特に震災以降、直接職場まで通う自転車通勤が注目され、実際に通勤する人が増えました。でも、ある程度の距離を移動するのに、歩道走行するのではたいへんです。歩道で歩行者をよけながらでは時間もかかります。当然ながら、車道走行する人が増えました。
実際に車道走行してみると、ママチャリとスポーツバイクの差が歴然と存在することがわかってきます。自転車本来のスピードが出ますし、多少の坂でも軽快に走行できます。そのことに気づく人が増えたことで、ロードバイクやクロスバイクなどのスポーツバイクに乗る人が増えました。
スポーツバイクのブームなどと言われますが、それだけ性能が違うのですから、当然の流れと言えるでしょう。ただ、日本では自転車本来のポテンシャルが発揮できる車種の選択肢が限られています。増えたとは言えスポーツバイクのシェアは小さく、市場の圧倒的多数はママチャリです。
メーカーなどの選択を別とすれば、欧米の自転車先進都市のように、多様な種類の自転車が選ばれている状態ではありません。一方、海外では、いろいろなニーズを満たす多様な自転車が次々と提案され、売り出されています。これまでにもたくさんの例を取り上げてきました。
ごく最近見かけた例から取り上げてみましょう。こちらはワンタッチで折りたたみが出来、収納にも場所をとりません。スマートフォンと連動して走行コースが投稿できたり、ライトを制御したり、施錠が出来たりします。いかにも今どきの、新しいコンセプトを感じさせます。
こちらも独特のフォルムの電動アシスト自転車ですが、チェーンがなくメンテナンスが容易、折りたたんでデスクの下にしまえる自転車というコンセプトです。ハンドル部にスマホを取り付けられます。販売前ですが、価格は2千3百ドル程度になるようです。23万円程度ですから、日本のママチャリとは桁が違う価格帯です。
こちらのフレームはカーボンファイバーで出来ています。最近のスポーツバイクにも多く使われている素材ですが、軽くて強度が高いのが特徴です。従来の金属製のパイプを曲げたり溶接したりして作るのとは違って、好きな形に一体成型できるので、女性でもまたぎやすいフレームの形など自在に実現できます。
やはりスマホと連動させ、GPSを使った盗難防止装置を搭載したりも出来るようになっており、新しい世代のハイテクな自転車というイメージです。ただ、カーボンフレームということもあって値段は高めで、この電動アシストシティサイクルも70万円程度という値段です。
それぞれの自転車に乗ったわけではないので、その品質、性能などの実際のところはわかりません。しかし、少なくともママチャリの値段とは桁が違いますので、値段相応の価値、性能を実現しているものと思われます。欧米では、この程度の価格帯の自転車のニーズは十分あるということでしょう。
日本でも、例えば通勤のための自転車に、もっと多様なニーズがあるはずです。高い走行性能と両立させて、フレームがまたぎやすい形だったり、ラクな乗車姿勢のフレームがいいとか、折りたたんでオフィスのデスクの下におけるものといった要望を持つ人もあるに違いありません。
これらの自転車をカッコいいと感じるかどうかは人それぞれですが、通勤に使う場合、スーツでの乗りやすさだったり、カバンなどの運びやすさ、駐輪事情から収納しやすさ、メンテナンスのしやすさなどを優先したいというニーズもあるでしょう。ただ、自転車本来の走行性能は譲れず、格安ママチャリでは満足できません。
日本では、あまりこうした新しいコンセプトを提案するような自転車を見かけません。輸入のスポーツバイクを別とすれば、従来の延長ばかりで、新しいコンセプトの自転車という話は聞きません。日本では、高価格だけど高性能な新しい自転車が出て来にくいように思います。
これは日本の自転車市場が、経済学で言うレモン市場だからでしょう。レモン市場とは、商品やサービスの品質が買い手にわかりにくいため、不良品が出回ってしまう市場のことを言います。アメリカの俗語で質の悪い中古車をレモンと呼びますが、中古車のように実際に購入してみないと、その品質がわかりにくい市場です。
普通の人には、品質のいい中古車か、悪い中古車か、なかなか見た目では判別がつきません。それにつけこみ、質の悪い中古車を高く売りつける業者が出てきます。そうなると、粗悪品をつかまされるのに懲りて、消費者は高い中古車を敬遠します。結果的に安くて悪い中古車ばかりが流通するようになってしまうことがあります。
悪貨が良貨を駆逐した状態とも言えます。経済学では、買い手と売り手の間に、商品の情報についての非対称性があるからだと説明されます。必ずしも、そうとは言えませんが、スポーツバイクなど一部を除く日本の一般的な自転車市場にも、近い部分があるのではないでしょうか。
ホームセンターやディスカウントショップ、量販店などに売られている自転車を見て、ちょっとシャレたデザインだったり、きれいな色だったり、便利そうな機構や装備がついているという理由で買ってしまう人は少なくないでしょう。趣味のサイクリスト以外の普通の人は、自転車の選び方なんて、よく知りません。
カッコいいマウンテンバイクだと思ったら、実は小さく「悪路では乗らないで下さい。」などと書いてあったりします。いわゆる、「なんちゃってマウンテンバイク」「MTBもどき」です。もちろん、そんな商品を買う人が本格的なオフロードに行くことはないかも知れませんが、これは粗悪な商品ということになります。
通販で格安で売られていたとか、何かの景品としてもらった自転車に、いざ乗ってみたら、すぐに錆びてしまった、壊れてしまった、ガタついて乗りにくくなった、といった類の話もよく聞きます。自転車なんて、そんなものと思い、高い自転車なんて買おうと思わない人が、圧倒的に多数なのは間違いありません。
スポーツバイクなどの本来の自転車に乗っている人は知っていますが、そもそも「いい自転車」が、そんな値段で買えるわけがありません。格安ママチャリにしか乗ったことがない人がスポーツバイクの値段を聞くと驚きます。ちょっと調べればわかることですが、このあたりの誤解、無知が問題なのでしょう。
格安のママチャリが1万円以下で売られているのに、わざわざ大幅に高い自転車を買おうとは考えない人が大半なのだろうと思います。そうなると価格競争しかなく、業者としては売れる範囲の安い自転車を置くしかありません。結果として格安だが、あまり品質や性能の良くない自転車ばかりが並ぶことになります。レモン市場です。
販売業者にとっても、消費者にとっても不幸な状態ですが、こうした日本独特の自転車市場は、自転車の歩道走行という間違った道路行政が招いたことは、これまでも指摘してきました。歩道走行ではスピードが出せません。スピードが遅くても、タイヤが太く安定していて、足つき性のよい自転車が求められるようになりました。
足つき性をよくし、スカートでも乗りやすくするため、トップチューブがなくなりました。そのぶん、剛性が必要なので、フレームのパイプの厚みが厚くなります。重くなりますが、スピードは必要ないので、車重は重くてもかまいません。安いハイテン鋼などが使え、価格も安く製造できるようになりました。
自転車の性能において、重量というのは大きな要素です。軽ければ軽いほど、ペダルは軽くスピードが出ます。坂なども登りやすくなります。一方で、フレームを軽量化すると、強度や剛性の問題が出てきます。そのため、軽くするためには高価な素材が必要となり、価格も高くなってしまいます。
軽くて高性能なスポーツバイクと重い格安ママチャリとの重量差は10キロとか20キロもあります。10キロのお米の袋を1袋から2袋、前カゴや荷台に載せて走行することを想像すれば、その差が大きいことは容易に理解できるでしょう。日本では、大幅に重いけれど安く製造できる自転車が主流になっているわけです。
基本的な理解や知識がないと、売り場でまたがったくらいでは、なかなか性能の違いはわかりません。いざ買って乗ってみると、重くて坂が上れなかったり、軽快でないので楽しくありません。すぐ錆びたり壊れてしまったりします。少しの年数で廃棄することになり、高いものは買う気にならないという悪循環です。
スポーツバイクの専門店で買う人の割合は、まだまだ少なく、ほとんどの人は輸入の格安ママチャリが並ぶような量販店で自転車を購入します。そうした市場では、販売業者が数十万円クラスのモデルを開発して売ろうと思わないのは仕方のないところでしょう。新しいコンセプトの高性能な自転車が出てこないのも道理です。
日本の自転車市場が健全なものになっていくためには、自転車は重くて粗悪でも仕方がない、なるべく安いものがいい、安いものを買って使い捨てるしかない、といった消費者の認識が変わっていく必要があります。本来の自転車と、格安ママチャリとは全く違うものであることに気づく必要があります。
レモン市場の原因として、自転車の質の違いがわかりにくいのも、やはり歩道走行が影響しています。その点でも自転車の歩道走行は改め、車道走行にしていくべきだと思います。車道走行するならば、もっとスピードが出せ、快適に遠くまで行くことが出来ます。自転車本来の使い方が出来ます。
最寄り駅までのアシではなく、バスや地下鉄などと同じ都市交通として活用され、都市の渋滞が軽減され、渋滞に伴う莫大な経済損失を減らすことになります。また全体としてみれば、運動不足解消や減量などの効果によって人々の健康に貢献し、医療や介護費用の削減にも大きく貢献することがわかっています。
日本の自転車市場は、1千1百億円規模と言われています。販売台数は約1千万台なので、平均単価は1万1千円程度ということになります。この中には、単価の高い電動アシスト自転車なども含まれることを考えると、あまりに低い価格と言わざるを得ません。
自転車の性能や品質へのニーズが高まれば、単価はもっと上がる余地があると思います。単価が10倍になっても不思議ではないでしょう。買う台数は減るとは思いますが、乗る人も増えるでしょうから、市場規模が10倍になってもおかしくないのではないでしょうか。
仮に10倍となれば、日本の宝飾品市場、ホテル市場、学習塾・予備校市場などをしのぐ規模になります。また、炭素繊維などは、日本のメーカーが大きなシェアを持つ分野です。バッテリなども含めたパーツや、関連産業への経済波及効果も期待できます。
レモン市場のような状態は、市場の失敗であるとされています。この状態が正されれば、自転車本来の性能が消費者の手に届けられることになります。今まで、粗悪な自転車に乗らされてきた人にとっても大きな恩恵となります。日本の自転車の常識を根本から変え、全く違う自転車文化が築かれていくに違いありません。
自転車の車道走行は、道路行政や社会福祉の面だけでなく、市場の失敗を是正して本来の市場規模を取り戻すことで、相応の経済的な効果も期待出来ることになります。成長戦略とまでは言いませんが、これを進めていっても損はないのではないでしょうか。
テレビでも駆け込み、駆け込みと煽っていますが、たいした金額でないものまで買い込んで、結局4月以降、セールで安くなってたりしそうですよね(笑)。
ママチャリしか知らない日本人からすれば外国の自転車の相場(たしか実用車は7〜8万円ぐらい)は信じられないでしょうが、そんな常識を変えたいからこそ多くのサイクリストが啓蒙活動しています。
ママチャリは非常に重く、かつサドルを低くして乗ることを前提に設計しているので膝に過度な負担がかかります。ママチャリをがに股で力一杯漕ぐせいで、日本人は膝を壊す人が多いと聞いたことがあります。幼少時に自転車の正しいポジションを教えないせいで膝の変形を誘発するという話も。ただ何で読んだのか忘れてしまったのでソースは出せませんが。
日本の道路交通事情に問題は数あれど、日本から粗悪なママチャリを廃し、本当の意味での"普通の自転車"を普及させることは国民の健康に寄与すると思いますよ。外国にもダッチバイクやカーゴバイクといった実用向け自転車はたくさんありますし。