中国からの国境を越えた大気汚染への関心が高まっています。
先月、メキシコシティで
大気汚染に抗議するサイクリストの話題を取り上げました。近隣に中国やアジアの新興国を抱える日本も決して他人事ではないと書いたところでしたが、ちょうどその後ぐらいから、中国の大気汚染が越境して日本に影響を及ぼしているというニュースが盛んに報じられるようになりました。
中国の大気汚染物質が日本にも飛来してきているとの指摘は、今始まったものではありませんが、ここへ来て、その日本への影響について、市民の間にも不安が広がってきています。濃霧に覆われたような北京の曇った空が、テレビなどでも再三映し出されています。
問題となっているのは、PM2・5と呼ばれる微小粒子状物質です。発生源として工場の排煙、火力発電所、クルマの排気ガス、暖房のために燃やされる石炭などが指摘されています。この冬、中国では寒さが厳しく、例年よりも消費される石炭の量が多くなっているのも拍車をかけていると言われています。
中国では規制が緩いため、使用される燃料の質が悪く、PM2・5だけでなく、排ガス中の硫化物などの有害物質の濃度が高いことも懸念されます。濃霧のようになって視界が悪いだけでなく、異様な臭いがたちこめていると言いますから、現地で暮らす人にとっては心配な状況です。
ちょうど中国では10日が春節ですが、慣習となっている新年を迎える爆竹も大気汚染を悪化させるとして、自粛が呼びかけられています。市民は外出するにもマスクが欠かせず、高価な日本製の空気清浄機の売れ行きが、高い伸びを示し、新鮮な空気の缶詰を売る人まで現われる始末です。
普通だったらクルマの使用を控えるために、自転車を利用しようと呼びかけられても良さそうなところですが、これほど酷いとそれも無理でしょう。自転車の利用が身体に深刻なダメージを与えかねません。北京で自転車に乗る人の中には自衛のため、とうとうこんな人まで登場しました。
北京を拠点として活動しているアーティスト、Matt Hope さんが製作した自転車、名づけて“
Breathing Bike”です。車輪による発電でモーターを動かし、空気清浄フィルターを通った空気を、戦闘機のパイロットが使用するようなヘルメットに直接供給するシステムになっています。
自衛を迫られて製作したものですが、まだまだ工夫の余地があります。ヘルメットに取り付けられたホースで頭が動かしにくいですし、視界もよくありません。装置も大きいなど、いろいろ改良を加えなければ、汎用の装置として普及させられるようなレベルではありません。
しかし、こうした装置を自作したくなるマットさんの気持ちは理解できます。ブラックジョーク、痛烈な風刺のようにも見えますが、必要に迫られての苦肉の策という部分も小さくなさそうです。実際問題として、風をきって自転車に乗るという気分でないのは確かでしょう。
普通だったら、ユニークだけど少し大げさな反応と一笑に付すところですが、そうもいかない状況があります。気流によるとは言え、偏西風に乗ってこの汚染が流れてくるわけで、基本的に風下にある日本にとってはシャレになりません。どこか他所の国の話と笑っていられないものがあります。
当然、中国の人民の間からは批判や怨嗟の声が上がっています。汚染の元凶として名指しされる国有の大手石油企業は、国の基準が低いことを指摘しますが、その基準決定には、実質的に国有企業が関わっており、中国社会の構造的な問題が根本にあることを示唆しています。
中には、大気汚染の元凶は日本にあると責任転嫁するような論調まで出てきていると言います。
PM2.5 中国のサイト「元凶は日本」
中国で深刻化している大気汚染について「日本に元凶がある」との論調が出回り始めている。中国のニュースサイトには「日本から汚染物質が飛来した」「中国で操業している日系企業の工場排気が汚染源だ」などとする論評が掲載されている。
いずれの論評も反日的な論調で知られる評論員によるもので、中国経済網の張捷氏は「日本は原発事故後に火力発電所やゴミ焼却施設から有害な排気が増えた」。華竜網の謝偉鋒氏は「30年も前から労働力を求めて中国に工場進出してきた日系企業に環境汚染の責任がある」と批判した。
これに対し日系企業関係者は「環境基準を徹底順守しているのは日系や欧米系など外資系ばかりで批判は当たらない」と反論。ネット上でも中国国内から「日本を非難する前に、自分たちの汚染源を止めろ」と冷静にみる声が上がっている。(産経新聞 2013年02月08日)
こんな反日感情の歪んだフィルターを通して見ているようでは、対策も進みそうにありません。もちろん、こうした声は一部のものだとしても、官僚や共産党の限られた幹部たちが富を独占するような中国の権力構造の中で、有効な手立てが打たれるかどうかは、心許ないものがあります。
大気汚染の解消に向けた措置は、経済成長にブレーキをかけかねず、一方で経済成長が鈍化すれば、一党独裁の共産党による統制や腐敗に満ちた体制への不満が爆発しかねません。共産党指導部が環境や人民の健康より、経済成長を優先する可能性は否定できません。
民主国家ではないので、世論が政策に反映するとは限りません。法治国家ですらないので、規制が有効に作用する保証も無く、司法による軌道修正も期待できません。ただ一方で、党指導部が決断すれば、北京五輪の時のように工場の操業停止や、クルマの使用禁止など強制的な手段が使える体制でもあります。
日本にとっては、いつか来た道ですが、何しろ規模が違います。日本国内に汚染源があるわけではないので、規制や技術革新などによる解決への手を、直接打てないのがもどかしいところです。内政干渉になりますし、ただでさえ、尖閣諸島の領海・領空侵犯やレーダー照射問題など日中関係は微妙です。
しかし、これは日本人の健康にも関わる問題です。日本の自治体や企業なども中国に対し、技術やノウハウの提供を申し出ています。是非ともこれらを使い、中国が懸念する経済成長への阻害を軽減しつつ、大気汚染の解消を目指す方策を探って欲しいものです。もちろん、まず外交的手段による緊張関係の改善が必要でしょう。
日本の高度経済成長の中で起きた公害病の被害者認定や救済は、未だに続いています。当時、国や自治体は責任を認めず、公害病の被害の拡大を傍観し、長い間防止のための行動をとりませんでした。今の中国政府を批判できた義理ではありません。それでも、何とか教訓を生かしてもらうような知恵が必要だと思います。
日本への影響は九州だけに留まらず、全国に広がりつつあります。このまま中国での汚染が悪化し、その影響が深刻化するようになれば、日本でもこんな空気清浄フィルター付き自転車を見ることになりかねません。日本でも安心して自転車に乗れないような状況にならないことを祈りたいものです。
遠隔操作ウィルスの容疑者、捕まって良かったですが、なんでアシがつくようなことをしたんでしょうかね。