December 10, 2013

市民の危惧と意思を表現する

民主国家における主権は国民にあります。


国民は、その意見を政治に反映させるべく、選挙を通して主権を行使することになります。しかし、選挙の争点は多岐にわたりますし、必ずしも主権者の意思が全て政治に反映するとは限りません。国民の間にも意見の違いがありますし、例え大多数が賛成する政策であっても、実現しないこともあります。

そこで、何かの状況を憂い、政治を動かしたいと考える市民の中には、デモ行進や署名活動といった行動を起こす人たちがあります。デモや集会は世界中の国々で見られますが、イギリスのロンドンでも先月、「殺人を止めろ!」という抗議活動が行われました。

ここで言う殺人は、サイクリストの命を奪う交通事故のことです。ロンドンでは、11月の上旬の2週間だけで6人ものサイクリストが死亡しています。この状況に対する行政の不作為に対する抗議として、1千人を超える市民が集まり、ダイ・インと呼ばれる行動をおこしました。

Stop Killing Cyclists, stopthekilling.org.uk

ダイ・インは、参加者が路上に横たわって抗議の意思を表わす方法です。デモ行進や人間の鎖など、抗議行動にはいろいろなスタイルがありますが、ダイ・インで路上に横たわるのは、死者を象徴しており、死に至らしめることに対する抗議の表現として用いられます。

ロンドンの中心部にある、道路交通局の本部前の道路をふさぐ形で、たくさんのサイクリストが愛車と共に路上に横たわり、犠牲者を追悼してロウソクやライトを点灯させました。時期的に11月の末ですから、寒さも厳しい中での抗議行動だったようです。

'Die-in'in London, www.dailymail.co.uk

具体的な要求としては、ロンドンで、より安全に自転車で通行できるよう、少なくとも2メートル以上の幅があって、クルマと分離された自転車レーンのネットワークを整備すべきとしています。それを実現するため、オランダなどを参考に一人当たりの割合で算出した金額、年間6億ポンドの予算を振り向けるよう求めています。

これに対し、行政側には、市民の中にヘルメットをかぶらない人がいるのを問題視する声があります。しかし、事故の多くは大型の車両にはねられたり、押しつぶされたもので、ヘルメットだけで防げるものではないと反論します。大型の車両と混在して走行せざるを得ない道路の構造に問題があるのは明らかだとの主張です。



また、一部市民の服装の視認性も指摘しています。しかし、大型車両のドライバーは、服装的に目立たないから見落としているのではなく、車両の構造的な死角や乱暴な運転が原因だと反発しています。左折巻き込みや大型車にはねられる事故を防ぐためには、道路でのクルマと自転車の分離が不十分だと訴えているのです。

道路における自転車の走行空間の整備については、ロンドンよりも先進的なオランダなどの事例を参考にしています。ダイ・インという抗議方法も、オランダでの活動の歴史にならったものです。ロンドンにも、もっと安全な自転車レーンのネットワークが必要だと考えているのです。

'Die-in'in London, www.dailymail.co.uk

ロンドンでは、オリンピックを契機に急速に自転車レーンが整備されてきており、日本から見れば恵まれた状態に見えます。少なくとも、転換点となった地下鉄とバスの同時爆弾テロ以前と比べれば、自転車環境が大きな進化を遂げているのは間違いありません。しかし、死亡事故が後を断たないのも事実です。

行政側にしてみれば、積極的に整備を進めてきたのに、さらに高望みをしていると感じているのかも知れません。しかし一方で、市民の側は、多くのサイクリストが命を落としており、道路の構造的な問題が明らかになってきているという意識があるのでしょう。



道路上で大型の車輌が自転車と混在し、非常に接近した状態なのにもかかわらず、危険な走行をしている状況があります。また、以前ロンドン交通局が大型車の死角による事故を問題視し、インパクトのあるポスターなどを使って、サイクリストへの啓発を行っていることを取り上げました。

当局が危惧する左折巻き込み事故も含め、事故多発の背景として大型車の運転が問題になっているのは間違いないようです。しかし、事故を防ぐためには、サイクリストの注意力やヘルメットの着用、視認性の向上だけでは無理であり、しっかりとした自転車レーンの整備が必要と痛感しているのでしょう。

'Die-in'in London, www.dailymail.co.uk'Die-in'in London, www.dailymail.co.uk

日本でも、さまざまな政策や法律などに反対する抗議デモが起きます。でも、自転車レーンの整備に対する抗議行動というのは意外に感じる人が多いと思います。しかし、交通事故の多発は直接市民の生死に関わる問題であり、むしろ切実ということもあるに違いありません。

自転車で安全に通行するのは市民の権利であるという意識も、市民の間に徹底しているようです。交通弱者の保護も常識です。もちろん、多くの市民が自転車を利用しているのであれば、それは市民の選択として尊重し、そのためのインフラを整備するのは、行政の当然の役割という意識もあるに違いありません。

'Die-in'in London, www.dailymail.co.uk

日本の状況とは大きく違うと言わざるを得ません。日本で自転車レーンの整備や、自転車の通行の権利を主張しようにも、一方で歩道走行によって歩行者の安全を脅かしているのであれば、その主張は説得力を欠きます。ヘルメットや視認性どころか、ルール無視が甚だしい状況では、世論の共感も得られないでしょう。

日本では、経済成長のために効率優先、クルマ優先できてしまったため、その意識が依然として強いことも背景にあると思います。それが自転車を歩道に追いやり、自転車が車道を走行する権利などという意識は、多くの人の中に無いのが現状ではないでしょうか。



しかし、高度経済成長の時代ならいざ知らず、人間の命こそ優先するべきとの意識に変わってきています。公害や渋滞を減らし、環境に配慮すると共に、不幸な交通死亡事故を減らすことが求められています。クルマの通行や、その利便性が優先ではなく、当然のこととして人間の命が優先されるべきです。

日本では、クルマ優先でないとクルマが売れない、クルマ産業が儲からないと日本の経済に影響し、国民の損失だと考える人がいます。しかし、自転車レーンの整備がそのままクルマの排除になるわけではありません。そうでなくても、いわゆるクルマ離れが進んでいる状況もあります。

'Die-in'in London, www.dailymail.co.uk

自転車レーンによって、クルマを運転した時、死亡事故を起こすリスクが下がるのならば、それはドライバーの利益にもなるはずです。むしろ事故のリスクが減るならば、クルマを敬遠する人たちを引き戻す要素となり、クルマメーカーにも大いにメリットがあるのではないでしょうか。

クルマが道路の造成や維持の税金を払っているんだから優先だという人もいます。しかし、税負担と道路行政は別の話です。ドライバーも歩行者になったり、家族が自転車に乗っていたりするでしょう。人間の命を優先するインフラ整備が必要という認識が多数を占めてきているのであれば、税負担とは別に考えるべきです。



日本は道が狭くて物理的スペースがないという主張もありますが、必ずしもロンドンより狭くありません。十分に余地はあります。例えば東京は、通過交通が多いので、むしろ都心部に用のないクルマの流入を制限したほうが、都心の渋滞は軽減され、都市の居住や勤務環境が大きく向上するという指摘もあります。

東京は、世界の大都市に比べて環状道路の整備が遅れているという事実はありますが、オリンピックに向けて整備が進んでいます。クルマを通過させるために道路を拡幅するのではなく、周囲を迂回させ、都市の中心部は、そこに居住したり、商業活動や勤務をする人の安全や快適性を優先すべきとの考え方も増えています。

'Die-in'in London, www.dailymail.co.uk

日本で自転車利用者が多いのは市民の選択であり、欧米流に言うなら、もっとその権利が尊重されてもいいはずです。一方でルールを守らない自転車利用者も多く、歩道走行などの特殊要因や、放置自転車などさまざまな背景もあって、抗議活動が起きるような環境ではないのも確かでしょう。

しかし、日本でも多くの命が交通事故によって失われています。あまりにも日常茶飯事になってしまい、感覚が麻痺している部分もあるはずです。誰もが、明日にでも事故の被害者や遺族となる可能性があります。私たちも道路行政に対し、もっと意思表示をしていく必要があるのかも知れません。





さすが師走というだけあって、代議士の先生が走り回っているようですね。

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この記事へのコメント
大型車が狭い道にも入っていく現状は何とかしないとね。日本だけでなくイギリスでも問題ですか……。
日本はまず自転車が歩道を走るようになったそもそもの経緯から考えないといけないですね。自転車は歩道に追い出されただけだが、路面電車は壊滅状態になってしまったからね。
Posted by なななな at December 11, 2013 18:59
ななななさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
動画を見ると、周囲への危険や影響を考えないような大型車の運転の仕方も問題のようです。
より環境負荷が小さく、誰でも利用しやすい路面電車を復活させるべきという考え方も出てきているようですね。

Posted by cycleroad at December 11, 2013 23:27
こんばんは

私は大型にのるサイクリストです。
日本でもこの動画のように自転車の脇をギリギリで通過する場面が沢山有ります。
しかし、動画をよく見て下さい。
トラックも反対車線の車にぶつかりそうでギリギリの状態です。
この場合、運転が荒いのではなく、道路の幅が狭すぎるのだと思います。
自転車を走らせるだけのスペースが確保出来ていないのです。
日本でもこのような場面が多々有ります。
十分な幅を開けて通過するためには、反対車線の車が来なくなるのを待たなければなりません。
ところが、反対車線の車は途切れないのです。
すると、どうなるでしょう?
トラックをはじめ、後続の車はずーっと自転車の後ろを付いて走る事になります。
この事は大型トラックを運転した事の有る人間でないと理解できません。
どれだけ理屈を並べても素人には理解出来ない事が有ります。
私は同じ道を大型でも、自転車でも走って見ることが有ります。
自転車に乗ると、大型の運転が荒く感じるのは事実です。
実際に荒い運転をする運転手も居るでしょう。
ただ、この問題を大型の運転手の運転の問題とされるのは不愉快です。
今まで何十年も車道は車しか走らない状態で経済を動かしてきておいて、いきなり車道に自転車を出しておいて、危ないだろうってのはないと思います。
なぜ大型運転手がギリギリを通らなければいけないのか、反対車線も含めた道幅、交通量、などを見て判断してもらいたいものです。
ギリギリを通過したから運転が荒いんだって発想をしてるうちは、この問題は解決しません。私はそう思います。
Posted by ぶーちょ at December 14, 2013 04:54
ぶーちょさんへ

左を走る自転車と右から来る対向車の両方に神経を尖らすことは、大変な事だと思います。
関係者はまず自転車が歩道を走るようになったそもそもの経緯をしっかり考えて、対策を練るべきだと思います。
しかし、交通事故多発地帯の愛知県にいると、東京は羨ましいなあ。(笑)
Posted by なななな at December 14, 2013 12:27
こんにちは。
毎回、実に的確な記事や映像を紹介されていて、cycleroadさんの情報収集力に驚かされています。私も最近ロンドンの自転車事故について調べていましたが、こちらのブログでまた新たな資料に出会えました。
Posted by さむがり at December 14, 2013 17:38
ななななさんへ
1970年代の日本が自転車を歩道に追いやったのは、今のロンドンと同じく車との事故が多発していたからだと思います。当時の世論は「もっと車道を増やせ」という声が圧倒的に強く、自転車のためのインフラ整備など望むべくもなかったので、橋など特に危険な場所に限って警察が歩道走行を指導したり、サイクリスト自身が自己判断で歩道に逃げ込んでいて、それを追認する形で歩道走行を合法化したという流れのようです。このとき同時に、自転車道を整備する法律も成立しましたが、「どうせ作る場所なんか無いだろ? そんな事より、もっと車道だ」という意識が強烈だったので、そのまま自転車の歩道走行が定着して現在に至ったようですね。この経緯から考えると、今の日本が取るべき策は「もっと自転車インフラを」という声を盛り上げる事でしょうか? 少なくともロンドンでは、サイクリストが増えて声が大きくなった事で、自転車インフラの質が徐々に改善してきているようです。
Posted by さむがり at December 14, 2013 17:41
ぶーちょさんへ
大型トラック視点からの問題指摘は貴重なのでコメントはとても為になりました。自転車とトラックの事故については、仰る通り、ドライバー以外の要素にも目を向けるべきだと思います。道幅や自転車のルール無視はもちろん、信号、交差点の形、それに社会背景など、いろいろ有ると思います。私は門外漢なので見当違いかもしれませんが、運送業界に対する値下げ圧力から、トラックを大型化せざるを得ないとか、運転計画のゆとりをあまり大きく取れないという面も有るのでしょうか? とにかくもっとお話を聞きたいです。
Posted by さむがり at December 14, 2013 17:49
ぶーちょさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
おっしゃりたいことは、理解できます。私はクルマの運転もしますし、トラックを運転したこともあります。
たまに、歩道も狭くて走れないような場所で高齢者などが車道を走行していて、自転車を追い抜けずに、その後ろに延々とクルマがつながってしまう光景を見ることがあります。反対車線もあかず、イライラする場面でしょう。
しかし、あえて誤解を恐れずに言うならば、それは仕方がないのではないでしょうか。
道が狭いから自転車が危険になるのは仕方がないというのは、クルマ側の論理、クルマ優先の論理です。
それが間違いとされているのは、事故になればわかります。
スペースがないから仕方がないと自転車を追い越し、結果として自転車と接触して事故になれば、刑事責任が問われるのはクルマのほうです。基本的に自転車に過失はないとされるでしょう。民事での過失割合も、対交通弱者というだけで重くなります。
裁判で、トラックが自転車の後をついて走るなんてナンセンスと言っても通用しません。不合理と感じるかも知れませんが、それが現実です。もちろんご存知だとは思いますが.。
『人間の命が優先』ならば、無理に抜かない、あるいは事故がないよう慎重に追い抜かなくてはいけない、追い抜けるまで待たざるを得ないのではないでしょうか。
自転車の後ろに従って走るなんてナンセンスという気持ちはよくわかりますが、道交法で定められている理念、交通弱者優先からも、そうなります。
『なぜ大型運転手がギリギリを通らなければいけないのか、反対車線も含めた道幅、交通量、などを見て判断しても』、大型運転手が悪いと、裁判では判断されているわけです。
『今まで何十年も車道は車しか走らない状態で経済を動かしてきておいて、いきなり車道に自転車を出しておいて、危ないだろうってのはない』という気持ちもよくわかります。
(続く)
Posted by cycleroad at December 15, 2013 23:33
(続き)
経済を優先するため、クルマ優先できたのは確かです。しかし、その間も法律は原則車道走行でしたし、裁判でも過失になっています。
ずっと原則は車道走行だったわけで、今まで走っていなかったじゃないかと言うのは法律的には通用しません。

個人的には、自転車で片側一車線の狭い道路を走行する時、後続を渋滞させることがないよう注意します。
都心部の狭い道では、それほど交通スピードが速くない場合が多く、自転車でも前のクルマに追いつきますので、渋滞の原因となることは少ないですが、他の交通の迷惑にならないようには気をつけます。
でも、中には傍若無人に、他の交通に配慮せず、我が物顔で走行している自転車もあるでしょう。そんな人をいいとは言いません。しかし、『大型の運転手の運転の問題とされるのは不愉快』でも、事故になれば罪に問われるのはクルマです。

ロンドンでは大型車と自転車の事故が問題視されているという話です。実際に事故でサイクリストの死亡が多発しているから問題となっているのです。
必ずしも、『大型の運転手の運転の問題と』しているわけではありません、『ギリギリを通過したから運転が荒いんだって発想』の問題ではありません。動画の一部に反応されているようですが、道路の安全性向上の問題です。
本文にあるように、彼らの主張は、「より安全に自転車で通行できるよう、少なくとも2メートル以上の幅があって、クルマと分離された自転車レーンのネットワークを整備すべき」ということで、大型車を罰するとか、排除するなんて話ではありません。

問題の根本は道路が狭いことでしょう。自転車の安全が脅かされているだけでなく、大型車のほうも走行しにくかったり、事故を起こして罪に問われるリスクが高まります。そこで双方を離すためにも自転車レーンという話です。
大型車対自転車という構図として捉えてしまうと、双方に不幸なことになると思います。
Posted by cycleroad at December 15, 2013 23:34
ななななさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
自転車にとっても、大型車にとっても、物理的に距離をあけるのが解決になるでしょう。そのためにも自転車レーンの整備が望まれますね。
東京はうらやましく見えますか。私なんかは愛知県、とくに名古屋は道が広くていいなあと思ってしまいますけど。
Posted by cycleroad at December 15, 2013 23:39
さむがりさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
ロンドンは五輪後、自転車レーンなどの整備が進み、自転車の先進的な都市になってうらやましい、というだけでないのは確かなようですね。
おほめいただき、ありがとうございます。
Posted by cycleroad at December 15, 2013 23:43
さむがりさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
おっしゃるように、自転車インフラが後回しにされてきたということでしょう。
世論的にも、自転車インフラの必要性なんて理解されず、そんなものを要求するのはナンセンスという風潮だったと思います。
ロンドンのように、日本のサイクリストも、もっと声を上げていく必要があるのかも知れませんね。
Posted by cycleroad at December 15, 2013 23:47
さむがりさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
自転車を追い抜けない状況で、自転車に続いてゆっくり走っているわけにいかない事情というのもあるでしょうね。
事故のリスクがあっても、ある程度目をつぶらざるを得ないということもあるのかも知れません。
そのような状況を改善すべく、迂回道路、環状道路の整備などを含めた道路インフラの充実や、道路行政の見直しが必要な部分もあるのでしょう。

Posted by cycleroad at December 15, 2013 23:50
名古屋走りと言って、無理な追い越しは当たり前、ウインカーは出さないのが当たり前、黄色信号は突っ込むのが、当たり前。東京都と神奈川県を併わせたより愛知県の交通事故の数の方がいつも多いですね。
後、トヨタ本社の北側の挙母の町は異常に道が狭いですね。
Posted by なななな at December 16, 2013 21:20
ななななさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
そんなに運転が乱暴なんですか。事故件数もそれほど多いとは知りませんでした。
もちろん狭いところもあるでしょうし、道路の幅が広ければマナーが良くなるという話ではありませんね。
Posted by cycleroad at December 17, 2013 23:17
cycleroadさんへ

人の命を最優先すべきという意見は私も全く同じです。

ただ、ドライバーの都合で「安全」より「円滑な流れ」が重視されてしまう背景には、それを国が容認しているからという面も有ると思います。

例えば、現行の道路交通法では、第1条(法の目的)で「安全」と「円滑」が優劣を付けずに並列されていますし、第30条の追い越し禁止規定でも軽車両(自転車)が除外され、「円滑」が追求されています。

安全軽視のマインドが蔓延る裏に国がいると考えられる以上、個別のドライバーばかりを責めるのはバランスが悪いなと私は思っています。
Posted by さむがり at December 18, 2013 17:39
さむがりさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
確かに、おっしゃるような側面があることは否めませんね。
私も個別のドライバーばかりを責めるつもりはありません。交通弱者と事故になれば責任を問われるのはドライバーであり、対交通弱者というだけで過失割合が重くなっています。
おっしゃるように、安全より効率優先の考え方が背景にある一方で、重い責任を取らされることになるのも確かだということを指摘したいのです。
その上で、個別のドライバーを責めても埒が明かないので、自転車レーンを整備して、物理的に安全性を増すべきと思うわけです。
Posted by cycleroad at December 19, 2013 23:21
さんざん今まで4輪に虐められた軋轢は深く、そう簡単には埋まらない。「クラクション鳴らしてすまんかった」なんて話は
一切聞かないし、未だに幅寄せされるといった話をよく耳にする。ちょっと話は変わるが、事故を起こしても一切謝らないケースがある(タクシーの運転手とか職業人が)。

経済のところですが、厳しい言い方をしますと、事業環境なんてどの業界でもかわるものです。それに対応して下さい。できなければ廃業です。

Posted by や at February 03, 2014 01:55
やさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
事故が起きたとき、下手に誤ったりすると、過失割合で不利になるから、絶対に謝ってはいけないというのが、なかば常識となっているのでしょうね。
職業ドライバーの場合、年中走行しているので、そうした場面と隣り合わせなぶん、余計にそうなのでしょう。
路上の当事者同士、ギスギスする要因かも知れません。
いったん、ある一定の事業環境を手に入れると、それを既得権のように感じてしまうのでしょうね。
Posted by cycleroad at February 04, 2014 23:07
cycleroadさん,こんばんは.

広くない車道で後ろから大型車が来たら,先ず前方左側の安全な場所で待避して何台かまとめてやり過ごすのも賢明な生存術だと思います.

抜くに抜けない自転車は,時としてプロドライバー泣かせの存在となることもあるもので,自転車はそこでいくらきちんとルールを遵守して走っていても,その存在自体が許せないという論理になりやすいものです.それを理由に多くの小・中学校で自転車の禁止が広まったのでしょう.

余り意地を張り合わず,相互理解の上で自転車(特にスポーツ系)の生存術を考えて行きたいものです.
Posted by マイロネフ at August 10, 2014 21:55
マイロネフさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
ここでの論点はクルマのやり過ごし方や安全な走行術ではありません。市民の権利として道路行政に対する抗議であり、道路整備の考え方への問題提起であり、交通事故を減らすための方法論です。
個人で自分の身の安全を図るための護身術も大切ですが、ここでの話とは全く別の議論です。自転車がルールを守っていても迷惑になる道路構造が問題です。
そうした状況を招いている道路行政や、クルマを優先する考え方を問題にしているのであり、根本的な部分に目を向け、変えていく必要があるのではないかという話です。
実際問題として自転車側が譲るしかないということもありますが、そのような忍耐とか自己抑制だけでは、いつまで経っても状況が変わることはありません。悲劇はなくならないでしょう。
道路を利用する市民として、あるいは主権者たる国民として、行政や政治を変えるべく意思表示する必要もあるのではないかという話です。
Posted by cycleroad at August 11, 2014 23:55
cycleroadさん,ご返信有難うございます.

当局は,自転車利用者のマナー云々と言いますが,設計段階から多くの自転車利用者の意見を全く聞く気がない,話し合いの場すら設けないで,右側通行等のルール違反を助長する道路建設を平気で続けています.完成した道路を見れば,歩行者と完全分離を図る自転車専用レーンの設定は十分可能な筈で,予算や用地がどうのこうのとは言わせたくない主要道路はいくらでもあります.そのチャンスをみすみす逃してしまったのが何とも悔しく,もどかしい限りです.

どだい,スピードが何倍も違う自転車と歩行者を狭い歩道で混用させること自体に最初から問題が多く,間違っていることは明白なのは誰にも分かり切っていた筈です.

私も小・中学校で自転車禁止に泣かされ,四十数年来悩まされ続けてきましたので,自転車,特にスポーツタイプに対する取締り強化を求める主張には神経を尖らせずにはいられません.

私個人としては当面は可能な限り,「自転車歩道通行可(歩行者優先)」なるものに安易に妥協せず,車道左側通行を貫く“順法闘争”で無事故の実績を続けることにより,自転車の交通ルールの正常化を主張したいと思っております.
Posted by マイロネフ at August 12, 2014 16:11
マイロネフさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
今にしてみれば間違いは明らかですが、交通戦争が叫ばれた時代に、クルマとの事故防止を優先するというコンセンサスがあったのも事実でしょう。
緊急避難だったはずですが、それを長年継続し、自転車の歩道走行という間違った道路行政を行なってきた結果、誰も自転車と歩行者が混在することを間違っていると思わなかった、言ってこなかったということもあると思います。
長年慣れてしまった結果、市民にも自転車は歩道と言う常識ができてしまっていたのも確かで、そのあたりを誰もがわかっていたと言うのは認識が違っているのではないでしょうか。
市民の中にも効率第一、経済優先、クルマ優先を是認してきたた時代があったのも確かでしょう。
それを今になって、『最初から問題が多く,間違っていることは明白なのは誰にも分かり切っていた筈』なんて言うのは身勝手な話で、説得力がありません。
私も道路整備の方針には問題があると思いますが、正しい認識と事実を基にして論理を展開するのでなければ、単なるヒステリーです。
ご自身の主張に事実を誤認した都合のよい論理展開、ひとりよがり、思い込みがないか客観的に見直してみることも必要ではないでしょうか。
道路行政と教育現場での話は切り離したほうがいいと思います。

Posted by cycleroad at August 14, 2014 23:15
 
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