November 03, 2011

漢字は無理だが自転車ならば

日本は東アジアの漢字文化圏に属しています。


ベトナムや南北朝鮮もそうですが、現在これらの国では一部を除き、漢字は事実上ほとんど消滅しており、漢字文化圏で、今でも日常的に使っているのは、中国と台湾をのぞけば日本だけです。英語などに比べると、覚える文字数が圧倒的に多くて大変ですが、おかげで表現の幅が広がり、いろいろと便利な面もあります。

なんと言っても、日本語が全部ひらがなやカタカナで書かれていたら、それこそ読みにくくてしょうがありません。同音異義語でも漢字だとすぐわかりますし、道路標識でも漢字ならば一瞬で読み取れます。アルファベットなどを母国語とする国と比べ、判読する時間は大幅に短いそうです。

言うまでもなく、漢字は中国から入ってきたわけですが、その後国内で独自に進化しました。中国へ行くと、街には漢字があふれていて、見た目に親しみが沸きます。何となく意味がわかるものもありますが、日本にない漢字も多く、当然わからないものも多数あります。

たまに「注意」とか「交通安全」といった文字が書かれていたりします。標識などに書かれているので、場所からみて意味するところは同じようです。日本に入ってきても、そのまま使われているのだなと思ったりします。ところが、それは全くの逆であり、実は日本から逆輸入されたものなのです。

今年の漢字日本では、明治以降、西洋から入ってきた様々な概念とか知識、制度や文化などを表す言葉を大量に日本語に置き換えました。主観とか金融、出版、人権、評価、会話、現役、心理、刺激、気候などの単語ですが、相当な数にのぼります。英語をはじめとする西洋の言葉を、全部訳して漢字の日本語にしたわけです。

概念とか、積極、理念、流行、倫理なと、今となっては普通の日本語ですが、それまで日本語になかった言葉を、最初に訳した人は凄いと思います。最近の外来語は、そのままカタカナで定着しているものが多いですが、当時は和製漢語と言うべき、英語などを訳した日本語にしていたのです。

ほかに、訳したのではなく、日本で誕生した独自の単語も多数存在します。簡単、場合、手続、支配、原作、海抜、日程といった言葉で、これも数多くあります。訳した日本製漢語とともに、今ではなくてはならない言葉ばかりであり、これらを使わなくては日常会話も成り立ちません。

実は、ここで例示した単語は、全て中国に逆輸入され、そのまま使われているのです。中国より先に西洋文明を取り入れた日本製の漢語を、そのまま輸入したほうが手っ取り早かったからと言われています。なんと、現在中国で、日常で使われる漢字の単語の7割以上は日本からの逆輸入と言いますから驚きます。

中国は、最初西洋文明から由来する言葉を、昔からある中国の言葉に置き換えようとしました。これは全くうまくいかず、行き詰ってしまいました。そこで既に日本で訳されている文字を輸入することにしたのです。西洋に学んで成功した日本を中国も見習いたかったとも毛沢東は語っています。

西洋文明を取り入れ、急いで欧米列強に追いつく必要があった中国ですが、西洋の書籍を中国語に訳すのは、非常に時間がかかることに気づきました。その点、日本の書籍は既に西洋文明が訳されており、中国にない言葉はそのまま日本の漢字を持ってくれば済むわけです。

日本でも、明治以降に西洋の言葉を訳した和製漢語抜きでは日常会話も出来ないほどですが、同じように中国でも日本から逆輸入しなければならなかった単語は非常に多く、やはり和製漢語を抜きにしては中国語でも日常会話が全く成り立ちません。

ちなみに、「中華人民共和国」も、「中国共産党」も、「社会主義」も和製漢語抜きには成立しません。笑い話のようですが、こうした事情からすれば、それも当然なのです。日中両国は、漢字を通して深い結びつきがあり、それも決して一方通行ではないのです。

もちろん、現在では日中で意味が異なってしまっているものもあります。読み方も当然違いますが、これだけ日本で作られた単語が使われているのですから、中国人と筆談が通じる場合があるのも当然です。日本は、中国の文字を輸入したわけですが、再輸出して恩返ししているわけです。もちろん、そんな国は日本だけです。

それにも関わらず、中国で今一つピンと来ないのは、字体が違うからです。中国で使われている漢字は簡体字と呼ばれる漢字で、独自に省略した漢字です。「内容」とか「信号」など、同じ文字が使われているものもありますが、簡体字だと違う文字のようになってしまうものも少なくありません。

日本人には簡体字の漢字は馴染みが薄いのですが、中には日本の漢字と少し違うだけの場合や、どこか似ていて想像がつく文字の場合もあります。それで、中国の漢字を見ると、なんとなくわかりそうでわからないという微妙な状況が出現するわけです(笑)。

中には、音をそのまま当て字にしている場合もあります。例えば「麦当労」(労の文字は微妙に違う字)という文字を街で見かけます。マークなどでわかりますが、マクドナルドのことです。無理やり読むと推測できたりして、気をつけて歩くとパズルのようで楽しめます。

街中を歩くのも面白いですが、公園などでも中国の文化に触れられます。市民が集まる比較的大きな公園へ行くと、太極拳をしている人から、将棋や囲碁、麻雀、中国の蹴鞠、羽根突きのような遊びをしている人、楽器を演奏したり、大声で歌を歌う人たちまで、大勢の人が、実にさまざまなことをして楽しんでいます。

その中には習字を楽しむ人もいます。さすが漢字の本場中国、公園で習字をしているのは、わりとよく見られる光景のようです。地面の石畳に水を使って、大きな筆で書いています。私も各地で何度も見かけたことがありますし、かなりの確率で見られると思います。







日本でも字がきれいな人はうらやましいですが、当然、そこで書いているのは字が上手い人です。周りにはギャラリーが集まり、感心して眺めています。日本人が見ても、その達筆さは見とれるほどですが、中国人にとっても、字が上手い人は尊敬と憧れの的なのでしょう。

日本では、公園で水を使った習字をしている人というのは聞きません。漢字を書いているだけで人が集まって来るというのはないかも知れません。ただ日本にも書道はありますし、漢字を書いたり鑑賞して楽しむという気持ちはわかります。

漢字に親しむのも、漢字文化圏ならではの光景ですが、欧米人の中にも漢字に魅せられる人は少なくないようです。海外に行くと、変な漢字(笑)をプリントしたTシャツを着ている人を見かけることがありますし、なかには漢字をタトゥーにしている人もいます。





当然、中国や中国の文化への関心の高まりがあると思いますが、同じ漢字を使う、日本文化に対する興味も含まれているのは間違いないでしょう。日本の漫画などは世界で親しまれていますし、原語で漫画が読みたいと漢字を含めた日本語を勉強する人もあるようです。

Tシャツの漢字の意味がわかって着ているのか訝しいこともありますが、おそらく字面が神秘的だったり、カッコよく見えたりするのでしょう。逆に日本人でも、その言葉の国の人から見たら首をかしげるような文字が書かれたTシャツなどを着ている人もいますから、お互い様かも知れません。

大きな筆を使って、大きな文字を書くのは思った以上に難しいですし、中国の達人の字には到底かなわないにしても、日本人なら、地面にでも書こうと思えば書けると思います。漢字もたくさん知っています。しかし、欧米人に書けというのは難しいものがあるしょう。

漢字とその意味を覚えるだけでも大変です。覚えたとしても、生まれてこのかた漢字を書いたこともない人に、難しい漢字の複雑な線と点のつながりに注意しながら、そのまま再現するのは至難の業でしょう。全部書くまでに乾いてしまうかも知れません(笑)。

Water Calligraphy Device, www.nicholashanna.netWater Calligraphy Device, www.nicholashanna.net

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それでも、どうしても書いてみたくて、工夫した人がいます。カナダ人の Nicholas Hanna さんです。中国でよく見る3輪の自転車に水のタンクを載せ、水を噴出するポンプと弁、それを制御するノートパソコンを載せました。ドットインパクトプリンタに似た要領で地面に文字を書きます。

一定の速度でペダルをこぎながら、水をドット状に噴射し、漢字の文章を書くわけです。止めも払いもありませんし、ドットが荒いので、到底達筆な文字は望めませんが、きちんと自転車のスピードを一定にできれば、十分に読むことが出来ます。

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これは北京で開かれたデザインウィークで披露されて注目された、メディアアーティスト、Nicholas Hanna さんの作品です。作品と言うより、Nicholas Hanna さんは、これで北京の人とコミュニケーションをとりたかったと言います。そして、ヒントはもちろん公園での人々の水での書道からでした。

以前、似た仕組みの自転車で、ニューヨークの道路にインクを使ってアルファベットの文章を書き、警察に落書きによる器物損壊で逮捕された人がいました。こちらは単なる「水」なので、すぐ乾いて証拠も残りません。よほど政治的な文章でも書かない限り、当局からのお咎めもないでしょう。

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ちょっと面白いアイディアです。中国人とのコミュニケーション以外にも使い道はありそうです。例えば、日本で選挙運動するのに、選挙カーのスピーカーで絶叫するのはやめて、自転車と水で静かに主張してほしいものです(笑)。最初にやったら注目度抜群、好感度もアップしそうです。

アルファベットなら単純ですし、ドット文字でも容易に表現出来ますが、複雑な漢字をドットで表現するのは、なかなか大変そうです。しかし考えてみれば、コンピュータであれ携帯であれ、デジタルなものの漢字もドットの文字であり、モニターのように細かくて綺麗ではないですが十分可能というわけです。

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最近、コンピュータや携帯で文字を打つせいか、読むのは問題なくても、いざ書くとなると漢字が出てこないことがあります。子供の頃は当たり前のようにスラスラ書けていた漢字を忘れていたりします。機会が減り、なかなか手書きをすることがないのが原因なのでしょう。

カナダ人のハンナさんなら、自転車文字でも仕方がないですが、日本は漢字文化の国です。やはり、日本人なら手書きで、しかも漢字で書けなければカッコがつきません。文化の日に漢字文化を考えつつ、先日発売開始された年賀はがきも、今からなら手書きでいけるかな、などと考えています。





去年は「暑」でしたっけ。今思えば、ずいぶん平和な漢字ですね。今年は何になるのでしょうか..。

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この記事へのコメント
文字は中国からで言葉は日本からだったのか

昔から日本人は輸入した物のクオリティを上げて輸出する事に長けていたんですね(笑)

これからは英語が必須なのかなと思う一方、世界に出る時にもっと日本人としての知識とスキルを磨いておいた方が楽しいのかなって思うことが有ります。

漢字や書道、極めたらかっこいいですよねぇ。
Posted by ぶーちょ at November 06, 2011 09:29
こんにちは、マルコです。

韓国では新聞はほとんどハングルで書かれていますが、どうしても意味が通じない場合、あえて漢字も併記しています。

また、アンニョンハセヨやカムサハムニダという言葉も安寧ハセヨ、感謝ハムニダという風に漢字語で、多くの韓国語が漢字で表記できるものです。。

しかも、日本のように漢字の読みが何通りもあるわけでないので、漢字を知っていると、かなり簡単に韓国語が覚えられます。

意外と漢字をしていると筆談できたり、語学に役立ったりしますよ
Posted by マルコ at November 07, 2011 07:57
少し早いですが、今年の漢字「サイクルロード自転車への道」版。
「転(てん、ころがる)」なんてのはどうでしょうか。

災い「転」じて.........。被災地の復興、祈っております。

歩道から車道へ、自転車行政の大「転」換期。

もも、勿論、自「転」車ライフをこれからも、また来年も楽しみますよ〜。
Posted by 英ちゃn at November 07, 2011 13:41
ぶーちょさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
なるほど、まさしく加工貿易ですね(笑)。しかも本場中国人がそのまま使うほどのクオリティときています。
確かに、一部の外国人の日本に対する関心の高さは、日本人も驚くことがありますから、それは有効でしょう。
聞かれて答えられるくらいは、日本の文化に対する知識も持っておいたほうがいいと思いますが、今も日本に忍者がいると信じている人がいたり、わかってもらえるか怪しかったりもしますが..(笑)。
最近は書かないせいか、私は極めるどころか、どんどん字が下手になっていく気がしています。
Posted by cycleroad at November 07, 2011 23:07
マルコさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
漢字で表記できる部分もあることは知っているのですが、若い世代を中心に漢字を使わない世代、漢字を知らない世代も増えているようですね。
名前を漢字表記できる人もいますが、カタカナで書くしかない人も多いようです。
一部を除き、事実上使われなくなってきており、ほとんど使われていない、あるいは広く一般的に使われているとは言えない状態という意味で、上記のような表現にしました。
正確でなかったでしょうか。
Posted by cycleroad at November 07, 2011 23:26
英ちゃnさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
なるほど、自転車に限って言えば、自転車通勤が増えるなど「転」機になった部分もありますし、新しい道路行政の大「転」換が打ち出されたというのもありますね。
たしかに、災いも転じて福としたいものです。
自転車行政については、何とかうまく転がっていってくれるといいのですが..。
Posted by cycleroad at November 07, 2011 23:33
 
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