
いま、世界から熱い視線が注がれている都市があります。
UAE、アラブ首長国連邦のアブダビに建設中の
マスダール・シティです。何もない場所に一から設計される計画都市で、電力を太陽光や風力といった自然エネルギーでまかない、都市単体でカーボン・ニュートラルの実現や、最先端の技術によって廃棄物を出さないゼロエミッションのエコシティを目指しています。
広さは6.5平方キロ、計画人口は5万人、総事業費220億ドル、建設は2006年に始まり、2015年完成予定です。砂漠の中なので、水は海水を淡水化するプラントから供給されます。国際再生可能エネルギー機関(IRENA)の本部が置かれることも決まっています。国際機関の本部がアラブに置かれるのは初です。
カーボンニュートラルとは、排出されるCO2が吸収されるCO2を上回らないという概念です。仮に、元々CO2を吸収して育つ植物由来のため、燃やしてもCO2が増えると見なされないバイオエタノールなどであっても、その輸送や生産ではCO2が発生してしまうので、かなり難しいことと言われています。
太陽光発電や風力発電はもちろん、地熱発電などの利用も検討されています。当然のことながら、従来のような内燃機関のクルマは使われませんし、他の地域から乗り入れることすら出来ません。都市内はPRTとかポッドカーなどと呼ばれる新交通システムで移動することになります。
いろいろなメディアでも取り上げられ始めているので、ご存じの方も多いでしょう。この先進的な未来都市構想には、世界から最先端の技術が集められることになります。未来を切り開くこの実験都市で採用された環境技術は、これからの事実上の世界標準となり、今後世界の都市で取り入れられていく可能性があります。

そのため、さまざまな環境技術の開発にしのぎを削る世界中の企業が、このマスダール・シティにその技術を売り込もうと押し寄せていると言います。まだ完成してもいないのに、世界の企業から熱い視線が注がれる背景には、こうした次世代の環境ビジネスの主導権をめぐる熾烈な戦いがあるわけです。
いずれ世界各地で、化石燃料を燃やすクルマから電気で動くEVや燃料電池車などの次世代カーに置き換わっていくのは時間の問題でしょう。しかし、炭酸ガスを排出しなくなったとしても、依然として渋滞や交通事故など、現状のクルマの持つ大きな欠点は解消しません。
新交通システムは、自動運転でシステム全体が制御され、事故や渋滞も起きない次世代の交通機関と言われています。SF映画に出てくるような未来の乗り物が走り回る都市になるわけです。動画でも、開発の進む新交通システムの様子を見ることが出来ます。
交通システム以外にも、さまざまな未来の技術が採用されていくことになると思います。ここで環境への負荷を減らす技術しての実績が認められれば、世界へも広がり、私たちの生活を変えていくことになりそうです。そういう観点からも、どんな技術が実現されることになるのか関心が集まります。

ところで、マスダール・シティに売り込みをかけている技術は、最先端のハイテクによるものばかりとは限りません。“
SkyRide”と呼ばれる、空中を行く自転車とでも言うべき乗り物も、その一つです。人力モノレールと言ったほうが的確かも知れません。
この“SkyRide”、開発を進めるScott Olson氏は、あのローラーブレードの発明者だそうです。自転車のようなペダルをこぐタイプと、ボートをこぐようなスタイルで進むタイプがあります。見る限りでは、遊園地の乗り物のように思う人も多いに違いありません。
次世代の実験都市に、前近代的な自転車はないだろうと考える人も多いでしょう。しかし、ハイテクな乗り物が、即エコとは言えないのは明らかです。直接に温暖化ガスを排出しないとしても、そのエネルギーを供給するため、大がかりなシステムが必要となります。
馬車がクルマになったり、階段がエスカレーターやエレベーターになったことで、我々の生活が便利になったのは間違いありません。しかし、一方で今まで必要無かったエネルギーが必要となったのも事実です。何らかの形でエネルギーを供給する手立てが必要となります。


マスダール・シティでは、カーボンニュートラルを達成するために自然エネルギーによるとしても、巨大な発電施設が必要になります。スカイライドならば人力で進みますから、基本的に電力は不要です。電力を使わなくて済む部分には、使わないほうが合理的という考え方があってもおかしくありません。
カーボンニュートラルを達成するのは高いハードルですから、前近代的な技術であっても、もし使えるのであれば、かえって賢い選択となる可能性があります。マスダール・シティのプロジェクトがどう判断するかはわかりませんが、未来の乗り物の一つであると言えるのではないでしょうか。
スカイライドは、従来の観光地やリゾート地などでの採用も目指しています。起伏がある場所や川を越える必要のある場所など、道路を建設するよりも安上がりな場合がありますし、自然環境へのインパクトも比較的少なくて済みます。必要に応じて、一部に電動で動く筺体を用意することも考えられるでしょう。
もちろん、大量輸送に向かないなど、長所ばかりではありません。しかし、スカイライド・テクノロジーを推進するグループが、世界の移動を変える可能性を秘めた乗り物と捉えているのも、ある意味、十分に理由があることと言えそうです。

ところで、このスカイライドに良く似た構想が“
Shweeb”です。私も以前に取り上げたことがあり、その発明者、Geoffrey Barnettさん本人から、ブログにコメントもいただきました。ちなみに、この“Shweeb”、彼が日本にいた時に思いついた構想なのだそうです。
その詳細は過去の記事を見ていただくとして、昨年の9月、この“Shweeb”が一躍世界的に有名になりました。世界のできるだけ多くの人々の役に立つ画期的なアイデアを募集するという、グーグル社の10周年を記念して行われた「
Project 10の100乗」に入選したのです。
なんと、170を超える国から15万件を超えるアイデアが寄せられ、Googleが選出した最終候補の16 のアイデアに世界中の人々が投票しました。その結果、最も多くの票を集めた5つに入ったのですから、すごいことです。世界の人々が認めたアイディアと言ってもいいでしょう。
これにより、“Shweeb”の技術を、実際の都市環境へ導入するための研究開発費として100万ドルの資金が提供されました。実用へ向けて大きく近づくことになるでしょう。この人力モノレールによって移動するというアイディアが、未来に向けて期待されている技術であることは、このことを見てもわかります。
近年、世界中の多くの都市が、真剣に自転車の活用に取り組み始めているのとも共通する部分があると思います。すなわち、自転車で済む部分は、自転車でいいではないかという考え方です。全ての移動を人力によることは出来ませんが、都市部での近距離の移動であれば、むしろ合理的だと考える人は増えているのでしょう。



ところで、この人力モノレール、未来に向けた新しいアイディアなのかと言えば、必ずしもそうではありません。今から120年も前に、実は似たような乗り物が存在しました。アメリカ・ニュージャージー州の“Mount Holly”と“Smithville”の間にあった、“
Arthur E. Hotchkiss Bicycle Railway”がそれです。
“Arthur E. Hotchkiss”という人が発明し、1892年に建設されました。120年も昔に自転車鉄道があったとは驚きます。主として従業員の通勤用に設置されたようです。当時、その場所では、通勤用に土地を改良・造成して道路を建設するより、レールを敷いたほうが安上がりだったのかも知れません。
逆向きに座ると、逆方向に走行出来るような仕様になっていました。ハンドルは必要ないわけですが、つかまる為に設けられていました。しかし、運営する会社が1898年に倒産してしまい、現在は史跡として、一部が残されているだけです。
当時の技術ですから、この自転車鉄道自体、成功とは言えなかったようです。前の車体を追い越すことは出来ませんでしたし、単線であり、最後まで複線化しなかったので、待避所のある場所でなければ行き違いも出来ませんでした。朝夕で一方通行だったのかも知れませんが、かなり不自由な部分もあったのでしょう。
現在でも、構造的には同じ問題を抱えているわけですが、“SkyRide”のチームも複数のレールを使って、レーンチェンジを行えるようなテクノロジーを開発中だと言います。当時とは開発環境も使える技術も大きく違っているわけですから、おそらく、そのあたりは解決出来ると思われます。
この自転車モノレール、まさに古くて新しい技術と言えそうです。実際に実用化されて、どこまで人々の移動を担えるようになるのかはわかりません。しかし、他の新交通システムと共存、あるいは分担する形で実現することは十分考えられます。
“SkyRide”がマスダール・シティに採用されるか、“Shweeb”の運用がどこかの都市で始まるか、今のところ未知数ですが、次第に明らかになっていくでしょう。世界で次世代のハイテク環境技術の標準を競う戦いが繰り広げられる中、これらの人力の移動手段がどこまで食い込んでいくかが楽しみです。
エジプトのデモの状況が気になりますね。イスラム諸国に混乱が広がったりすると、原油価格などへの影響も心配です。
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