先月の警察庁の通達を受けての「自転車安全ルート推奨マップ」です。毎日新聞の記事から引用します。
銀輪の死角:安全ルート推奨マップ公開開始−−警視庁 /東京
増加傾向にある自転車事故を防止しようと、警視庁は24日、ホームページで「自転車安全ルート推奨マップ」の公開を始め、第一弾として成城署管内の推奨ルートを示した。警視庁は102署ごとに交通量の多い経路を1カ所選び、迂回(うかい)に適したルートを示すことを決めており、各署は順次策定したルートを公開する。
マップでは、学校や官公庁、商業施設などと最寄りの主要駅を発着点に設定。利用者が多い通常ルートと、車の交通量が比較的少なく安全とみられる推奨ルートを色分けして表示する。車線の多い交差点などは通行方法も説明する。
成城署は世田谷区の京王線千歳烏山駅の駐輪場から日本女子体育大学までの1・7キロを推奨ルートと認定。通常ルートの烏山通りより0・3キロ長くなるが住宅街で交通量は少なく、所要時間はほとんど変わらないという。
推奨ルートを自転車で走った同大学4年の熊谷早悠里さん(21)は「烏山通りよりも車が少なくて走りやすかったが、曲がり角には死角が多いので気をつけたい」と話した。(毎日新聞 2011年11月25日)
自転車の車道走行の原則の徹底に伴い、車道に自転車レーンを設置するなど、自転車の走行空間整備の推進が求められています。特に都市部では、車道にその余裕のある道路、あるいは車線の引きなおしなどでスペースを捻出できる道路は、意外に高い割合で存在するとの調査もあり、今後の動向が注目されるところです。
しかし、自転車レーンを設置する余地に乏しい道路も多数あるのは確かです。道幅が狭い上に交通量が多く、そこをクルマや歩行者、自転車が行きかうような危険な通りも少なくありません。警察は今回、そのようなケースでは一方通行にするなどして、レーンの設置を進めることも視野に入れるとしています。
車道に余地がなくても、歩道の幅が広いのであれば、歩道を削ってでも車道に自転車レーンの設置を進めるべきだと思います。しかし、車道も歩道も狭い場所もあります。本来、道幅が狭いのであれば一通などにするのが理想ですが、地元の反対などもあるでしょうし、一朝一夕にはいかないと思います。
一方通行にすると、住民が著しく不便になったり、渋滞の発生が予想されるなど、事実上困難と見られている道路も多いに違いありません。そんな自転車レーンの設置が困難で、交通量が多く危険性も高い道路について、自転車には迂回を推奨しようというのが、今回の地図です。
現状で危険ならば、とりあえず迂回するルートを示すのは現実的な対応と言えるでしょう。「なるべく走りやすい道路に迂回しましょう」などとスローガンを掲げるのではなく、具体的に提示してみせる姿勢にも、一定の評価を与えることが出来ると思います。
しかしながら、都内102の警察署ごと、それぞれ1つずつの推奨というのはいただけません。コンテストではないのですから1つとは言わず、その管内で必要なルート、可能なルートは全て網羅するくらいでなければ、その趣旨から言っておかしいはずです。
学校や官公庁、商業施設などと最寄りの主要駅を結ぶルートだけを想定していますが、自転車が今よりも活用されていくようになるならば、駅までの交通手段としてではなく、鉄道を利用せずに目的地まで利用する人も増えるに違いありません。自転車の利用者の多いルートも変わってくる可能性があることも考慮すべきです。
また、実際の道路にも何らかの道路表示を考えるべきだと思います。警視庁のサイトで発表するだけでは、その認知度も上がらず、多くの人に利用してもらえません。道路上に推奨ルートであることを示す表示、あるいは周辺の道路から誘導するような案内もあるといいでしょう。
最近、自転車用のナビが出てきています。将来的には、こうした推奨ルートのデータも利用されるようになっていくかも知れません。しかし、多くの人はナビを利用していませんし、今後利用する人も一部に限られると思います。やはりルートを発表するだけでなく、道路へ何らかの表示をする必要はあるでしょう。
その場所をよく通る人、地元でよく知っている人なら、表示無しでも通るかも知れませんが、都内全ての推奨ルートは覚えられません。たまたま通った人でも、安全な推奨ルートがあることが明確になっていて初めて、事実上の自転車レーンとして利用され、歩行者との事故も減らせる効果が期待出来るでしょう。
各管内で迂回が推奨される道路全てを網羅した上で、さらにそれら迂回ルートと、自転車レーンを整備した道路との接続も進めるべきだと思います。自転車レーンを設置した道路と迂回レーンを表示した道路がシームレスに接続され、利用者が迷わず連続して通行できるのが理想です。
つまり、自転車レーンのある道路と、迂回レーンが表示された道路をつなぎ合わせ、ネットワークとして機能するような整備を目指すべきだと思うのです。選ばれた102箇所だけ迂回しろと言うのではなく、利用者の使い勝手を考えて整備してこそ、人々の通行ルートが変わり、安全性も向上するに違いありません。
ところで、過去にも取り上げましたが、地図を使って交通安全を推進しようという試みは、世界各地にあります。
以前取り上げたニューヨークの“
Transportation Alternatives”という非営利組織も、自転車用の推奨ルートを表示するものではありませんが、交通安全のための地図を作成しています。
“
CrashStat”というサイトで、ニューヨークで起きた1995年以降の22万件もの事故のデータを地図に落とし込んだものです。これを見れば、どこでどんな事故が多く、どんな危険があるかわかるようになっています。自分のよく通る道の危険性をあらかじめ認識しておくことで、事故のリスクを減らすことが出来ます。
事故の統計を地図に視覚的に表示することで、歩行者とサイクリストが巻き込まれた事故が一目瞭然にわかるようしています。各地点の事故のデータも見ることが出来ます。もちろん元となるデータは、ニューヨーク州の運輸局から提供された公式のもので信頼のおけるものが使われています。
交通量の多い表通りを迂回するルートであっても、もしかしたら事故が多く発生している地点があるかも知れません。その意味では、安全に対する意識の高いサイクリストにとっては、より事故のリスク回避の効果が高い、有益な地図と言えるかも知れません。
公共性の高い有意義なサイトですが、これは市民団体が運営していることに注目すべきでしょう。非営利のこの団体は、ニューヨークでクルマを所有する家庭は全体の半数以下なのに、これほど多くの歩行者やサイクリストがクルマに殺されている事実を受け入れたままではいけないと主張しています。
35時間に1人のニューヨーカーが道路上で死亡し、年間7万人もの負傷者が出ています。もっと小さな事故や、ヒヤリとしたり、ハッとする出来事は何十万と起きているはずです。より効果的な交通政策とその運営、適切な教育が実施されるならば、こうした交通事故は防止できるはずだという考えなのです。
印象的なのは、交通事故は事故、アクシデントではないという主張です。決して偶発的な出来事ではなく、都市の危険な交通によってもたらされた結果であり、そうした状況が放置されていることによって作り出される産物とも言うべき、必然だという指摘です。
また、人間の命こそ優先されるべきであり、交通をスムースにすることを優先してはいけないとも警告しています。日本でもそうですが、クルマ優先が当たり前のようになってしまって、その結果人命が失われるのが日常茶飯事になっていることの異常さを認識すべきというスタンスです。
そして、市民一人ひとりには行動を呼びかけています。市民にクルマの速度計測用のスピードガンを貸し出し、近所のスピード違反の状況を計測してもらうなどの方法によって、それを交通政策に反映させ、街を自分たちの力で、より安全にしていく行動を起こすよう求めているのです。
事故が多い場所だから避けよう、迂回しよう、気をつけようという行動も有効だと思いますが、そうした受身の姿勢にとどまることなく、より安全な街にしていくために行動しよう、当局を動かそうというのです。さらに、こうした非営利の市民団体に対し、州政府が資金を補助していることも見逃すべきではありません。
州政府は、こうした団体を通して交通政策の不備、問題点を指摘してもらうことを目指し、補助金を出すなど積極的に推進しているわけです。そして交通事故という『産物』をゼロにすべく、道路交通政策や規制などを改善していく不断の努力を続けています。
道路地図において、より適切なルートを示すようなサービスは、他にもいろいろあります。事故のデータを蓄積するなどしていけば、危険な場所を示したり、迂回するルートを検索して表示するナビのような機能も、簡単に実現出来るようになっていくはずです。
民間ならば、こうしたサービスもいいでしょう。しかし、日本の警視庁がやるのに、迂回ルートを示すだけという、民間でも出来るようなものだけでは寂しいものがあります。資金も権限も能力もある公的機関の仕事が、今回のような「自転車安全ルート推奨マップ」の作成だけでは不足と言わざるを得ません。
警察は事故のデータも持っていますし、規制を変更する権限もあります。信号機やガードレール、カーブミラー、横断歩道や交通標識、ハンプのようなクルマのスピードを落とさせる設備など、さまざまな事故を防ぐ設備も持っています。もちろん、予算も与えられおり、ノウハウも蓄積しています。
警察は当然、今も事故のデータを分析し、道路の形状の修正や規制の改定、さまざまな設備を使って、道路をより安全なものに改良していくという努力をしているとは思います。しかし今回、自転車の車道走行という大転換を目指す上で、単なるルート推奨ではなく、もっと大幅な改良が行われてもいいはずです。
もちろん、土地を買収して道路を拡幅したりするのは容易ではありません。自転車に迂回を推奨するのは仕方ないでしょう。しかし、単に迂回させるだけではなく、現状の道路をうまく利用しながら、それを改良し、新しい自転車走行空間のネットワークを作り上げるくらいの積極的な姿勢があってもいいような気がします。
オリンピック予選、U−22の日本代表はいいゲームでしたね。次のシリアでの試合が出来るのか心配ですが..。