首都メキシコシティにあるメキシコ国立自治大学(
Universidad Nacional Autonoma de Mexico、UNAM )です。1551年9月に王立メキシコ大学として創立されました。同年5月創立のペルー国立サンマルコス大学とは4カ月違いで、アメリカ大陸では2番目に古い歴史を持つ大学です。
1551年と言えば、織田信長の父、信秀が戦乱の中で歿した年です。日本で言うなら、戦国時代の昔からある大学ということになります。古いだけではなく、スペインとポルトガルを含めたスペイン語圏、あるいはラテンアメリカの大学において、各種の機関から第1位と評価されるほどの名門大学です
ラテンアメリカでは最大規模を誇り、卒業生からは歴代のメキシコの大統領も多く出ています。そればかりではなく、メキシコでは、3人のノーベル賞受賞者を輩出した唯一の大学でもあります。そのメインのキャンパスは世界遺産にも指定されているほど、歴史的、文化的な価値も高く評価されています。
さて、そんな伝統のあるUNAMですが、とても自転車にフレンドリーな大学でもあります。7.3平方キロの広大なキャンパスの大部分にクルマが入れません。そのかわり、きちんと歩道と区分けされた自転車専用通路が張り巡らされています。駐車場エリアでも自転車が優先です。
2004年からは、学内で自転車のシェアリング・システムも取り入れられました。これにより公共交通で来ても自転車に乗れます。“
BiciPuma”と呼ばれるシステムで、キャンパス内に10のサービスステーションがあり、ここで、貸し出しや返却だけでなく、修理やメンテナンスなどのサービスも受けられます。
“BiciPuma”では、2千5百台の自転車を保有し、一日にのべ1万4千人が利用します。メトロの駅にも直結しており、駅には大規模な駐輪場も設置されています。キャンパス内の循環バスなどもありますが、学内の移動は自転車がリーズナブルな手段として、インフラが整備されているわけです。
動画を見ても、学生たちが自転車でゆったり移動している様子がわかります。自転車が多くの学生に利用されている一方で、秩序も保たれています。キャンパス内の清掃や維持管理を行う作業員も電動カーを廃止して、3輪のカーゴ自転車などを利用しています。
UNAMに限らず、学生がキャンパスを自転車で移動する大学は世界中にあることでしょう。ヨーロッパの大学でも、環境負荷の軽減のためにも、自転車利用をさらに促進しようと前向きに取り組むところが出てきています。学内で、自転車をシェアしようとする試みなども広がりつつあります。
もちろん、中には、自転車にフレンドリーでない大学もあります。例えば、最近話題になったのはカナダのモントリオールにある公立大学、マギル大学( McGill University )です。ここもカナダで1位と非常に評価が高い大学で、歴史的建造物も多い伝統のある大学です。
ここでは、大学構内へのクルマの乗り入れは禁止ですが、2010年5月には自転車の乗り入れまで禁止されました。自転車に乗る学生は、自転車を押して歩かなければならない事態です。大学側にもいろいろと事情があるのでしょうが、自転車に乗れない大学なんて、ビールのないパブのようだなどと批判されています。
マナーの悪い自転車への苦情が多かったりしたのかも知れません。学内での事故に対する管理責任などを考慮していることも考えられます。しかし、商店街ならともかく、自転車を安易に禁止にするのが、大学が下すべき合理的な判断と言えるのか、学生だけでなく関係者からも疑問の声があるようです。
個々の大学にはそれぞれの事情や考え方もあるでしょうから、マギル大学を必ずしも悪く言うつもりはありません。ただ一般には、大学で自転車を活用しようという風潮は広がっているように見受けられます。そうした傾向は、アメリカのようなクルマ社会でも見られます。
アメリカでは、サイクリスト連盟などの機関が、自転車にフレンドリーな大学を増やそうと、独自のプログラムを進めています。自転車シェアシステム導入をはじめ、自転車にとって理想的なキャンパスを構築するための技術協力やさまざまな支援を行っており、自転車の普及や環境の充実に力を入れる大学が増えています。
そうした自転車環境を充実させる大学が欧米で増えている中でも、UNAMは自転車のインフラといい、システムといい、ビジョンといい、そのお手本にすべき大学と言っていいでしょう。古い伝統や世界遺産のキャンパスを持ちながら、それに留まることなく新しく変えていこうという姿勢も評価出来ます。
UNAMのあるメキシコシティは、クルマがあふれ、渋滞が酷いことでも有名です。排ガス規制が緩い上に、地形が盆地のため、大気汚染が深刻です。政府による排ガス検査や、地域ごとのクルマの利用制限などの措置も実施されていますが、ほとんど効果はあがっていません。こうした事情も背景にあるのでしょう。
でも、古くからの伝統のある大学にも関わらず、先進的な自転車シェアシステムを導入し、自転車専用道のインフラを整備するのは、公害や環境負荷を考えてのことだけではありません。大学が最初に自転車文化に触れる場であり、同時に都市の交通政策について考えていくべき場であることも意識されていると言います。
つまり、理想的な自転車環境を整えることで、学生に都市の交通手段としての自転車の可能性を認識してもらい、将来の都市政策を担う世代の育成に役立てようという考え方です。大学生の時の、理想的な自転車環境の経験は、将来、都市の交通政策を考えていく上で、決してマイナスにはならないはずです。
地球環境問題への対処のみならず、メキシコにとって都市の交通問題は大きな課題です。ただ、そう簡単には変わらないのが現実です。都市計画を大きく転換するのも容易ではありません。そこで遠回りのようでも、まず教育から、次世代の人材を育てるところに力を入れることの意義は小さくありません。
学生にとっても、通学や学内での移動に燃料は不要でお金も節約でき、運動にもなります。排ガスも出さず、バスを待つ時間も不要です。この自転車インフラの恩恵を充分に受けた学生たちが、将来の都市や交通をどう考えるようになっていくのか楽しみです。
UNAMでは1920年代から自治権を獲得し、独自のカリキュラムの決定や、大学の予算管理に政府の干渉は受けず、自らの意思で行っています。多くの学問の分野だけでなく、キャンパスの環境についてもそうです。都市の課題を考えるためには、まず自らの環境をという姿勢も見習うべきなのかも知れません。
クライストチャーチでは地震の救援活動が続けられています。先遣隊が「何をお手伝い出来るか把握しに行く」などと言っていましたが、急を要するのは救出活動に決まっているのですから、仮に無駄になったとしても本隊をいきなり派遣出来ないのでしょうか。そうすれば、丸一日以上早く活動が開始できたはずだと思うのですが..。