March 31, 2010

新しい都市の乗り物への挑戦

“The Sun”は、イギリスの新聞です。


日刊のいわゆるタブロイド紙(大衆紙)ですが、英語の新聞としては世界でもっとも発行部数が多いことでも知られています。そのザ・サンに一昨日、ちょっと風変わりな乗り物の記事が載りました。「タイヤの“Chariot”で、時速25マイルが出せる。」という記事です。

足に取り付けた自転車のタイヤのような車輪で、スケートよろしく滑るように進みます。宇宙時代のコミューターというフレーズは、さすがに大げさな感じがしますが、新しいタイプの乗り物、もしくは移動手段と言っていいでしょう。“Chariot Skates”と名付けられたこの乗り物で、時速約40キロが出せるというのです。



タイヤは自転車ですが、スタイルはインラインスケートです。両足に車輪をつけることで、ちょうど“Chariot(チャリオット、フランス読みだとシャリオ。)”のように見えるということなのでしょう。確かに、ありそうで無かった形と言えるかも知れません。動画で見る限り軽快に走行しています。

“Chariot(チャリオット)”と言うのは、2頭立ての馬でひく2輪の戦車(戦闘馬車)のことです。映画「ベンハー」に出てきた戦車競走に使われる馬車と言えば、ピンとくる人もあるでしょう。馬でひく乗り物ですが、古代ローマ帝国の時代には、これが戦車として使われていたわけです。

Chariot Ramses II at the Battle of Kadesh,This image is in the public domain.

正確に言うと4輪ですが、確かに言われてみれば、チャリオットを連想させるものがあります。現代でも観光用などに、車軸が1つの馬車がありますが、チャリオットの歴史は古く、紀元前2千8百年頃の古代メソポタミア文明にまで遡ります。自転車の始祖の誕生は19世紀と言われていますから、それよりはるかに古いことになります。

インラインスケートのように走るわけですが、インラインスケートと決定的に違うのが、ローラーの大きさということになります。やはり車輪の径が小さいと、どうしてもスピードが出ません。これはある程度、構造的に仕方がない部分、小さい車輪の宿命です。キャスターのついた台車とリヤカーの違いを考えれば明らかです。

Image Chariot Skates, www.chariotskates.comImage Chariot Skates, www.chariotskates.com

同じ距離を走る時、その距離を円周で割った回数だけ車輪は回転します。インラインスケート、もしくはローラーブレードのタイヤ、ウィールの径は普通76ミリくらいですから、円周は約240ミリです。ロードバイクの車輪の周長を約2千1百ミリとすれば、およそ9倍もの差があるわけです。

つまり、同じ距離を走るのに、車輪が約9倍も多く回転するわけです。と言うことは、軸がより高速に回転することになるわけで、そのぶんの回転軸部分の摩擦抵抗の増加は無視できません。同じ力であれば抵抗が大きい分、どうしてもスピードが遅くなり、スピードが落ちるのも早くなるというわけです。もちろん摩耗も早くなります。

ローラーブレードと比べてタイヤを圧倒的に大きくしたおかげで、スピードを出すのに有利になり、直進安定性も増すはずです。固いウィールの素材に比べて、空気の入ったタイヤが使えるわけですから、乗り心地も向上するでしょう。デメリットは、ローラーブレードより全体が大きくなってしまうことでしょうか。

タイヤの径が大きくなると、段差などにも強くなります。従来のインラインスケートでは越えられなかった段差でもラクラク越えることが出来、いちいち減速しなくてすみます。舗装されていない場所、土や草の上などのオフロードにも強くなるでしょう。動画でも走行しています。

なるほど、タイヤを採用したメリットは小さくありません。固定観念にとらわれてきたということなのでしょうか、なぜ今まで、インラインスケートは小さなウィールで我慢してきたのか不思議に思えてきます。これは、見た目が意表を突くだけの乗り物、単に変わり種のインラインスケートとして片付けられないものがあります。

Image Chariot Skates, www.chariotskates.comImage Chariot Skates, www.chariotskates.com

このチャリオット・スケート、無理やり自転車の一種にするつもりはありませんが、開発元のサイトにも、サドルやハンドルの無い自転車として使って欲しいと書いてあります。自転車と比べてみても、シティ・コミューターとして有利になる部分があります。

自転車と比べてフレームやサドル、ハンドル、チェーンといったパーツが無いぶん、チャリオット・スケートは体積も重量も小さくなります。つまり脱いだ後、持ち運ぶのに有利です。電車やバスなどに持ち込む場合でも、圧倒的に小さく軽くラクでしょう。保管にも場所をとらず、持ち運べるので、必ずしも駐輪場を必要としません。

走行性能や、ある程度の距離を移動する場合は自転車に敵わないとしても、都市部の近距離移動には十分な機動力を備えています。多少の上りでもスケーティングで上れそうですし、前後の長さが圧倒的に短いので邪魔にならず、小回りもききます。いろいろ分析してみると、意外に潜在能力を秘めたアイテムと言えるかも知れません。

スケーティングするだけでなく、下りではスピードの調節も兼ねて、スキーのようにスラローム走行をすることも出来ます。タイヤが大きいので操作もしやすそうです。実際、スケートやローラーブレードに乗れる人なら、比較的簡単に乗れるようになると言います。

止まる場合は、タイヤ部分を手袋でつかんで停止させます。慣れれば両輪を斜めにして減速させても止まれるようですが、スピードを出すには、この辺に多少難点があるのかも知れません。ブレーキもつけようと思えばつけられると思いますが、あまり急に制動をかけても、前につんのめってしまいますし、ちょうどいいのかも知れません。



そう言えば、一時期大きな話題となった「セグウェイ」とも並列の2輪という点でシルエットが似ています。当初、環境に配慮した近距離のコミューターとして売り出されましたが、スピードが遅くてクルマどころか自転車の代わりにもならず、非常に高価なわりには、中途半端だとしてあまり売れませんでした。

特にアメリカでは肥満が大きな社会問題となっており、セグウェイのような高価な製品の購入層は、毎日ウォーキングやジョギングなどの運動をして健康維持に気を使っています。この点が一番の誤算で、開発中には世界中の関心を集めたにもかかわらず、当初の見込みより驚くほど売れていない原因と言われています。

確かに、チャリオット・スケートのほうが健康的ですし、乗っていて楽しそうに見えます。環境への負荷もずっと低いですし、充電する手間もいりません。より機動的に移動出来ますし、私も毎日乗るなら、値段を別にしてもセグウェイよりこちらを選ぶと思います。

この乗り物を開発した Michael Jenkins さんは、オーストラリア出身の電気技術者ですが、中国に滞在中だった3年間で、このチャリオット・スケートを開発しました。もちろんアイススケートやローラースケートも好きですが、熱心なサイクリストでもあるそうです。

現在Chariot Skates社で、この製品の出荷に向け、生産開始前のテストとチューニングを行っているところだと言います。発売されて、どのくらい人気が出るかはわかりませんが、インラインスケートの常識を覆す製品、あるいは「足に履く自転車」「ミニマムにした自転車」としてブレイクしないとも限りません。

Image Chariot Skates, www.chariotskates.comImage Chariot Skates, www.chariotskates.com

ちなみに、ふと思ったのですが、よくギャグ漫画に出てくる表現、すなわち速く走っていることを表すために足の部分が渦巻きのようになっている絵に似ていなくもありません。もしこれが普及したら、漫画家は、あの表現も使いづらくなってしまうのでしょうか(笑)。

Jenkins さんは、今まで誰もこのアイディアを思いつかなかったことが信じられないと語っています。しかし、過去に誰かが試して、全く売れず、そのことが忘れ去られている可能性もありそうです。もちろん、だからと言って今回もダメとは限りませんが、この製品を多くの人が理解して買ってくれるかどうかは未知数です。

コンパクトなので屋内でも使え、歩く代わりに使えば飛躍的にスピードアップしますが、実際に公の場所で使われるようになれば、いろいろと問題が起きることも考えられます。目新しさはあるものの、万人向けとは言えませんし、新しい乗り物、移動手段は、そう簡単に普及・定着するものではないでしょう。

ただ、車輪が発明されてから7千年あまり、人類は試行錯誤を重ねながら乗り物や移動手段を発達させてきました。乗り物に限らず、挑戦する人がいて初めて新たな進化の可能性が出てきます。新しいコミューターになるかは別として、個人的には市場でどう評価されるか興味をひかれるプロダクツです。


    
    


東京などでは桜が満開に近づいています。この週末の走行、桜並木を通ったら大混雑かも知れませんね。

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この記事へのコメント
「19世紀の発明博覧会」みたいな本でこのような一輪のローラースケートの図を見たことがあります。
検索してみるとありました。
http://www.janna.com.au/Skate/history.htm
補助輪もないのでかなりのスキルを要求しそうですが、女性用にはフェンダーまで着いているあたり芸が細かいです。
1輪の方がアイススケートに近い感覚でスピンとか出来そうなのでこういうのを自分で作ってみたいとか思っていたぐらいなので流行って欲しいですね。
Posted by noto at April 01, 2010 20:14
notoさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
これは面白い情報をありがとうございました。なるほど、こんな時代に、すでに考えていた人がいるんですね。
この当時だったら、実用性の面では、かなり厳しかったでしょう。昔から構想はあったものの、定着しなかった形と見ることも出来そうです。
もちろん、今ならパーツ加工の技術も違いますし、より実現性が増しているのは間違いないところです。そう考えると、やはり普及しないのか、あるいは140年目にして初めて現実のものとなるのか、興味深いところです。
もし普及したら、私も是非はいてみたいですね。
Posted by cycleroad at April 02, 2010 23:58
Magic wheelの進化版という感じですね。
Magic wheelもイギリス発(製作者はハンガリー人)ですから、そこからヒントを得て作られたのかもしれませんね。

ただ、Magic wheelは普段着で乗れて、靴を履き替える必要も無いこと、両者の乗りこなすまでの練習量なども考えると、上手く住み分け出来そうですね。
Posted by say-hal at April 09, 2010 01:18
say-halさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
言われてみれば、Magic wheelと横から見たシルエットは似ていますね。Magic wheelは1輪、正確には2輪で、Chariot Skatesは2輪、正確には4輪という違いはありますが、どちらも都市での移動手段として、コンセプト的にも似通ったものがあります。
確かに、住み分けと言いますか、乗り方も違いますので、どちらもそれぞれ面白そうです。
イギリスは、こうした移動手段がウケるバックグラウンドがあるんでしょうかね。
Posted by cycleroad at April 10, 2010 20:41
チャリオット・スケートの形状の乗り物には、今から30年ほど前に乗ったことがあります。インラインスケートから発展させた電動の乗り物で、搭乗型“倒立振子ロボット”として日本で研究・開発されていたものです。私はそのテストパイロットを務めました。当時は重すぎるバッテリーを背中に背負っても、ほんの数分しか走らなかったので、実用性がないモノとしてお蔵入りになったようです。

その後、倒立振子ロボットの成果はセグウェイなどの、自分でバランスを取る“並輪車”(“ダイシクル”“dicycle”)として結実していますね。今では“Ninebot One”などの“立ち乗り電動一輪車”へと姿を変えて普及しています。

チャリオット・スケートには、自転車に代わる“タウンモビリティ”用の乗り物としての普及を考えるうえで、幾つか問題点があるようです。ブレーキが効き辛いこと。前に進むためにはスケートと同じように左右に足を大きく振り出すしかなく、路上で邪魔になること。登り坂や下り坂に弱いことなどですね。

もしもチャリオット・スケートのこれらの弱点を補うために、倒立振子ロボットの機能を搭載したらどうなるかは、立ち乗り電動一輪車のツイン乗り(ダブル乗り)と呼ばれるモノを見れば明らかです。両足の外側に一台ずつ計二台の立ち乗り電動一輪車を配置する乗り方です。この方法ならば、ブレーキは確実にかかるし、蛇行しなくても前進でき、上り下りの坂道も余裕で移動可能になります。

二台の電動一輪車をチャリオット・スケートのようにブーツで足に装着するようにすれば、立ち乗り電動一輪車には不可能な、段差や階段の昇り降りも可能になります。けっきょく、30年前に日本で試作された“Boarding-type Inverted Pendulum Robot”略して“BIPR”が正解ということになるようです。
Posted by 黒住玲【Ray Crosmy】 at January 26, 2017 04:38
黒住玲【Ray Crosmy】さん、こんにちは。コメントありがとうございます。
素材や加工技術の進化で軽量化したり、電池の進化で蓄電容量が飛躍的に伸びたりといったことで、過去の構想が再び見直される、あるいは実現可能になるということも起きているのでしょうね。
電気で走るクルマだって、ガソリン車よりも前に実現していたものの、電池の性能などの問題で、ガソリン車が主流になったと言いますし、案外そのようなものは多いのかも知れません。
いずれにせよ、電動で移動する乗り物は、今後もいろいろ開発されていきそうですね。
Posted by cycleroad at January 27, 2017 22:43
今後、この種の乗り物が発展していく方向性ですが、『搭乗型移動支援ロボット』としての法改正が半ばまで進んでいる状況です。“移動支援ロボット”=“電動補装具”という位置付けで歩行者扱いになる予定のようですが、要免許で10km/h以下という条件が付くようです。現時点でもリミッターを6km/hに設定すれば、電動の“歩行補助車等”=“シニアカー”に内包されるという法解釈を示す方もおられます。内閣府が定めた条件を見ると、確かにその中に納まりそうです。

チャリオットスケートと“倒立振子ロボット”の技術が融合すると、前後のバランスを自動で取るため、補助輪が必要なくなります。ドーナツ状のハブレスホイールにしてしまうことも可能になります。すると、もっとシンプルな取り回しの良い外観になりますね。ブーツから輪っかを二つ外せば普通に歩行可能になると、従来のシニアカーは車体重量80kgもあったものが、わずか数kgになるのですから、電車・バス・タクシーなどの交通機関に容易に持ち込めて、併用した通勤・通学の手段としての利用も考えられます。現状のマイカー通勤では、重さ1トンの乗用車で1人の人間を運んでいるのが、わずか10kgで可能となればエネルギー効率が格段に違います。排ガスを出さず、通勤時間帯の交通渋滞も激減する可能性がありますね。また、自転車通勤・通学は駐輪公害を生みますがこれも解決。坂道が多い団地では、自動車の運転免許を返上したお年寄り達が買い物難民になるケースが多々ありますが、自転車ではバランスが危うくて乗れません。そこにも、自動でバランスを取る搭乗型移動支援ロボットが活躍する可能性がありそうだと考えています。

次世代の都市内交通環境について考えている人々が“タウンモビリティ革命”といった言葉を生み出しています。チャリオット・スケートを電動化した近未来バージョンは、大きな可能性を持っていると思います。
Posted by 黒住玲【Ray Crosmy】 at January 28, 2017 11:41
黒住玲【Ray Crosmy】さん、こんにちは。コメントありがとうございます。
速度が遅いので、そのままクルマの代替には向かない気がしますし、公共交通網で置き換えられない地域もありますから、通勤時間帯の交通渋滞の激減までは期待出来ないような気がします。
ただ、高齢者の移動手段としての可能性は期待できるかも知れませんね。
Posted by cycleroad at January 30, 2017 22:46
コメントありがとうございます。
御指摘のとおり、搭乗型移動支援ロボットは、他の交通機関と組み合わせて通勤・通学の足として使う場合にも、やや速度的に難がある方向で法改正が進んでいます。しかし、普及の当初の段階で事故が多発しては困るので、私は低い速度からスタートするのが妥当ではないかと思っています。じつは立ち乗り電動一輪車のなかには、40km/hの速度が安定して出せるモノも登場しています。速度リミッターはスマートフォンで設定できるため、当座はスポーツ公園などでは40km/h、公道では10km/hという使い分けをしていくことになりそうです。ゆくゆくは、ハイスピード対応モデルは、原付や自動二輪と同じ法的な扱いを受けることになると思います。また、30年前の倒立振子ロボットの試作機は、競輪場のトラックで150km/hまで出しています。しかし、その速度域では小石一つ引っ掛けても転倒する危険があります。安全面を考えると40km/hを上限とするのが妥当と思います。
Posted by 黒住玲【Ray Crosmy】 at February 04, 2017 11:56
黒住玲【Ray Crosmy】さん、こんにちは。コメントありがとうございます。
スピードを上げるのは可能だとしても、そうすると歩道で歩行者と混在するのは困難になりますし、車道を走行する乗り物となると、安全面の問題があるでしょう。オートバイなどの既存の乗り物との優劣ということになりそうです。
セグウェイもそうですが、乗り物の中で、どう位置付けるか、どのようなニーズに向いているか、他の乗り物と、どうすみ分けるのか、といった部分が焦点になってきそうですね。
Posted by cycleroad at February 05, 2017 22:19
 
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