、空港や港、国境検問所などに設置することは、事実上不可能でした。しかし、この素粒子を利用した方法なら、テロリストが隠して持ち込もうとした核物質でも発見可能になります。
このほかにも、さまざまな分野で活用されるようになることは間違いないでしょう。今まで出来なかったこと、考えられなかったようなことが可能になります。これらは、素粒子の研究の直接的な成果として、私たちの暮らしを便利にしたり、安全にしたり、大いに役立つはずです。
もちろん理論物理学の進歩がもたらすものは、こうした直接的なものだけではありません。基礎科学であるがゆえに、今までにない新たな学問の分野を生み出すでしょうし、今までのパラダイムすら塗り替える可能性を持っています。まさしく人類の英知、現代文明を発展させるものです。
物質の成り立ちや宇宙の構造を研究することは、我々が一体何者で、どこから来て、どこへ向かうのか、根源的な問いに通じます。物質を極限まで分割していくと何になるのか、宇宙の果ての向こうはどうなっているのか、考えるだけでロマンがあります。

もう少し身近では、例えば質量の存在の謎が解き明かされることで、誰でも簡単に痩せることが出来るようになるかも知れません(笑)。病が完全に克服されても不思議ではありませんし、遠い宇宙へ旅をして宇宙人とコンタクトがとれるようになるやも知れません。人間が新たな生物を作り出せるようになる可能性だってあるでしょう。
真剣にタイムマシンの実現を研究している科学者もいますし、違う次元や時空のつながりを利用して、ドラえもんの「どこでもドア」のように、瞬間的に離れた場所へ移動出来るようになるかも知れません。もはやSFの世界ですが、不可能と立証されていない以上、起こってもおかしくありません。
もはや私などの想像力を超えた世界です。しかし、昔の人が今の世界を想像だに出来なかったことを思えば、遠い未来が我々の予想もつかないようなものになると考えることは、客観的には自然です。そうした未来を切り開くものの一つが基礎科学の発展であることは、疑う余地がありません。
近い未来で言えば、温暖化ガスの排出を削減するのではなく、大気中の温暖化ガスそのものを消去できるようになれば、地球温暖化問題も一挙に解決です。今まで破壊する一方だった地球環境を復元するような画期的技術の開発も期待されます。

地球環境の破壊により、今世紀中に人類が滅亡するのではないかと考える科学者もいますが、実はもっと差し迫った危機もあります。言うまでもなく、核の存在です。何かの間違いで核ミサイルのボタンが押されてしまえば、人類を何度も滅亡させることができるほどの量の核爆弾が、既に地球上に存在しています。
新・冷戦の始まりも危惧されますし、テロリストの存在もあります。いつ人類が悲惨な結末を迎えないとも限りません。核廃絶が叫ばれていますが、政治的にそれを達成するのは極めて困難と言わざるを得ません。個人的には、こうした核兵器を無力化するような発明が出来ないものかと思ってしまいます。
1955年、アインシュタインをはじめ科学者11人が核兵器の廃絶を求めた「ラッセル・アインシュタイン宣言」に署名しました。湯川秀樹博士もその一人です。湯川博士の原動力は、核で人類が滅ぶ恐怖だと益川敏英氏も語っていますが、物理学者たちの志が、さらに次の世代へと受け継がれることを期待したいです。
今回の物理学賞の3氏も、湯川博士に憧れて物理学の道に進んだ、あるいは大いに刺激を受けたそうです。今回の3氏の授賞が、次世代のノーベル賞学者を目指す子どもたちを触発するものであってほしいものです。そのためにも大人たちは、今回の快挙を正当に評価し、大きな敬意をもって子どもたちに伝えなければなりません。
最近、地球温暖化や環境破壊、気候変動に伴う災害、エネルギー問題、人口爆発や食糧危機、野生生物の絶滅による生物の多様性の減少など、人類の未来に暗雲を投げかけるような話ばかりです。こうした危機への懸念を共有することも大事ですが、一方で明るい希望も持ちたいものです。
未来を悲観するばかりでは、世の中も暗くなります。未来に夢と希望を持つことが人々の気分を変え、経済活動や景気にも影響します。未来に明るい希望を持つためにも、人々が科学の進歩を確信し、そのための基礎研究の大切さを理解することが大切なのではないでしょうか。
麻生総理が記者会見してましたが、話がくどいと言うか、論旨がはっきりしないと言うか、結局答えになっていないと言うか、話すのが下手な気がするのは私だけでしょうか。本人は知識や英語の発音をひけらかして得意満面のようですが..。
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