遺跡ならピラミッドとか万里の長城などが思い浮かびますが、現代の建造物や構築物にも大きなものはたくさんあります。高層ビルやタワー、ダムなど、巨大なものが世界で建造されています。高さや広さではなく、長さということで言えば、橋やトンネル、高速道路なども長大な構造物と言えるでしょう。
ふだん、あまり意識されることはありませんが、石油や天然ガスを送るパイプラインも長大な構築物です。世界一高いビルを目指して1千メートルを超えるものも計画されていますが、パイプラインの場合は数千キロメートルに及ぶものもあります。単位の違う長さです。
パイプラインも鉄道や高速道路などと同じように社会の重要なインフラです。原油や天然ガスは産出地と消費地が遠い場合が多いため、パイプラインが効率的なケースがあります。精製基地や積出港へと運んだり、世界へ輸出するためにパイプラインが敷設されます。
原油や天然ガスの輸送方法は、船や鉄道、タンクローリーなどもありますが、コストから言えばパイプラインが圧倒的に安くなります。建設時の初期費用は高くなりますが、ランニングコストが低いため、長期的に見れば、特に大量に運ぶ場合には有効な輸送手段です。
国によっては、エネルギーの確保や安全保障の要であったり、産業の生命線であったりします。そのため、テロの標的となることもある重要施設です。エネルギーや産業から人々の暮らしまで、社会の根本を支える大切なインフラであることは間違いありません。
産業の競争力向上やエネルギーの安定供給の面でも必要とされる施設ですが、必ずしも建設は簡単ではありません。パイプラインの敷設には反対の意見も多いからです。アメリカでは、大きな政治課題として、その是非が国民的な議論となっているパイプライン計画があります。
カナダ産のオイルサンドからとれる重質油をテキサス南部まで大量に輸送しようという計画、キーストーンXLパイプライン計画です。大規模な精製施設が集中するテキサス南部に原油を輸送するパイプラインで、北米大陸を縦断する大規模なものです。アジアへ輸出される可能性もあります。
このパイプラインは、生態学的に貴重な地域を通過したり、飲料水や農業用水を供給する米国内でも有数の帯水層を通るなど、環境破壊に対する懸念があって猛烈な反対論があります。1千人以上が逮捕されるような大規模な抗議活動も起きています。
さらに今年3月、アメリカ・アーカンソー州のメイフラワーで、地下に埋設されたパイプラインが破裂し、原油が住宅地に流出する原油流出事故が起きました。これも重質油で大きな被害が出ました。重質油は腐食性が高く、流出リスクが高いのではないかとの見方もあります。
オイルサンドそのものの強力な毒性も懸念され、原油の生産に伴い温暖化ガスが大量に発生することも問題視されています。オイルサンドから重質油を抽出するには大きなコストがかかるので、今はともかく将来的に採算性が保てるのかという指摘もあります。
アメリカでは、こうした事故のリスクや環境汚染の危険性など、さまざまな論点から賛否両論があります。鉄道や道路などのインフラとはまた違って、簡単にはいかない施設です。また、原油の消費量を減らすべきだとの立場から、パイプラインに反対する声も根強くあります。
以前にも取り上げたことがありますが、アメリカは世界最大の石油消費国です。2位以下、16位までの国のガソリン消費量を合計したよりも、アメリカ一国の消費量のほうが多いというダントツの1位です。まさにガソリンをがぶ飲みしているような状態なのです。
このような状態を放置したまま、さらに原油パイプラインを敷設すべきなのかという疑問もあるのでしょう。いわゆる持続可能なエネルギーへのシフトを求める声も少なくありません。クルマの保有台数は減っており、アメリカ国民の8割以上が都会に住むようになって、クルマの必要性も減っています。
最近はクルマの燃費が向上し、EVなどの開発も進んでいます。若者の多くは都市部で暮らし、スマートフォンを使い、インターネットで交流し、クルマには興味の無い人が大幅に増えているのは明らかです。多くの街が自転車レーンなどの整備を進めており、自転車で通勤する人も増えています。
エネルギーや産業の面では重要なインフラですが、大規模な施設であり、いったん敷設されてしまうと、簡単には撤去できません。ここで、このパイプライン建設の是非を論じるつもりはありませんが、パイプラインは、単純に石油を流すだけ、つくれば効率が良いというだけの施設ではないわけです。
さて、そんなキーストーンXLパイプラインですが、その建設の是非は別にして、もし敷設されるのならば、本来の役割以外にも有効活用したらどうかと提案している団体があります。景観設計、環境デザイン、都市計画、建築や都市のデザインを手がける技術者の集団、
SWAグループです。
アメリカだけでなく世界規模で事業展開し、その手がけたプロジェクトは多くの賞を受賞している、世界最大規模の技術者グループです。政治的なパイプラインの是非は別にして、景観や土地利用のランドスケープデザインの視点からの提案です。
それは、パイプラインに沿って、自転車道を併設するというものです。数千キロにも及ぶ長い道状の施設なわけですから、原油を通すだけでなく、自転車の道にしてしまおうというのは、ある面リーズナブルな発想であり、自然な考え方と言えるかも知れません。
高速道路や鉄道と違って、人々の移動需要が大きいルートとは限らないでしょう。むしろ砂漠や荒野、森林などを通り、人が都市間を効率的に移動するようなニーズは少ないかも知れません。仮にクルマ用の道路を併設したら、不便で誰にも使われない道路になるだけの可能性があります。
しかし、自転車道、サイクリングロードとしてならば、その価値は違ってきます。純粋な移動が目的ではなく、サイクリングそのものが目的のサイクリストにとっては、クルマが通らず、信号がなく、自然の中を通る自転車専用道は、魅力的な道路になる可能性があります。
沿道の住民にとってのレクリエーション用にもなるでしょうし、これだけ長ければ、他にあまり類を見ないサイクリングロードとして、わざわざ遠くから走りに来る可能性もあるでしょう。サイクリングの名所として、新たな観光の目玉になるようなことも考えられます。
日本で言えば川沿いのサイクリングロードのイメージだと思いますが、移動というより信号のない専用道を思いっきり走れる道路として魅力的です。実現するかは別として、数千キロも続く自転車専用道が出来たら、アメリカ旅行の際に、一度は走ってみたくなる人も多いのではないでしょうか。
パイプラインは出発地点と到着地点には大規模な施設があり、雇用も生まれます。しかし、途中は通過されるだけで、その地元にとっては、ほとんどメリットがありません。しかし、サイクリングロードとなって、ツーリング客が通るようになれば、自転車に乗った観光客が、さまざまな観光収入をもたらす可能性もあります。
管理や保守点検用にも使えるでしょうし、パイプライン敷設時、工事用に必要な作業道を舗装するだけなら、それほど大きな費用もかからないと思われます。新たに土地を取得して自転車道を建設することを考えれば、これを利用しない手はないとさえ思えてきます。
これを売りものにしてパイプラインの敷設を進めようという意図はありません。実際に関係者の反応はにぶく、本来の建設の是非とは全く無関係であり、余計な話と感じているようです。反対運動を繰り広げる人たちにとっても、むしろ、けしからん話とされるかも知れません。
ただ、もし敷設されるのであれば、有効に活用すればいいという考え方そのものは合理的であり、賛同する人も多いのでないでしょうか。建築家や技術者などの技能集団だからこそ、政治的な意図から離れて提案できるアイディアかも知れません。
日本にもパイプラインはありますが、地形的なこともあって多くはありません。一部を除き、山を越えたり、谷を越えたりで、自転車道を併設するような環境ではないのではないかと想像します。日本でのパイプライン道路は期待薄です。でも、長大な施設はパイプラインに限りません。
鉄道や高速道路ならば、縦横に走っています。鉄道や高速道路は、もともと人や物資を速く大量に移動させるために建設されたものであり、その目的からすれば、そこに自転車道を併設するのは本末転倒ということなのでしょう。サイクリストの妄想は別として、まともに取り上げられることはありません。
もちろん安全面とか、法律の規制とか、スペース的な問題、物理的な課題などいろいろあるでしょう。しかし、せっかく存在しているならば、有効に活用したいものです。鉄道や高速道路の脇に続くスペースとか高架下などのスペースで、使えるところはないでしょうか。
河川などの場合、その護岸に何らかの道路が走っている場合もありますが、鉄道や高速道路は、それ自体が「道」ですから、道の脇に道をつくる発想はないのかも知れません。ただ、せっかく長大な施設があるなら、自転車道を併設できないか考えてみてもいい気がします。
ずいぶん株価が下がりました。13年ぶりですか。景気の腰折れにならないといいですが..。