February 04, 2013

自転車王国の土台にあるもの

オランダは自転車王国として知られています。


近年、マスコミなどでもそのことが取り上げられるようになり、日本でもそれと知る人が増えてきました。オランダでは、多くの市民が当たり前のように自転車に乗ります。生活に密着した移動手段して活用されると共に、広く親しまれ、またそのためのインフラも整っています。

正式な国名のネーデルランドは、低い土地もしくは国という意味です。その名の通り、およそ国土の4分の1が海抜ゼロメートルで、堤防で囲まれた低い土地が広がります。オランダと言えば風車をイメージしますが、風車は元々、そうした低い土地や干拓地から水をくみ出すために設置されたものでした。

Photo by Wutsje,licensed under the Creative Commons Attribution ShareAlike 3.0 Unported.This image is in the public domain.

日本の最高峰、富士山は3千776メートルですが、オランダ一の高さを誇るファールス山は、なんと323メートル、スカイツリーどころか、東京タワーよりも低い高さしかありません。日本の里山レベルの山が最高峰なのです。いかに標高差が小さく平坦な国かがよくわかります。

地形的にも自転車が利用しやすいということもあって、自転車のためのインフラが充実しています。ほぼ全ての幹線道路には自転車レーンが整備され、車道とは別の独立した自転車専用道が都市を結んでいます。自転車道の延長は1万5千キロにも及びます。

Photo by inoue-hiro,licensed under the Creative Commons Attribution ShareAlike 3.0 Unported.自転車専用道は高規格で走りやすく、高速で移動出来ます。クルマのような渋滞に悩まされることもなく、大気を汚すことも無いばかりか、非常に安く移動できる手段でもあります。オランダ人の自転車保有率が世界一になるのも当然と言えるでしょう。

もちろん、クルマに乗る人もいますが、都市部へのクルマの乗り入れは制限されています。その点でも自転車が有利なことから、ドライバーのほとんどが自転車にも乗ります。そのため、相対的に交通弱者である自転車のことを理解し、優先する意識が当たり前のように浸透しています。

こうした好環境は、当然ながら自転車に乗る人の割合を増やします。鉄道やバス、クルマなどを含めた移動交通手段の中の3割近く、近距離ではそれ以上の利用率です。多くの市民が自転車に乗るので、自転車利用者の声を政府や自治体も無視できません。自転車利用者の利便性を高い優先順位で配慮しています。

昨年報じられたニュースですが、そのことを端的に表しているものがあります。


自治体が自転車道のロードヒーティング導入を検討、オランダ

自転車大国のオランダで、寒さが厳しい冬季の自転車事故を減らし、市民にいっそう自転車を活用してもらうため、各自治体はロードヒーティングの導入を検討している。

オランダでロードヒーティング導入を検討この新システムを考案した工学技術コンサルティング会社「タウ(Tauw)」の技術者Marcel Boerefijn氏はAFPに、「自転車道の下に装置を敷設し、冬季の路面凍結を防ぐ仕組みだ」と説明している。地下30〜50メートルから取り出した地熱エネルギーを利用するこのシステムには、いくつかの自治体が既に興味を示しているという。

設置費用は自転車道1キロ当たり2万〜4万ユーロ(約210万〜410万円)。オランダにある自転車道の総延長は3万5000キロ以上あるが、Boerefijn氏はシステムの設置には実用的な利点があると強調する。

大幅なコスト削減が可能だ。融氷用の塩を減らせるほか、事故減少により医療費を抑え、自転車での移動が増えれば自動車関連費用も減らせる」。Boerefijn氏によれば、同国では年間7000件の自転車事故が起きているという。

オランダ東部にある人口約4万人の町ズトフェン(Zutphen)ではシステム導入に向けた予備評価が現在行われており、結果は来年初めに出る予定だ。その後、自治体レベルでの実現可能性調査が行われる。人口約1650万人のオランダでは、約1800万台の自転車が使われていると推定されている。(2012年10月24日 AFP)


Tauw, www.tauw.nl日本の自治体だと、クルマのために除雪をします。自転車が走行する部分に雪が山積されることはあっても、自転車のための除雪や融雪をすることはないでしょう。まして、自転車のためにロードヒーティングを導入し、自転車利用者のために積雪や凍結を防ぐという自治体など聞いた事がありません。

自転車が重要な交通手段となっている以上、そのルートを確保するのは自治体の仕事です。ロードヒーティングの導入は多額のコストがかかりますが、そのことによって毎年冬季にかかる費用が軽減され、長期的にペイする可能性があるのであれば、財政的にも検討の余地があります。

Photo by Paul Munhoven,licensed under the Creative Commons Attribution ShareAlike 3.0 Unported.日本とは地形的にも、自転車の交通手段としての利用形態も違うので単純には比較できませんが、自転車乗りとしては羨ましい限りです。日本でも、自転車利用者が少ないわけではないですが、行政にオランダのような自転車優先の対応を期待するのは、残念ながら現実的ではありません。

行政の担当者だけでなく、社会全体の自転車に対する意識も相当に違うと言わざるを得ません。日本では道路の整備にしても効率や経済性を第一に考え、クルマ優先です。何でもクルマ優先という意識が無意識に刷り込まれてしまっており、染み付いています。

よく言われることですが、欧米では信号の無い横断歩道でも多くのクルマが止まって横断者を優先するのに対し、日本では滅多に止まるクルマはありません。日本でも止まることが義務付けられていますが、実際は形骸化しています。欧米では自転車に乗っていても、ドライバーが配慮・優先してくれていると感じることが少なくありません。

欧米では、交通ルールも道路整備もクルマ優先ではなく、歩行者や自転車が優先、人命が優先です。日本でも建前ではなく、本当に人命を優先すべきですが、実際はそうなっていません。無意識のうちにもクルマが優先です。このことはクルマづくりにも反映していると言えるでしょう。

New airbag protects vulnerable road users, www.tno.nl

New airbag protects vulnerable road users, www.tno.nl

オランダの会社が最近開発している新しいエアバッグは、なんと車外に向かって開きます。ドライバーの命を助けるのではなく、衝突した自転車や歩行者の命を助けるためのエアバックです。ドライバーの命を疎かにするわけではありませんが、衝突した時、いかに歩行者やサイクリストの人命を助けるかという視点です。



New airbag protects vulnerable road users, www.tno.nlバンパーに設置されたセンサーが人間との衝突を感知し、エアバッグを開きます。日本でも、衝突時のダメージ緩和という観点からボンネットやバンパーに柔らかい素材を使うなどの配慮はあります。しかし、外側に向けて開くエアバッグという発想は無かったのではないでしょうか。

オランダでは、単に自転車に乗る人が多く、地形が有利でインフラや環境整備が進んでいるだけでなく、社会として、自転車の立場から考える姿勢、いわば自転車目線が自然なことなのでしょう。国民の意識の中に、クルマ優先でなく、歩行者や自転車を優先するのが当たり前という考え方が広く定着しているようです。

日本でも自転車をもっと活用しようという人が増えれば、オランダのような自転車王国になるかと言えば、なかなか難しいのではないでしょうか。社会全体で、クルマ優先から歩行者や自転車優先、人命優先へと、根本的に意識の転換を図らなければ、オランダを見習うことすら出来ないような気がします。





川内選手、頑張りましたね。レースに出まくりの走る公務員、そしてあの粘り、ユニークです。

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この記事へのコメント
実は僕もつい数日前に知ったのですが、1970年代まではオランダも自動車優先の社
会環境だったそうです。
意外と自転車王国の歴史は浅かったのですね。

オイルショックと経済危機、子供の交通事故死の増加をきっかけに、生活水準を保
ちつつ支出を減らす方策として自転車利用を推進したそうです。
子供の事故死も激減し、健康増進による社会保険料の節約にも繋がったのですね。

同じ頃、日本では自転車を歩道に上げることで誤魔化したのでした。

How the Dutch got their cycle paths
でYouTubeに出ていました。
http://www.youtube.com/watch?v=XuBdf9jYj7o
Posted by ひろにゃんof風琴屋 at February 07, 2013 20:35
ひろにゃんof風琴屋さん、こんにちは。コメントありがとうございます。
そうですね、同じ自転車先進都市として有名なデンマークのコペンハーゲンあたりでも、70年代まではクルマが都市に溢れていたと言います。
ヨーロッパの自転車先進国も最初から自転車による交通が発達していったわけではなく、いったんクルマ社会の弊害を経験して、その反省を経て自転車王国へとシフトしていったということでしょう。
ご指摘以外にも、古い町並みで道路が狭い場所も多く、国土も広いわけではないので、クルマがこれ以上増えれば渋滞が深刻になり、収拾がつかなくなるなど、社会的な必然性も背景にあったようです。
もちろん、環境の破壊や市民の健康への重大な脅威となっていたことも大きな要因でしょう。
興味深い動画ですね。URLの添付、ありがとうございます。
Posted by cycleroad at February 08, 2013 23:41
本来、弱者優先、環境保全という地球とともに生きるヒトとしての鉄則から考えれば、オランダのような健全でヒトとしての良心に基づく、正しい社会づくり、仕組み、環境でなければならないんですよね。
サイクルロード様、よく紹介してくださったとおもいます。

日本のような弊害の多い悪しき自動車優先社会、いいえ、自動車以外(歩行者、自転車、車椅子、目の不自由な方、ベビーカー利用者他多数)を迫害しているとさえ言える社会は、卒業しなければなりません。
交通弱者優先という当たり前の社会に近づけなければならないのです。

かつて、車道は自転車のための道路でありましたが、そこに自動車が分け入り、我が物顔で走るようになり、危険運転を繰り返し、歩行者や自転車の安全を奪っていった。
そこで日本の行政は、なぜか自転車をデコボコの多く歩行者も居る歩道にあげるという、世界的に見ても非合理的で摩訶不思議な手法を実行してしまった。
また、通学路においても、横断歩道で歩行者や自転車が安全に通れない惨状を見て、歩車分離式信号機整備もせず、
自転車専用信号も整備せず、横断歩道における自動車取り締まりを徹底すらせず、長い階段をわたらせて迂回させる弱者迫害の象徴『歩道橋』をつくり、そこを、交通弱者に苦労して渡るよう促した。
自動車優先という歪んだ考えのもとに。
Posted by 佐藤 at February 09, 2013 01:33
そして、いま、その間違いを認め、歪みを正していくかのように、歩道橋が撤去され、代替として歩車分離式信号機等が整備されていると耳にします。
歩道橋が、自動車と較べていかに歩行者や自転車に対して理不尽な苦労を強いているかの意識が、市民のなかで高まっていっているのでしょう。
特に、お年寄りにとっては、あの理不尽な階段は地獄そのものと言えます。
本来、ヒト優先、交通弱者優先の観点から言えば、自動車こそ高架を通らせるか、地下に潜らせるか、もしくは歩車分離式信号機で徹底的に停止させヒトの安全を確保するかしなければならないのですが、自動車優先という歪んだ考えのもとに作られた歪んだ象徴『歩道橋』の撤去が、いま、進んでいます。

また、考えてみれば、高齢者が道路を横断中に自動車運転手により加害される惨劇も、
理不尽な『歩道橋』という構造物や、横断歩道でお年寄りが立っていても自動車が止まらない(道交法38条 横断歩行者等妨害等違反)暴走行為が蔓延しているがゆえに、誘発された道路横断自動車加害事案といえるでしょう。
横断歩道で待っていても自動車が停止しなければ歩行者自転車からしてみれば
「それなら、どこ通っても一緒だ」
となるのが自然であるものです。弱者優先の道路づくりや、弱者優先のための自動車徹底取り締まりを怠慢していた行政により引き起こされた惨劇が、全国のあちこちで発生しています。
Posted by 佐藤 at February 09, 2013 01:34
加えて、去年、京都で児童ら、市民らの命が、自動車により大勢奪われる惨劇が起きましたね。
なのに、自動車減速のためのハンプすら設置せず、自動車速度取り締まりも、自動車通行規制の強化もしない。自動車の横断歩行者妨害の取り締まりも徹底とは程遠い。
自転車のための安全走行環境の整備についても、いまだ日本は先進国でもっとも整備が遅れており、環境にも人にもやさしくない惨状にある。
行政は、市民らの安全のために最低限やるべきこともなっていない。こんなことは、明らかに間違っています。
子供の健康、命は何よりも優先されるのが、人として本来の社会環境としてあらなければならないはずなのに、通学路においてさえ自動車の速度超過や徐行義務違反、横断歩行者等妨害、警音器使用制限違反、危険で強引な追い抜き等を許しつづけている。
そして、日本は先進国でワーストレベルの歩行者死亡割合をたたき出している。これは本当に、行政や自動車運転手は恥じなければならないものです。
自動車という人の手に余る凶器の乱用、暴走により、人の命が奪われ、交通刑務所囚人が生まれている。大気汚染の元凶にもなっており、子供にも容赦なく襲いかかっている。自己中心的な自動車利用により、地域が壊されている。

日本が、オランダに学ぶべき点は、あまりにも多い、多すぎると思います。
市民らは、こちらの記事へのURL、そしてサイクルロード様のこのブログへのリンクを、地元の役所に送りつけて、自動車のためではなく、ヒト(歩行者、自転車)のための地域づくりをするよう要請を重ねてよいものだと、私は心から想うものです。
自動車優先のため、ヒト(歩行者・自転車)にとって不便で不快で危険で劣悪な地域からは、人口が減少しつづけているという事実も気づかせなければならぬでしょう。
自動車優先は、地域の寿命を縮めもするのです。
Posted by 佐藤 at February 09, 2013 01:35
なにより、ご存知の通り、自動車は公害車両としての側面が強い。
排ガス、臭気、粉塵、大気汚染、光化学スモッグ、騒音、振動、そして車両自体の大きな危険性もあり、
自動車が蔓延している地域ほど、そして、自動車規制取り締まりが甘い地域ほど、重大事故発生率が高い。
更に、公害も深刻で、自動車という凶器よりヒトを死傷させたことによる交通刑務所囚人となる人の率も高い。
できれば、自動車の要らない地域、自動車を運転せずとも済む地域、自動車の危険性や公害から開放された地域に住みたいと思うのが人の心です。
実際、自動車の要らない、歩きや自転車で快適に諸用を済ませられる地域が人気だとも聞いています。
自動車優先の不便で危険な地域に見切りをつけ、自転車で動きやすい地域への移住が進んでいると。

これからの日本の行政は、そういった事実を踏まえて、ヒト(歩行者、自転車)を徹底的に優遇する、環境にやさしい、あたりまえの地域環境づくりに尽力していけるかどうかが、大きな分かれ目になってくると思います。
日本は超高齢化社会が更に進み、自動車前提の地域は、いずれも成り立たなくなる日は、もはや目に見えているのですから。
それに、自動車のわがままを許し放題で、通学路でさえ子供が安心安全に通れないような地域に、どこの親御さんが子供と一緒に暮らしたいと思いますか。
市民は、行政に、もっと遠慮なく要請してよいのです。
共に、地域をより清らかで、より健やかで、より安全安心で快適な環境にしてまいりましょう。
自動車徹底抑制、ヒト(歩行者、自転車)優先、優遇の『脱自動車政策』は、世界的な流れにあるのですから。
Posted by 佐藤 at February 09, 2013 01:37
オランダの最高峰がそれほどだとは知りませんでした。私は毎日の通勤でその3割はこなしておりますが、やはり坂はきついです。平坦な地形が自転車の発展を後押ししているのですねぇ。起伏の多い土地柄で自転車の環境整備をすすめてそれがどれくらい使われるのか、日本はオランダと同じようにはいかないでしょうが。高速道路に併設して自転車道作ってくれないかなぁ。有料でもいい。
Posted by タニグチ at February 09, 2013 12:14
佐藤さん、こんにちは。コメントありがとうございます。
社会的には経済合理性も重要だと思いますので、全面的に否定するつもりはありません。
あらゆる部分で自転車を優先しろと声高に主張するものでもありません。
しかし、おっしゃるように、例えば住宅街にまで通過するクルマが入り込み、スピードを出して通行するような状態は明らかに行き過ぎだと思います。
誰もが異論ないであろう人命優先の考え方に立ち戻り、その上で、妥協すべき部分についてコンセンサスを得ていくべきのように思います。
それが、何につけても、なし崩し的にクルマ優先になってしまっているのは、ご指摘のように先進国として遅れていると言わざるを得ない部分があると思いますね。
Posted by cycleroad at February 09, 2013 23:22
タニグチさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
どこへ行っても国土が平坦というのは、まさに自転車向きですね。
ただ、日本は山がちの地形ですが、沿岸の平野部、都市部もしくは居住地域だけを考えるなら、必ずしも起伏が激しい場所ばかりではなく、自転車活用の余地は充分あると思います。
高速道に併設の自転車専用道は、私も欲しいと思いますが、社会のコンセンサスとして、なかなかまだそこまでは難しいかも知れませんね。
Posted by cycleroad at February 09, 2013 23:42
なるほど。自転車用のロードヒーティングですか。

これなら雪に対する路面の影響が少なくなるので、あとは寒さがガマン出来れば冬でも自転車に乗れそうですね。

それにしても自転車のためにロードヒーティング。さすがオランダは違いますね。日本なら(今のところは)絶対に無いでしょう。
Posted by さすらいのクラ吹き at February 12, 2013 23:33
さすらいのクラ吹きさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
日本と違うのは、オランダやデンマークなどの自転車先進都市では、人々の主要な移動手段、都市交通として自転車があることです。
通勤通学だって自転車の人が多く、雪が降ったから今日は電車というわけにはいきません。冬は寒いからと自転車に乗らないわけにはいかないのです。
雪が降って、通勤手段である自転車に乗れなかったら大混乱になりますから、自治体も暗いうちから真っ先に自転車レーンを除雪したりしています。
そのコストを長期的に削減する手段として検討されるわけで、決して贅沢な装備としてではなく、インフラの一部なのです。
Posted by cycleroad at February 13, 2013 23:42
 
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