自転車競技に興味のない方でも、名前くらいは聞いたことがあるでしょう。毎年7月、フランスとその周辺国を舞台に約3週間にわたって繰り広げられる、事実上、世界最高峰の自転車ロードレースです。毎年かわりますが、高低差2千メートル以上という起伏のあるコースを、距離にして3千数百キロにわたって走り抜く過酷な戦いです。
100年を超える歴史を誇り、この期間のコースの沿道は大勢の観客であふれます。世界185カ国でテレビ放映され、十億人以上が観戦するという世界的なスポーツイベントです。オリンピック、サッカーのワールドカップ、モータースポーツのF−1と比べても、その規模・人気共に劣らない世界最大の自転車競技です。

ガンから生還し、前人未踏のツールドフランス7連覇を達成して引退したランス・アームストロングが、今年4年ぶりにツールに帰ってくるのも大きな話題となっています。現役復帰したアームストロングが、果たしてどんな走りを見せるのか、楽しみにしているファンも多いに違いありません。
ただ、日本では自転車ロードレースと言っても多くの人に馴染みがなく、マイナーなスポーツなのは否めません。ヨーロッパでは、国によってサッカーと二分するほどの人気を誇るのですが、そのこと自体、日本ではほとんど知られていないと言っても過言ではないでしょう。
この世界最高峰のステージレースの舞台に立った日本人は、百年の歴史の中で、過去2人しかいません。戦前、1926年と27年に出場した川室競さんと、1996年の今中大介選手です。ところが、今年13年ぶりに日本人選手が、しかも史上初めて2人同時に出場しています。

それぞれ06年と07年の日本王者である、別府史之(26歳・スキルシマノ)と新城幸也(24歳・ブイグテレコム)の2選手です。日本のファンは、ツールドフランスで日本人選手を、しかも2人も応援できるとは画期的と喜んでいる人も多いはずです。一般のメディアでも、まだ扱いは小さいですが、徐々に取り上げられつつあります。
さらに凄いことに、既に第2ステージで新城選手が日本人としてステージ最高順位の5位に入り、第3ステージでは、負けじと別府選手が8位に入るという快挙を成し遂げています。両選手ともトップと同タイムです。この活躍が続けば、日本でも、さらに注目が高まっていく可能性があります。
世界で最もハイレベルな大会であり、しかも22チーム、各9人ですから、世界トップのわずか200人弱しか出場出来ない舞台です。他のスポーツに置き換えて考えてみても、いかに画期的な出来事かわかります。日本人にとっては、出場するだけでも凄いことですが、今後が大いに楽しみです。

ただ、日本ではテレビの放映が現在衛星放送の独占になっています。もちろん、ファンにとっては貴重な放送であり、マイナーな日本でも放映が続いている状況には感謝すべきでしょう。しかし、これがもし地上波で中継されれば、ロードレース人気に、一気に火がつくかも知れないのにと思うと、残念な気がしないでもありません。
残念ながら、今の日本では人気のない自転車ロードレースの観戦ですが、人気の出る要素は多分にあると思います。ただでさえマラソンや駅伝のようなロードレース系のスポーツ中継の人気は高いですから、自転車ロードレースも人気が高まる可能性は充分あります。
日曜日などに中継されるマラソンをつい見てしまうという人も多いはずです。自転車ロードレースの場合は、個人としてのレース展開に加え、チームの戦いという団体戦の要素が加わります。駆け引きやチームの戦略、各選手の思惑が絡み合って、スポーツとしても非常に奥が深く、ドラマチックで楽しめる要素が満載です。

また、なにしろ3週間という長丁場です。日ごとのステージは、平坦なコース、高低差の大きな山岳コース、タイムトライアルなど多彩で、各ステージ優勝を競うと共に、総合優勝を目指してレースが展開します。総合成績1位の選手には有名な「マイヨ・ジョーヌ」と呼ばれる黄色のジャージが与えられます。
選手の個性も重要です。平坦なコースで力を発揮するルーラー、もしくはスピードマン、瞬発力のあるスプリンター、山登りが得意なクライマー、そして、上りと平地とタイムトライアル、いずれにも高い能力を発揮するオールラウンダーと、選手のタイプもいろいろです。
なんと言っても、自転車のレースは、風の抵抗が大きな要素となります。同じ距離を走るにしても、誰かの後ろで風の抵抗を抑えたほうが、そのぶん体力を温存できて圧倒的に有利になるのです。ですから、選手は隊列になってレースが展開します。

チームの9人の選手の内、1人か2人のエースがいて、後はそのエースをアシストするのも特徴です。交代でエースの前を走って風除けになり、最終的にエースをゴールに一番で飛び込ませようとするわけです。レースのスピードをコントロールすべく駆け引きを行なったり、他チームへの牽制など、チームの戦略で動いたりもします。
このあたりのチーム同士、選手同士の頭脳戦も大きな見所です。アシストにまわる選手の献身的、自己犠牲的な姿に感動する人も多いでしょう。さまざまな要素が複雑に絡んだ自転車ロードレースの醍醐味を存分に、しかも世界最高レベルで見られるのが、ツールドフランスなのです。
平地でも時速70キロに達するというスピード感にも、知らない人は圧倒されるでしょう。自転車と言うとママチャリを思い浮かべる人が圧倒的に多い日本人にとって、自転車の持つ本来のポテンシャルを理解、実感する上でもいい機会になるに違いありません。

長いステージでは200キロ以上を一日で走るわけですが、知らない人には思いもよらない距離のはずです。しかもレースは、たった2日の休息日をはさんで、3週間にわたって続きます。世界一過酷なスポーツと評する人がいますが、それも充分頷けるくらい厳しい戦いであることは間違いありません。
サッカーでも野球でもモータースポーツでも、世界の舞台で活躍するような日本人が出てくると、そのスポーツへの関心が高まると共に、国内のリーグも盛り上がります。競技人口が増え、裾野が広がる効果も期待出来ます。今回の2選手の活躍には、いろいろな意味で期待が高まります。
ただ、いかんせんサッカーや野球に比べ、元々がマイナーなこと、先ほども述べたように、衛星放送より圧倒的に視聴世帯の多い地上波で中継がないことが、その盛り上がりを一部のものに留めています。そして、ツールドフランスの場合、開催はフランスと周辺国に限られています。
サッカーのワールドカップや、オリンピック、モータースポーツのF−1のように日本での開催を誘致出来る可能性はゼロです。グランツール(三大ツール)と呼ばれる、イタリアのジロ・デ・イタリアやスペインのブエルタ・ア・エスパーニャも含め、全てヨーロッパで行われ、日本へは呼べません。このあたりもネックでしょうか。
もちろん日本でも、ツアーオブジャパンをはじめロードレースの大会はいくつも開かれています。ただし現状では、ほとんどテレビ中継もありませんし、最近の自転車ブームが追い風とは言え、まだまだ知名度が低いのが実際のところでしょう。
マスターズの中継を見ても、一般の人にあんなレベルのゴルフが出来るわけではありませんし、ウィンブルドン中継を見ても、普通の人のテニスとはかけ離れたレベルです。それでも、見れば何かしらヒントになったり、いいイメージが持てたりします。何より、自分でもプレイしたくなる人が多いのではないでしょうか。

ツール・ド・フランスも、一般の人から見れば雲の上のレベルであることは間違いありません。でも、自分でもロードバイクに乗ってみたくなる人が出てくるはずです。何より、マイナーで自転車そのもののポテンシャルすら理解されていない日本では、ロードレースの認知度が上がることには大きな意味があると思います。
観戦するスポーツとしてのロードレースの面白さを含め、スポーツとしての自転車が広く理解されることにもつながるでしょう。自転車の持つポテンシャルが理解され、日常での自転車の活用にもプラスに働くかも知れません。今後の自転車ロードレース人気の盛り上がりを大いに期待したいところです。

昨日は、NHKの番組「クローズアップ現代」でも自転車が取り上げられていました。政治や経済、国際問題をはじめ現代の世相が広く取り上げられる同番組に登場するとは、やはり、かなり注目度が高まっているのでしょうね。
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ヒーローのいる国といない国
ランス・アームストロングは、アメリカの国民的な英雄となっている。
テクノロジーのもたらす未来
最近は、ツールドフランスの観戦を楽しむ方法も広がってきている。
スポットライトを浴びるには
ツールドフランスには、選手とは別に名物おじさんが存在している。
私はJ sportsでロードレース観戦してますが、これらの中継の解説&アナウンサーがべらぼうに面白いので、他のテレビ局の放送で観戦したいとは思いません。そのまま一般の視聴者に見てもらえれば良いのですが。おかげで自転車に全く興味の無かった家内も観戦にはまっています。