WHO、世界保健機関が今年5月に発表した世界保健統計によれば、2007年時点での日本人女性の平均寿命は86歳と、世界193の国と地域の中で最長です。男性は79歳で3位ですが、男女合わせた平均寿命は83歳と、相変わらず世界一を維持しています。
世界の国々と比べても長寿ですが、その日本も明治時代までの平均寿命は40歳そこそこだったというから驚きます。戦後すぐでも50歳くらいですから、ここ数十年で飛躍的に伸びたわけです。今の時代に生きる人は、明治までと比べて約2倍の平均寿命があることになります。

ただ実際は、明治の人と比べて2回分の長さの人生を生きるわけではありません。江戸時代や明治の頃までは、40歳を超えて生きる人が稀れだったわけではなく、あくまでも平均です。平均寿命を押し下げていた大きな要因は、乳幼児の死亡率の高さです。若年層でも結核などが多く、成人前までに死亡する人がとても多かったわけです。
江戸時代でも、50歳で隠居してから天文や暦学を習い始め、74歳まで生きて日本地図を完成させた、有名な伊能忠敬のような人物もいます。江戸や明治の頃であっても、乳幼児や若くして死亡する人を除けば、平均でも60歳くらいまで生きたであろうと推定されています。
現代の平均は83歳ですが、90歳、100歳を超えても、かくしゃくとしている方がたくさんいらっしゃいます。乳幼児の死亡率の低下だけではなく、栄養状態も改善し、何より医療が進歩したことで、我々はきわめて長生き出来る国、長生き出来る時代に生きていることは間違いありません。
しかし一方で、良く言われるように少子高齢化が進行しているのも事実です。医療費は増大、介護の現場では人手が不足し、年金に対する信頼も失われています。高齢化によって医療や介護、年金など社会保障関係の費用は大きく膨らみ、財政赤字の大きな要因として日本の将来に重い課題を突きつけています。

ところで、その高齢化ですが、最近写真のような「シニアカー」に乗っている人を見ることがあります。正式名称は「ハンドル型電動車椅子」というそうですが、電動の福祉用車両、いわゆるバッテリーカーです。このシニアカー、軽車両なのかと思えばそうではなく、車椅子ですから歩行者と同じと見なされ、当然ながら原付免許も必要ありません。
最高速も6キロ程度と、歩く速さとあまり変わらず、レバーの操作だけて進むので、クルマを運転したことがない人でも簡単に乗れます。歩行するのが困難になったお年寄りでも、自分の力で自由に外出できる優れものです。単に移動や買い物用というだけでなく、引きこもりがちになり、人と会わなくなるのを防ぐ効果も見込めます。
この電動のシニアカーは、歩行出来なくなったり、あるいは歩行すると転倒などの危険があるといった場合に、移動をサポートしてくれるものです。このシニアカーと形は少し似ていますが、下の写真、栃木県日光市とヤマハ発動機が
最近共同開発した福祉車両は、これとは違った考え方から開発されています。
これは「介護予防型車両」、つまり介護が必要な状態になることを予防しようと開発された車両です。シニアカーとは違い、ペダルがついています。電動アシスト機構がついていますが、あくまで自分でペダルをこがないと進みません。シニアカーならぬ、シニア自転車、シニアサイクルとでも呼ぶべき車両なのです。

杖や歩行器が必要だったり、歩行すると転倒の危険があるなど、歩くのが容易でない人でも、シートに座ってペダルを回転させるだけなら全く問題がない場合も少なくないと言います。つまり、足元はおぼつかないものの、足が動かないわけではない人もたくさんいるわけです。
そうした人がバッテリーカーのお世話になると、ラクですが足を使わなくなり、余計に足の機能を衰えさせてしまいます。この「介護予防型車両」であれば、ペダルをこぐことで、足の筋肉を衰えさせなくて済みます。足を使わずに寝たきりになって、介護が必要な状態にさせないよう、なるべく予防しようというコンセプトなわけです。
やはり最高速は6キロ程度と歩く速さとそう変わりません。上り坂は電動アシスト機構がついているのでラクに上れます。一方、下り坂などで6キロを超えそうになると、自動的にブレーキがかかるようになっています。ペダルをこぐのをやめると、やはり制動がかかるようになっているなど、安全面には配慮されています。
これならば、下り坂でもスピードが出て危ないこともありません。止まっている時はブレーキがかかっているわけですから、坂道でも安全に乗りこめます。ペダルをこがなければ、自動的にブレーキがかかるということは、手でブレーキを握る握力がなくても乗れるということになります。もちろん4輪で安定していて転倒の恐れもありません。
介護予防型車両となっていますが、福祉用の配慮がされた電動アシスト自転車と見ることもできます。無理に自転車のカテゴリーに入れたいわけではありませんが、ペダルをこぐわけですし、どうみても低速で4輪の自転車です。ただし、緊急用にボタンを押せば、ペダルをこがなくても、電動だけで動くようになっているそうです。

老人福祉施設で試験が行われていますが、これに乗ったお年寄りは、みな目を輝かせ、自転車に乗っていた頃の思い出を話す人が多いと言います。決して速いスピードではありませんが、自転車でペダルをこぎ、風をきって走っていた頃の記憶がよみがえるのでしょう。
自転車は足の筋肉を衰えさせないだけでなく、ペダルをこぐことで大腰筋などのいわゆるインナーマッスルも鍛えられ、何かにつまづくのを防ぐ効果があると言われています。一般に転倒して骨折したことがきっかけで、寝たきりになるケースは多いと言います。大腰筋などを使う自転車は、高齢者の転倒予防にも役立つとされているのです。
また、ヒザに負担をかけずに適度な有酸素運動を行えます。このことは、脳を刺激し、認知症の予防にも効果があるとされています。もともと自転車は介護予防にいろいろな効果があるわけです。自転車型にしたことで、足の筋肉を衰えさせないだけではなく、こうした効果も見込めるでしょう。
無理なく楽しく運動することで身体や脳の機能が維持されるだけでなく、シニアカーと同じで、歩くのが億劫になると、どうしてもひきこもりがちになる高齢者を、外出させる効果も見逃せません。歩いてでは出かけられなかった人が、一人で買い物に行けたりするようになるかも知れません。
買い物と言えば、最近は「買い物難民」の増加も問題となっています。郊外型の大型ショッピングセンターが全国に増えたことで、従来型の商店街や地元の小さなスーパーは次々と廃業に追い込まれています。クルマなどの移動手段を持たない高齢者は、身近に商店がなくなり、日々の食料品の買い物にも困る状況が各地で生まれているのです。
進出した大型スーパーもまた不況で撤退するなどして、いよいよ買い物が困難になるケースもあると言います。足腰が弱ると遠くまで買い物に行けませんし、運べる量も限られます。シニア用自転車によって行動範囲が広がることで、場合によっては、こうした問題の助けになるかも知れません。

誰にでも老いは訪れるわけですが、少しでも介護が必要になる状態を遅く出来れば、本人にとっても、社会にとっても大きなメリットです。その意味で、少しでも足腰の衰えを防ぎ、介護を予防するという考え方は、来るべき高齢化社会において、ますます重要性を増すに違いありません。
今後、高齢化が進んでいく中で、自転車にも高齢者向けというカテゴリーが出来てくるでしょう。その需要も確実に増えていくものと思われます。ただ、普通の自転車に乗っているお年寄りもたくさんいます。「介護予防型車両」と言うのでは、ちょっと乗り換える気がしない人も多いに違いありません。
福祉施設で使うぶんにはいいとしても、一般にも普及させるためには、「介護予防」ではなく、低速で安全な自転車、安定していてラクな自転車をアピールしたほうがいいでしょう。シニアサイクル、シルバー自転車でも、ちょっと敬遠されるかも知れません。もっとオシャレでスマートな感じにしたほうが良さそうです。
もちろん、これだけで高齢化の問題が解決するなんて言うつもりはありません。しかし、こうして見ると、自転車にも高齢化社会に向けて果たせる役割があると思います。多くの人が自転車に乗ることで、日本が単なる世界一の長寿国というだけでなく、健康で楽しく長生き出来るような国になっていってほしいものです。




平均寿命は延びていますが、中には殺されてしまう人もいるわけで、最近なんだか殺人事件関連のニュースが多いですね。
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高齢者の場合、自転車を乗るにも周りの家族が心配になると思う。