現代においては、機械と呼ぶのもためらわれるくらい単純かつ明快な構造をしています。もちろん、ディレーラーのように複雑な動きをするメカニカルな部分もありますが、全体としては、ペダルでタイヤを回して進むという、わかりやすくてシンプルな仕組みです。
部品の点数も少ないですし、多くの部分は誰でも簡単に分解、組み立てが出来ます。最近のクルマのように、コンピュータ制御や電子部品ばかりで、素人が簡単に手を出せないような複雑な代物ではありません。自らの手でメンテナンスをし、修理や交換ができるというのも、シンプルな道具ならではの利点でしょう。
基本的に人間の力だけで動かす関係上、余分なものはなるべく排除し、単純にし、無駄を減らし、少しでも軽くした方がベターです。そのため、デザイン的にもシンプルでスタイリッシュなものになっています。この無駄をそぎ落としたシンプルさこそが自転車の大きな魅力と言えるかも知れません。

さて、そのシンプルな自転車を、さらにシンプルにしようと考えた人がいます。Josh Bechtelさんというデザイナーは、自転車からチェーンを取り除こうと考えました。ペダルはタイヤに直付けにしたため、フレームもシンプルで、ユニークな外観の自転車が出来上がりました。
その名も“
Bicymple”、言うまでもなくシンプルを意識したネーミングです。この自転車、チェーンを省いたため、ギヤやディレーラーなども不要になりました。当然全体の重量も軽くなります。ペダルを直接取り付けた後輪は、ちょうど一輪車のような形です。

ただ、一輪車と違ってフリーホイール機構は搭載されており、普通の自転車と同じようにペダルを止めて空転させることも出来ます。チェーンがないということは、チェーンやディレーラーのトラブルとも無縁です。メンテナンスがラクになるのは間違いありません。
ホイールベースも短く、コンパクトになって、階段などを持ち運ぶにも取り回しがラクです。ギヤがなく変速できないので、スピードを出すことは出来ませんが、シティユースに限れば、案外便利かも知れません。もう一つ特徴的なのは、後輪もフレーム固定と可動式とを選べることです。

ハンドルで前輪を切ることが出来るのは普通ですが、後輪もフレームと角度をつけることが出来ます。前後輪をステアリングさせて、より小さく回転をすることも出来るわけです。動画にあるように、直進していても前後輪が同じ軌跡を描かない、独特の乗り心地を楽しむことが出来ます。
シティユースなどの用途に絞り、それほどスピードが出なくていいのであれば、チェーンやギヤやディレーラーなどは、一切を省いてしまえるというわけです。思い切った割り切り方ですが、それなりにリーズナブルであり、一つの考え方と言えるでしょう。
さらに、チェーンだけでなく、サドルやペダルまで省いてしまった人もいます。Tom Hambrock さんと、Juri Spetter さんが開発した、“
FLIZ”です。掃除機や扇風機でお馴染みのダイソン社の創業者が創設した、学生向けの国際デザインコンクールである、“
James Dyson Award”にも応募しています。
サドルがない代わりに、フレームからぶら下がるように、5点式のベルトで身体を固定します。ペダルもないので、自分の足で地面を蹴って進むわけです。はたから見ると、自転車に乗っているというより、自転車を担いで走っているように見えなくもありません(笑)。

突飛なデザインですが、人間工学的にも考えられた構造だと言います。身体を支えるという役割から足を開放したことにより、より強力な推進力が得られます。足を大きく蹴りだすことが出来、スピードが乗ったら、後輪のハブ部分にある突起に足を乗せて休めることも出来ます。
乗ってみないとわかりませんが、想像するに、地面を蹴って飛ぶような感じで進む感覚が得られるのではないでしょうか。自転車の走行感覚とは全く別のものですが、楽しそうな感じもします。こうなると、サイクリングと言うべきか、ランニングと呼ぶべきなのかわからなくなります。

これならサドルでお尻が痛くなることもありません。足の怪我からの復帰のためのリハビリなんかにも使えるかも知れません。製作者も正直、これが自転車を変えたり、交通を変えたりするとは思っていないと語っていますが、なかなかユニークで、ちょっと乗ってみたくなる乗り物です。
これら二つのアイディア、どちらも自転車から引き算したものです。でも、よく考えると、自転車が発明された当時のドライジーネは、車輪を二つ持つだけで、ペダルもチェーンもなく、足で蹴って進む乗り物でした。その意味では、自転車の原点に近いと言うことも出来るでしょう。
自転車の祖先と言われるドライジーネの後に出てきたのは、ミショー型と呼ばれるペダルを前輪に直付けしたものでした。その後、ペダルを取り付けた前輪が、スピードを出すため大きくなり、オーディナリー型と呼ばれる自転車に発展していきます。

“Bicymple”は、ミショー型とは違って前輪ではなく、後輪にペダルを取り付けました。もちろん当時とは、いろいろな面で違いますが、発想的にはドライジーネまで遡った上で、ミショー型の前輪駆動とは分かれて後輪駆動型にしたと見ることも出来ます。
“FLIZ”は足で蹴って進むという、考え方としては、まさにドライジーネと同じところまで遡っています。ただし自転車に跨るのではなくぶら下がるという新しいスタイルを採用したわけです。実際、製作者はドライジーネからヒントを得て、足で蹴って進むスタイルにしたそうです。
この二つの新しい自転車、製品化されて一般に普及するかどうかは別として、発想としては、なかなかユニークなものがあります。何か新しいものをと考えるとき、普通は何らかの機能をプラスしようと考えがちですが、この二つはマイナスすることで、新しいスタイル、新しいデザインを生み出しています。
今までの進化の流れに沿って、その延長線上で考えるのではなく、原点に帰るような考え方とも言えます。進化の系統樹の枝の先を目指すのではなく、いったん根元にまで戻って違う方向の枝を出すような考え方であり、今までの枠組みにとらわれない発想と言えるかも知れません。

自転車以外にも、成熟した製品となって、大きな進化が難しいものは、いろいろあると思います。例えば、家電などもその一つでしょう。最近報じられる日本の家電メーカーの苦戦も、新興国メーカーの追い上げを受ける一方で、オリジナリティや先進性に富む魅力的な製品が出せない影響と指摘されています。
次々と新しいモデルが投入されるものの、本質的には旧型と何も変わらず、奇をてらったり、使い方ばかり複雑になってメリットが少ないものも見受けられます。成熟した家電に、これ以上、必要性の低い機能を増やしても、消費者の支持が得にくくなっているのは確かでしょう。
どうしても現有の機能を削るのには勇気が要りますが、成熟した製品の場合、これまでの延長線上の更なる進化を目指すばかりではなく、一旦原点まで戻ってみるのも有効かも知れません。もちろん、言うは易しだと思いますが、成熟した商品にも、意表を突くような新しい発想、ユニークな新製品の出現を期待したいものです。
ブラジル戦、やはり世界のトップクラスとは歴然とした差があると言わざるを得ませんね。まだまだ足りないものが多いということでしょう。