もっと近くに目を向けてみる
長崎県の対馬と韓国の間は、わずか50キロしかありません。
韓国は日本に一番近い国、文字通りお隣の国です。韓流ブームの流れで、相変わらず韓国ドラマなどが放映されていますし、「東方神起」や「チャングム」などの人気もあって、その音楽や料理などの文化にも関心が高まっています。対北朝鮮の問題もありますから、その政治の動向が注目されることも増えています。
一方で、まだまだ韓国については、日本人の関心が高いとは言えないのも事実です。一番近い隣国でありながら、あまり知られていない事柄も少なくありません。戦後日本は、追い付け、追い越せと欧米を目標にしてきた伝統もあってか、海外の動向と言うと、どうしても欧米の方を見てしまうことが多いのも確かでしょう。
グリーンエネルギーや温暖化ガス排出削減など、地球環境問題に対する取り組みにしても、欧米の事例は比較的よく紹介されますが、韓国の例が話題になることは多くありません。都市交通に自転車の活用を推進しようとする事例が注目されるのも、アメリカやヨーロッパに集中しています。
しかし、自転車の活用に真剣に取り組んでいるのは欧米だけではありません。韓国での、ここのところの自転車活用推進政策には注目すべきものがあります。韓国政府は「環境・経済・観光・健康」という多目的効果を狙った新しい国家復興計画として、全国一周自転車道路なども含む総延長数4千4百キロに及ぶ自転車道を計画しています。
この大型プロジェクトは、李明博大統領が昨年発表した低二酸化炭素・グリーン成長戦略の一環で、現在1.2%である自転車の輸送分担率を2017年までに10%に高め、温室ガス排出量の縮小と省エネ、自転車製造業の振興などを達成する計画です。韓国では国家レベルの政策なのです。
すでに一部、大規模な自転車専用道を整備する工事が始まっており、クルマ用の道路を地下化して地上に自転車レーンを確保する計画もあります。李大統領は、「自動車は20年かかって世界5位国家となったが、自転車は5年以内に3位国家になる」と自転車製造の振興にも力を入れています。自転車用の保険なども整備されます。
李大統領「自転車時代、遅れないよう急ぐべき」
李明博(イ・ミョンバク)大統領は20日「自転車はグリーン成功のパートナー」とし「自転車が走るのが遅すぎれば転んでしまうように、“自転車時代”へと進むのが遅すぎないよう急ぐべきだ」と強調した。
李大統領は同午前に放送されたラジオ演説で「炭素を排出しない自転車を主要交通手段として復活させることが、われわれが進むべき道」とし、このように述べた。
李大統領は自転車利用の活性化について「街で安全かつ便利に自転車に乗れるようにするためには、道路を再整備しなければいけない」とし、
▽中心部では自転車道路と歩道を区分する
▽地下鉄の最後の1車両を自転車持ち込み専用車両にする−−
など制度を補完すべきだと強調した。
また、李大統領は国内の自転車生産が途絶えた状態であることについて「残念だ」とし「高付加価値のハイブリッド自転車を生産し、国内でも使い、輸出もできればどれほど良いか」と話した。 (後略)(中央日報 2009.04.21)
国家元首が、「自転車時代へ急ぐべきだ。」とまで明言している国は、そうはないでしょう。李明博大統領の意気込みがわかろうというものです。グリーン政策として推進すべき「主要交通手段」は、ハイブリッドカーでも電気自動車でもなく自転車だと断言し、我々の進む道とまで言い切っているのですからインパクトがあります。
李大統領も「自転車出勤」、グリーンライフを実践
李明博(イ・ミョンバク)大統領が、青瓦台(大統領府)内官邸から本館執務室まで移動する際に電気自転車を利用する考えを示したと伝えられた。
ある側近が12日に聯合ニュースの電話取材で明らかにしたところによると、李大統領は10日朝、電気自転車で本館に向かい、その後の移動にも自転車を利用した。ここ数日は雨のため利用していないが、李大統領は「楽しく、楽だ」と、今後も自転車の利用を続けると話したという。
最近は「自出族」と呼ばれる、自転車で出勤する会社員が増えている。李大統領が「自転車出勤」を宣言したのも、現政府が中核国政課題として掲げる「低炭素グリーン成長」を、自ら体で実践しようという意志によるものとみられる。
李大統領は10日の第21回ラジオ・インターネット演説で、時間と費用がかかるグリーン技術より、まずはだれでもすぐにできるグリーンライフが重要だと述べている。
青瓦台関係者は「李大統領は昨年9月22日の『車のない日』を機に自転車を利用しており、最近も折を見て青瓦台内で自転車に乗っている。グリーンライフを率先する考えだ」と話した。(聯合ニュース 2009.8.12)
李明博大統領はビジネスマン出身で、ソウル市長時代には公共交通システムを再編し、ソウルの森の造成といったインフラ整備を積極的に進めたことで知られています。そして清渓川を都会のドブ川から市民の憩いの場として復元したことで有名であり、今でも高く評価されています。
大学卒業後、社員数十人という零細企業だった現代建設に入社し、短期間に会長にまで登りつめた出世神話の持ち主であり、現代建設を韓国のトップ企業にまで育て上げた手腕は誰もが認めるところです。今の韓国を創った伝説的な経済人の一人とまで称され、輝かしい経歴を持つのが、経済大統領と期待されるゆえんです。
その李明博大統領のもと、都市の渋滞解消や温暖化対策として、積極的な自転車の活用を図るためインフラの整備が進められているわけです。ビジネスマンとして、また経営者として実績のある大統領ですから、こうした投資にどんな意味があり、またどんな効果があるか充分に計算し、確信を持っている政策なのは間違いないでしょう。
自転車産業の雇用創出は自動車の4.5倍
国民が自転車に多く乗ると雇用創出、観光収入増加、交通難解消などで数兆ウォンに達する経済的利益を得られることがわかった。
今年初めにフランス環境省は外部機関に依頼して自転車利用が部門別に国の経済に及ぼす影響を調査した。パリ市が2007年に無人貸し自転車システムの「ベリブ」を導入した後、フランス全域で自転車ブームが起きていることが契機となった。自転車業界の売上と雇用の増大、観光客の誘致など、自転車利用活性化による直接・間接的経済効果などを計数化した。韓国の環境部はこれを基に「フランスでの自転車経済効果」と題する報告書をまとめた。
◆雇用増大=まず自転車利用は雇用増大効果をもたらした。昨年フランスでの自転車総販売額は14億3000万ユーロ、自転車生産に携わる人数は1万400人となった。報告書は「自転車生産には手間がかかるため雇用創出効果が大きい」と強調した。売上に対する雇用効果は自動車産業に比べ自転車のほうが4.5倍高かった。また中小都市に「ベリブ」が拡散したことから地方の雇用創出効果も大きかった。
◆観光産業の発展=各国の旅行ガイドブックは「ベリブ」をパリの名物として紹介し、利用方法とパリ市内の主要観光地付近の貸し自転車の場所を掲載している。
これによりフランスはオランダやデンマークなど元祖自転車王国を抑え昨年は世界最大の自転車観光国に浮上した。昨年に自転車観光を目的にフランスを訪れた旅行客の宿泊日数は述べ170万泊だった。このおかげで観光産業も上り坂となった。ホテルとレストランは自転車のおかげで12億4200万ユーロの追加収入を得たとこの報告書は集計している。観光業界の雇用も増え1万2800人が自転車効果でホテルなどに働き口を得た。
◆間接経済効果=フランスの都市は自動車駐車場の用地を他の用途に転換して年間4億5000万ユーロの収入を上げた。「自転車通勤族」が増え交通混雑も減った。このおかげでエネルギーと時間の浪費が大きく減り、金銭的には1億2800万ユーロを節約したと分析される。二酸化炭素を減らすための環境予算が年間約1億ユーロ節約された計算となる。
◆大腸がん・高血圧減少=この報告書は世界保健機関(WHO)がフランスなど欧州5カ国の国民を対象に調査した自転車が健康に及ぼす影響も紹介した。毎日自転車に30分以上乗る人はそうでない人に比べ結腸がんの発病率が60%以上低く、高血圧・糖尿・肥満も30%減ったことが示された。その結果、自転車に乗ることは健康費用の減少にもつながった。フランス国民は自転車で年間44億キロメートルを移動し、これを通じて病院費29億ウォンを節約した。 (中央日報 2009.07.08)
韓国では、これまで自転車に乗ることを軽蔑するような風潮があり、利用率も低く留まっています。クルマ、しかも大型車を良しとするような風潮があって、市民に自転車の活用を説くには甚だ不利な風土、慣習があるにも関わらず、果敢に市民の啓蒙に挑み、「世界的な流れである。」として道路の再整備にまで踏み込んでいるのです。
自転車製造については、なんで今さら自転車製造業なのかと訝るむきもあるでしょう。安価に製造するなら中国に敵うはずもありません。もちろん、国内需要の増加を見据えてのことですが、世界市場での電動アシスト自転車需要の拡大など、将来の新興国のマーケットも視野に入れているのかも知れません。
今は削減義務のない韓国ですが、温暖化ガス削減のために、都市交通の部門では自転車に大きな効果があるのは間違いありません。観光面や国民の健康の面で大きなメリットがあることも、当然計算に入っているはずです。自転車の活用を促進する環境整備をしておいて損をすることはないでしょう。
有名になったソウルの清渓川(チョンゲチョン)復元事業も、単なる市民の憩いの場だけではありません。道路の老朽化による安全の懸念を払しょくし、スラム化による都市環境の悪化を防ぎ、自然環境を再生し、古都の歴史と文化を回復させ、また地域の産業構造を転換し、都心の経済活性化の起爆剤として機能させる事業です。
もちろん観光資源としての経済効果も小さくありません。人が集まることで、周辺地域の商業も振興されます。都心へ流入するクルマの流れが妨げられ、大気汚染を大きく減じる効果もあるなど、そのコストパフォーマンスは大きなものがあります。多角的な視点から推進されたことも、事業が高く評価されている所以です。
その李明博氏が大統領となって力を入れる政策に、日本でももう少し関心が集まってもいいような気がします。もちろん、その成果は今後の状況次第ですが、自転車に対する市民の抵抗感が日本よりはるかに強い中で、敢えてそれを進めようとする勇気や、これまでの因習にとらわれない発想の柔軟性などにも注目すべきでしょう。
韓国との間には歴史的な経緯もあって、複雑な思いを持つ人もあるかも知れませんが、そういった部分は別にして、見習うべきは素直に見習うという姿勢も必要なのではないでしょうか。同じアジアとして参考になる部分もあるはずです。欧米の動向だけでなく、すぐ近くの韓国にも、もっと目を向けるべきかも知れません。
先日、前方から並走する2台の自転車と行きあいました。若いカップルでしたが、並走するだけでなく、なんと手をつないだまま、それぞれ自転車を走らせているのです。ラブラブなのはいいですが、自転車に乗ってまで手をつないだままとは..!あっけにとられて見てしまいましたが、周囲は眼中にないようで、その危なさたるや..。
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自転車に対する見方を変える
韓国でも自転車に対する見方や考え方が変わってきているようだ。
すぐ近くに眠っているものは
案外韓国は大きな可能性を秘めた自転車市場なのかも知れない。
見えないところに溜まるゴミ
近いが故に日本海沿岸には韓国からのゴミも大量に漂着している。
Amazonの自転車関連グッズ
Amazonで自転車関連のグッズを見たり注文することが出来ます。
Posted by cycleroad at 23:30│
Comments(8)│
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上から3枚目の写真にある駐輪場、素敵ですね。
こんな発想もあるのか!と驚いたのですが、
私が知らないだけで他にも良く有るのかしら。
自転車のカップルはほほえましいけどやはり危ないですね。
私が高校生だった頃、長いマフラーを二人で巻いて、
更に自転車で並走する猛者が居ました。
勿論、先生方にこっぴどく叱られていましたよ。
こんにちわ。
サイクルロードさん、はじめまして。
いつも楽しく拝見させていただいています。
韓国の取り組みはすごいですね。大統領が率先して自転車が利用しやすい環境を整えているなんて羨ましいです。
実現したら本当にお手本にしなくてはと思います。(というか政府がお手本にしてくれたらいいんですが)
ご指摘のように韓国のこの素晴らしい試みは日本でどうして報道されないのでしょう。同じアジアでありながらご近所には関心が無いのでしょうか。勿体無いですね。
ここでしか知ることの出来ない情報をありがとうございます。でも、サイクルロードさんはどこから探してくるんですか?
大統領自らと言うのは驚き・・・!
日本で選挙前に自転車に乗る政治家は多いけど庶民派アピールという以外のハッキリとした目的が見えてこないからうらやましいです。
自転車を邪魔扱いして撤去したり歩道にレーンを作ったりしてる日本はなんと遅れてることか。
手つなぎ並走ですか・・・そんなのが逆走してきたらよけられませんね。
しかしママチャリは交通安全校を名乗ってる高校の生徒が三人乗りしたり、漫画雑誌読みながら運転したり、大人がビール缶片手に運転したりユニークな乗り方をしてる人が多いな〜。
自転車保管施設、高価な自転車を預ける側としては安心感抜群ですね。
似たようなもので、海外のどっかの街で自動車の立体駐車場みたいな自転車保管施設があったと記憶してるんですが・・・。
ちなみに北海道の宗谷岬とロシアのサハリン州とは43キロの距離です。北方領土をロシア領とするなら、納沙布岬から歯舞群島貝殻島までの3.7キロです。
でも、感覚的には一番近くの隣国は韓国ですよね(^^ゞ
大阪のオバチャンさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
日本でも機械式の駐輪場などが採用されて始めていますし、海外にもいろいろなアイディアの駐輪機があるようです。
私もいくつか過去に取り上げていますので、よろしかったら過去ログを検索してみてください。
マフラーですか。手なら瞬間的に離せますが、マフラーだったら、下手をすると首が絞まる恐れがありますね。そんなこと眼中にないのでしょうけど..。
ただ、もちろん徒歩での話ですが、高校生の時なら、ちょっとやってみたかった気もしますね(笑)。恥ずかしくて出来なかったと思いますが..。
chobiさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
そうですね。グリーン技術だと時間も費用もかかるが、グリーンライフなら誰でもすぐにできるという発想も潔いですし、現実的です。いかにも経営者的発想、行動力という気もします。
ただ、本文にも書いたように、市民は必ずしも歓迎する人ばかりではないようです。自転車レーンが整備されても、使われなければ意味が無いわけで、今後の行方が注目されるところです。
ニュースとしては地味ということもあるのでしょうし、やはり日本人の韓国への関心の低さから、ニュースバリューも低いということなのでしょうね。
自分でも興味があることなので、ネット以外にもアンテナを広げている部分があります。そんな大した情報ではありませんが、情報を発信していると情報が集まるということもありますね。
いつもご覧いただき、ありがとうございます。
職人気取りさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
ほかの産業政策ならともかく、大統領自ら自転車政策とは、ちょっと日本の感覚からすると驚くのは確かですね。日本の首相が率先して取り組むとは、ちょっと考えられません。
ただ、自転車と言うとママチャリが当たり前の日本では不思議ですが、欧米でも韓国でも、環境に関心が高まっている今どきなら当然の感覚と言えるのでしょう。
わざと間に突っ込むわけにもいかないですし..(笑)。まあ、並走ですが一応逆走ではなかったので、あっけにとられて見てしまっただけでした。
みな徒歩の延長の感覚なんでしょう。もちろん周囲は大迷惑なわけですが、彼らにしてみれば、ママチャリで多くは歩道を通っているわけですし、それが当たり前の感覚ということなのでしょうね。
Mr.ポテトヘッドさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
海外でもあると思いますが、日本でも江戸川区などで、立体駐輪場がすでに実用化されています。何百台も収容できるのに、数十秒で出てくるそうです。
宗谷岬とサハリン間は43キロでしたか。韓国と対馬は49キロくらいのようですから、私の思いこみで、不正確なことを書いてしまいましたね。
ただ、韓国の方は日帰りで行けるわけですし、おっしゃるように感覚的には韓国が近い感じですね。
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