このことに異論を唱える人はいないでしょう。しかし、日本では自転車に乗るとき、ヘルメットをかぶらない人が大多数です。スポーツバイクに乗る人が増加したぶん、ヘルメットをかぶる人が増えている面もあると思いますが、全体で見れば圧倒的多数がヘルメットをかぶっていません。
だからと言って、個人的にはヘルメットをかぶりましょう、などと言うつもりはありません。法令で義務付けられているわけではない以上、着用するか否かは自分で決めればいいことです。自転車に乗っていて、かぶったほうが良いと感じれば、自ずとかぶるようになるだろうと思います。
日本で、これだけかぶる人が少ないのは、結局、必要と感じていないということなのだろうと思います。歩道で歩行者に混ざって走行している分には、必要と感じられないのも道理でしょう。似合わない、暑苦しい、髪形が崩れる、邪魔などという理由で敬遠する人も少なくありません。
ヘルメットが頭部の保護に役立つことは、理屈ではわかっていますが、あまり実感がわかないということもあるのでしょう。ヘルメットのおかげで頭部が保護されて助かるなどという経験をする確率が稀だと考えるならば、わざわざヘルメットをかぶる気にならない人も多いに違いありません。
では、ヘルメットが頭部を保護する以外にも役に立つとしたらどうでしょう。ヘルメットに頭部を保護するだけではなく、もっと違った機能を持たせられるのではないかと考える人たちがいます。ヘルメットに付加価値を加えようとする試みがあります。
こちら“
ICEdot Crash Sensor”は、ヘルメットに取り付けるセンサーです。ヘルメットに大きな衝撃が加わったこと、すなわち何らかの事故が発生し、頭を道路などに激しく打ち付けたことが感知されると、自動的に装着者のスマートフォンのアプリが起動し、救急通報を発信するというユニットです。
ヘルメットに衝撃が加わったということは、頭部に大きなダメージが加わり、意識を失っている可能性が高いと考えられます。相手がある事故であれば相手が、または目撃した第三者などが緊急通報をしてくれることも期待できますが、事故の状況によっては、通報されるとは限りません。
轢き逃げされ、目撃者がいなかった場合、郊外の交通量の少ない場所での単独事故で道路外に投げ出され、運悪く物陰だった場合など、誰からも通報されず、救援が遅れ、手遅れになって、最悪命を落としかねません。事故でなくても走行中、病気などによって急に意識を失って側溝などに転落といったケースも考えられます。
実際にそうした事故も起きています。このユニットはヘルメットに装着者の生命を救う機能を付加するというわけです。通報時には、救命に役立つ装着者の情報やGPSによる場所の情報も発信されます。一刻を争うようなケースでは、気が動転した当事者の通報より役に立つ場合も考えられるでしょう。
アプリが起動してから通報が発信されるまでの間は、一定の秒数、カウントダウンがあります。事故ではなく、例えばヘルメットを落として衝撃が加わった場合などは、所有者がキャンセルできます。キャンセルされないこと、装着者が通報できないことを確認して、通報の発信が始まるようになっています。
この“ICEdot Crash Sensor”、自転車用のヘルメットだけではなく、オートバイ用のものにも装着できます。さらに、他のスポーツでも使えます。スキーや登山、マウンテンバイクも含め、大自然の中で行うスポーツでも効果を発揮します。人里離れた場所の場合、道路上よりニーズは高いと言えるかも知れません。
現在、この“ICEdot Crash Sensor”は、オンライン資金調達プラットフォームの“Indiegogo”で製品化に向けた資金調達を目指しています。開発チームは、ヘルメットが、単に頭部の保護だけでなく、もっと洗練されたスマートなものになるべきだと考えているのです。
こちらは、“
MindRider”、まだ研究段階ですが、装着者の脳波を読み取って、その状態をヘルメットの周囲に取り付けられたLEDライトによる信号に変換するという装置です。周囲の人は、このヘルメットを装着した人の脳の状態を、外から見て判断できることになります。
例えば、緑色に光っている状態では、装着者は集中していて、周囲に気を配っており、活発な精神状態であることがわかります。周囲の人にとっても問題はありません。このLEDが赤になると、不安が増していたり、注意力の低下、ウトウト居眠り状態など、集中していない状態であることがわかるわけです。
居眠りはしないまでも、疲労などで意識が低下し、注意力が散漫になって、信号などを見落とすような状態になることは考えられます。周囲としても、事故に巻き込まれるなどのリスクがある状態なわけで、もし赤ランプだったら警戒を要すると判別できることになります。
さらに、赤が点滅しはじめたら、パニック状態に陥っており、とても危険な状態であることがわかるなど、段階的に表示させることが可能です。最近は、脳波を使ったマン・マシンインターフェイス、つまりマウスやリモコンなどのようなコンピュータの入力装置として使う研究が進んでいます。
ヘルメットの内側に、邪魔にならない程度の大きさで、電極や小さなバッテリー、LEDなど共に脳波信号の検知と変換を行う半導体装置を取り付けることは充分可能になってきています。費用などの点でも現実的なレベルになってきつつあるようです。
この装置で脳波の状態を表示することは、自転車とあまり関係無さそうにも見えますが、そんなことはありません。例えば、安全性を可視化したり、クルマのドライバーとサイクリストの関係を表示することも出来ます。ヘルメットが赤く光れば、ドライバーの運転がストレスを与えているサインかも知れません。
まだ研究の基礎段階であり、必ずしも具体的ではありませんが、この“MindRider”は、周囲にサイクリストの状態を知らせることで、その安全性を高めることに貢献できる可能性があるわけです。ここからは、私の勝手な想像ですが、これは、いろいろな形に応用することが考えられるでしょう。
例えば、自転車のベルによる警告音は、窓を締め切って音楽を聴いているクルマの中のドライバーには、到底聞こえません。危険を瞬時に光で伝えるような役割も実現できるかも知れません。もちろん、脳波によるハンズフリーで、また別の装置を制御するようなことも考えられます。
あるいは、通行するサイクリストの脳波の状態を観察することで、道路におけるストレスの状態、走行環境の良し悪しを客観的に判断するようなことも考えられます。街の中で、サイクリストのストレスを高める場所を見つけ、あらかじめ改善するために使うようなことも考えられるでしょう。
逆にサイクリストがストレスを受けず、快適に走行出来ていると、無意識にレベルが下がって注意が散漫になるとか、かえって危険を招くといった新たな知見が得られる可能性もあります。緊張している時、不安を感じている時、安心してストレスがない状態の時、それぞれの事故との相関関係がわかるかも知れません。
もし、装着者の脳波の状態が外部からわかる装置が実現するならば、サイクリスト以外に広げて欲しいと思うのは、私だけではないはずです。高速バスの運転手の帽子が居眠りして赤になったら、乗客は大声を上げて注意を促し、休憩をとるよう迫ることになるはずです。
クルマのドライバーも、この装置を装着し、車外からも確認できるようになれば、赤く光っているクルマに注意することで、居眠りや飲酒、過労、薬物使用といった原因による悲惨な事故を回避出来るかも知れません。あるいは、周囲が警告して注意を促したれ、通報するなどして、未然に防げる可能性が出てきます。
実際には、周囲のクルマやオートバイ、自転車などが、みな青や赤のサインを出して走行していたら、かえって注意する対象が増えて危険ということもあるかも知れません。現実に、どのような応用が可能かは、今後の研究開発と広範な実験が必要になりそうですが、なかなかユニークで興味深いアイディアだと思います。
“ICEdot Crash Sensor”と“MindRider”、どちらもヘルメットに新しい機能を加えるという考え方です。将来のヘルメットは、頭部の保護以外の機能を獲得していく可能性がありそうです。ヘルメットをかぶるメリットが増えることで、日本でも装着する人が増えていくことになるかも知れません。
太陽の党っていうセンスも...。古いのでよく知りませんが、60年前の小説からでしょうか。岡本太郎かってツッコミもありそうですが..。