これまでにも何度か取り上げていますが、日本でも全国各地で自転車シェアリングを導入したり、導入に向けた実証実験をするところが出てきています。世界的にはパリやロンドン、ニューヨークをはじめ多くの都市でシェアサイクルが既に稼動しており、成功事例として紹介されることも影響しているのでしょう。
もちろん背景には、昨今の自転車ブームや震災で、自転車への関心が高まっていることもあると思います。自転車の共有が進めば、頭を痛めている放置自転車の対策に有効なのではないかと期待する自治体もあるようで、各地で自転車シェアリングに関心が高まっているのでしょう。
つい先日も仙台で、「DATE BIKE」と称する自転車シェアリングシステムが立ち上がりました。仙台ですから、伊達政宗にちなんだネーミングなのでしょう。この事業主体となるのは、システムを提供するNTTドコモです。これを例にとって、日本の自転車シェアリングを考えてみたいと思います。
ドコモと仙台市のコミュニティサイクルサービス「DATE BIKE」、3月16日に開始
NTTドコモが開発した次世代サイクルシェアリングシステム採用のコミュニティサイクルサービス「DATE BIKE」が、仙台市で提供される。貸出・返却や施錠管理が自転車本体のみで可能だ。
NTTドコモが、コミュニティサイクル事業「DATE BIKE(ダテバイク)」を、3月16日から仙台市内で提供する。 今回のサービスでは、NTTドコモが開発した次世代サイクルシェアリングシステムを採用。通信機能やGPS機能をはじめ、自転車の貸出停止や電動アシスト機能のバッテリー残量把握といった遠隔制御機能を自転車本体へ直接搭載したことで、従来必要だったサイクルポートが不要になった。これにより、自転車本体のみで貸出・返却や施錠管理を行えるため、導入コストの大幅な削減を実現したという。
利用方法は、まずユーザーが携帯電話を使って会員登録。貸し出し希望の自転車を予約し、自転車本体の操作画面にパスワードを入力すると利用可能となる。利用料金は、利用開始から60分までが100円、60分超過後は30分ごとに100円の延長料金がかかる「基本プラン」と、1000円で乗り放題となる「一日パス」の2つを用意した。3月16日から4月15日まで、利用開始から30分まで無料となるキャンペーンを実施する。
運営するポートは12カ所、自転車は100台を配備。また、収益の一部は東日本大震災への復興支援として利用者に還元する。具体的な取り組みとしては、仮設住宅居住者へは利用開始から60分まで無料で利用可能とし、売上の3〜5%の範囲を復興支援へ充当していく。(2013年02月28日 ITmedia)
自転車シェアリングを、単なる貸し自転車の都会版と勘違いしている人もいますが、そうではありません。街の各所に多数の専用貸し出しステーションを設け、利用者が好きな時、好きな場所で自転車を借りたり返したり出来るようにした、大規模なシステムのことを言います。
地下鉄やバス、タクシーなどと同様に自転車を都市交通の手段として使おうというものです。時間貸しのレンタル自転車と違い、簡単な操作で街角で借り、目的地に着いたら最寄の拠点に返却する形で利用します。街中には多数の貸し出し拠点を設ける必要があり、基本的にエリア全体を網羅していることも重要です。
いつでもどこでも借りたり、返せたりすることで、都市での移動手段として使えます。バスと違って来るのを待つ必要はありません。運行ルートもないので、自分の用事がある場所へ直接向かうことが出来ます。動力は自分の脚力ということになりますが、自転車が通れる場所なら、どこへでも行けます。
自分の自転車を使うのとは違い、駅前で返却して電車やバスを使い、違う駅で降りてまた別の自転車を新たに借りることが出来ます。他の交通と組み合わせて使えるのも便利です。雨が降ってきたり、飲酒した後などは、他の交通手段を使うことが出来ます。そのためにも、「いつでもどこでも」が重要です。
自宅と勤務先の単純往復ならば、自分の自転車のほうが便利ですが、距離が遠ければ自転車通勤も簡単ではありません。他の方法で通勤している人でも、街中での移動に、自転車が使えれば便利と言う人も多いはずです。観光客や出張で来ている人、周辺地域からの買い物客などにも便利に使ってもらえるでしょう。
そうした都市交通として考えると、この仙台の拠点数は少なすぎます。これでは自転車を借りたり、返したりするのに、場合によって何ブロックも歩く必要があります。個人的に仙台の地理には詳しく、土地勘があるのですが、これでは貸し自転車に毛が生えたようなもので、都市交通としての魅力は乏しいと言わざるを得ません。
世界的に自転車シェアリングの成功例は増えていますが、成功するかどうかは、最初の貸し出しステーションの数にかかっていると言われています。初期投資が大きくなりますが、規模が大きく、拠点が密で多いほど利便性は飛躍的に大きくなります。中途半端な規模で、拠点が少なければ、あまり便利になりません。
台数が少なければ、使いたくても使えないケースが増えるでしょう。便利でなければ、利用者も増えず、利用者が増えなければ稼働率も伸びず、採算的にも苦しくなるはずです。充分な規模が都市交通として利用される要件であり、成功のカギだと、識者や専門家の間では、なかば常識として語られています。
ちなみに、有名なパリのヴェリブというシステムは、最初から750箇所のステーションと1万台以上の自転車で始まっています。しかも、その半年後には1451箇所、2万台以上に増やしています。中途半端に始めたのでは、その利便性を実感してもらえないからです。
パリと仙台では都市の規模が違うので、単純には比較できませんが、12箇所、100台では、利便性を実感してもらうには厳しい規模です。これまでの世界的な事例からすると、このままでは利用の拡大を狙うのは難しいかも知れません。ただでさえ、日本ではまだ一般的ではないというハンデもあります。
NTTドコモも、その点は充分自覚していると思われます。通信事業が本業にもかかわらず、自転車シェアリングに乗り出すのは、それなりに成算もあるのでしょう。当然、海外の事例も把握しているはずです。その上で、この事業に参入し、専用システムを開発し、自転車に通信モジュールを搭載することを目指していると思われます。
自転車に通信モジュールを搭載することで、遠隔操作で施錠・開錠を行ったり、決済を行うことが出来ます。拠点の無人化が可能です。また、GPSデータをやり取りして、現在位置を把握したり、移動ルートを解析するなどの機能も得られます。通信会社としては、新たな通信端末の需要につながることになります。
人が使う携帯電話は、スマホへの乗り換え需要はあるとしても、契約数が1億2千万台を超え、飽和状態に近づきつつあります。街の自動販売機に通信モジュールを搭載し、リアルタイムに販売状況を把握して補充に生かすなどの例が知られていますが、人が持つ以外の需要を開拓しようとしているわけです。
自転車シェアリングで使う自転車に、通信モジュールを搭載するシステムを全国各都市に普及させられれば、端末契約の新たな市場が開拓できます。通信会社の新事業分野の開拓として行う以上、その成否のカギを握る要素は、当然調査研究し、充分に把握出来ているはずです。
ただ、大規模に開始できれば理想的ではあるものの、日本では認知度も低いため、住民の広範な支持を得るのは困難でしょう。自治体も新しく、大規模な交通システムを全面的に導入しようという決断を下すのは難しいと思います。初期投資も大きいだけに、失敗した場合も頭をよぎるに違いありません。
自治体の決断を促すには、具体的な説得材料が必要ですが、日本ではまだ大規模な成功例、定着例はありません。成功例をつくるためには大きな投資が必要だが、その投資を促すためには成功例が必要という、いわばニワトリが先か、タマゴが先かのようなジレンマがあるものと推測されます。
海外の事例では、自転車や貸し出し拠点を利用した広告が大きな収入を生み出しています。これによって利用料金を下げることができ、利用を呼び込む好循環が生まれます。日本では、まだ広告メディアとしても認知されておらず、その効果が未知数で、大きな広告収入が期待できないのもハンデでしょう。
多数の貸し出し拠点を整備するには、行政や道路管理者の協力が不可欠です。いちいち民間から土地を取得していたのでは、拠点整備だけで膨大な金額が必要になります。しかし、道路管理者は国や県、市町村に分かれていて、理解や協力を得たり、利害調整するのが難しいのかも知れません。
日本ではこうしたシステムの利用が想定されていないため、道路の構造や付帯設備の設置に関する数々の法令や、都市の景観に関する条例なども、ネックになっていると思われます。日本独特の自転車の歩道走行や、放置自転車なども当然問題となるでしょう。課題は山積しています。
![Isuda Concept bike](https://livedoor.blogimg.jp/cycleroad/imgs/6/1/615e7ecf.jpg)
数々のハードルがあるわけですが、もう一つ問題になると思われるのは、オペレーションの問題です。都市での移動需要は複雑で、場所によってシェア自転車のニーズには偏りがあります。つまり、自転車が出払って無くなってしまう拠点や、逆に満車で返却できない拠点が出てきます。
ラッシュアワーなどで利用が集中する時に、肝心の自転車が無ければ話になりません。あらかじめ移動しておく必要があります。天候や不定期のイベントの開催などにも左右されるでしょうし、迅速で柔軟に配置が変更出来るような体制が求められます。
人々のニーズと合わなければ、使いたくても使えない状況が出現します。これはシステムの根幹に関わる問題です。余っている拠点から足りない拠点へ、自転車を素早く搬送しなければならないわけですが、世界各地で運用されているシステムでも、これが、なかなか難しい課題となっています。
そのため、自転車シェアシステムなのに、従業員の大半がトラックなどを運転する要員だったりします。自転車の利用は、環境負荷も小さいはずなのに、それを支える部分でトラックでの搬送需要が増えることが、ある種の矛盾と捉えられ、ネガティブなイメージを与える場合もあるようです。
![Isuda Concept bike](https://livedoor.blogimg.jp/cycleroad/imgs/4/2/4242f702.jpg)
それでも、一人ひとりがクルマで移動するよりマシで、まとめて搬送するぶん有利なわけですが、せっかくならば自転車のシステムが化石燃料を必要とするのは避けたいと考える事業主体もあります。電気自動車を利用したり、自転車をトレイラーに載せて自転車で運ぶシステムなども構想されています。
自転車をニーズに合わせて配備するため、搬送は不可欠ですが、その搬送には人件費もかさむわけで、システムの採算にも大きな影響を与えます。ドコモのシステムでは、施錠・開錠や決済が自転車ベースで出来るため、拠点にその為の機器が不要で、コストが抑えられるのは利点ですが、搬送の手間までは省けません。
海外でも、この搬送を少しでも合理化しようとさまざまな構想が練られています。貸し出し拠点の自転車ラックを可動式にしておき、積み替えをせずに、ラックごと素早く運んでしまおうといったアイディアは、誰でも思いつくところでしょう。なかには奇想天外なアイディアを考える人もいます。
貸し出し拠点のラックに、なんと気球を取り付けておくというのです。必要に応じて上昇させ、足りない拠点に「空輸」するというアイディアです。発想はユニークですが、実際問題としては、いくら電線の地中化の進んだ欧米の都市と言えども、風の影響などもありますし、実現は困難でしょう。
この絵を見たときは、さすがに笑ってしまいましたが、こんな突拍子もないアイディアが飛び出すのも、なかなか、この問題の優れた解決策がないことの裏返しと言うことも出来ます。仙台のNTTドコモのシステムでも、この点は基本的に人海戦術に頼らざるを得ず、苦労する可能性があります。
12箇所、100台ということは、一拠点に8台程度です。あっという間に出払ったり、一杯になったりするはずです。1ブロックも歩けば別の拠点があって、そちらなら大丈夫というなら話は別でしょうが、この拠点の少なさでは、そうもいきません。使いたくても使えない状況が頻発する可能性があるでしょう。
拠点数が少なく、自転車の台数が少ないだけに、より機敏に搬送を行う必要があるかも知れません。あるいは、利便性を感じてもらえず、しばらくしたら閑古鳥が鳴く状況だってありえないことではありません。他にも破損や盗難など、たくさんの課題が出てくることが考えられます。オペレーション的にも懸念はあります。
いろいろ書きましたが、NTTドコモにケチをつけたいわけではありません。日本では、まだまだ本当の意味での自転車シェアシステムが定着する土壌が育っていないと感じているからこそ、NTTドコモの挑戦には注目しますし、その取り組みに期待します。
どこかが始めなければ、成功例も出来ません。日本での自転車シェアリングの認知度も上がらず、普及が進むことも望めないでしょう。その意味では、通信会社の新需要の開拓とは言え、うまく拡大していけば、日本で、その有用性が理解されていく上でも、大きな一歩になる可能性があります。
小規模に、2〜3拠点で実験したくらいでは、オペレーション上の難しさもわからないと思います。世界の事例と比べれば大幅に少なく、物足りない規模とは言え、実際に商用利用に踏み出すことの意味は小さくありません。願わくば、順調に育っていくことを期待したいものです。
パリのヴェリブは成功例として、世界中の都市に大きな影響を与えました。でも、そのパリより前に、リヨンなどで導入された前例があったからこそ、大々的に開始できたという側面があるのは否定できません。今でこそ、世界の165都市以上に広がっていますが、一朝一夕に広がったわけではありません。
この仙台の事例に限らず、全国各地で少しずつ自転車シェアリングへの取り組みが始まっています。ただ、始まったというニュースは聞きますが、残念ながら、その後の反響については、あまり聞こえてきません。苦戦しているところも多いのかも知れません。
しかし、その中のどこか一つでも都市交通システムとして定着し、多くの人に利用されるようになれば、この分野を牽引するモデルケースとなる可能性があります。その都市のおかげで、他の都市で、成功のために必要な規模で大々的に開始できるチャンスも広がるに違いありません。
人々の認知度が上がって、行政の考え方も変わり、法令の改正や規制緩和を促すことになるかも知れません。自転車の走行空間の整備にもつながることでしょう。自転車の活用を広げ、世界のトレンドに追いつくためにも、突破口を切り開く事例が出てくることを期待したいと思います。
北朝鮮と思われる勧告へのサイバー攻撃、反撃されても被害を受けるシステムは少ないでしょうし、そもそもネットにつながる端末も少ないはずです。貧者の武器と言えるのでしょうね。