自民党時代に始まった、“温暖化ガスを1990年比6%削減するという国民的プロジェクト”が、「チーム・マイナス6%」でした。それに代わって、“2020年までに1990年比25%削減しようという温暖化防止のための国民的運動”が、「
チャレンジ25」です。
言うまでもなく、昨年9月にニューヨークで行われた国連気候変動サミットにおいて、鳩山総理が我が国の目標として表明した25%という数字から来ています。残念ながら、年末のCOP15では新しい国際的な枠組みの合意には至りませんでしたが、この25%削減を広く国民によびかけていこうというわけです。
今のところ、25%削減は国際的な義務として課せられているわけではありません。しかし、いずれ必要となるなら、削減に向けて少しでも早く着手しておいたほうがいいのは明らかです。例え、義務とならなくても、環境に負荷をかけない社会、いわゆる低炭素社会を目指すというのは世界の趨勢です。
素人に、気候変動がもたらす将来を具体的に見通すのは難しいとしても、今のように大量に化石燃料を燃やし続けていいはずがないとは、誰しもが感じることではないでしょうか。何億年もの間、地下に眠り続けたきた化石燃料を、わずかここ2百年かそこらの間に急激にかつ大量に燃やして、地球環境に負荷がかからないはずがありません。
いずれ、石油や天然ガスは今のように安価に産出できなくなっていくのは自明です。そうでなくても原油価格が低位安定的に推移する時代ではありません。今後もその投機的な値動きによって、我が国の経済に死活的な影響を及ぼすであろうことは想像に難くありません。安全保障の面からも化石燃料への依存を減らさなくてはなりません。
6%でも減らせないどころか8%も増えてしまったことを思えば、25%削減は実に高いハードルです。到底達成は期待出来ないナンセンスな数字だと言う人もいます。不可能とは言わないまでも、相当な困難を伴うであろうことは、誰もが認めるところでしょう。
鳩山首相が、この数字を掲げたことの是非は置くとして、この「チャレンジ25」のサイトに書かれていることを読むと、ある疑問が湧いてきます。すなわち、果たしてこの程度のスタンスで、本当に25%を目指すつもりがあるのかという疑問です。書かれている内容は、6%の頃とたいして違いません。
エコな生活スタイルを選択しようとか、省エネ製品を選択しようとか、自然を利用したエネルギーを選択しようなど、今どき、どれも当たり前過ぎる内容です。ビルや住宅のエコ化を選択しようとか、CO2削減につながる取組や商品を応援しよう、地域で取組む温暖化防止活動に参加しようなどとありますが、特に目新しいものではありません。
具体的な数字が入っているわけでもないですし、クールビズやマイバッグ、マイボトルなど、これまでも多くの人が心がけてきた内容も少なくありません。どちらかと言われれば、エコ製品を選ぶべきだとしても、使用の抑制より、エコ製品の購入ばかり前面に押し出されれば、むしろ景気対策が本音なのではと疑いたくもなります。
例えばエコカーにしても、ハイブリッド車だけでなく、今販売されている大半のクルマがエコカーと認定されています。確かにガソリン車も燃費は向上しているでしょう。でも、エコカーと呼ばれる、今までよりちょっと燃費のいいクルマを選ぶだけで25%削減が達成できるとは到底思えません。
25%という高いハードルをクリアするためには、それこそ社会基盤を変え、生活スタイルを変えるくらいの思い切った革新が必要になると考えるのが自然でしょう。交通に関して言えば、燃費を向上させるより、いかにクルマの利用を抑制し、公共交通や自転車などを利用できる都市基盤を整備するかが重要になります。
これは、すでにオーソライズされた考え方と言ってもいいでしょう。少なくとも欧米では当然ですし、パリでもニューヨークでもロンドンでも目指されています。日本でも、中心部に住宅や都市機能を集中させ、公共交通機関を充実させるコンパクトシティが、インフラ整備や行政経費の軽減の観点からも必須と考えられつつあります。
公共交通はともかく、自転車の活用と言っても、日本では今一つピンと来ない人が多いようですが、世界の多くの都市で、その活用を真剣に推進するところが増えています。日本でも、最近ようやく認知されつつあり、例えば、少し前の日本経済新聞の社説にも、「自転車を生かそう」というフレーズが出てきます。
ちなみに、たまたま自民党総裁の谷垣さんが自転車でケガをした日の翌日、昨年11月16日の朝刊です。「自民党総裁、自転車でケガ」という記事の横に社説が載っており、「自転車を生かそう」という小見出しが並んでいました。その偶然の対比に、思わず笑ってしまった覚えがあります。
25%削減・いかに実現と題した、「『低炭素で豊かな生活』問われる企業」という社説で、消費のあり方などと並んで、暮らしの舞台としての町の未来の姿を論じています。その中で、コンパクトシティづくりや公共交通機関の充実を提言する段に、「自転車を生かそう」という小見出しがついています。
(前略)自転車を交通体系の中に、きちんと位置付けることも有力な手段だ。電動アシスト自転車の年間販売台数が原付き(ミニバイク)を超えたいま、安全面から見て緊急の課題でもある。車道の一部を自転車専用帯とし、保険などのサービス、通勤時のルールも整備し、駅などに修理場付き駐輪場を設けるのもいい。(後略、2009年11月16日 日本経済新聞)
私も何度も書いてきたことですが、自転車乗りの一ブロガーが言っても説得力がないかも知れません。でも、日本経済新聞が社説で、25%削減を実現するため、「地球温暖化を防ぐには、生活のあり方も変わらなければならない」と論じる中で有力な手段と位置付けられています。“有力な手段”です。決してマイナーな話ではないのです。
多くの日本人がピンと来ないのは、ママチャリのイメージがあるからではないでしょうか。残念ながら、ママチャリでは自転車本来のポテンシャルを理解できない部分があります。自転車は、最寄駅までのアシにとどまらず、もっと長い距離をもっと高速で移動出来る、「都市交通」として、もっと実用性のある交通手段なのです。
もう一つ、自転車を都市交通にと言っても、誰もが利用できるものではないという点が挙げられます。自転車なんて、子どもの時以来、何十年も乗っていないという人も多いでしょう。体力や脚力から言って、自分の力で移動するなんて、とても現実的ではないと言う人もあるに違いありません。天候の問題もあります。
でも、こう考えたらどうでしょう。すなわち、自転車を次世代のクルマと目される電気自動車と一体として考えるのです。電気自動車、EVがまだ普及しないのは、バッテリーの能力の問題や、そのコストの高さがネックとなっていると言います。ガソリン車と比べると、どうしても航続距離や車両価格の面で劣ってしまうわけです。
電気自動車は直接温暖化ガスを排出しないとは言え、そのエネルギーとなる電力の半分以上は、いまだ化石燃料を燃やす火力発電に頼っているのが日本の現状です。少しでも、省電力にしたほうがいいのは間違いありません。例えば近距離を一人や二人で移動するなら、もっと小さなクルマでもいいはずです。
ボディが小さく軽ければ、バッテリーも小さくて済みます。希少資源であるリチウムなども節約できます。重いバッテリーを積めば、そのぶんも、より大きな出力が必要になりますので、用途や距離、人数などで使い分けた方が合理的です。場合によっては小さな電動カー、つまり電動アシスト自転車や電動自転車を利用するべきです。
電動アシスト自転車なら、坂道もラクラク上れますし、体力や脚力に自信のない人でも充分に交通手段となりうるでしょう。もし、それでも無理な人は、フル電動の自転車という手もあります。もちろん、不要な人は人力の自転車、普通の自転車で移動すればいいわけです。
三菱化学という会社があります。工業製品の素材などが主力なので、あまり消費者には直接馴染みがないかも知れませんが、日本最大の総合化学メーカーです。身の回りのさまざまな工業製品に使われる化学製品、素材をつくっており、次世代の素材や製品として注目されるものもたくさんあります。
例えば、リチウムイオン電池、薄く曲げられる太陽電池、植物由来のプラスチック、省エネ照明にも欠かせないLED、軽くて丈夫な炭素繊維などです。こうした、同社の先端技術による素材や製品を集めて製作されたのが、電動アシスト付きソーラー自転車、「
The KAITEKI」です。
専用のポート、つまり駐輪スタンドに設置された太陽光発電装置によって発電され、蓄えられた電力を非接触方式で、この自転車のリチウムイオンバッテリーに充電する構造になっています。これがアシスト電源になります。自然エネルギーによる次世代の電動アシスト自転車と言えるでしょう。
ルーフ、屋根を持つ流線型の車体が印象的です。ベロタクシーや、ピザ屋の配達用原付バイクにも似ているので、あまり目新しい印象はないかも知れませんが、未来の自転車の一部は、こんな形になるのがリーズナブルなのかも知れません。電動アシストによって屋根付きの車体が実現したことで、ある程度の雨にも耐えられます。
フック1つで着脱可能な専用カーゴが用意され、荷物も運べます。ボディーは鉄より強くて軽いという炭素繊維強化プラスチックです。有機EL製のタッチパネルには消費カロリーも表示出来、LEDライトに炭素セラミックのブレーキ、炭素繊維製の板バネを使用したサスペンションで乗り心地も良くなっています。
重量は40キロ強とこの車体としては軽く、2〜3時間の充電で約100キロメートル走行可能と言います。なんと言っても太陽電池で発電出来るので、その限りでは本当の意味での温暖化ガス排出ゼロです。こうした自転車を見れば、自転車が次世代の都市交通として活躍しうるとイメージできてくる人も多いのではないでしょうか。
更に、このシステムを、太陽光発電と蓄電装置として住宅に接続し、自転車を使わない場合は、他のエネルギーとして使うことも視野に入ります。次世代の送電網であるスマートグリッドを構築する際に、自然エネルギーの供給装置、かつ蓄電装置として組み込むことが可能なわけです。
アメリカのオバマ大統領が打ち出して有名になったスマートグリッドですが、それ以前から、日本でもマイクログリッドなどとして研究がすすめられてきました。2005年の愛知万博の会場でも、太陽光発電や燃料電池などと組み合わせて制御するマイクログリッドの実証実験が行われています。今後、この実用化が待たれます。
もちろん、こうした自転車に歩道を走るせるのは現実的とは言えません。電動アシスト自転車やフル電動自転車を含めた自転車全般を、都市交通として組み込み、実用的な速度で利用するためにも、誰でも安全に安心して走行できる自転車レーンを設置していく必要があるでしょう。
将来のクルマ、電気自動車や燃料電池車を補完する存在として自転車を位置づけ、そのために車道の一部を自転車レーンとするのは充分合理的であるはずです。なるべく適した移動手段を選択、つまり距離や荷物の量などによってクルマか自転車かを選択し、それによって車道か自転車レーンかを選択するわけです。
先日、興味深い数字が新聞に載りました。仮に、成人の日本人全員が毎日現状より3千歩多く歩くようになれば、年間の医療費を全体で2700億円近く減らせる計算になると言います。同じ有酸素運動である自転車も、都市交通として普及すれば、国民医療費の低減にも大きく貢献するのは間違いありません。
一歩あるけば医療費0.0014円節約 厚労省試算
ふだんたくさん歩けば生活習慣病にかかりにくくなり、医療にかかる費用も減らせそうだ。じゃあ、その効果は1歩あたりいくら? 厚生労働省の研究班がそんな試算をしたら、「0.0014円」という結果が出た。ほんのちょっとにみえるが、日本全体でみれば年間2千億円前後の効果も期待できるらしい。
歩行習慣によって糖尿病や脳卒中、心筋梗塞(こうそく)などが起きにくくなることが知られている。研究班はこうした病気に関して「歩数がどれだけ増えれば、発症リスクがどれだけ下がるか」を検討した研究論文を集めた。それぞれの病気の治療や入院にどれくらいの費用がかかっているかを示した厚労省の統計などを使い、いまよりも歩数がどれほど増えれば、医療費がどれくらい減らせそうかを調べた。
加藤昌之・国際協力医学研究振興財団主任研究員らが中年期の千人の集団をモデルに計算したら、現状より歩数が3千歩(2キロメートル前後、約30分)増えることで今後10年間にかかる医療費が1569万円、5千歩なら2512万円減らせそうなことがわかった。死亡者が出ることも考えて1人の1歩あたりを算出すると、それぞれ0.00147円、0.0014円となった。1万歩でほぼ14円。
「それだけ?」という気もするが、20歳以上の日本人みんなが毎日、いまより3千歩多く歩いたとすれば、年間で約1600億分円になる。 試算では、糖尿病や脳卒中、心筋梗塞などにかかる年間医療費を平均5.5%減らせることもわかった。高齢者も含めたこうした医療費は年4.9兆円ほどかかっているとされるので、2700億円近く節約できる計算だ。
生活習慣病を防ぐには、ある程度まとまった歩数が必要になる。ぜんぜん歩かない人が1歩増やしても、それだけで経済効果は望めない。 主任研究者の井形昭弘・名古屋学芸大学長は「健康寿命が延び、その間を楽しく過ごせるとしたら、恩恵は経済効果だけでは計り知れない。たくさんの人に歩行習慣を身につけてほしい」と話す。(2010年1月23日 朝日新聞)
カーシェアリングも注目されつつありますし、都市中心部と郊外の移動手段を、都市周辺部に設置されたカーポートで乗り換える形、クルマと自転車のパークアンドライドも考えられるでしょう。いずれにせよ、クルマと自転車や電動アシスト自転車などと組み合わせ、積極的に活用していくべきなのは明らかです。
チャレンジ25のサイトにも、交通に関しての温暖化対策として自転車の利用が書かれています。しかし、単にそれを国民に呼びかけるだけでは、25%削減達成は覚束ないはずです。より相応しい交通手段を利用してもらうため、政府が主導して都市や都市交通などのあり方を変えていく必要があります。
本気で25にチャレンジするつもりなら、人の移動に関して言えば、エコカーの購入を呼び掛けるだけでは足りません。都市基盤としての自転車レーンを整備するなど、政府が明確な展望を示し、整えていくべきものも少なくないはずです。そして2020年での達成を目指すなら、すぐにでも始めるべきではないでしょうか。
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