製造業は日本の屋台骨を支えていますし、今般の震災で部品供給が滞り、海外にまでその影響が及んだことを見ても、世界有数のものづくりの国であるのは間違いないでしょう。最近は、世界の工場と呼ばれる中国やアジアの国々に譲る部分も多いですが、まだまだ優位に立つ分野は少なくありません。
古くから、日本人は自然の素材を加工し、細部にこだわり、技術を磨いてきました。近代化し、西洋化される以前から、優れた工芸品を作ってきました。匠の技を伝承し、緻密さ精巧さを追求して妥協を許さないなど、そのこだわりは日本人の精神性や、日本の伝統・文化につながるとも言われています。
産業としてだけでなく、個人でも模型づくりやハンドメイドを趣味にする人は多いですし、ちょっとしたものなら自分で作ってしまうような人も少なくありません。それぞれの趣味の分野で、その趣味で使う道具を作る人も含め、手作りを楽しむ人は多いと思います。

ただ、オリジナルの自転車を自分で手作りして楽しむような人は、海外と比べ、日本では多くありません。これまでにも、海外のユニークな手作り自転車、改造自転車の例は多数取り上げてきました。しかし、ものづくりが好きと言っても、日本で自転車を作る人は少ないようです。
その背景には、日本の自転車の圧倒的大多数がママチャリであり、市場では格安自転車が大量に流通するといった、日本の自転車事情がありそうです。自転車に対するスタンスや、自転車文化の違いも大きいのでしょう。そして実際問題として、日本の住宅事情が影響しているのかも知れません。
これがアメリカあたりだと住宅は大きいですし、基本的にクルマ社会なので、大きなガレージがあります。自宅のガレージを自分専用の工房として、機械や道具を置いたり、製作するスペースに出来るわけです。一般的な日本の住宅では、そうしたスペースに乏しいという理由もありそうです。
しかし、アメリカと言っても、広い住宅ばかりではありません。特に都市部では、アパートなどの共同住宅に住む人も多いですし、大きなガレージのある家ばかりではないでしょう。そこで、そんな人たちでも、自分用の工房として使えると人気が出ているのが、“
TechShop”です。

ここには、さまざまな工具や機械が備え付けられており、会員になると自由にそれらを使って、さまざまなものの手作りが楽しめます。工具や機械のレンタルショップであり、工房としての貸しスペースであり、言ってみれば共有のガレージのようなものです。
機械の使い方などは、インストラクターがいて指導してくれます。各種の講座なども開かれています。ちょうどトレーニングジムのような感じでしょうか。使い方のわからないマシンがあれば教えてもらえますし、自分でトレーニングしても構いません。何かのコースに申し込むことも出来るといった感じです。
まさに頭や手先を使うトレーニングジムと言えるかも知れません。自宅で、自分一人で楽しむのもいいですが、ここなら同好の人も見つけやすく、コミュニティも広がります。作品製作のモチベーションも維持出来ますから、自宅に広いガレージがあっても、ここを使う手はあるかも知れません。
旋盤やレーザーカッター、溶接の装置など基本的な設備から、プラスチックの加工機械など特殊なものまであります。さまざまな素材から、設計図どおりに切りだしてくれる3次元プリンターなど、最新の設備も揃っています。なかには、一台数千万円もするような機械もあります。

ペンチや金ノコくらいならともかく、高価な装置、滅多に使わない装置は、自分で揃えるよりレンタルするのがリーズナブルです。個人では所有が望めないような高価な機械もあることは、つくるものによっては夢のような環境です。個人では考えられなかった選択肢が増え、新たな展開が期待できるかも知れません。
創設者のMark Hatchさんによれば、DIYはアメリカ人の趣味の王様であると共に、ものづくりは、アメリカ人の気質そのものだと言います。よく、ものづくりは日本人のDNAに組み込まれているなどという言い方をしますが、アメリカ人も一緒のようです。
むしろ、近年でこそ、日本のものづくりが世界で存在感を示すようになりましたが、産業革命以降のものづくりをリードしてきたアメリカのほうが本家本元であり、日本の師匠筋にあたります。日本にも古来からの、ものづくりの伝統がありますが、アメリカにも、近代を切り開いたものづくりの精神が脈づいているわけです。
そう考えると、日本人とかアメリカ人とか言うより、人類に共通する本能のようなものと言ったほうが正しいのかも知れません。人類は誕生以来、さまざまな工夫をこらし、技術を開発しながら、ものをつくり続け、ここまで文明を築きあげてきたと言えるでしょう。

この“TechShop”、ぜひ日本にも欲しいものです。アメリカでは今後増やしていく予定だと言いますが、まだサンフランシスコ近郊やニューヨークなどに数か所あるだけです。日本に上陸するとしても、まだ先のことになりそうです。日本でも、このような事業を始める企業が現れないものでしょうか。
木工なら、ノコギリと金づちくらいで何とかなるかも知れませんが、金属加工となると、なかなか難しいものがあります。プラスチックやその他の素材ともなればなおさらです。こんな業態が日本でも普及すれば、自分なりに改造した自転車や、新しいアイディアを盛り込んだ自転車を作る人が出てくるかも知れません。
日本でも、資材などを売るホームセンターは、あちこちにあります。そうした店に併設すれば、材料も売れて一石二鳥でしょう。日本の場合、自転車を手作りしようなんて人は少ないかも知れませんが、何かを作りたい、何かを自分が使いやすいように改造したいというニーズは多いのではないでしょうか。
趣味の人々だけでなく、中小企業のビジネスにも貢献する可能性があります。町工場だと簡単には購入できないような機械を使って試作品を作るなど、中小企業のハンデを克服する助けにもなります。“TechShop”では、実際にこうした使い方もされているようです。

いま、世界に名を知られるような米国の大企業も、最初は創業者の家のガレージの片隅から始まったという話をよく聞きます。シリコンバレーに限らず、実際にアメリカではそんな会社は少なくないと言います。アメリカでは、ガレージがベンチャーを興す上で、重要な役割を果たしていると言えるのかも知れません。
“TechShop”は、好奇心に満ちた人たちの溜まり場でもあります。そんな中から、創造性や革新性も生まれてくるに違いありません。日本の住宅事情が、日本で起業家精神が育たない理由、ベンチャーが少ない理由だとは言いませんが、こんな貸しガレージがあったら、事情が変わってくる可能性もありそうです。
自由に何かを作る、何かを生み出すのは楽しい作業です。工具や機械を使うこと自体が人々の創作意欲を刺激し、創造性を高めると言います。作るために使う店であると共に、作りたくさせる店でもあるわけです。日本のものづくりの将来のためにも、こうした施設はあってもいいのかも知れません。
果たして日本でウケるかどうかですが、私は近くにあったら、絶対使いますね。機械いじりが好きな人は多いですし、工具とか機械というだけで、けっこう男心をくすぐる部分がある気がするのですが..。起業のネタを探している方、いかがでしょうか。