
今年、新たに自転車を始めた人も多いのではないでしょうか。
私の周囲にも、最近始めた人が何人かいます。サイクリングするだけなら、それまで乗っていたママチャリでもいいわけですが、やはり新しく自転車、それもスポーツバイクを買ったという人が多いようです。自転車ブームということで、マスコミや雑誌、友人などの影響も大きいのでしょう。
ママチャリのままでは、それまでの駅やスーパーまでの往復の延長に過ぎず、新鮮味もありません。しかし、スポーツバイクに乗ると、特にママチャリしか乗ったことの無い人は、自転車がこんなにも速く、軽快で楽しいということに驚きます。本当の自転車を知って、自転車に目覚め、楽しくなる人も多いのでしょう。


自転車イコールママチャリだと思っていた人、自転車にあまり興味が無く、スポーツバイクについてもよく知らなかった人は、スポーツバイクショップに行って、まずその値段に驚きます。量販店で販売されている格安のママチャリとは違うのは当然としても、桁が違います。
中には軽自動車くらいなら買えてしまう値段、あるいはそれ以上のものもあります。もちろん、最初は高額なモデルではなく、もう少し手頃な価格のものを選ぶ人が多いと思いますが、同じ自転車なのに、あまりに大きな差があることに驚く人は少なくないでしょう。
実際、軽自動車より高いなんて信じられないと言う人もいます。そんな金額を出すなら軽自動車を買ったほうがいいと考えるわけです。たしかに純粋な工業製品、実用品として考えればそうでしょう。パワーショベルなどの重機より、手押しの一輪車、いわゆるネコのほうが高いなんてことはありえません。
しかし、そこが趣味の品ということなのだと思います。例えば、最新のコンピュータとプリンタを足した金額より高い万年筆だって多数存在します。実用品としての万年筆は、もっと安いですが、数十万とか百万円以上するような万年筆も普通に売られています。


ものにもよりますが、サイクリストならば、それなりの価値があると思っている人も多いはずです。例えば、あるレベルを超えると、車体の僅かな重量の違いで大きく価格が違ってきますが、それだけの価値があると思う人がいるからこそ、高額でも売れるわけで、価格が形成されるということなのだと思います。
軽くて強いフレームの素材は、やはり高級なものになりますし、コンポにしても、より高いグレードを選択するのは、その精度や機能性などを評価してのことでしょう。もちろんブランドの価値もあると思います。趣味の世界ですから、いろいろなこだわりが価格に反映することになります。
要するに自己満足の世界ですが、よく知らない人から見れば、見た目やデザインは似たようなもの、よく見ると多少フレームの形状が違うくらい、後はロゴの違いくらいです。自転車としての機能は、それほど大きく違うわけではないのに、これほどの差があるのは不思議に見えるのも無理はないのかも知れません。
スポーツバイクは、工業製品であり、乗り物である自転車というより、ブランド品と言う方が近く、金属製品と言うより、スペックやグレードなどで判断される精密機器のようになっており、マニアでない人から見ると、一般的な自転車とは、かけ離れたものになっているのかも知れません。
ただ、自転車はスポーツバイクばかりではありません。スペックを追求する人ばかりでもありません。本来はもっと単純でシンプルなもの、もっと自由で個性的なものだと考えている人もいます。“
Hadar Metal Design”のデザイナーであり、アーティストでもある、Josh Hadar さんもその一人です。
自転車は、とてもシンプルな機械であり、フレームと2つの車輪、それにギアやチェーンなどのドライブトレーンで出来ています。人を乗せて走るという基本的な機能さえ果たせれば、後は自由なレイアウトや、遊びがあってもいいと考えているのです。


彼のつくる自転車は、どれも個性的です。もちろん、ある程度の寸法は意識しなければなりませんが、精密に設計された図面からつくられるわけではありません。フレームにする金属のパイプを湾曲させる加工は、上の動画のように、ときに街中で、しかも力まかせに行われることもあります。
いかにもアメリカらしい、乗馬を思わせるホースバックライディングスタイル、あるいはチョッパー型などと呼ばれるデザインの影響を多分に受けてはいますが、オリジナルで自由なデザインです。スポーツバイクのように、細かいサイズが意識されることなく、型にはまっていません。


あばら骨と心臓をイメージさせるようなデザインだったり、流れるような曲線を使ってみたり、気まぐれで曲げたようなものがあったりと、自由な発想そのままです。少なくともオーソドックスなダイヤモンドフレームを意識したと思われるものはありません。
失礼ながら落書きにしか見えない、ホワイトボードにその場の思いつきで描かいたようなフリーハンドのスケッチから、アメリカ的にクールな自転車が生まれています。もちろん、溶接などの技術があるから出来るにしても、およそアバウトな感じの製作工程には驚きます。

もう一人、こちらは、
Neal Fegan という人の作品です。下の動画は、ドッグと名づけられた作品ですが、なるほど犬にまたがっているように見えます。純粋に走行という観点に立てば、無駄な装飾ということになるでしょうが、作品としてはユニークな外観とインパクトをもたらしています。
彼は、一連の彼の作品を“
VELOCIPEDES”と呼び、陸上を走行する人力の多くの車両のうちの一つと位置づけ、自転車というカテゴリーにすら、とらわれていません。何がしかの車輪があれば、その数や配置にもこだわっていないようです。自転車としてみても、実に自由な発想です。

こうした作品を見ていると、たしかに、タイヤとサドル、ハンドルなど必要な部分があれば、後は自由というのも、何か楽しげに見えてきます。自転車は、本来単純な機械であり、もっと自由なものであっていいと、改めて気づかされる気がします。

もちろん、重さや強度、速度や乗車姿勢など、いろいろ追求していくと、オーソドックスなダイヤモンドフレームに行き着くのでしょう。その中で、重量を軽くしたり、素材を吟味したり、加工精度を追求したり、部品の完成度を求めていくと、今のようなスポーツバイクになるのだと思います。
メーカーに上手く乗せられている、うまく商品展開されている気がしないでもないですが、人それぞれ、欲しいと思う人が買うわけで、そのことについて、どうこう言うつもりはありません。かく言う私もその一人です。速く走ること、快適なこと、乗り心地や操作感がいいこと、それら性能を追求する方向に異論はありません。
ただ、あまりに性能やスペックにこだわり過ぎと言われれば、そうなのかも知れません。デザイン的にも、もっと自由で、もっとシンプルで、個性あふれる自転車があってもいいような気がします。ブランドでなく、もっと多様な価値観が反映される面があってもいいのかも知れません。
16歳の少年が通り魔とは驚きました。動機もよくわかりませんが、犯行を重ね、さらに重大な被害が出る前に捕まったのは、本人にとってもよかったですね。
自転車と言えば、ママチャリかスポーツバイクですよね!宅配便業者の牽引自転車や車椅子付き自転車みたいに、物や人(6歳以上)を運べる自転車が欲しいです。街中で普通の自転車に二人乗り、それも足腰が弱って歩けなさそうな人を載せているのを見掛けます。違法な二人乗りはいけない事ですが、安全かつ合法的な二人乗り自転車があればと思います。
自転車の環境悪ければ、歩いた方が速いですね!知的障害の9歳の息子は健脚なので、数キロ先位なら歩きます。病院に連れて行く時の事を考えたら、自転車の後ろの補助椅子は外せないです。6歳以上を後ろに載せても自転車を押して歩けば大丈夫でしょうか?タクシー手配出来ない時に、不必要に救急車呼ぶよりは、違法でも自転車二人乗りの方がましかなと思ったりします。