August 17, 2011

世界に自転車天国を広める国

コロンビアは南米大陸の北西に位置する国です。


麻薬組織や左翼ゲリラによる内戦に苦しんできた国で、コーヒーやエメラルドで有名ですが、コカインの産地でもあります。1990年代には殺人事件の発生率が世界最悪となり、世界の誘拐事件の3分の2がコロンピアで起きたと言われるほど、治安の悪い国でした。

Bogota, Photo by Luis Andres Alvarez,licensed under the Creative Commons Attribution ShareAlike 3.0 Unported.しかし、今世紀に入って治安は改善しつつあり、凶悪事件の発生率も減少しています。特に現政権はアメリカの支援を受け、治安維持に力を注いでいます。繰り返される内戦のわりに経済は安定しており、他の南米の国の例に漏れずサッカーが大変盛んで、野球や自転車競技、ローラースケートなども人気があります。

首都はボゴタで、人口700万人を擁する南米第4の大都市です。人口密度は東京23区の1.5倍もあります。市内の交通は鉄道がないのでクルマが中心であり、公共交通も専用道を走るものも含めたバスが中心となっています。当然、渋滞は激しく、ナンバープレートの番号による厳しい走行規制も行われています。

さて、そんなボゴタで毎週日曜日と祝日に行われるのが、“Ciclovia”シクロビア、直訳すると「自転車道」です。大通りを車線規制したり、通行止めにしたりしてクルマを締め出し、自転車などを対象に市民に開放する催しです。日本の歩行者天国に近い感じでしょうか。

なんだ歩行者天国かと言うなかれ、驚くことにボゴタ市民の約30%、200万人以上の人々が楽しむという巨大な歩行者天国です。日本のようにごく一部ではなく、総延長120キロ以上の首都の道路が開放されます。場所によっては、沿道に露店なども並び、毎週お祭りが開かれているかのような賑わいです。

Ciclovia, www.streetfilms.orgCiclovia, www.streetfilms.org

多くの市民が自転車に乗って楽しみます。イメージのために、日本の歩行者天国のような感じと書きましたが、名称はシクロビア、自転車道です。歩行者天国と言うより、「自転車天国」と言うべきでしょう。実際、自転車に乗る人が多数を占めますが、もちろん自転車以外を排除するものではありません。

走る人、スケートをする人、そぞろ歩きを楽しむ人などであふれています。お弁当を持ってピクニック気分で出かける人もいます。広い道路幅が確保されると同時に、沿道の公園や広場では、エアロビクスなどのインストラクターが、青空教室を開いています。すべて無料で、誰でも気軽に参加できます。

日本の歩行者天国は、商店街の道路を開放して買い物をしやすくするものですが、シクロビアは市内の通りを大々的に開放し、自転車をはじめとするスポーツを楽しむ場なのです。老若男女、大勢の市民が思い思いに身体を動かすための催しです。スポーツだけでなく、街を楽しむためのものでもあります。



当局が道路の封鎖やパトロールを行う以外にも、多くのボランティアによるスタッフが、ガイドやプログラムの実施などに協力しています。コロンビアでの自転車の普及率はそれほど高くないので、無料の自転車を貸し出すサービスもあります。スポーツ相談や、さまざまなアクティビティも用意されています。

この“Ciclovia”、日曜祭日に現れる自転車レーンでもあります。市民は自宅からシクロビアを通って自転車で出かけ、エアロビクスなどのプログラムに参加して、またシクロビアで帰ってくることが出来ます。広範囲なシクロビアのおかげで自転車で移動出来るので、近くのアクティビティでなくても参加できます。

時間は朝の7時から午後2時、多くのボゴタ市民は、日曜に早起きします。クルマとは違い、自転車だと途中で友人に行き会えばすぐわかります。止まって、おしゃべりも楽しめますし、一緒に走ったりすることも出来ます。これは楽しいイベントです。200万もの人が参加するのも頷けます。

Ciclovia, www.streetfilms.orgCiclovia, www.streetfilms.org

街の巨大なレクリエーション空間と言うべき自転車天国、シクロビアですが、単にレクリエーションだけのものではありません。市民同士のコミュニケーションを深める機会も提供します。地域のつながりを強め、市民同士の融和や、自分たちの街という連帯感も生みます。このことは治安の改善と無関係ではないはずです。

シクロビアが、家族の絆を深めることに貢献することも指摘されています。市民が積極的に身体を動かすようになることで、健康の増進にも寄与するのは間違いありません。ストレスの解消にもなっているはずです。結果として国民医療費の削減にもつながるでしょう。

市民に憩いの場を提供し、その交流を促進します。日本のように、隣近所が顔見知りでなくなり、一人暮らしのお年寄りが地域やコミュニティとの接点をなくし、孤独になるような不幸な状況を防ぐ効果も期待できます。都市の交通、公共の場でのモラルから環境問題まで、市民の意識改革にもつながることでしょう。

Ciclovia, www.streetfilms.orgCiclovia, Photo by MacAllenBrothers,licensed under the Creative Commons Attribution ShareAlike 3.0 Unported.

これだけ多くの人が参加をするシクロビアは、出会いの場でもあります。シクロビアがきっかけで恋に落ち、結婚する人もいます。日本でなら少子化対策にもなりそうです。さまざまな面で国民の幸福につながっていることは、シクロビアは最高と話す、動画に出てくる市民を見ていてもわかります。

シクロビアは、コロンビアの市民をより寛容にし、心をあたたかくしているとの指摘もあります。彼らの人生の質を向上させ、よりハッピーにしているのです。動画のレポーターのアメリカ人も、人生で最も感動的な体験の一つだったと語っています。たかが「自転車道」ですが、その持つ力は小さくありません。

このシクロビア、今から35年前、自転車好きの大学生が集まり、市の中心の大通りで、今で言うポタリングをしたことから始まったとされています。当時、都市に市民の憩いの場所が少なかったこと、クルマに道路が占領され、空気が悪かったことなどに対する緩やかな抗議の意味もあったようです。

Ciclovia, www.streetfilms.orgCiclovia, www.streetfilms.org

市当局の配慮で大通りが解放されたことで、多くの市民が自転車やスケートなどで加わるようになりました。当局も市民の好評を受け、またその効果に気づいたことから拡大しはじめます。最初は10キロ程度だった通行止めも、120キロを超える規模にまでなりました。

実は、このシクロビア、日本では全くと言っていいほど知られていませんが、世界では高く評価されています。コロンビア国内の他の都市はもちろん、南米の50ヶ所以上の都市で、このボゴタを手本にしたシクロビアが導入されています。

それだけではありません。南米に留まらず、アメリカやカナダ、フランス、オーストラリア、ニュージーランドなど、広く世界にも広まりつつあります。どちらかというと自転車に関連するムーブメントは、欧米から広がりそうな感じがしますが、この自転車天国、シクロビアはコロンビアが発祥であり、世界最大でもあるのです。



ちなみに、コロンビアでシクロビアと言うと、この日曜祝日の自転車天国のことですが、文字通りの自転車道のことを指す時もあります。両者を区別するため、“Ciclorutas”と呼んだりしますが、近年、ボゴタでは自転車天国ではない、恒久の自転車道の建設にも力を入れており、その距離は300キロ以上に及びます。

ボゴタ市民にとって自転車は、どちらかと言うと日曜のレクリエーションでした。娯楽やスポーツとしては別ですが、自転車を平日に移動手段として使うのは、これまであまり人気がありませんでした。クルマと比べて貧しい人の移動手段、モータリゼーションに逆行する発展途上国の乗り物というイメージが強かったのです。

市長みずから自転車で通勤するなど、市当局は、こうしたイメージの払拭にも努めてきました。そして近年、恒久的で高規格の自転車道が充実してきたことで、交通手段としても注目されるようになってきました。まだ多いとは言えませんが、自転車道を通勤などに使う人も増えています。

Ciclovia, www.streetfilms.orgCiclovia, www.streetfilms.org

ネットワーク化された自転車道を使えば、渋滞するクルマや時間の不規則なバスより速く移動出ます。市当局にとっては、渋滞や大気汚染の緩和対策になります。自転車道も、その便利さが理解されるようになり、平日に使う人も増えました。まだ全体の5%に過ぎませんが、それでも35万人の人が使っています。

当局は、3万ドルのクルマに乗る人だけではなく、30ドルの自転車に乗る人にも平等だという姿勢をアピールすることにもなります。ボゴタでは舗装された道路を通るクルマに対し、歩行者は泥の上を歩くような状態でしたが、近年は歩道の整備も進んでいると言います。

自転車道は、貧困層が多く住む地域も貫いています。このことは、貧困に苦しむ人たちに安価な交通手段を提供し、仕事へのアクセスを助ける貧困対策にもなります。もちろん、一般市民にとっても、ガソリン代や駐車料金などを節約できるというのはメリットです。

Ciclovia, www.streetfilms.orgCiclovia, www.streetfilms.org

クルマを所有していても、ナンバーの末尾によって使えない日があります。専用道を走るバスもありますが、時間が正確ではなく、使い勝手がいいとはいえません。最近のボゴタでの、この高規格自転車道ネットワークへの投資は、さまざまな方面から高く評価されているのです。

最近は治安が向上したとは言うものの、まだ農村部などではゲリラが暗躍し、コロンビアは今も内戦が続く国です。鉄道などのインフラが整わず、慢性的な渋滞に悩む多くの南米の大都市の中でも、もっとも混沌とした都市と言われたボゴタが、こうした都市開発によって、世界からも注目されています。

そして、シクロビアは世界的な評価も高く、世界の都市のお手本となっています。どこの都市でもすぐに市民に支持され、定着するとは限りませんが、都市において「自転車天国」の措置がもたらすものを世界に知らしめました。日本でも、コロンビアからコーヒー豆しか輸入しないのは、もったいない気がします。





高校野球も佳境に入ってきました。ここだけ見ていると、いつもと変わらない夏という感じがしますね。

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この記事へのコメント
「道」本来の目的が達成できているようですね。

東京マラソンも結局は経済効果を狙ったものだとは今や誰もが知っていますよね。

途上国にあっても、こんな素敵な試みがあるとは驚きです。

日本も見習うべきでしょうね。

地球温暖化、原発依存・・・。
途上国からその解決案が提示されていますね。

経済だの効率化だの発展が遅れた国々からその秘策が湧き出ているような・・・。
Posted by 二浪独河 at August 19, 2011 09:56
二浪独河さん、こんにちは。コメントありがとうございます。
大きな予算も必要としませんし、市民サービスの充実という点でも効果が大きく、そのほか諸々のメリットもある、とてもいいプログラムではないかと思います。
日本でも取り入れるところが出てきてもいいのではないかと思いますね。
日曜祝日のクルマが少ない時の街の中心部の道路を自転車用にすることは、時間的な意味でのロードシェアリングとも言えるかも知れません。
なかなか道路での自転車空間の確保が進みませんが、せめて時間的に走行空間を確保してもいいのではないかと思います。
休日の都市部の道路だったら空いていますし、そんなに文句も出ないと思うんですけどね。
Posted by cycleroad at August 19, 2011 23:14
コロンビアの英雄、ルイス・エレラの存在
も大きい気がします。日本人と殆ど変わらない
体格で大柄な欧州の選手に山岳で戦い勝利し、
ブエルタ・ア・エスパーニャで総合優勝もして
います。自転車がスポーツとして受け入れられる
土壌があるからこのようなプログラムが可能では?
 
Posted by yoko at August 20, 2011 10:30
yokoさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
シクロビアが始まったのは1976年です。記録を見ると、ルイス・エレラがコロンビア人として初のツール区間優勝を果たしたのが1984年ですから、多少のタイムラグがあります。
ただ、発祥はともかく、その拡大には大いに貢献したであろうことは容易に想像がつきますね。
スペインの影響の強い国ですし、始まった時、すでにその土壌はあったのだとは思いますが、国民的英雄のおかげで、さらに自転車人気が高まったのは間違いないでしょう。
日本でも、彼のような選手が出てきたら、自転車天国が始まるかも知れませんね。
Posted by cycleroad at August 20, 2011 23:14
こんにちは。

かなり以前にも述べた記憶があるが、高速道路などを時間によって自転車に解放すれば便利だと思うのだが。格安通行料金で自転車を走らせる。以外に交通量(自転車の台数)が多いかもしれない、笑。四季の風を肌で感じながら全国へ行く。国土が狭く細い道が多い日本では、自転車が最良の移動手段だと思われる。
Posted by passerby Ω at August 25, 2011 13:27
passerby Ωさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
自転車天国の高速版ですか。休日にはガラガラで、他の道路に迂回できる都心の道路と違い、行楽地へ向かうクルマで混雑する高速道路の場合、果たして国民の支持が得られるかという問題はあると思いますが、考え方は一緒でしょう。
発想を切り替えれば、時間での開放もやって出来ないことはないかも知れませんね。
Posted by cycleroad at August 26, 2011 23:33
都会の中に自転車道の少ない日本にはシクロビアがあったら最高ですね。
一般人が自転車のレクリエーションとしての使用が理解できればうれしいですね。
最近日本はどうしても車を優先してるので実現されないと思います)

自転車天国は楽しみにしています。(実現されないと思いますが、)
Posted by cyclistsroadmap at September 01, 2011 11:47
cyclistsroadmapさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
例えば東京でも小規模なものは、皇居前や神宮外苑などで行われていますが、街の広い範囲で実施し、200万人が参加するような発想は、日本にはないものですね。
クルマ優先は明らかですが、そのぶん休日くらい道路を開放しよう、そもそもそんなに交通量がないのだから、という発想はあってもいいし、比較的理解されやすいのではないでしょうか。
人を集める効果や、経済波及効果などが注目されれば、案外やろうという自治体が出てくるかも知れませんね。
Posted by cycleroad at September 02, 2011 23:47
コロンビアでやってると言うのは、意外でした。
Ciclovia のような施策は、直ぐにでも真似して欲しいものです。
歩行者天国も、良い施策だと思ったのですが、止めちゃうし、日本だけ、逆行してるような気がします。
Posted by ヨッシー at September 04, 2011 21:13
ヨッシーさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
コロンビアが発祥というのも意外感がありますね。
シクロビアが実施されるためには、自転車による運動、レクリエーションといった部分への理解、市民のコンセンサスが、もう少し必要なのかも知れません。
歩行者天国もそうですが、効率優先、クルマ優先の考え方をもっと変える必要もありそうですね。
Posted by cycleroad at September 04, 2011 23:22
 
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