徐々に自転車の走行空間整備の必要性が理解されはじめているものの、背景には自転車と歩行者の事故の増加があり、その対策のため仕方なくといった姿勢も見え隠れしています。多くの地区で、その効果が疑問視されているのに、いまだに歩道上に自転車走行部分を設け、色分けしてその分離を試みようとする自治体もあります。
日本でも、自転車はクルマと同じ車両に分類されているにも関わらず、歩道を走行させているのは大きな欠陥と言わざるを得ません。急激にモータリゼーションが進行したための苦肉の策だったにせよ、未だにその道路行政の間違いが是正されておらず、結果として世界的には非常識な状態、つまり自転車の歩道走行が続いています。
ようやく車道に自転車レーンを設置するという、当たり前の考え方で社会実験を行う自治体も出てきましたが、実際に車道の部分を減らして自転車レーンにするには、まだ大きな抵抗があるのが実態ではないでしょうか。自転車は歩行者と分離したいが、その結果クルマの通行が妨げられ、クルマの利便性が損なわれては困るというわけです。
社会実験実施のニュースは増えましたが、未だクルマ優先で、現実に車道をつぶして自転車レーンを設置した事例は、ごくごく僅かに過ぎません。その場合でも、一部限られた区間への設置に留まり、自転車道路網としてネットワークされてこそ、初めて有効に活用出来ることを思えば、全くもって不十分と言わざるを得ません。
欧米の環境先進都市と言われるような街では、当然のように自転車レーンが整備されています。自転車レーンの必要性は自明であり、温暖化防止が叫ばれる今こそ、その整備を推進しようとする動きも世界に広がっています。その場合、街全体に自転車レーンをネットワークとして整備していこうとするのも当たり前のことです。
道路行政の是正、事故の防止、時代の要請、いずれにしても自転車レーンの設置、あるいは車道での走行空間の整備は必要です。実験するまでもないのに、社会実験を繰り返すばかり、元々走行空間が貧弱なのに、せいぜい大通りの1区間か2区間にレーンを設置する程度で都市全体を考えない日本の整備状況はナンセンスと言わざるを得ません。
その背景にはクルマ中心の考え方があり、自転車のために車道を削るのは、社会的にもまだコンセンサスを得られないというということなのでしょう。日本の道路は総じて狭く、クルマの邪魔にならないように整備するには、スペースが足りないという物理的な制約が立ちはだかります。道路を拡幅して整備すれば費用もかかります。
現実問題として、こうした状況の中で自転車レーンの整備を進めるのが困難なのは否めないでしょう。少なくともヨーロッパでは普通になりつつある考え方、すなわち都市部へのクルマの流入はむしろ制限し、クルマの車線をつぶして、自転車レーンを整備するという考え方がコンセンサスを得られない限り難しいと思われます。
しかし、もしかたしらコペルニクス的発想で、そうした状況を打破出来るかも知れない、斬新で突飛な構想を打ち出している人がいます。建築家の Martin Angelov さんの“
kolelinia”と名付けられた画期的な構想です。いや、突拍子もないアイディアと言ったほうがいいかも知れません。
なんと道路の上空に張られたワイヤーを、綱渡りするかのごとく走行するという自転車レーンです。確かにこれなら支柱を設置する小さな土地以外には、スペースを必要としません。既存の電柱などを利用出来れば、その土地すら不要です。道路の上空の空間を利用しますが、必ずしも道路の上空である必要もありません。
自ら“crazy”な思いつきから始まったと語っている通り、かなり非現実的に見える構想なのは事実です。しかし、よく読むと、必ずしも不可能というわけではありません。自転車は、この空中の自転車レーンを、2本のワイヤーを使って進みます。1本はタイヤが通る部分、もう1本はハンドルに装着されるガイドが通る部分です。
タイヤが通る部分は、ちょうど半分に割ったパイプ、雨どいのような形状をしているので、まっすぐ進む限り、タイヤは脱落しないようになっています。つまり、ほとんどタイヤの幅しかない自転車レーンなわけです。もう一本のワイヤは、ハンドル部に固定された器具を通す形になっています。
つまり、このハンドル部のガイドが雨どいに沿ってまっすぐ自転車を進ませ、バランスを崩してタイヤが脱輪し、地上に落下するのを防ぐ役割を果たしています。なるほど、理屈の上では可能に見えます。ワイヤの上で綱渡りするわけではなく、2本のワイヤーをレールとガイドとして使って進む自転車レーンというわけです。
この“kolelinia”、言わば都市の空中を走行する自転車レーンです。もちろん、現段階では問題山積です。本当に落下せず安全性が確保できるのか、カーブはどうするのか、追い越しが出来ず、数珠つなぎになって渋滞してしまうのではないか、など疑問はいくらでも浮かびます。
ただ実現したら面白そうと感じる人も多いでしょう。「都市を飛行する試み」と言えるかも知れません。それを象徴するかのように、そのロゴマークは自転車に羽根が生えているようにも見えます。一見して突拍子もなく見えるのは間違いありませんが、実は我々の固定観念が非現実的に見せているだけという気がしないでもありません。
確かに地上に整備する自転車レーンに比べ、場所をとりませんのでコストは格安で実現するでしょう。上空に空間さえあれば、自由に路線を敷けますし、クルマや歩行者と交錯する心配もありません。完全に分離されますから、ここでクルマや歩行者との事故が起きることはないでしょう。
何しろ上空を走行するわけですから、走行中に駐車車両が邪魔になることもありません。道路がいくらクルマでひしめいていようと関係ないですし、歩行者が飛び出してくることもありません。何より、空を飛んでいるような感覚が味わえて、爽快に違いありません。ただ実際には、ロープが揺れただけで怖そうな気もします(笑)。
この“kolelinia”構想、まだ現実の設置計画として検討する段階ではありません。しかし、全く実現性がないかと言えば、そうとも限りません。とりあえず連絡橋のような形で実現する可能性もあります。最初はスキーのリフトのようなものだったのが、段階を経て熟成し、ここまで来たと言います。この先、どう進化していくか楽しみです。
突拍子もないアイディアであり、常識で考える限り、実現しそうには思えません。しかし、その常識を覆してこそ、新しいものが生まれるわけで、常識にとらわれていては進歩も得られません。むしろ、安全に走行できるような仕組みが確保できれば、立体的に自転車と歩行者やクルマを分離するのは、かえって合理的かも知れません。
信号待ちもなく素早く移動できる自転車レーンとして、これまでにないタイプの都市交通となってもおかしくありません。レールの上を一方通行で走行するので、クルマや歩行者とだけでなく、自転車同士の事故も防げるでしょう。右側走行などのルール違反も防げ、マナーの悪化した状態を解消する切り札になる可能性も秘めています。
考えようによっては、土地が狭く、自転車レーンを設置する余地の乏しい日本の都市にこそ向いているとも言えます。自転車環境の整備が遅れている日本に、突如ユニークな自転車都市を誕生させる可能性があります。もしかしたら、自転車レーン網の整備への展望が見えない日本の現状に、福音となるかも知れません。
大学入試センター試験が終わりました。今年は新型インフルの問題もあった上に、当日は寒くなって受験生も大変だったでしょう。これからが正念場ですね。
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自転車レーンなんてパーキングメーター設置の余裕ある道路しか作れそうもないですね、すぐには。うちの近くの環状や放射状道路では例えば環八内への自動車進入を強力に制限でもしないと到底無理。