この4輪車、ペダルやハンドルがついているので、一種の自転車のようにも思いますが、実は「車イス」です。少し前の日経新聞の記事から引用します。
足でこげる車いす 脚のケガ、リハビリ向け
車いすメーカー大手のカワムラサイクルは年内にも、足でペダルをこいで進む車いすを発売する。腕を使って車輪を回すタイプに比べ、体力面の負担が小さい。歩行は困難だが脚を動かすことのできる高齢者や、ケガをした人のリハビリ向けに売り込む。
新製品「カリフラワー」は四輪で、ペダルとハンドルが付いている。速度は遅く、病院や介護施設などでも使いやすい。価格は十五万―二十万円の見通し。年間一万台の販売を目指す。同社の車いすは介助する人が後ろから押したり、乗る人が手で車輪を回したりするタイプだった。足こぎ式は業界でも珍しく、「歩行機能回復のため脚を積極的に動かしたい人の需要が期待できる」(同社)という。(2008/10/11 日本経済新聞)
普通に考えると、足が不自由だから車いすを利用するわけであり、車いすにペダルをつけるなんて意味があるのだろうかと思ってしまいます。しかし、足に障害を負って動かせない人だけが車いすを利用するわけではありません。怪我などでリハビリが必要な人もあるでしょう。
なるほど歩行は困難でも足は動かせるし、足の機能を衰えさせないためにも動かしたいという需要もあるに違いありません。廃用症候群と言って、使わないと身体の機能は衰えてしまいます。歩行が難しくなったからと言って、足を使わないでいると、立ち上がることすらできなくなる可能性があります。
足腰の衰えで下手に歩き回ると転倒して危険なので、車いすを使って安全に移動したい人、あるいは移動させたいと考える家族もあると思います。無理に歩行し、万一、転倒して骨折でもしたら大変です。高齢者が足などの骨折がきっかけで寝たきりになる例は少なくないと言います。
そうしたリスクを軽減するために、車椅子を利用したい人もあるでしょう。ただ、介助者に押してもらうのでなく、自分の力で移動する場合、高齢者が腕で回すハンドリムのついた自走用の車いすで移動するのはたいへんです。やはり足の筋肉のほうが強いので、足を使うほうがラクです。
今までも、上半身の力を使って移動する車いすはありました。ボートをこぐようなスタイルで駆動する車いすです(左の写真)。車いすに連結して使うハンドサイクルなどもあります(関連記事参照)。足が使えないなら上半身や腕の力を使うしかありません。いかに上半身を使うかという視点だったと思います。
そうした車イスの一般的な認識からすれば、足で動かすなんて、なかなか普通には思いつきません。盲点と言うか、目からウロコ的な部分があります。もちろん全てではありませんが、ペダル駆動の車いすが役立つ人もあるわけで、高齢化社会に向かって、その需要は確実に増えていくことが予想されます。
今回の発売発表に先立つこと約8か月、今年2月に、この足こぎ車いすの開発に着手するとの記事が神戸新聞に残っていました。
足こぎ車いす開発へ カワムラサイクルなど
車いす大手のカワムラサイクル(神戸市西区)は十三日、医療・福祉用具を扱う東北大学発ベンチャーのエフ・イー・エス(仙台市)と共同で、リハビリなどに使う「足こぎ車いす」を開発すると発表した。カワムラが商品化を決めた身障者や高齢者向けの自転車「スロー・サイクル」の技術などをベースにする。
エフ社はこれまで東北大と、脳卒中などの後遺症がありリハビリを受ける患者を対象に、運動機能を回復させるための足こぎ車いすを研究。カワムラの「スロー〜」の技術を生かし、実用化を目指すことにした。ベースとなる「スロー〜」は今年三月に発売。ゆったりとしたサドルで安定性に優れているのが特徴。四輪と三輪タイプがあり、時速六キロ以下で走る設計になっている。
開発する足こぎ車いすは、乗った人がペダルを回す。カワムラによると、「ペダルを回すことによる運動機能のリハビリ効果は実証されている」という。製造はカワムラが受け持つ。発売予定や価格は未定。(2/14 神戸新聞)
この記事を見ると、カワムラサイクルは既にスローサイクルとして、高齢者向けの自転車を企画していたようです。高齢者用自転車と足こぎ車いす、形状はよく似ており、この両者の境目がどのへんにあるのかはよくわかりません。スローサイクル自体、同社は新世代車いすと位置付けています。
スローサイクルは3輪のものもあり、かごもついているなど、多少自転車よりな感じがします。ただ、ベースとなったスローサイクルと、ペダルつき車椅子の違いは、フレームが低く、クランクのストロークが小さそうなど、その違いは僅かのように見えます。
それを高齢者向け自転車と呼ぶか、ペダル付き車いすと呼ぶかはともかく、コンセプト的にはほとんど同一のもの考えてよさそうです。同社のサイトでは、今回の新型車いす、「カリフラワー」もスローサイクルと位置付けられていますので、乗る人の状態や目的などによって適したモデルを選ぶということなのでしょう。
この
カワムラサイクル、前身は自転車メーカーでしたが、現在、自転車は製造しておらず、車いすの専門メーカーとして知られています。ただ、最近ランドウォーカー社に資本参加したことにより、このスローサイクルなどの特殊自転車を製造販売することになりました。
同社は、あくまで車椅子を中心とした福祉用具を製造販売し、自転車事業に参入する意図はないとサイトで明らかにしています。少なくとも通常の普通自転車と呼ばれる前一輪後一輪タイプは取扱わないのだそうです。スローサイクルのような特殊自転車に特化するという戦略なのでしょう。
もともと「足こぎ車いす」は、東北のベンチャー企業が進めていたもので、カワムラサイクルは開発協力を依頼されたのだそうです。カワムラサイクルも福祉用具としてペダル式トレーナー(左の写真)などもつくっていて、ペダルこぎによる運動機能のリハビリ効果はよくわかっていたのでしょう。
前身が自転車メーカーだったことは別としても、「足こぎ車いす」がリハビリなどに役に立つだけでなく、高齢者の老化防止などにも有効であり、新世代車椅子、あるいは高齢者向け自転車としての可能性を評価し、福祉器具メーカーの立場で有望と判断したものと思われます。
私は、高齢者の老化防止と聞いて、以前見たテレビのドキュメンタリーを思い出しました。その番組は、あの「きんさん・ぎんさん」のドキュメントでした。100歳の双子としてテレビのCMで有名になった、あのお婆さん姉妹、100歳を超えても元気で、国民的アイドルと呼ばれた、成田きんさんと蟹江ぎんさんです。
各メディアに出演し、断トツで日本最高齢のレコードデビューも果たしました。百歳を過ぎてから確定申告を経験し、「お金は何に使いますか?」と聞かれると、二人とも「老後」の蓄えにすると答えるなど、そのユーモアや当意即妙の受け答えが話題になりました。「うれしいような、かなしいような」で流行語大賞までとっています。
頭もしっかりしているし、元気で可愛らしいお婆さんだと誰もが思ったはずです。ところが、この姉妹、マスコミに取り上げられる前は中程度の認知症であったと言うのです。ご家族が証言していらっしゃいます。私も当時はそのことを知らなかったので驚きました。
姉妹は招かれて全国へ出かけるため、足の筋力トレーニングに励みました。驚くのは、そのことによって認知症が改善したと言うのです。マスコミから注目され、新しいことを体験したり、初対面の人とも多く会うようになったという刺激もあると思いますが、認知症だったとは思えないほどの回復ぶりです。
認知症が改善してからも、筋力トレーニングや歩行訓練に取り組む姿がテレビで流されていました。筋力トレーニングというのは、おもりの負荷をかけた足の曲げ伸ばし運動です。このトレーニングの結果、リポーターの取材を受けた際に、その質問に的確な答えを返すようになったそうです。認知症からの驚くべき復活と言えるでしょう。
足は第ニの心臓とも呼ばれています。足の筋肉は重力に逆らって血液を心臓まで押し上げる助けをしています。足を動かすことで全身を回る血液量が増え、脳内に酸素や栄養を大量に送り込まれるので脳が活性化するとも言われています。足の筋肉を動かすことが認知症の予防にも有効なことは間違いないでしょう。
でも、足の筋肉を鍛えることで、中度の認知症があれほど劇的に改善する効果があるとは驚きです。しかも100歳近い年齢です。誰でも高い効果があるとは限りませんが、実際にこの事実は、医学会でも足の筋力トレーニングによる脳への刺激が認知症に有効である実証として大いに注目を集めたと言われています。
以前は、成人して以降の脳細胞は死滅する一方と考えられていました。それが最近、最先端の脳科学によれば、歳をとっても脳細胞は再生することがわかってきました。その再生に足のトレーニングが貢献する可能性があるのです。予防だけでなく、認知症が改善する可能性があるとなれば、いくつになってもペダリングしない手はありません。
もちろん歩行でもいいでしょうが、転倒のリスクがありますし、ヒザの関節への負担も軽い自転車は有力な選択肢になってくるでしょう。ただ普通の2輪タイプだと、脚力の落ちた高齢者は速く走れず安定しません。やはり転倒などの危険があります。高齢になっても乗れる、3輪や4輪の安定した自転車は心強い存在となりそうです。
高齢になり、足腰が弱くなってからでも乗れる足こぎ式車いす、もしくは高齢用自転車は、自ら移動する手段として活用できるばかりでなく、足の機能の衰えを防ぎます。さらに認知症予防や改善にまで有効なことが実証されれば、今後、もっと脚光を浴びることになりそうな気がします。
今年の流行語大賞は、「グ〜!」「アラフォー」ですか。きんさんぎんさんが受賞した1992年とは、だいぶ世相も変わりました。ちなみに、受賞を辞退した福田前首相ですが、ネットのユーザー投票で決める流行語大賞は「あなたとは違うんです」だったそうです。
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