
日本文化が広く世界で親しまれるようになってきました。

よく取り上げられるアニメやゲーム、ファッション、音楽、その他サブカルチャーなどもそうですが、以前から、浮世絵、武士道、日本庭園や盆栽といった日本独特の文化も広く知られています。もともとは日本発祥ではありませんが、禅のように、日本から世界に知られるようになったものもあります。
海外で親しまれる日本文化は多岐にわたるわけですが、俳句もそのひとつです。英語圏をはじめ、西欧、東欧、中国、中南米、アジアなど広い地域で俳句が詠まれています。ほかの、一目で見てわかるようなものとは違うのに、多くの国に広がっていることに驚きます。
形式に則った、日本の短い詩ということは理解できるとしても、七五調のリズムや、短い言葉に凝縮された「さび」とか諧謔までわかるものだろうかと思ってしまいます。俳句の五七五は日本語だから成り立つもので、外国語で俳句を詠んでもつまらないのではという気もしますが、そんなことはないようです。
例えば、有名な芭蕉の句、「古池や蛙飛こむ水の音」を英語の俳句にすると、次のようになります。
An old quiet pond...
A frog jumps into the pond,
Splash! Silence again.
(Harry Behn 訳)
Listen! A frog
Jumping into the stillness
Of an ancient pond!
(Dorothy Briton 訳)
日本語ほど短くなりませんが、このあたりが限界でしょう。この句を見て外国人は、どのような情景を思い浮かべるのでしょうか。それはともかく、こうしたスタイルの詩を書く、あるいは句を詠むことは、英語圏の人たちにとっても、趣のあることのようです。
英語でも、一応17音節で3行に分けて詠まれることになっていますが、例外も多くなっています。日本のような七五調にはなりませんが、季語や切れといったルールについても踏襲されています。さすがに“sushi”や“geisha”(geisya)よりは知名度、認知度は下がると思いますが、“haiku”として知られています。
さて、その“haiku”がニューヨークの街角にお目見えしたとニュースが伝えています。メジャーな新聞を見ても、見出しに“haiku”が、普通の言葉のように使われているのがわかります。
NYC uses haiku in street safety signs to be installed at high-crash locations - Washington Post
NYC uses haiku to promote street safety message - Wall Street Journal
Haiku Street Safety Signs Unveiled By NYC DOT, Safe Streets Fund (MAP) - Huffington Post

ニューヨークの通りのハイキングではありません。ニューヨーク市交通局が新しく導入した交通安全の標識に俳句が使われているのです。交通安全のためのサイン、絵が描かれており、その説明、あるいは呼びかけとして俳句が使われているわけです。
日本人の感覚だと、それは俳句ではなく標語ではないかということになりますが、アメリカ人に俳句と川柳と標語の違いを説明するのは難しそうです。アメリカでも、ポスターなどにスローガンやキャッチフレーズを使うことはあると思いますが、俳句を使ったところがポイントです。
スローガンだと直接的なフレーズになりがちですが、俳句にすることで、そこにユーモアをこめたり、何かを比喩として使うなど、間接的な伝え方、表現も可能になります。むしろ、そのほうが人々に考えさせることになるので、より有効なのではないかという考えなのでしょう。絵の下の3行が俳句です。
この俳句標識、12種類あって、主に歩行者や自転車利用者に対するものですが、自転車に関係した絵になっているものも4つほどあります。標識の絵に添えられている俳句も、ヒネリが加わったものになっています。それぞれの俳句の日本語訳は、私が勝手に意訳したものです。
Car stops near bike lane
Cyclist entering raffle
Unwanted door prize
クルマの戸
サイクリストの
クジをひく
A sudden car door,
Cyclist’s story rewritten.
Fractured narrative
ドア開き
自転車乗りの
運命が
Puerta del coche
Se abre al ciclista.
Un freno duro
ドア開く
自転車急に
止まれない
Cyclist writes screenplay
Plot features bike lane drama
How pedestrian
シナリオに
歩行者までも
巻き込むな
日本語の俳句を英訳するのは、比較的自由度が高いですが、英語の「ハイク」を日本語の俳句に訳すのは難しいものがあります。日本語より内容にボリュームがあるので、かなり削る必要があります。日本語にしたことで、面白みの無いものになってしまったかも知れません。

スペイン語のものもあるからか、クルマのドアが不意に開くのを注意する内容が多くなっています。ニューヨークの自転車レーンは、クルマが駐車するスペースと走行車線の間に引かれている場合が多いですから、駐車車両のドアが突然開くことによるアクシデントも頻発しているのでしょう。
こうした交通安全を呼びかける街角俳句は、“Roadside Haiku”、“Curbside Haiku”として、ニューヨークだけでなく、アトランタなどでも取り入れられているようです。日本の文化、俳句はアメリカの交通安全にも一役買っているわけです。
日本では俳句とは呼びませんが、交通安全の標語は、ごく身近なものです。小中学生の絵と共にポスターとなって街角に貼られていることも少なくありません。もしかしたら、アメリカの街角俳句の担当者は、日本の交通安全のポスターをヒントにしたのかも知れません。
しかし、その内容はニューヨークとは違っています。日本交通安全協会のサイトから、自転車に関係する標語をいくつか拾ってみると、こんな感じです。
自転車も 乗れば車の 仲間入り
自転車も メール見ないで 前を見て
思いやる 気持ちを持って 漕ぐペダル
自転車で 携帯・イヤホン 危ないよ
曲り角 一旦停止の お約束
自転車を 凶器に変える とばし過ぎ
自転車に 免許はなくても ルールあり
自転車も 安全速度と 気配りを
「分かってる」 だったらやめよう 二人乗り
人の中 乗るな飛ばすな 割り込むな
赤信号 青になるまで 一休み
赤信号 待つのも楽し 町景色
だれよりも あなたのためです 待つゆとり
自転車の きみもルールを 守る義務
自転車も 加害の悔いは くるま並み

路上のリスクに対して注意を呼びかけると言うより、交通ルールを守るように呼びかけるものばかりです。ニューヨークのものと比べると、内容的にはレベルが低いと言わざるを得ません。裏返せば、それだけルールが守られていない、まず法令の遵守から呼びかけなければならないという現状を表しています。
日本の文化が世界から関心を持たれ、たくさんの国に広がり、多くの人に親しまれていることは誇るべきことと言ってもいいでしょう。世界で最も短い定型詩、俳句も世界中で詠まれているだけでなく、そのスタイルはアメリカで交通安全にまで役立てられています。
一方、日本では、交通標語がもはや当たり前のように全国で定着しているにも関わらず、交通のモラルの低さは欧米に比べて、まことに恥ずかしい限りです。交通標語というスタイルだけでなく、その中身、交通マナーまで世界に真似されるくらいにしたいものです。
中国の道路建設現場で足場が崩壊した事故について、当局は事故ではなく正常な破壊的実験と説明したそうです。意味不明な弁解に批判が噴出していますが、中国の役人のモラルもすごいものがありますね。