何かを持ち運ぶために、人々は昔から工夫をこらしてきました。
今のような高い加工技術や、使える素材が豊富になかった時代でも、人々は必要に迫られ、工夫を凝らして携帯用の道具を作り出して来ました。広く一般に使われるものもそうですが、なかには特殊な技能を持つ人たちが、特定の用途に使う独自の道具もあります。
特殊な技能を持つ人たち、例えば「忍者」です。忍者という単語は世界的にもよく知られた日本語ですが、実は戦後になって呼ばれ始めた呼び方なのだそうです。活躍していた当時は、乱破(らっぱ)とか素破(すっぱ)などと呼ばれていたものの、各地でそれぞれ地域的に発展した集団で、共通の呼び方はありませんでした。
日本人には、アニメなどの影響で黒装束で背中に刀を背負った独特のイメージがあります。海外のテレビにも、変な忍者のキャラクターが出てきたりします。しかし、実際には日本各地で領主や武将に仕えて、諜報や破壊活動、暗殺などをしていた、特殊な技能集団・戦闘集団でした。中でも有名なのが、伊賀や甲賀でしょう。
役目を受け、隠密に行動して敵の城に忍び込んだり、情報を伝えるため一晩で長い距離を移動したり、場合によっては戦闘をしたり、暗殺したり、大勢の追手から逃げきらなければなりませんでした。そのため、道具も携行するのに便利で、特殊なものにならざるを得なかったわけです。
有名なのは手裏剣です。これはその名の通り、手の裏に隠せるくらいの剣です。剣というより飛び道具として使われたようですが、携行に便利なように小さく作られた武器でした。「くない」、「忍び鎌」、「撒菱(まきびし)」なども持ち歩いて使うための道具として工夫されています。
忍び刀は、通常の刀より短くされ、鍔(つば)が踏み台にもなります。紐がついているので、登った後に回収も出来ます。仕込み杖は偽装もありますが、刀と杖の兼用です。「しころ」は、小型で両刃のノコギリになっています。今では避難器具に使われる縄梯子も、普通の梯子を持ち歩くわけにいかない忍者が携帯した道具です。
縄の先に鈎のついた「鈎縄(かぎなわ)」もそうです。高い崖を登ったり、橋のない谷を渡ったりした道具と言われています。「剛燈」などと呼ばれる、携帯用の懐中電灯もありました。もちろん電池も電球もありませんから、ろうそくや油を使うわけですが、言ってみれば行燈を持ち歩けやすいようにしたものです。
水蜘蛛はコミックなどの影響もあって、足につけて水面を歩いた道具のように思われていますが、実際には、むしろ浮輪のように使ったのだろうと推測されています。携帯用のボートと言ったほうがいいかも知れません。これも、分解して持ち運びやすいように考えられています。
忍び熊手という道具もあります。熊手というと、現在は落ち葉などを集める道具のように思われていますが、昔は武器でした。有名な武蔵坊弁慶が背負っていた7つ道具の中にも、「薙刀」や「さす叉」などと共に含まれています。長い棒の先に熊の手、もしくはクマの爪のような金属を取り付けた武具だったようです。
馬に乗った武者を引きずり降ろしたり、敵を引っ掛けるように使われたと推測されますが、忍び熊手は、この長い武器を目立たないように運べる工夫がしてありました。組み立てた状態では、どうやら火消しの使う鳶口のような形状の武器だったと見られます。
図のように、竹などで出来た筒状の短い部品を、ひもによって複数つなげてあります。携帯するときは短い棒を束ねたような形ですが、ひもを引っ張ると、一本の長い柄の先に、刃物がついた武器になります。筒同士を継ぎ手だけでつなげるより強力にジョイント出来るので、武器としての強度も高くなるわけです。
うまく出来た工夫ですが、忍者の専売特許というわけではありません。継ぎ手の付いた筒状のポールとショックコードという組み合わせは、現代のドームテントのポールなどのアウトドア用品にも使われています。登山などで使うテントは、人力だけで運ばなければならないので、コンパクトに出来るこの方法は役に立つでしょう。
忍者の道具はどれも持ち運びやすいように考えられたものでした。先人の知恵として、現代においても遜色のないアイディアもあります。鎌倉時代から戦国時代、江戸時代に活躍した忍者の道具と、現代のアウトドア用品に共通の機構があるのも面白いところです。
さて、忍者の話が長くなってしまいましたが、この忍び熊手と同じ機構を自転車に応用した人がいます。ロンドンで開催された“
New Designers exhibition”の新人デザイナー賞次点に輝いた21歳のKevin Scottさんです。自転車のフレームに、忍び熊手と同じ機構が用いられています。
これによって、写真のようにフレームを折り曲げるような形で、電信柱などに巻きつけることも出来ます。遠目にはフレームがグニャリと曲がっているように見えますが、そうではありません。フレームが短い筒状のパーツに分割され、ショックコードによって連結されている形です。
走行する時は、当然まっすぐになります。駐輪する時には、ワンタッチでテンションを緩めることが出来るわけです。ありそうで無かった発想です。見ればなるほどと思います。この機構自体は、テントのポールなどにも使われて身近ですし、忍者が何百年も前に使っていたわけですから、何で今まで無かったのか不思議なくらいです。
シートチューブに取り付けられたレバーによって、ショックコードを緩めたり、張ったり出来るようになっています。見た限りでは、コードにはワイヤーが使われ、ラチェット機構によって、ワイヤーを引っ張った状態でロックするようになっているようです。
なんと言っても、折れ曲がるというのがユニークで、見た目にもインパクトがあります。写真のように、スペースを取らずに駐輪出来るのも利点です。上手く工夫すれば、フレーム自体をチェーンロックのように使えるでしょう。重いチェーン錠を持ち運ばなくて済むのは画期的で、盗難防止にも寄与するに違いありません。
自転車のフレーム自体をワイヤー錠のように使うことが出来れば、泥棒が盗む時にこれを切断してしまうと、自転車のフレームを切断してしまうことになります。少なくとも乗って逃げることは出来なくなるわけで、普通のワイヤー錠を使うのと、この点が決定的に違ってきます。盗難抑止効果が期待出来ます。
折りたたみ自転車としても、今までより小さく、もっとフレキシブルな形に折りたためるかも知れません。いろいろな可能性を秘めています。イギリスの
デイリーメール紙は、この若いイギリス人デザイナーの素晴らしいアイディアに対して、革命的な自転車と評しています。
ただし、問題も指摘しておきます。写真をよく見ると、ブレーキがついていません。ブレーキレバーもブレーキキャリパーもありません。それぞれを取り付けるのには問題ないと思われますが、両者を結ぶワイヤーの処理が問題になるのでしょう。シフトワイヤーも同じように問題になりそうです。
Scottさんは、この自転車を製品化すべく、パートナーを募集しています。今はプロタイプなので仕方ありませんが、実用に向けて、ブレーキやディレイラー(変速機)が取り付けられ、フレームの強度など安全面、車体の重量などがクリアされれば、面白い自転車になる可能性を秘めています。
人類が使える素材は多様になり、加工技術も進歩したものの、根本のアイディアは、忍者が使っていたものと変わらないのが面白いところです。そう考えると、古い道具や先人の知恵の中には、現代に蘇らせるべきアイディアが、まだまだ埋もれているのかも知れません。
西日本では凄い豪雨となっているようですね。気をつけていただきたいものです。
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