前回の記事で、東京都が自転車にナンバープレートの装着義務化を検討していることを取り上げ、自転車にナンバープレートを装着することに、果たして意味があるのかと書きました。その後、東京都の設置した自転車対策懇談会の提言が明らかになったので、もう少しこの問題を取り上げてみたいと思います。
自転車ナンバー制検討を 東京都の懇談会が提言
有識者らでつくる東京都自転車対策懇談会(森地茂座長)は10日、自転車の安全利用や放置対策として「ナンバープレート制」や「デポジット(預かり金)制」の導入を積極的に検討すべきだとする提言をまとめた。都はこれを受けて制度化の検討に入るが、利用者負担や現行の防犯登録制度との整合など課題も多く、実現には時間がかかりそうだ。
提言はナンバープレート制について「ナンバーを取り付け周囲から識別できるようにすることで、ルールの順守やマナーの向上を図ることができる」と効果を強調。
ただ「都が新制度を導入するとしても、防犯登録との二重登録という利用者の過度の負担がないようにすることが必要」と指摘した。デポジット制は自転車の持ち主になったときに一定金額を支払ってもらい、手放す際に戻す仕組み。
現行では放置自転車として撤去された場合、返してもらうのに負担金約3千円がかかる。これに対して値段が1万円を切る新車も多く「安易な放置が助長されている」として、デポジット制は自転車の価値を高めるのに効果的とした。
森地座長は「自転車を使う人より迷惑している人の方が多い。問題を先送りせず、必ず解決してほしい」と話した。(2012.9.10 産経新聞)
東京都は、今回の提言の提出に至るまで、いくつかの段階を踏んでいます。先に「東京都自転車総合政策検討委員会」を設置し、自転車の安全利用に関する課題や方策を検討してきました。その報告書も東京都のサイトからダウンロードしてPDFで読むことができます。
また、都民に対して「自転車安全利用に関する意識調査」を行い、その報告書も出ています。それらを元に新たな学識経験者等による「東京都自転車対策懇談会」を設置しました。この会が3回に渡って懇談し、今回の提言をまとめたわけですが、その前提となる調査や報告書と提言を併せて読むと、気になる部分があります。
提言書「自転車問題の解決に向けて」(PDFファイル、324KB)東京都自転車対策懇談会
「東京都自転車総合政策検討委員会報告書」(PDFファイル 812KB)東京都自転車総合政策検討委員会
東京都自転車安全利用に関する意識調査報告書(pdfファイル、835KB)東京都 青少年・治安対策本部
まず提言では、昨今自転車の意義が再認識され、利用者が増加しており、利便性の高い乗り物として多くの都民に活用・愛用されている現状を述べています。このことについては、その前提となっている調査報告の結果を見ても明らかであり、妥当なものでしょう。
今年の2月に出された、自転車総合政策検討委員会の報告書によれば、東京都内の自転車は約900万台に上り、自転車は都民生活に欠くことのできない交通手段となっている実態が報告されています。公共交通の充実している東京都でさえ、自転車が欠くことのできないものとなっていることを強調しています。
都内の移動において、自転車の交通手段分担率(代表交通手段)は15%前後と、鉄道、徒歩に次ぐ主要な交通手段です。しかもその移動の約8割は、出発地から直接目的地に移動するための利用です。もはや駅までの補助的な交通手段、必ずしもバスや徒歩で代替できる手段とは言えません。
懇談会の座長は、「自転車を使う人より迷惑している人の方が多い。」と言っているようです。自転車のマナーの悪さは確かに困ったものですが、実際に買い物にも、通勤にも、子供の送迎にも欠くことのできない交通手段となっており、恩恵を受ける人が大勢いることも意識すべきでしょう。
提言では、国がこれまでの自転車の歩道走行に対する反省から、道路構造の改変を含めた車道走行への方針転換を進めていることを指摘し、車道上へ自転車レーンを設置してネットワーク化する計画を策定する必要性に言及しています。都としても区市町村と連携した積極的な取り組みが必要と述べています。
これは当然、提言に入れるべき点でしょう。委員会の報告によれば、東京都が行った平成23年度の第5回都政モニターアンケート調査では、「10年後の東京」計画の実現に向けて展開している施策への関心について、「自転車走行空間」との回答が全体の57%と、震災関連の2項目に次ぐ第3位となっています。
1位は耐震化、2位は震災対策・危機対応で、この項目への関心の高さは当然としても、僅差の第3位が自転車走行空間です。高齢者への対応、医療の充実、雇用・生活支援、治安対策、消費者対策といった重要政策を上回って、都民が自転車走行空間の整備を求めていることが明らかになっています。
提言では、これまで我が国ではクルマを中心に据えた道路整備が行われてきたことを指摘しています。その上で、今後は自転車の環境エネルギー面等における有用性を踏まえ、道路構造の改変なども含めた自転車の走行空間を確保するよう努めるべきと考えられる、としています。
海外の例をひいて、都内の道路の狭さを単純な言い訳にすることはできないとも述べています。また、自転車の安全利用を推進するために、安全教育の充実や、悪質な違反の取締りなどにも言及しています。きわめて妥当な意見が述べられており、おおむね評価することが出来るでしょう。
しかし、その中で、なぜか突然、自転車のナンバープレート制度が出てきます。クリアすべき課題も多いが、その効果が見込まれるとし、効果が見込める根拠も無しに積極的な導入を求めています。何か無理やり押し込んだようで違和感を感じるのは私だけではないでしょう。
ナンバープレート制度について、提言は次のように述べています。
「そもそも、自転車利用者が『自転車は車両であり自らは車両の運転者である』という自覚と責任を持つことが重要である。そのためには、自転車にナンバープレートを取り付け、周囲からナンバーを容易に識別できるようにすることにより、自転車利用者の責任感を醸成し、ルールの遵守やマナーの向上を図ることが考えられる。」
言わんとすることも分からないではないですが、ナンバーをつけても特に変わるわけではありません。それだけで、車両の運転者という自覚を持つようになるでしょうか。今まで傍若無人に走行していたような人が、ナンバーがついただけで、そう簡単にルールを遵守した走行になるとは思えません。
ナンバーをつけることで、通報されることを意識するということだと思いますが、とっさに確認できるほど、大きなナンバープレートが取り付けられるとは思えません。いちいち取り締まるには台数が多すぎることもあって、ナンバーだけで、ルールが遵守されるようになるでしょうか。
自転車のナンバープレート制度について検討したところ、仮に制度を導入する場合には、
・都内の自転車利用者全員が確実に参加するための厳格な登録制度が必要
・プレートの形状や取付け位置については、視認性と安全性の担保が必要
・厳格な登録制度を運用するためには、住所変更等の各種手続が必要となり自転車利用者の負担が増加
・大掛かりな制度を導入・運用することによる社会的コストが発生
・意図的にナンバープレートを装着しない者への制裁を確実に行える仕組みが必要
といった意見が出された。また、そもそもナンバープレートの表示が、ルールの遵守やマナーの向上につながるのかといった疑問や、自転車の特性である利便性や簡便性を損ないかねない制度であるとの指摘もあった。
と、異論があったことも書かれています。また、防犯登録のことにも触れています。
なお、自転車の登録制度としては、自転車法に基づく防犯登録制度が長年にわたり運用されているが、未登録に罰則がなく、また、住所変更等の手続も定まっていないため、ナンバープレート制度の前提となる「厳格な登録制度」とは言えず、解決のためには自転車法の改正か、都が条例を制定して新制度を導入する必要がある。ただし、都が新たな登録制度を導入するとしても、防犯登録を発展・改良させるような形にして防犯登録との二重登録といった自転車利用者の過度の負担や社会的な無駄がないようにすることが必要である。
いつの間にか、厳格な登録制度が必要という意見が、制度導入の前提になってしまっていますが、厳格な登録でない防犯登録ではダメだと言っています。確かに厳格な登録がなければ、前回も書きましたが、実効性に乏しい無駄な制度になってしまうのは誰でも容易に想像がつきます。
しかし、厳格な登録制度、住所変更等の煩雑な各種手続の強制、意図的にナンバープレートを装着しない者への制裁を確実に行える仕組みなどを構築するのに、一体どれほどのコストがかかるのでしょうか。新規購入時だけでなく、現存の自転車も全て登録させるような大掛かりな制度をつくれるのでしょうか。
仮に莫大な費用を投入して、制度を始めたとしましょう。それでも都内だけの規制です。都県境が生活圏の人もいますし、県境を越えてくる人だって、相当な数に上るはずです。それをいちいち確認したり、取り締まったりするのに、どれだけの組織が必要になるのでしょうか。コスト的にナンセンスな気がします。
事前の調査では、都民に「自転車全般に関してどのような対策が必要だと思うか」という質問をしています。多かったのは、ルールやマナーの広報啓発活動が60.3%、学校教育での安全教育が54.9%、街頭指導50.8%、違反の検挙40.5%などでした。
そのほか、自賠責保険制度33.7%、条例などによる責務の明確化30.7%、反則金の導入28.0%などよりも低く、自転車ナンバープレート制度は26.9%しかありません。都民の支持がないことはわかっているのに提言に無理やり取り入れている感が否めません。ちなみに免許制度導入は16.6%でした。
ナンバープレート制度は、一見良さそうな対策に見えます。日頃、自転車の交通マナーの悪さが目に余ると思っている人なら、○をつけても不思議ではありません。コストなどマイナス面を深く考えずにアンケートに答えた人も多かっただろうと想像しますが、それでもこれだけの数字です。
懇談会が無理やり提言に入れる理由がわかりません。莫大な費用がかかるでしょうし、実効的な取締りが出来るとも思えないのは、誰が考えても自明のことです。それらを考慮することなく強引に提言に取り入れているのは、もはや不思議というほかありません。
ナンバー登録と同時にデポジットもとりたいのでしょうが、せいぜい数千円しか取れないのではないでしょうか。廃棄得にしないという制度の趣旨はわかりますが、果たして数千円程度で効果があるのでしょうか。現状で防犯登録を使って呼び出しても取りに来ない人が、ナンバーだと取りに来るのでしょうか。
このデポジット制についても、無理やり感が否めません。なぜなら、事前の調査報告では、放置自転車が大きく減っていることが明確に報告されているからです。ピークの平成2年に24万3千台だったのが、平成22年には4万8千台と、5分の1になっています。(上のグラフ、赤の折れ線が放置台数です。)
駐輪場の収容台数が順調に増えたことと、これまでの対策が功を奏したと言えるでしょう。とくに平成13年頃からは順調に減っています。駐輪場の整備は地域差があるので、場所によっては、もちろんまだ対策が必要でしょうが、今さらデポジット制を導入する必要があるのでしょうか。
都民の意識調査でも、放置自転車対策に必要なものとして、駐輪場の設置が69.6%、商業施設などへの駐輪場設置の義務付け58.4%、ペナルティの仕組み44.3%、撤去の強化31.5%などとなっていますが、デポジットの創設は14.1%でしかありません。
廃棄する代わりに放置させないため、デポジットをとるという趣旨は充分理解しますが、効果が疑問なだけでなく、お金を管理するだけにシステムの運用コストもかかります。住所変更や譲渡などの手続きも煩雑ですし、盗難にあった場合の処理などを考えても、今さらデポジット制をとる意味があるとは思えません。
都民が行政に期待する自転車対策全般でも、駐輪場の整備と自転車走行空間の整備推進が、どちらも6割と1位、2位を占めています。教育や指導、取り締まりや啓発活動の強化などが続きますが、ナンバー制度の導入は2割に満たない数字です。多くの人が望んでいないのは明らかです。
つまり、このナンバー制度に関してだけ、それまでの調査や報告と矛盾しているのです。整合性が取れていません。なぜこんなにナンバー制度にこだわっているのでしょう。いいこともたくさん書かれているだけに、その部分だけが余計に目立って残念です。
自転車対策の切り札となる可能性があるなどと書いていますが、それについては何の根拠も示しておらず、説明もありません。違和感が大きいのは否定できません。「問題を先送りせず、必ず解決してほしい」という座長の言葉も、なにかナンバー制度への執着に聞こえてしまいます。
都県境を越えて利用されている実態を踏まえ、都だけ導入するのが、効果として疑問なのは認識しているようで、本来は国が導入すべきとしています。しかし、国が検討する見込みがないと認めています。それはそうでしょう。そこで、都がまず検討することに意義があるとしていますが、少々強引なのではないでしょうか。
上述のように、実現にはクリアすべき課題も多いことを認めた上で、クリアできる見込みもないまま、「この懇談会での議論を引き継ぐ形で、決して先送りすることなく、近隣県にも同じ制度を広めるほどの意気込みをもって積極的に導入に向けて検討すべきである。」と言っているのには、もはや無責任に聞こえます。
よくよく考えれば、ナンバープレートの導入のメリットや必要性がないだけでなく、都民も望んでいません。この提言や報告書まで読む人は少ないのでしょうが、何か恣意的な力が加わっているのか、別に意図があるのか、ナンバープレート制度が胡散臭い感じがするのは私だけではないはずです。
この懇談会の提言を受けて、東京都ではナンバープレートの装着の条例化が検討されることになるわけですが、無駄なだけでなく、個人情報の漏洩やストーカーの誘発など、将来に禍根を残す可能性すらあると思います。なんとか、都民の声で、導入の否決へ持っていけるようにしたいものです。
自民党の総裁選びは、何だか、ずいぶんと口の軽い人もいるみたいですね(笑)。
提言に書いてある自転車ナンバーの部分を見てみましたが、サイクルロードさんのいうように唐突に話題が移ったように見えました。他の指示されそうな提言内容の中にナンバーのことを書くことでナンバーの件を目立たなくしようとしているのではと疑ってしまいます。
先日、自転車で車道左を走っていたら逆走をしてきた人に「俺がクルマにひかれたらどうする!?」と逆切れされました。
こんなことがまた起きないために都にはまじめに取り組んでほしいのですが・・・難しいですね。
自転車に問題があるから、自転車対策を!行政が考えそうなことですね。これからの都市部における交通(移動手段)をどうするのか?を考えないと。どんどん自動車を増やして渋滞ばかりの街にしたいのか?自動車の流入を制限して、徒歩・自転車・公共交通機関だけで生活できる街にしたいのか?そういうところから考えて、街をデザインし直さないといけませんね。。。