ブロンプトンと言えば、有名な折りたたみ自転車のメーカーです。
英国の会社ですが、ヨーロッパをはじめ日本でも熱心なファンをもつ人気ブランドです。フォールディングバイクのスタンダードとも言うべき自転車で、独自の設計によって手早く、しかもコンパクトに折りたためるフォールディングの性能には定評があります。
折りたたみ自転車は、数ある自転車のカテゴリーの中でも、流行に関係なく人気のあるジャンルと言えるでしょう。多くは小径車で、その可搬性の高さから、輪行やクルマに積むなど、持ち運んで使う人も多いと思います。疲れたり天気が悪くなったら、気軽にサッとたたんで電車に乗って帰れるので、ポタリングにも便利です。
同じ理由から、自転車通勤に使う人もあると思います。雨が降ってきたり、急に飲酒することになっしまった場合でも、乗らずに電車で運んで帰ることが出来ます。また、室内保管をするにもスペースをとりません。オフィスのデスクの下にも置けるかも知れません。
折りたたみ自転車を買っても、結局面倒になって折りたたまずに使う人も多いと言われますが、ブロンプトンなら、あっという間にたため、たたんだ状態がコンパクトに固定されて運びやすいので、折りたたまれる率は高いでしょう。小さなキャスターがついており、たたんだ状態で転がして運ぶことも可能です。
同じ英国のアレックスモールトンのようなスポーツタイプではありませんが、基本的な走行性能は、普通のシティサイクルに劣るものではありません。私も乗ったことがありますが、量販店で売られているような折りたたみ自転車とは値段が一桁違うのも納得の軽快な走りが楽しめます。
さて、その
ブロンプトンですが、本国イギリスの、主にロンドンからイギリス南西部を網羅している鉄道会社、“South West Trains”と組んで新しい事業を始めました。“
Brompton Dock”という名のサービスで、バスやタクシーに代わる都市の新しい交通手段を提供しようというものです。
電車から降りてきた人が利用できるよう、駅の構内にコインロッカーのような“Brompton Dock”を設置し、中に保管されているブロンプトンを駅からのアシとして提供します。利用客は、自分で自転車を持ち運ばなくても、必要に応じて駅でブロンプトンを借りられるというサービスです。
貸し出し拠点の「ドック」は、折りたたみ自転車という特性を生かして、省スペースで設置できます。数十台を収納するドックでも、駅構内の僅かなスペースがあれば足ります。従来の自転車レンタルサービスのように、駅に隣接する土地に店を出したり、レンタル自転車を用意しておく広い駐輪場は必要はありません。
しかも、拠点は無人で運営されます。あらかじめ会員登録をした利用者が、会員用のICカードを“Brompton Dock”にかざすとカギが開き、中のブロンプトンを取り出すことが出来ます。返却するときも同じようにドックに入れるだけです。貸し出しや返却にかかる人件費が節減でき、料金もリーズナブルになります。
そして、使ったぶんだけ料金が月末にまとめて請求されるというシステムです。使い方にもよりますが、ひと月に使うタクシー代を節約してお釣りが来る人もあるに違いありません。まだ今年の6月に始まったばかりで、試験期間中ですが、今後設置駅を広げていく計画です。
駅のロッカーから自転車を取り出して使うという、折りたたみ自転車だからこそ出来る、新しい形の自転車レンタルサービスと言えるでしょう。利用客も、使われる自転車が、その性能に定評がある有名なブロンプトンならば、安心して入会出来るのではないでしょうか。
鉄道会社にしても、利用客へのサービスになります。駅から遠くて不便な場所でも、クルマではなく電車プラス自転車で行けるという選択肢を提供できることになり、渋滞が回避できて速く行ける可能性もあります。その点で、鉄道自体の利用客を増やす効果が見込めるかも知れません。
利用客は、場所や距離、天候などに応じて、パスやタクシーと使い分けることが出来ます。使うたびにいちいち手続きする必要も無く、使った分だけの後払いというのもラクです。何より、自分で自転車を持ち運ぶことなく、必要なときに借りて、使い終わったら返却してしまえばいいというのは便利でしょう。
もちろん、自分の自転車で駅に通勤する代わりに使うことも可能です。自分の自転車で駅まで行って駅前の駐輪場などを利用するのとの比較になりますが、ドックを使えば、自宅と最寄り駅の往復だけでなく、勤務先とその最寄り駅、あるいは他の駅に用事がある時でも使える可能性があります。
平たく言えば、折りたたみ自転車のレンタサイクルです。しかし、自転車メーカー自らレンタサイクル事業に乗り出すというのは珍しいと言えるでしょう。日本でも自転車メーカーが自社の自転車を売るのではなく、貸す事業に参入する例というのは、あまり聞いた事がありません。
当然ながら、わざわざブロンプトンを購入しなくても、どこでも借りて使えるということになれば、メーカーとしての売り上げが減ってしまう可能性があります。下手をすると、自らクビを締めることになりかねません。普通だったら、そのように考え、貸さないような気がしないでもありません。
一方で、例えば日本で、トヨタがトヨタレンタリースを展開するのと同じようなものと見ることも出来ます。そう考えると、おそらくブロンプトンとしては、“Brompton Dock”という事業形態が、決してマイナスにはならないという判断なのだろうと思われます。
ブロンプトンを所有しようという人と、駅からのアシとして自転車を借りる人は、違う客層であることも多いに違いありません。自分で自転車を所有するのをやめ、“Brompton Dock”を使おうという人でも、全てがブロンプトンのユーザーなはずもなく、むしろ違うメーカーの可能性のほうが大きいでしょう。
もちろん、ブロンプトンを所有しながら“Brompton Dock”の会員になる人もいるでしょう。ドックを利用したことで、その使い勝手に感心し、新たにブロンプトンを購入しようという人が出てくることも期待できます。ドックが試乗の役割を果たし、宣伝になるという見方も出来ます。
そもそも、ブロンプトンを買う顧客層に比べ、“Brompton Dock”の潜在的顧客層のほうが、はるかに大きいと考えられます。既に自転車に乗っている人は全体から見れば一部であり、ターゲットは、自転車に乗らずクルマに乗っていた人や、自転車は使わず、タクシーやバスを利用していた人まで含まれます。
新しい都市の交通手段として、これまで乗らなかった人まで自転車を使うようになるとするならば、数ある自転車の中からブロンプトンを使ってもらえるというのはメリットになるはずです。トータルに考えたら、プラスになるだろうことは十分推察できます。
自転車に限らず何でも、これまでのように所有という形態ではなく、必要な時だけ借りて使うというライフスタイルを選ぶ人が増えていると言われます。メーカーとしても販売にこだわらず、レンタル事業に力を入れるという柔軟性を持つというのは、先見性のある事業展開と言えるのかも知れません。
1人の人に所有してもらうのもいいですが、レンタルという形で、より多くの人に使ってもらう場合も、その母集団が十分に大きければ、時間貸し、言わば自転車の切り売りのような形態でも十分商売になるでしょう。売り上げを拡大する意味でも、賢明な経営判断なのかも知れません。
なにも自転車に限ったことではありませんが、これからの時代、メーカーは単に作って売るだけというスタイルから脱却し、柔軟に対応していく必要に迫られそうです。その意味で、老舗であっても、積極的に新しいことにチャレンジするプロンプトンの姿勢は評価できるのではないでしょうか。
今年も忘年会シーズンになってきました。自転車通勤の方は、酔ってうっかり自転車に乗ってしまわないよう注意ですね。