それは「蚊」です。今年は残暑が厳しかったとは言うものの、ここにきて急に肌寒くなってきているのに、一昨日にも見かけました。わりと元気よく、家の中を飛んでいました。例年、いつ頃まで見るのか意識していませんでしたが、こんな時期にまで飛んでいたのでしょうか。

だんだんと蚊の活動する時期が伸びている印象があります。たまたま目撃しただけかも知れず、特に根拠があるわけではないのですが、そう思わせる背景には、他にも似たような事例が多く聞かれることがあります。冷夏や厳冬の年もありますが、全般的に日本が暖かくなっているように感じます。
例えば、クマゼミなど南方系のセミが多くなった、東京湾に南の魚が群生している、冬を越せないはずの昆虫を春に見た、ブナ林が少なくなった、日本にいないはずのセアカゴケグモが発見されたなど、類似の話はよく聞きます。実際に、南方系の動植物の分布限界が北上しているという調査は多いようです。
昔は東京でも、もっと雪が降って寒かったような気がします。また、かつて経験したことがなかったような激しい降り方の雨、ワイパーを最速にしても前が見えなくなるような雨に遭うこともあります。気候自体が、この何十年かで確実に違ってきているように感じるのは私だけではないでしょう。
米とかリンゴ、みかんといった農作物の栽培適地が変わり、昔のように栽培できなくなって農家が違うものを作るようになったという話も聞きます。市場を通して食卓には上りますが、魚の獲れる水域が変わった、特定の魚種の漁獲高が大きく変わったということもあるようです。


これら全てを温暖化だとか気候変動のせいだと言うつもりはありません。エルニーニョ現象などによる一時的な要因もあるでしょう。都市化や道路の舗装、冷房の廃熱などによるヒートアイランド現象も関係しているかも知れません。単なる外来生物の影響だったり、誤差のうちというものもあるでしょう。
人間の印象なんてアテにならず、思い込みによるものもあると思います。でも、科学的な調査の結果、動植物の分布や北限の変化など、客観的なデータによって裏付けられる変化があるのも事実のようです。このことは、私たちの生活に少なからず影響を与える可能性があります。
影響は広範囲にわたりますが、その中で「蚊」一つとっても侮れません。ヒトスジシマカなどが生息域を北に広げているだけでなく、ネッタイシマカなど南方系の蚊も国外から進入し、定着する危険性が指摘されています。刺されて痒いだけなら我慢するとしても、問題は感染症の媒介です。


蚊が媒介する感染症には、日本脳炎やマラリア、アメリカでも大流行したウエストナイル熱(西ナイル熱)、デング熱、チクングニヤ熱などたくさんあります。安全性については議論があるものの、有効とされるワクチンがある日本脳炎などと違い、マラリアとデング熱、ウエストナイル熱などには有効なワクチンがありません。
マラリアは怖い病気として知られていますが、デング熱も厄介です。複数の型に感染してデング出血熱になって死亡することもあると言います。ワクチン接種も出来ず、いつの間にか蚊に刺されて感染してしまえば、死亡の可能性まである感染症が日本にも広がる可能性があるわけです。
当然ながら、熱帯や亜熱帯などに属する南の国では、こうした感染症が社会問題となっています。インドもそうした国の一つですが、そのインドで、このたび感染症の予防に役立つという画期的な自転車が発表されて注目を集めています。“
Sukun”と名づけられた自転車です。

その自転車とは、なんと蚊帳つきの自転車です。インドで庶民の足として親しまれているリキシャと呼ばれる3輪の自転車タクシーに蚊帳を取り付けたものです。お客のためと言うよりは、リキシャの運転手たちのデング熱などの感染症予防が狙いです。
インドのリキシャの運転手は貧しく、家を持たない人も多く、夜はリキシャをベッドに路上で寝ると言います。当然ながら、蚊に刺されることも多くなるに違いありません。結果、多くの人がデング熱など蚊が媒介する病気に感染することになります。

この“Sukun”と名づけられた自転車、そうした運転手の為に、お客用のシートを伸ばすとベッドのようになる構造になっています。その寝台部分に蚊帳を吊り下げることが出来るのです。この蚊帳のおかげで、夜間路上に停車して眠っても、蚊に刺されて感染症になることを防止出来るというわけです。

アフリカ諸国などでも、マラリアなどの感染予防のため、日本の蚊帳が、感染症の発生低減に大きな成果を上げているという話を聞いた事があります。家のない運転手が寝る自転車に蚊帳、言われてみれば納得の工夫ですが、なかなか自転車に蚊帳というのは結びつかない発想なのではないでしょうか。

ほかにも太陽発電パネルやバッテリー、読書灯やラジオ、小型の扇風機、携帯電話用の充電ジャックまで備えられ、電気が供給されるようになっています。家を持たない運転手たちにとって、商売道具であると同時に、ありがたい住居兼避難所でもあるわけです。ちなみに“Sukun”は、ヒンディー語で安心という意味だそうです。

開発はセントスティーブンス大学やNGOのチームによるもので、地元州政府からも、独創的で画期的な発想と賞賛されています。この蚊帳つき自転車の購入にあたっては、貧困者向けの小口融資、マイクロファイナンスも容易され、貧困からの自立手段としても期待されています。
蚊の媒介する感染症に対して、ワクチンがないものについては、殺虫剤や虫除けスプレー、香取線香といった感染予防策しかないわけですが、どれも万全とは言えません。その中でも蚊帳は、なかなか効果的な手段であることは、アフリカ諸国などでの成果を見てもわかります。


日本では見ることの少なくなった蚊帳ですが、感染症防止のため再び日本でも使わざるを得なくなるかも知れません。ネッタイシマカの生息域やデング熱の流行地域は台湾あたりまで北上しつつあり、日本でも海外旅行者が感染して帰る事例が報告されていますから、決して無いとは言えないでしょう。
日本脳炎も、今でこそワクチン接種などで怖くなくなりましたが、感染する人が少なくなかった昔は、感染者の2割が死亡し、2割は重篤な後遺症が残る怖い病気だったと言います。ワクチンの効かない熱帯の病気が猛威をふるう事態が起これば、蚊帳の復活もありえない話ではありません。
自転車に乗るのに蚊帳を吊って走行するなんていうのは避けたい事態ですが、笑い話では済まなくなる可能性があります。気候変動による地球規模の影響を懸念する声も多いですが、豪雨災害の多発などと共に、もっと身近な脅威についても考えておく必要があるのかも知れません。
ハリケーン・サンディはN.Yなどにも大変な被害をもたらしたようです。今年はハロウィンどころではなかったでしょうね。
蚊の話題から自転車の話に展開するとは・・・しかしながら、どのような状況にあっても人間はその知恵を以て乗り越えていく☆・・・改めて自転車は知恵の結晶であるなと思いました。自転車に備えられたソーラー発電も今の日本の電力会社の方々に参考にして頂きたい。