これまでにも、世界各国の自転車事情を取り上げてきましたが、広く世界の国々、または都市で自転車が見直されつつあります。いわゆる自転車先進国だけでなく、クルマ大国アメリカや、自転車とは縁遠いようにイメージされがちなヨーロッパの国も含め、中南米の新興国からアフリカ諸国にまで及んでいます。
日本でも、近年ブームと言われ、自転車を活用する人が増えています。特に震災以降、最寄り駅までではなく勤務先まで向かう自転車通勤が注目されました。混乱した公共交通の代替として乗り始めて、そのまま自転車通勤を続けるようになった人も少なくないようです。
災害以外にも、自転車に乗り換える理由はいろいろあるでしょう。運動不足を解消し健康にいい、満員電車に揺られなくて済む、何より気持ちがいいといった声も聞かれます。ガソリン価格の高騰などで、自転車が経済的という理由もあるに違いありません。
欧米でも、通勤手段として自転車を見直す人が増えている都市があります。日本と違って鉄道などの公共交通網が発達しておらず、便利でない都市は少なくありません。そんな都市の場合、自転車に乗り換えるということは、多くはクルマからの乗り換えを指すことになります。
背景には、これまで当たり前のようにクルマを使ってきたことに対する疑問や反省があります。当然ながら、ガソリン価格の高騰も影響しており、短い期間に原油価格が数倍に跳ね上がるような激しい価格上昇に対する生活防衛や、産油国や投機筋に対する反発もあるでしょう。
環境への負荷拡大に対する問題意識や、持続可能な成長、いわゆるサスティナビリティに対する関心が高まっていることも大きな要素です。人間の足でも充分足りる部分に余計なエネルギーを使うことが、果たして好ましいことだろうかという率直な感情もあります。
都市部では、渋滞するクルマより、よっぽど速い場合も少なくありません。わざわざエネルギーを使って、渋滞に並んで、大気を汚染して、時間を無駄にするクルマより、自転車のほうがエコでクリーンでリーズナブルです。おまけに、肥満の解消や健康増進といった効果も見込めます。
わざわざ移動にクルマを使って、クルマメーカーや税務署、産油国、原油市場でマネーを動かす投機筋、保険会社、駐車場、その他もろもろを喜ばす必要があるのかと疑問を感じるのも当然です。通勤など比較的近距離の移動であれば自転車でも充分に代替可能であり、そうし始めているわけです。
エネルギー、環境負荷、渋滞、大気汚染、交通事故等、さまざまな観点から、少なくとも都市部では自転車を利用するほうがリーズナブルであり、社会的に好ましく、公共の福祉にも資するというのは、ごく自然な考え方でしょう。そんな考え方が、この“
BICYCLED”にも反映されています。
古いクルマをリサイクルして自転車にしてしまおうというプロジェクトです。クルマの部品を加工して、自転車のパーツにするというユニークなものです。いまどき、自転車用のパーツを買ってきて組みあげたほうが手っ取り早いに決まっていますが、わざわざ廃車になったクルマをリサイクルするところに意味があります。
もっと環境のことを考えるべき、また、環境を考えて自転車に乗っている人をリスペクトすべきだと主張しています。クルマをやめて自転車にするという行動の象徴が、この「クルマから作られた自転車」と言ってもいいでしょう。クルマから自転車に乗り換えようというメッセージでもあります。
もちろん、全てを自転車に出来るわけではありません。長距離の移動や物流など、クルマを使わなければならない部分もたくさんあります。しかし、例えば通勤のような比較的近距離の移動、自転車でも充分な移動ならば、自転車にしてはどうかという問いかけです。
確かにクルマは便利ですし、ラクです。でも、クルマの利用による弊害も少なくありません。効率や利便性を求めるあまり、環境ばかりか人々の生命や健康まで脅かされている現実に気づく人が増えているのです。その社会のバランスを元に戻すのを助けたいと“BICYCLED”は考えています。
元々自転車の世界では、細かいパーツからハンドメイドするフレームビルターもいますし、個性的で独特な自転車を組む職人もいます。オリジナルフレームの一種と見れば珍しいことではありません。でも、クルマのパーツを流用するというのは、なかなかユニークです。
フレームはクルマの鋼材をリサイクルして溶接し、チェーンの代わりにトランスミッションベルトを使ったり、リフレクションライトにターンシグナルを使ったりしています。ドアハンドルはシートポストクランプに、シート素材は、サドルやハンドルバーになります。
サイトから注文予約を受け付けていますが、最初の3日間だけで400以上の注文を受けたと言いますから、これから注文しようという人は、少し手に入れるのに時間がかかることになるかも知れません。その創造性や社会的な側面が高く評価されたと言えるでしょう。
“BICYCLED”は、単なるアイディアではなくライフスタイルだと主張しています。パッと見ただけではクルマのリサイクルとはわかりませんし、あえてクルマをやめて自転車に乗るというスタイルを、ことさらアピールしようという主張のようなものが前面に出ているわけではありません。
ただ、自分の生活様式、クルマに依存する生活を見直し、あえてクルマを自転車に乗り換えようと考えた人にとっては、シンボリックな自転車と言えるかも知れません。廃車から手作りされますので、一つとして同じものはありません。他と一緒でないユニークでオリジナルなプロダクツという意味でも面白い試みです。
トラックでの性能を比べれば、クルマと自転車では勝負になりません。しかし、社会において、特に都市部での実際の移動という点では、必ずしも差がありません。渋滞等で自転車のほうが速い場合は少なくないですし、ランニングコストも環境負荷も、どちらが優れているかは言うまでもありません。
何台とれるのかわかりませんが、廃車された車から自転車を作るという作業に、両者の資源の消費量の違いも感じざるを得ません。クルマを無駄と言うつもりはありませんが、なんとなく兵器か何かを民生用のものにリサイクルするのにも似た不条理を感じなくもありません。
“BICYCLED”は、クルマを「加工して」自転車にする、クルマを「やめて」自転車にするという両方の意味を含むと同時に、社会へのメッセージでもあります。日本人も、あえて自転車にするということを、もっと考えてみてもいいのではないでしょうか。
いよいよ、iPS細胞が臨床研究の段階に入るようです。人体のパーツが再生できるようになるとしたら、夢のようですね。