中国山東省のチンタオに住む中国人のGuan Baihuaさんは、自転車のタイヤが円形である必要があるのだろうかと考えました。そして、18カ月かかって
タイヤが円形でなく多角形の自転車を製作しました。2008年の北京オリンピックのロゴが入っていますが、2009年の5月に発表されました。
円形でないばかりか、前後の形も違い、5角形と3角形のような形をしています。この写真を見て、「ああ、よくある変わり種自転車をまた作ったわけね。」と思った人は多いに違いありません。確かに、遊園地などで見かける子供向けのおもしろ自転車のようにも見えます。
車軸がタイヤの中心になく、ピョンピョン跳ねるように進む遊具なんかも連想させます。タイヤを多角形にし、しかも前後バラバラにすることで、乗っている人が上下するような、ぎこちない動き、もしくはガタガタと揺れて滑稽な動きをするんじゃないかと想像した人も多いのではないでしょうか。
しかし、その予想はハズレです。この自転車、走行しても上下にブレず、ガタガタと揺れないと言ったら驚くでしょうか。その秘密は車輪の形にあります。この車輪、普通の多角形ではありません。数学、とくに幾何学に詳しい人はお気づきだと思いますが、ルーローの多角形と呼ばれる形をしているのです。
後輪がルーローの三角形、前輪がルーローの五角形ということになります。三角形のほうで説明すると、三角形の辺が膨らんだような形をしています。この曲線は円弧で、円弧の反対側にある頂点を弧の中心とした、半径が各頂点を結ぶ直線と同じ長さの円弧になっています。
つまり、正三角形の各頂点を中心にし、半径がその正三角形の1辺となる円弧を、他の2つの頂点の間に描き、それを結んだ図形ということになります。曲線で構成されていますので、正確に言うと多角形ではありませんが、ルーローの多角形は、必ず奇数角形です。ルーローの4角形や6角形はありません。
そして、このルーローの多角形は定幅図形と呼ばれる図形になっています。定幅図形とは、回転させても、その高さや幅が変わらない図形です。図のルーローの三角形で言うと、回転させても常に外側にある正方形に接しています。つまり、幅や高さが一定なのです。
この面白い図形、フランツ・ルーローという人が開発したので、ルーローの多角形と呼ばれています。ちなみに、円も定幅図形なので、正方形に接して回転する円を考えた時、常に幅や高さは一定です。円の場合は重心、すなわち円の中心も一定ですが、ルーローの多角形の場合、重心の位置は一定ではありません。
ルーローの三角形で有名なのは、図のようなロータリーエンジンでしょう。一般的なピストン型のエンジンと違って、往復運動を回転運動に変換する必要がないので、さまざまなメリットがあります。このロータリーエンジンと同じ、ルーローの三角形が車輪の形に使われているわけです。
ロータリーエンジンの場合、軸が固定されているので三角形が上下動するように見えますが、その前の図を見るとわかるように、軸を固定しなければ、高さは変わらないまま回転します。その代わり、回転に応じて重心が移動するような形になるわけです。
回転させても、常に高さが変わらない図形です。写真をよく見ると、それぞれタイヤの上部が前輪や後輪の上に突き出したフレームのまっすぐな部分に当たっているように見えます。このフレームの直線と地面を、正方形の上辺と下辺と考えるならば、この間の距離は一定で変わらないことになります。
つまり、このタイヤを回転させても上下動は無いわけです。ただ、ルーローの三角形の場合、重心は移動します。三角形の車輪の軸は動いてしまうので、後輪のシートステーに当たる部分のフレームがありません。軸が動いてもいいように出来ているので、タイヤの高さは変わらず、上下動しません。
前輪のルーローの五角形のほうもフロントフォークとハブの接続部分に工夫がなされており、軸は動くものの上下動しないようになっています。こうした工夫によって、見るからに歪んだ形のタイヤなのに、意外や意外、上下に振動しないで進むというわけです。
報じるサイトには、その辺の言及が全くありませんが、実は単なる変わり種自転車ではなく数学的に考えて作られた自転車だったわけです。ただ、それが何の役に立つのかと言われれば、今のところわかりません。しかし、タイヤは円形なのが当たり前という常識を覆し、自転車を大きく変える可能性だって無いとは言いきれません。
このルーローの三角形型のタイヤ、実は幅(高さでもいい。)の同じ円形のタイヤと、同じ周長になります。数学的に言うと、バルビエの定理により、元になる正三角形の一片の長さDのルーローの三角形の周長は、直径Dの円の円周と等しいことになります。既存のタイヤを流用して、同じ径のルーローの多角形型タイヤが出来ます。
サイクルコンピュータも周長が同じなので、そのままで使えます。一方、面積はブラシュケ・ルベーグの定理より、同じ幅を持つ図形の中ではルーローの三角形が最小です。実際の面積Sは下の式で求められますが、円の9割くらいの大きさとなります。固定でない車軸に加え、このあたりの性質が何かに活かせるかも知れません。
例えが大げさですが、熱機関が登場したのは、実は13世紀頃です。後年、それが蒸気機関や自動車などのイノベーションを通じて産業革命につながりました。半導体の登場そのものではなく、コンピュータやインターネットをはじめとするイノベーションによって、世界が変わったわけです。
発見や発明も、それだけで何かの役に立つとは限りません。イノベーションがあってこそ、社会を大きく変えていきます。ルーローの多角形型タイヤから、果たしてイノベーションが生まれるかわかりませんが、成熟した製品と言える自転車の中にさえ、まだまだイノベーションの種は埋まっているのかも知れません。
W杯が近付いて来ています。メンバーも発表されましたが、今までと比べて、今イチ盛り上がりませんね。いろいろな要因があるのでしょうけど..。
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